第十六話:魔族を倒せと言われても、強すぎて勝てるか分からない

第十六話:魔族を倒せと言われても、強すぎて勝てるか分からない


「『アース・…」

  

「『マギフォース・…」

 

 僕はすぐさまショートスピアを構え、数十メートル前の赤い魔族に向けて魔法を唱える。


 でも、やつも丸太のような腕を持ち上げ、何事かを口ずさみ始めた。


「…メガロック』!」


「…キャノン』ッ!!」


 ほぼ、同時。


 詠唱が完了した途端、僕が放った魔力は大岩に姿を変え、魔族が何かを発射した。


 青く半透明で、バトルアニメで出てくるエネルギーや気とでも表現されるような砲弾だ。


「くっ!」


「っ!」


「うおおっ!」


 すぐに両者が衝突。


 拮抗する間もなく僕が生み出した大岩は一瞬で砕かれ、凄まじい衝撃の余波が襲いかかってくる。


 僕、井藤さん、丸々くんの三人は、その場に踏ん張って耐えた。


 今目にして分かった。この青い砲弾が、さっきから鳴り止まなかった衝撃と音の正体だ。


 ただ、僕に青色の何かがやってくることはなかった。なんとか『アース・メガロック』で相殺することができたみたい。 


 でも、これは一体どういうことだろう?


「一村くん」


「井藤さん、気づいた?」


「ええ」


 少し遠くで見ていた井藤さんも察したらしい。


 間違いない。やつの魔力は現象に変換されていなかった。 


 つまり…。


「この魔族は、魔力そのものを攻撃手段としている。そういうことでしょう、一村くん?」


「うん。奇しくも、高坂くんと同じ手を使うとはね…」


 僕は、隣にやってきた井藤さんと意見を共有する。


 『マギフォース・キャノン』の『マギフォース』は、魔力のこと。

  

 すなわちこの赤い魔族は、魔力をそのまま発射している。


「黒い髪にその目。お前らも勇者だろう」


 赤い魔族は余裕といった表情。あえて、僕たちが話すのを見逃している。


 なら、利用させてもらう。

 

「そうだよ!だからどうした!?王国は勇者の存在を明かしている!それくらい、魔族のお前も知ってるだろ!」


「御託はいらねえっ!『マギフォース・…」


 くそっ!情報を引き出すのは無理か!


