第十五話:急展開の連続で、ついていけるか分からない

第十五話:急展開の連続で、ついていけるか分からない


「はあ……はあ……はあ……」


 脇目もふらずに階段を下っていく。


 不覚にも、ティアーナ様の体を乗っ取ったヒシムロを逃がしてしまった後。


 城の最上階にいても気づくほどの轟音が鳴ったことを受け、まだ排除すべき存在がいると僕は確信した。


 なのでシルミラ様を京月さんに任せ、一階に向かってとんぼ返りしているというわけだ。

 

「上るよりも…、下る方が大変だね……」


 白い大理石のような材質の階段をカツカツと踏みしめながら、一人呟く。


 今はおそらく、夜の九時、二十一時くらいだろうか。廊下に時計がないから分からない。


 もう皆忘れちゃってるかもしれないけど、僕は今日、割と早めに起きて、日中は狩りに出向いて魔物と命のやり取りをしていた。


 そしてその帰り道、あくまでお手伝いだったけど、重たい大蛇の魔物の一部を抱えて城まで運ぶ作業に参加した。


 こんな感じで体を痛めつけられた上に、今回の反乱だ。


 ハイスピードで階段を昇ったし、魔法を駆使した生きるか死ぬかの戦いも経験させられた。


 短い間だったけど、仲間だと思っていた人も殺してしまった。


 正直、体も精神も限界だ。今すぐにでもベッドにダイブして、楽になりたい。


「でも、まだ駄目だ…!こうしている間にも、誰かが戦ってるだろうし」


 ヒシムロを利用した王族の殺害、いわゆる革命は多分、王国が勇者の存在を明らかにした直後に帝国によって計画されたものだ。


 やつは自分の特殊魔法を、人から人に憑依する特殊魔法と言っていた。


 だから、毎日のほとんどを王城で過ごしていたティアーナ様まで近づくのは、かなり時間を要したはずだ。気付かれたらおしまいだからね。


 さらに言うと、王城の使用人や騎士たちをサンライト教に入信させて伏兵にしたのも、ヒシムロの仕業だと思う。


 教会が城の敷地にあるくらいだから、ホワイトローズ王国には元から信者はそこそこいるのだろう。


 サルゼアさんの授業で習ったけど、一部の過激派が特殊魔法主義なだけで、サンライト教そのものは悪い宗教ではないらしい。


 その教義は、日の光を特別なものとして、太陽が出ている間は人間らしく文化的に生活しようというものだ。

 

 そして王国では信仰の自由があり、誰でもサンライトの教えを信じることができる。


 しかし、ヒシムロがそれを利用した。


 具体的な方法は分からないけど、城に潜入したヒシムロは、善良な信者たちを狂信者に仕立て上げた。


 そして、例えば今夜鳴ったような大きな音を合図として、一斉に蜂起するように口裏を合わせておき、今夜まで潜んでいた。


 大体、こんな感じだろうか?


 証言を得られる人がいないから、全くの推測でしかないけど。


「あっ!井藤さんっ!」


 そんなことを考えながら三階分下って二階の床を踏むと、こちらに向かってきた井藤さんとばったり会った。


「あら」


「うおっ!」


 ただ彼女は、一人の男子を連れている。


 黒髪で馴染みのある顔だから勇者で間違いないんだけど、名前が…、思い出せない。


「けがはない?」


「ええ、大丈夫」


「そう言う一村の方がきついんじゃないか?」


 二人とも、王国から支給された革の鎧を身に着けている。くたびれた茶色のなんてことない防具だ。


 井藤さんは小さな杖を握っている。彼女は後衛タイプの魔法使いに分類される。


 一方、誰かさんは背中に大きな武器を背負っている。あまり詳しくないけど、大斧ってやつかな?