 この魔族、見た目に反して頭が良い。


「…キャノン』ッ!」


 再びの宣言とともに、魔力の砲弾がやつの手から放たれる。


 でも、焦る必要はない。


 こっちには井藤さんがいるんだから。


「『編集・出力 / 十分の一』」


 彼女は呟くと、いつの間にか持っていた小さな杖を掲げる。


 すると杖の先端から青色の線が伸び、猛スピードでこちらに迫る青い砲弾に絡みついて見えなくなった。


「なにっ!?」 


 魔族が驚きの声を上げる。


 無理もない。彼女の魔法が作用した瞬間、砲弾がヘロヘロの紙飛行機並みの速度と威力に変わったんだもの。


「編集…?そうかお前。、『マギフォース・キャノン』を!」


「ええ、想像の通りよ」


 魔法のからくりに気づいた魔族の問いかけに、井藤さんははぐらかして応える。


 彼女も舌戦に強い。初見の特殊魔法を見た相手が誘導してきても、決して自分の特殊魔法についてべらべら喋るような真似はしない。


「うっ、らあっ!」


 話している間に○○くんが背中から大斧を抜き、フルスイングでダウングレードした魔弾を打ち消した。


 こうなってしまえば、高出力の魔弾も楽々壊せる。


「っし!」


 彼の持ち武器は大きな斧だ。取り回しは効かないけれど、重さとリーチに優れている。


 なので、ショートスピアの僕と杖の井藤さんでは心許ない近接戦を彼に担当してもらう…。


 …だけではない。


「○○くん」


「おう、コレだろ?」


 井藤さんが名を呼ぶと、彼は「待ってました」と言わんばかりの態度で、懐からアレを取り出した。


「なんだそれは!?」


「へっ、答えるわけねえだろ!」


 取り出されたブツを見て、心底驚いた様子の魔族が尋ねた。


 が、○○くんは挑発するように返事をし、黒くてごつい銃身を突きつけた。


「あえて言うなら、あっちの世界で最強の武器だ」


 そう、彼が持っているのは拳銃。


 それも、一般的に『マグナム』と呼ばれる高火力のモデルだ。


「『アース・…」


「クソがあっ!『マギフォース・…」


 彼の準備が整ったのを見て、僕はすかさず魔法の準備に入る。


 釣れた!


 始めの交錯で、やつに僕の魔法を迎撃しなければならないと思わせられている。


 そして予想通り、あの魔族はマグナムはおろか、銃という武器すら見たことがない。


 僕の詠唱に慌てて、○○くんが持つ銃への警戒を弱めた。


「…ストリーム』っ!!」


「…キャノン』ッ!!」


 僕はここで、地を這うように迫る濁流をイメージ。


 この『アース・ストリーム』だと、魔族の肩ほど、二メートルくらいの高さから放たれる『マギフォース・キャノン』にぶつけることはできない。

  

 それにもしぶつけられても、大岩より質量がないから押し切られてしまうだろう。


 でも、大丈夫。僕は足止めだけしていればいい。


「『編集 / 出力十分の一』」 


 先ほどと同じように、井藤さんが特殊魔法でキャノンを弱体化。


「ぐうっ、動けん!」


 標的となった魔族は、僕が生んだ濁流に足を取られて動けない。


「くらえええいっ!」


 そこに、○○くんが引き金を引く。


 瞬間…。


 ドオォンッッッ!


 という大きな発砲音が鳴り響く。


 命中した?


「ガアアッ…」


 すさまじい速度で放たれた黄金色の弾丸が、赤色の毛で覆われた大きな胸にめり込む。


 口を大きく開け、爬虫類のような顔を苦悶の表情に歪ませる魔族。


「…、アアアアッ!」


 さらに体をくの字に曲げると、その巨体は弾かれたように食堂の反対側へ吹き飛ばされた。


 僕に何mm弾がどうとかいうミリタリー知識はないけれど、とんでもなくえげつない一撃だというのは分かる。


「…」


「…」


 僕と井藤さんは黙って、食堂の入口付近に転がったはずの魔族を警戒する。


 僕が撃った『アース・ストリーム』で、城の玄関とつながる正面入口の扉が外れていた。


 そのせいで王城入口のエントランスが露わになり、さらに開けっ放しになっている入口の向こうに演習場が見える。


「やったか!?」


 ああ、忘れてた。


 ○○くんも、高坂くんと同じ部類の人間だった。


 つまり、こういうときにこういうことを言う人間って意味。


「…ガ、アアッ!この野郎、ゴミのくせしてやるじゃねえか!」 

 