「一村くん、もしかして五階に行っていたの?」 


「うん、この騒動は革命が目的なんじゃないかって思ってね」


「革命っ!?それって、王を殺すことだよな……。それで、どうなったんだよ!?」


 僕が彼女の質問に返したら、男子が割り込んできた。


 なんて人だったか忘れたけど、焦る気持ちも分かる。


 王族が全滅すれば、王国は崩壊したも同然なんだから。


「結果だけ言うと、シルミラ様は助かったけど、シルバース様は亡くなられた。犯人はティアーナ様に憑依した帝国の勇者で、革命の首謀者だ」


「帝国の勇者!?」


「…そう」


 僕が早口で言うと、男子はひっくり返りそうになりつつ驚き、井藤さんは一言だけ発した。


 彼女は結構、というかかなりクールだ。今まで取り乱した姿を見たことがないほどに。


 まあ、王の訃報を知っても動じないのは、少し冷たすぎる気がするけど。


「落ち着いて、〇〇くん。王政は脆いものよ。どんなに気を付けていても、暗殺されるリスクはつきまとうわ」

   

「そりゃ、理屈ではそうだけどよお!?曲がりなりにも、今まで世話になった王様だぞ!?井藤、いつも思ってたが…」


「それで一村くん、姫様は無事なの?」


 ○○くんと呼ばれた男子が物申す直前、井藤さんは再び質問してくる。


 この人も苦労してそうだ。未だに誰だか分からないけど…。


「おい、無視…」


「○○くんは黙ってて。今もここまで衝撃が伝わってくるほどの戦いが、どこかで起きているのよ?小さなことは後回しにして、一村くんと協力するのが先」


「う……まあそれもそうだけど」


 井藤さんがズバズバと言って、○○くんが突っ込んで。

 

 それを無視して井藤さんが続けて、さらに○○くんが突っ込む。


 この二人のお決まりのパターンは分かった。


 でも、そんなことが分かったところで何の役にも立たない。


 長くなりそうなら、この人たちを置いて一階に戻りたいんだけど。


「あの、いいかな?」


「失礼したわ、説明して?」


「分かった。憑依されたティアーナ様、名前はヒシムロというんだけど、彼女には逃げられた。でも、五階は信者…、敵を全員倒してあるから安全だよ。シルミラ様は京月さんが看てくれてる」


「それならよかったわ。彼女は傷を癒す特殊魔法を持ってるもの」


 僕の簡単な報告を聞いても、井藤さんは顔色一つ変えなかった。


 信者のことまで解説する暇はないから、僕としても助かる。


「でも、京月一人で大丈夫か?まだ敵がいるかも…」


「大丈夫、京月さんなら返り討ちにしてくれるから」


 僕は、○○くんの声を遮って強めに言った。


 僕には、心配するようなことは起こらないと断言できる。


 なぜなら、王族の襲撃に関してはヒシムロに一任していただろうから、だ。


 騒動後に見張りを始めたガナムトは例外として、五階に狂信者を配置してしまうと、王様や姫様の行動が予測できないものになってしまう恐れがある。


 それに、五階の警備は厳重だ。


 騒動前にはヒシムロしか入れなかっただろうし、ティアーナ様の肩書きを利用して、無理やり狂信者を投入するのも危険すぎる。


 怪しい行動がバレたら警戒されて、計画を実行することが不可能になるからね。


 つまり、ヒシムロの強さと性格から察するに、足手まといの味方を五階に用意する必要がない。


「そう、あの子を一番近くで見てきたあなたが言うんだから、大丈夫そうね」


「なんだよっ、惚気かよ…」


 僕の仲間を思う強い気持ちに対して、二人は意味深な一言を吐いて納得した。


 なんてこと言うんだ!質問に答えただけなのに!