 そして得てして、こういうフラグは悪いときに限って的中することがほとんどだ。


 魔族はまだ生きていた。


「なるほど…?そういう武器か」


 おまけに、マグナムの仕組みを学習されてしまった。


 これでは、銃で初見殺しするという手が通用しない。


「あいつらも、あのガキも、クソ生意気な女も、お前らもだ。とことん俺をナメやがって…!」 


 地に伏せた魔族は、上体を起こした弾みで両の拳を叩きつけた。


 さながら、癇癪を起こした子どもみたいに。


 やはり、高坂くんと林崎さんもこいつと戦っていたのか。


 『クソ生意気な女』はランゼリカ様のことだろうし、『あのガキ』が高坂くんかな。


「でもさ、実際ナメたくもなるでしょ。お前、魔族の割りに弱いもん」


 僕はこのタイミングで挑発してみる。


 こいつはおそらく、魔族の中でも劣等生に位置する存在だ。でなきゃ不意打ちで、かつ人間同士のいざこざに乗じて城を襲おうなど考えない。  


 歴史的に見ても、魔族は人間と正面切って戦い、多くの人間を虐殺し、ときには人間に殺されてきたという背景がある。


 それを考慮すると、目の前のこいつは自分の実力に自信がない卑怯者ということになる。


「ああッ!?」


 ほら、また釣れた。


 やっぱりこいつは弱い。


「ああ?じゃないよ。弱いやつに弱いと言って何が悪い?誰の手引きか知らないけど、騙し討ちなんてしてきてさ。プライドとかないの?」


「一村くん?ほどほどにしないと…」


 見かねた井藤さんが止めてきたけど、もう遅い。


 魔族は既に、元々赤い顔をさらに真っ赤にして激怒している。


「ふ、ふざけるなああアアアッッ!!!」


 安い挑発に乗って激昂した魔族。


 床をつかみながら両腕を振り上げ、剥がした床材を飛ばしてきた。


「うわあっ!」


 魔法ではない遠距離攻撃、完全に油断していた。


 抉れた石の破片が僕の顔に迫る。


「『編集・強度 / 十分の一』」


 でも、井藤さんがいる限り攻撃が当たることはない。


 彼女が強度を低下させて、僕がスピアで軽くこづいて瓦礫を壊す。


 こうやって、無力化してしまえば…。 


「捕まえたああアアアッ!」


「っ!きゃあっ!」


 瓦礫が障害物になり、視界が阻まれた一瞬。


 その一瞬の隙に、すぐ近くまで距離を詰めた魔族が井藤さんの華奢な体を掴み上げた。


 数十メートル離れていたはずなのに、どうやって移動してきたんだ!? 


「くっ…!」


「今すぐ放せ!」


 追撃を避けるため、僕と○○くんは仕方なく後ろに下がる。


「あ、あ…」


 屈強な両腕で掴まれ、苦しい声を上げる井藤さん。


 完全に僕の失態だ。


 魔族なんだから、フィジカルも強いに決まっているのに!


「○○くんっ!」


「おう!」


 でも、めげるのは後だ。


 間髪入れず、僕は丸々くんに合図。


 脳裏には、ランゼリカ様の最期がフラッシュバックしていた。


 全身から生気が奪われ、やつの腕の中でこときれた彼女の姿を。


 井藤さんも、彼女のようになってしまう!


「くらえええっっ!!!」


「お前バカか?」


 先ほどと同じかけ声を上げてマグナムを構え、発砲した丸々くん。


 そんな彼に、魔族は冷たい声を浴びせる。


 と同時に、やつの輪郭がブレる。


「当たるわけがないだろ」


 赤と青の残像が残された場所を通過した弾丸は正面入り口を通過し、闇の中に消えた。


 距離にして、およそ十メートルほど。


 この近さでマグナムの銃弾を避けるなんて、ありえない!


「お前ほんとバカだな!その攻撃はもう見切ったんだよッ!」


 エントランスの中央辺りで静止した魔族は、ここぞとばかりに冷笑した。


 そして、掴んだままの井藤さんを強く握り締めて持ち上げる。


「こいつからだ!使えねえゴミを本当のゴミに変えてやるよおっ!」


「やめろおおっ!」


 鬼畜の所業に、たまらず○○くんが叫んでその場に膝をついた。


 まだだ。


 まだ、終わってない!


「○○くんっ!もう一発だ!」 


「…えっ?」


 察しが悪い彼に、僕は繰り返しお願いする。


「いいから、もう一発撃って!」


「でも…!」


「はやく!」


「おう!」

 

 僕が強く言葉を浴びせると、丸々くんはもう一度希望を見出したようだ。


 改めて両腕を構え、片膝を浮かせて魔族の胸に照準を合わせる。


「効かねえっつってんだよお!」


 対して、赤い魔族は余裕の表情。


 井藤さんに何かする寸前、僕たちに向き直った。


 もしやこいつ、マグナムを無視して、もしくは彼女に致命の一撃を与えながら銃弾を避けようとしているのか?


 どっちでもいいけど、銃を使った脅しは通用しない。


 なら、僕がどうにかするしかない!


「撃てえっ!」「くらええええええっっ!!」「どいつもこいつも、能無しのゴミばっかだなあっ!」


 僕の指示、丸々くんのかけ声、魔族の侮蔑。


 この三言が同時に放たれ、僕の体に刺激をくれる。


 通常、人間の動作は脳が意識して行うよりも、刺激に応答して行う方が速い。


 要は○○くんの見え透いたかけ声も、魔族の低俗な暴言も、今だけは役に立つということだ。


 悪いけど、一発勝負でいかせてもらうよ!


「『編集・…」


 僕は先ほど見た、井藤さんの特殊魔法の想像を膨らませる。


 『分かる』とは、何か。


 それは自分の頭で分からないことを、自分の頭で分かるようにする行為だ。


 そしてそれは、他者の頭の中に広がり、その人独自の捉え方によって構築された特殊魔法を、自分の頭で理解することも可能にする!


「……速度 / 百倍』っ!」


 僕は、井藤さんの特殊魔法である『万物の編集』を唱えた。 


 ○○くんが撃った、時速数百キロで進むマグナムの銃弾に向かって。


「グッ」


 反射神経と筋力で銃撃を躱そうと身構えていた魔族が、ピタリと動きを止めた。


 魔法の対象は、高速の弾丸。


 『万物の編集』は、指定した対象のパラメータを変更する特殊魔法だ。


 発動するには、編集するパラメータをイメージしながら練った魔力を、対象が存在する位置まで飛ばさなければならない。


 でも銃弾なんて目で追えなかったから、勘で勝負した。


「グッ、グッグ…」


 丸々くんが誤射を嫌ったんだろう。


 銃弾は一発目より少し下の方、赤黒い皮膚で覆われた下腹部に直撃したようだ。


「…ッガハアアアアッ!!!」


 途端に魔族が叫び、派手に吐血する。


 さらにその拍子に、大きな両手をぐわりと開いた。


 自由になった井藤さんが、どさりと地面に崩れ落ちる。  


「ッ、ッハアアアアアアアアアアッ!!!」


 どろどろとした血が石の床を赤く染める。


 銃弾があまりに速すぎて、衝撃が遅れてやってきたらしい。


 再び魔族は腹を折り、さっきとは比べ物にならない勢いで演習場へと吹き飛んでいった。


「井藤さんをお願いっ!」


「でも、一村お前!?」 


「僕はまだやれるから大丈夫」


「そうはいってもよ!?その体じゃ!」


「大丈夫だから。絶対に死なないよ」


「本当か!?本当なんだな…?」


「うん」


「…分かった」


 話が早くて助かる。


 僕は○○くんに井藤さんの手当てを頼み、急いで魔族が吹き飛んだ演習場の方へ向かった。


「はあっ…、はあ、はあ…」


 エントランスを横切る道中、アラームを鳴らし続ける頭を何度か振ってごまかす。


 肉体はまだ何とかなりそうだけど、精神の方が限界のようだ。


 これ以上、魔法は使えないか…?