「とにかく僕は一階に行って、暴れてる敵を排除する。二人は?」


「二階の人は全員避難できたわ。三階に人はいないとみていいから、私たちも加勢する」


「え!?さっき念のため三階も見ようって……」


「○○くん。物事には優先順位があるのよ」


「でも…」 


「○○くん?」


「…分かったよ」


 また始まった。


 これ以上付き合いきれないので、僕は彼らに背を向けて階段を下り始める。


「行きましょう」


「こうなりゃやけだ!何でもいいからかかってこい!」


「○○くん、ここは城の中なんだから人間しかいないはず……」


 そんな二人の声を聞きながら僕は、階段の中間にある踊り場を走り抜けて一階を目指した。



※※※



 ドオンッ!という、ひときわ強い衝撃。


「っ!」


「止まって、○○くん」


「おう」


 一階へと至る階段の途中で、僕は左手を上げて後ろの二人に注意を送る。


 ここから見る限りだと、階段を下りた先には何もない。


 でも、衝撃は明らかに激しくなった。発生源はかなり近い。


 やっぱり、一階で何かが起きている。


「――ッ……―――ッ…」


「待って。何か聞こえない?」


「これは…、誰かの叫び声かしら」


「叫んでるやつの仕業か?」


 どうだろう。それはまだ分からない。


 王国を守る勇者として、この目ではっきりさせないと。


「…」


 しばらくの後、僕は慎重に白い段を下りていく。


「お待ちしておりました、トーミ様」


 そしてようやっと一階に足を付けたところで、老執事が立っていた。


「カフラさん」


 彼がいる階段の左側は、別館をつなぐ渡り廊下に出るエントランスの方だ。


 ということは、ここも安全なのか?


 いや…。


 僕はカフラさんに気付かれないようショートスピアを少し傾け、彼の信じる宗教を知りたいとイメージする。


「モエカ様、○○様もご無事で何より…」


 僕の様子を見て、二人も降りてきた。


 [この人は、サンライト教の信者ですか?]


「『分かるようになる魔法』」


「おや。これはなんですかな?」


 僕が宣言した瞬間、槍の穂先から青い魔力の線が伸び、カフラさんの胸の真ん中に当たった。


 [いいえ]


 彼は困惑した風に、自分の胸元と僕の顔を交互に見始めた。


「僕の特殊魔法です。ティアーナ様の体を乗っ取って王様を殺害した不届き者がいたので、カフラさんも確かめてみたんです」


「今、なんと……仰いましたか?」


 簡単に言うと、耳の上の髪を掻き上げながら聞き返してきた老執事。


「シルバース王は、亡くなられました。今回の騒ぎを引き起こした黒幕に殺されたんです」


「そんな…」

 

 僕の言葉を聞いて、カフラさんは眩暈を起こしたようにふらついた。


 ドオオオオッ!!


 同時に、大きな音がもう一度鳴り響く。


「ああ、失礼致しました。信じられませんが、目先の懸案に取りかからなくてはいけませんな」


「カフラさんは、この音の原因を知っているんですか?」


 僕は尋ねつつ、正面奥のエントランスに視線をやる。


 ランゼリカ様がいない。


 一階の様子を見てくるようにお願いした、高坂くんと林崎さんも戻ってきていないようだ。


「申し訳ありません、私にも分かりかねます。トーミ様とユナ様が上階へ行かれてからしばらくの間は、別館からお越し下さったモエカ様たちの協力の下、正気の人をできる限り、別館へ誘導しておりました」


「私たち井藤グループはほぼ全員城の外に出ずに休んでいたから、刹羅に言われてエントランスに来たのよ」


「なるほど」


 それは不幸中の幸いだった。


 一村グループの今日の予定は、僕、京月さん、高坂くん、林崎さんの四人が街の外で魔物狩り、岩本さんが冒険者ギルドで料理のお手伝い、渡会くん、長谷屋くん、蝶野さんの三人は城下町の散策だ。 


 東グループは分からないけど、先生は夕食前に城にいたから、多分全員が自由行動。


 それと野木島グループの面々は、リーダーの野木島くんと笹良さん、武富くんが街兵の仕事をしてたことは分かってるけど、他のメンツの居所は不明。


 最後に井藤グループは、別館で羽を伸ばしていた。


 こう考えると、王城にいることが確定している勇者がそれほどいない。


「それで、その後何かあったんですか?」


「はい。避難が思いの他早く済み、モエカ様たちがもう一度城内の巡回に行かれたすぐ後、一際大きな音が鳴ったのです。向こうの、食堂の方から」


 カフラさんはやや早口で喋りながら、背後に腕を伸ばした。


 つられて、僕たちは後ろを振り向く。


「あっ!」


「食堂の扉が、閉まってる?」


「いや、あれは塞がれているわ、○○くん。扉を閉めた上に、魔法で生み出した土で塞がれている」


 井藤さんの言う通りだ。


 今いるエントランス付近を挟んで別館とは反対側にある食堂の扉は、土の魔法が施され塞がれている。


 でも、変だ。最後に僕が見たときは、あんなことになっていなかったのに。


「おそらく、お嬢様でしょう。音と衝撃で、居ても経ってもいられなくなったお嬢様が食堂の方へ向かわれましたので。そのすぐ後に、入口が塞がれました」


 それじゃあ、ぐずぐずしている暇はないね。


 ランゼリカ様が自ら退路を絶ったということは、そうせざるを得ないほど強い相手に出会ったということに他ならない。


「大体の事情は分かりました。ありがとうございます。ここは危険ですから、カフラさんも別館に避難してください」


「ですが、お嬢様を見捨てるわけには…」


「大丈夫ですよ、カフラさん!俺たちがお嬢様をお守りしますから!」


「○○くんの言う通りです。安全な場所で、安心して待っていてください」


 僕が話を切り上げようとするけど、カフラさんは迷っているようだ。


 僕の見立てでは、この老執事も相当のやり手だ。


 でも、主の思いを汲み取って、今はでしゃばらないようにしている。


 僕の指示に従うだけじゃなくて、ランゼリカ様が安心して帰ってこれる場所を守ってくれているんだ。


「モエカ様、○○様。はい、分かりました」


「すいません。ランゼリカ様は必ず連れて帰ります」


「トーミ様。どうかお願い致します」


 そう言って、主に忠実な一人の執事は深くお辞儀をした。


 王城の中で他国の賓客を見殺しにするなどあってはならないことだから、正直かなりの重責だけど、今更そんなこと言ってられない。 


「はい!…じゃあ、行こう。井藤さん、○○くん」


「ええ」


「おう!」


 こうしてカフラさんに別れを告げた僕たち三人は、足を速めてエントランスを後にした。


 しかし、相手の正体がまだ分かっていないのが気がかりだ。


 城の人間が寝返ったとしても、ランゼリカ様に敵う人はいないはず。それほど彼女は強い。多分。


 さらに、あの特殊魔法。明らかに魔法の直撃を無効化していた。


 何か条件があるのかもしれないけど、あの魔法が使える限り、彼女に傷をつけることができる人はいないだろう。


「井藤さん、○○くん。絶対に勝つよ!」

 

「もちろん」


「ああ、絶対にな!」


 走る勢いはトップスピードに到達し、食堂へと続く廊下を駆け抜けていく。


 この二人とは連携プレーを練習したことはない。いわば即席パーティだ。


 でも、緊急時にそんなこと言ってられない。どんな厳しい状況の中でも勝利をもぎ取れなければ、勇者の存在価値がなくなってしまう。


 ドオオオオッッ!!!


「っ!止まって!」


「すごい衝撃ね」


「なんなんだよこれはよお…!」


 もう少しで入口に到着するというところで再度轟音が鳴り、床が激しく揺れた。


 僕と井藤さんは危なげなく止まることができたけど、○○くんは勢い余って転びそうになる。


「…―せえっ!………―――ォースッ……」


「…――ですか!?……――フェクト!…」


 扉の向こうから話の一部が聞こえる。かなり近いね。


 未だ岩で塞がれた扉の向こうの食堂で、ランゼリカ様と誰かが戦っているんだろう。

 

「二人とも、準備はいい?」


「ええ」


「大丈夫だ」


 僕は、改めて心の準備を促す。


 二人は僕の特殊魔法を知っているし、僕も二人の特殊魔法のことは頭に入っているから問題ない。


 あと必要なのは、覚悟だけ。


「僕が魔法で扉を破るから…」


「…――ノンッ!…」


「…―ミーっ!……」


 ドオオオオオオッ!!!