「演習場には…、よかった誰もいなさそうだ」


 開けっ放しの正面入口から城の外に出る。


 魔族は柔らかい土を派手に巻き上げながら、地面を転がって衝撃を殺している最中だった。


「くっ」


 そのせいで、大量の砂埃が舞う。

 

 僕はたまらず、左腕で目元をかばう。

 

 しかし、その一瞬の隙を突かれた。


「『マギフォース・キャノン』っ!!」


「っ!」


 瞬時に紡がれた、魔弾を射出する呪文。


 完全に気を抜いていた僕は、砂塵を縫って迫り来る青い砲弾の餌食に…。


「『マギフォース・キャノン』っ!」


 …ならなかった。


 僕は即座にオウム返しをしながら、残り少ない体内の魔力を掻き集め、ショートスピアから『マギフォース・キャノン』を放った。


 一ヶ月もの間苦楽を共にし、打ち解け合った井藤さんの『万物の編集』だけじゃない。


 予想外の敵襲にヒシムロの存在、さらに今までの魔法の応酬で洗練された僕の頭により、敵であるこいつの特殊魔法も『分かるようになって』いる。


「なにっ!?」


 穂先から飛んだ小さな弾丸は、大きな砲弾と激突。


 たちまち闇の中に青の閃光が広がり、すぐに消えた。


 しかし持て余したエネルギーが、衝突点を起点に大きな爆風となって地面を舐める。


「っつうっ…」


 目を細めてしのぐ。今度は視界を塞がない。


 無事、魔弾を相殺することができたみたいだ。


「バカな!俺の『マギフォース・キャノン』が、ゴミ同然のコピーごときに打ち消されるだとっ!?」


 砂煙が晴れると、赤い魔族は驚きながら言った。


 やはりそうか。


 砂と自ら撃った魔弾で視界が妨げられていたのに、僕が『マギフォース・キャノン』のコピーを撃ったと把握している。


 こいつは、視覚以外の方法で僕たちの動きを捉えているんだ。


 思えば、床の残骸を投げてきたときもそう。


 あれで僕と井藤さんの視界が塞がれたわけだけど、それと同時に、やつの視点でも僕たちが見えなくなったはず。


 まあ、直前まで魔法の撃ち合いをしていたし、僕たちが動かないことに賭けて突っ込んできたのかもしれないけど、それでも井藤さんに狙いを定めて掴みかかることはできなかっただろう。


 だから、この魔族は何らかの手段を用いて僕たちの挙動を感知している。


 そう、僕は予想していた。


「コピーごときじゃない。コピーだから打ち消せたんだよ!」


 僕は高らかに言う。


 僕の『マギフォース・キャノン』もどきで赤い魔族の『マギフォース・キャノン』を打ち消せたのは、魔力に干渉できるのは魔力しかないからだ。


 魔力は通常、全ての物質を透過する波の性質を持っている。 


 この性質のおかげで魔力は絶えず体内を循環しているし、肌と接触している部分を通じて装備に魔力が伝達されることで、人は魔法を発動することができる。


 でもこの性質のせいで、一つ困ったことがある。


 それは、全てを透過するがゆえ、世界に存在する物質や現象に干渉することができない、ということだ。


「お前は魔力自体を攻撃手段としている。そうだろ?」


 だからこそ魔法が存在するわけで、別に魔力自体をどうこうできなくても不都合はない。


 ただこの魔族の場合、そうはいかなかった。


「それがどうした?」


「あえて魔力を用いているんじゃない。魔族なのに、その身に有り余るほどの魔力を持っているのに、魔法が一切使えなかったんだろう?」


「ッ!」


 魔族の顔色が変わる。


 当たり。


 半信半疑だったけど、僕の推測は当たってたみたい。


「だから、力業でその問題を解決することにした」


 人間の場合、魔法が全く使えないなんてあり得ない。


 どんな人でも想像することはできるから。


 でも、魔物から進化したと考えられている魔族に関しては勝手が違うのだろう。脳や神経の構造の違いによるものかな?