「っ!」


「また」


「くっそ!」


 説明の途中で、また衝撃がやってきた。


 間違いない。聞こえてきた声とタイミングが同じだったから、音と揺れの発生源はこの奥だ。


「時間がない、いくよっ!…『アース・ストリーム』!!」


 ヒシムロの高圧水流から着想を得て、全てを洗い流す土砂の奔流を強くイメージし、僕は魔法を唱えた。


「これが一村くんの魔法ね」


 具現化は成功、威力は絶大。


 質量を伴った土砂は、瞬く間に補強された扉をぶち破り、食堂に流れ込んでいく。


「あっ」


 しまった。中の人のことを考えてなかった。


 でも、他の属性だとパワー不足だし気にしない。


「おいおい!こんな派手に撃って、魔力は大丈夫なのか?」


「大丈夫。まだ数回しか魔法は使ってないから」


 土砂で埋まった廊下を一歩ずつ進みながら、僕はやせ我慢を張る。


 本当は限界が近い。体は体力と魔力を補うために休息を欲している。


 一般的に、魔法の発動回数が多ければ多いほど、術者の魔力の消費量も多くなる。


 それじゃあ、どでかい魔法を一発撃つだけなら魔力切れにならないかというと、そうでもない。魔法の規模によって、体から出ていく魔力の量も変化するから。


 僕の場合だと、今のを含めて五回、魔法を撃っている。


 裏切り者の騎士たちを無力化するために撃った滝の魔法。


 ガナムトを信者と看破した『分かるようになる魔法』。


 ヒシムロの飛び降りを阻止しようとした逆風の魔法に、カフラさんに使った『分かるようになる魔法』。


 そして、今発動した土砂の魔法。


 この通り、五回しか魔法を使っていないわけだけど、かなりしんどい。


 特に滝の魔法と土砂の魔法は、多量の水と土砂を動的な流れという現象と共に生み出す必要があったから、規模が大きく、体感だけど結構魔力を持っていかれた。

 

「ならいいが…、無理はするなよ?」

 

「うん。心配してくれてありがとう」


 僕の言葉に○○くんは納得していないみたいだったけど、代わりに釘を刺してくれた。


 それには素直に感謝する。命がけの戦いで、本当に命を落としてしまったら元も子もない。


「別に、礼を言われるほどの…」


「…きゃああああっ!」


 照れくさそうにした○○くんが話を続けている最中、突如として女性の叫び声が響き渡った。


 この声は、ランゼリカ様!?


「ランゼリカ様っ!」


「いきましょう」


「一村、気をつけろよ!」


 悲鳴が聞こえた途端、僕は急いで駆け出して食堂の入り口をくぐる。


「っ!」


 入室した僕は思わず、声にならない驚きの声を漏らす。


「これは…」


 食堂は変わり果てていた。


 バキバキに壊れた長机。そこら中に散乱した皿の破片と銀の食器たち。無残にひしゃげ、横転しているワゴンカートの数々。


 そして、数十メートル前にいたのは……。


「ちっ!こいつも魔力が少ねえなあっ!」


 僕の倍はあろうかという体躯。


 二本の角が生えたドラゴンのような頭に、ゴリラを思わせるムキムキの体。


 体の外側は鮮やかな赤色の毛で覆われ、内側は血のように赤黒い皮膚が守っている。


「あんだけしか魔法使ってねえのにこのザマか!」


 まさに、異形としか言い表せない謎の存在。


 そいつが…、そいつがランゼリカ様の頭を掴んで持ち上げていた。


 こいつはなんだ?


「やっぱ、人間はゴミだな」


 そう言うと、人の言葉を発した何かは僕の方を振り向きながらぽいっと投げ捨てた。


 ぴくりともしない、彼女を。


「…」


 血のように真っ赤なドレスが、本物の血を滲ませてところどころ赤黒く染まっていた。


 少し心配になるくらい白い肌をした体が、何の抵抗もなく倒れ込んだ。


 宙を舞った深紅の髪が織り成す炎のような揺らめきが、地面に広がって一瞬で消えた。


 僕は目を離さず、その様子を穴が開くほど見つめる。


 抑えろ。


 殺意は抑えろ。冷静に考えろ。 


 こいつは、人語を介する異形だ。


 サルゼアさんの授業で絵を見ただけで、まだ出会うことはないだろうと思っていた。


 こいつはいわゆる、あれだ。 


「あ?」


 余韻を十分に味わったのか、あれは僕の顔に焦点を定めた。


「…」


 無言で睨み返す。


「一村くん…!」


「こいつは…!」


 僕のすぐ後ろで二人の声。


 魔族。


 魔物とは無縁の街の中、それも王城の一室に、魔族がいる。


 どうしてここに?なぜこのタイミングで?どうやって誰にも気づかれずにやってきた?


 疑問がふつふつと湧いてくる。


「次はお前か?そろそろ打ち止めかと思ったが……」


「…す」


「ああ?」


 でも、問題ない。


 緊急事態なんて関係ない。急展開の連続がなんだ。


 事態は全く飲み込めないけど…。


「殺す」


 …こいつは、ここで殺す。

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