「それがどうした」


 赤い化け物は一言で肯定する。


 確信を突かれたとはいえ、魔族は未だ冷静だ。


「魔力を高密度、高出力で打ち出し、物質や現象に干渉する。口では簡単に言えるけど、これまで誰もやってこなかった極めて非効率な魔力の運用方法だ」


 魔力は、波である。


 けれども、打ち出した魔力の量や密度、魔力に込められたイメージの精度の違いにより、この魔族がやっているように、城を揺らすほど大きなエネルギーを付与させることも可能になる。


 さながら、日光をレンズで収束させて紙を焦がすかのように。


 それに恐らく、その域まで魔力の扱いに慣れてしまえば、他者の体内に流れる魔力を感知することも容易いんだろうね。


 視覚に頼らない感覚の獲得は、いわば副産物。


 『マギフォース・キャノン』を肌で体感し、ここまで思考を巡らせて『マギフォース・キャノン』を分かるようになって、見よう見真似でコピーしてみて確信した。


 僕の仮説は、高確率で正しい。


「下らん話はいい。マグレで生き延びたくせに偉そうじゃねえか!」


 僕の含みを持たせた言葉を、赤い魔族は戯言とみなして片付けた。


 多分、こいつはここまで考えが及んでいない。


 魔族は人間の言葉を話せるほど頭脳が発達した魔物だけど、こいつに限っては深く学習していないな。


 ただただ力任せで、自分のできることを分かろうとする努力を怠っている。


 そんなやつに、僕は負けない。


「これ以上は無駄だ!今のでお前の魔力は打ち止め!時間稼ぎか知らねえがバレバレなんだよ!」


 太い右腕をこちらに向け、手のひらをかっぴろげながら魔族は喚く。


 学習能力がないにもかかわらず、こいつは勝利に貪欲だ。


 『マギフォース・キャノン』を再現するために膨大な魔力を要することを理解し、僕の魔力が底を尽きたのを見抜いている。


 今の僕一人では、こいつを倒すことはできない。


 そんなこと、言われなくても分かってる。


 でもね、僕たち勇者は一人じゃないんだよ。


「渡会くん!長谷屋くん!蝶野さん!」


 僕はいきなり、仲間の名前を大声で呼ぶ。 


「一村、よく耐えたな!」


「遅くなってすまない」


「そんなに大声出さなくても、聞こえてるわよ」


 すると僕の対面、魔族の後ろ側に位置する王城正門から走ってきた三人が、相変わらずのリアクションで答えてくれた。


 来てくれると信じてたよ。


「岩本さん!高坂くん!林崎さん!」


「一村くん、城の人たちはもう大丈夫。サルゼアさんとシルミラ姫が中心になって見てくれてるから」


「高坂くんは…、目は覚まさないけど生きてる……」


 続いて僕の後ろの本館入口から、聞き慣れた二人の声が耳に入る。


 高坂くんは戦闘不能みたいだけど。


「まだいやがるのか…!」


 そろそろ時間だと思っていた。


 渡会くん、長谷屋くん、蝶野さんが城下町に留まったまま、街の安全を確認して城に戻ってくる時間。


 岩本さんと林崎さんが城の人と井藤さん、○○くん、それと高坂くんの避難を完了させ、僕が戻ってこないことを知って助けに来てくれる時間。


 そして…。


「京月さん!」


 シルミラ様を別館まで運んだ後、絶対に僕を死なせまいとする彼女が駆けつけてくれるまでの、最短時間。


 それが今、この時間だ。


「十海くん、生きててよかった!」 


 最後に、岩本さんと林崎さんの背後から、絞り出したかのような声。


「みんな、来てくれてありがとう!」


 今この場所に、グループ一村が揃った。


 高坂くん以外の。


「疲れてる中、本当に申しわけない!ラストスパートってことで、この魔族を…」


 [この魔族の名前は何?]


「『分かるようになる魔法』」


 [ヴェクネロ、です]


「…ヴェクネロを、絶対に倒すよ!」

 

「「「「「「「おうっ!!!」」」」」」」


 うん、全員ベストコンディションだ。


 魔族なんて、少しも脅威じゃない。


 僕たちが、グループ一村が粉砕してやるよ!

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