第十四話:連戦したせいで、体が保つか分からない

第十四話:連戦したせいで、体が保つか分からない


 やあやあ皆さん、こんばんは。一村十海だよ。


 ここいらで前回のあらすじを一つ。


 大きな音がして異変を察知した僕たちとノーブルレッド帝国のお嬢様、ランゼリカ様は臨戦態勢に入った。


 裏切り者の騎士たちを倒した後、僕はリーダーとして指揮を執り、京月さんと一緒に五階を目指す。


 しばらくの後、五階にたどり着くと、廊下にいた若い執事、ガナムトが味方のふりをして襲ってきたけど、冷静な京月さんに排除された。


 彼女とどう接したらいいか分からないけど、大体こんな感じかな。




「ここかな」


「そうだね」


 サンライト教の信者だったガナムトを倒してから、息つく間もなく息を殺して五階の廊下を進むこと、数分。


 金色の金属板に彫られた『国王執務室』と書かれたドアプレートの前で、僕と京月さんは立ち止まった。


 道中、ガナムトの他にサンライト教信者とみられる敵の姿はなし。


 それどころか、力尽きた遺体も争った形跡もない。


 僕は五階に入ったことがないから、人がいないのが普通なのかもしれないけど、他の何よりも王族の命が守られなければならないこの状況では異常と言う他ない。


 あるいは、裏切り者とみられるティアーナ様が人払いか、陽動でもしたのかもしれない。


 姫を守る騎士として、厚い信頼を寄せられている彼女ならば可能だと思う。


「じゃあ、いくよ」


「うん」


 僕は金色のドアノブに手をかけ、なるべく音がしないようにゆっくりと捻った。


 ガナムトがこの階の階段近くにいたのは、おそらく見張りの役目を果たしていたためだ。


 反乱の狼煙となった轟音がした少し前、五階にやってきた彼は、『晩餐会の準備ができたことを王と姫に伝えに来た』と言い騎士たちを油断させた後、殺害。 


 その後階段付近に居座り、異変を察知した魔法使いや騎士がやってきたら、今度は王の命が危ないと言って油断させ、騙し討ちで排除する。僕たちにやったようにね。


 そして、そのときの言い分は『ティアーナ様が裏切った』。


 シルミラ様の側近である彼女が首謀者だと吹き込むことで、不可能に近い王族の抹殺という話に信ぴょう性を持たせることができる。


 多分、ガナムトが思い描き、実行に移していたのはこんな感じの筋書きだ。


「……」


「……」


 僕も京月さんも、ただ黙って扉を注視していた。


 キィーィィィッ。


 ゆっくり、ゆっくりと扉を開いているけど、どうしても耳障りな音が鳴ってしまう。


「……」


 数秒を何百倍にも感じながら、僕は熟考を続ける。


 もちろん、ティアーナ様が敵、という情報自体が嘘である可能性もある。


 しかし、ガナムトの話は妙にリアルだった。


 まるで王が殺された瞬間、その場に居合わせたかのような。 


「動くな!!」


「おや、誰かと思えば勇者じゃないか。それも二人」


「く……う…」 


 扉を開けきり、一息に中に飛び込むと、聞き覚えのある声が発せられた。


「シルミラ様っ!」


 思わず僕は叫び、足早に部屋の中を進む。


 目に飛び込んできたのは、白いドレスを赤く染めた姫様の姿と。


「それに…、ティアーナ様も」


 黒い甲冑に身を包み、夜の闇のように黒い剣を姫様に突き刺している反逆者の姿だった。


「おっと、それ以上近づかないでくれ。今剣を抜けば、シルミラ様は死んでしまう。分かるな?」


「うん……血があふれて、失血死するだろうね」


 声は変わらず、流麗で凛とした低音。


 ティアーナ様の甲冑を着た別人というわけではなさそうだ。


 まさか、ガナムトの話は本当だったのか?


「よく分かってるじゃないか」


 中に入り右を向いてすぐ、国王執務室の正面奥側には大きな事務机があり、シルミラ様とティアーナ様は机の手前に立っていた。


 姫様は机の上に腰かける形で長剣を受け止め、痛みに喘いでいる。


 腹に突き刺さった刃を両手で掴み、最低限の抵抗を図ってはいるけど、いつまで保つか。


 対して騎士様は左手で長剣を握り、半身だけ僕たちの方に向けている。


「…」


 考える。


 ずいぶんと余裕そうだ。姫様の命を奪うという目的が果たされたから、僕たちに殺されてもいいってこと?


 もしくは、この状態でも僕たちを無力化して、逃げおおせる自信があるのか?


「確か…一村十海と、京月癒那だったか」


「…!」


「『分かるようになる魔法』と『いつもの献身』。対象を分析する特殊魔法と、癒す特殊魔法だな。なるほど、生き残りの中からサンライト教の信者を暴いて倒し、万が一のために王族の命を救う手段を用意しておく。なかなか考えているじゃないか」


 変だ。


 この人は、決定的におかしい部分がある。


「信者…。やはり、サンライト教の信者を煽ったのはあなたなんですね?」


「おや、その言い方だと、私が信者じゃないみたいじゃないか。失礼だな、私も敬虔なるサンラ……」


「芝居はやめてください、ティアーナ様。いや…」


 僕はティアーナ様とみられる人物の話を強引に遮った。


 時間の無駄だ。


 これ以上問答を続けていたら、姫様が死ぬ。


 それに…。


「ティアーナ様を洗脳した誰かさん、と言った方がいいかな?」


「っ!」


 彼女は、彼女じゃない。


「…へえ、ずいぶんやるもんだね。王国の勇者さんは」


「『王国の』ってつけたということは、あなたは王国に属していない勇者なんだね?」


「っ!…」


「今更黙っても遅いよ。僕の知る範囲内では、人を洗脳する特殊魔法を持つ王国民はいない」


「それは、きみがものを知らないだけじゃ……」


「それだけじゃない」


 図星なのか、ティアーナ様の偽者は少し動揺しているようだ。


 さっきとは打って変わって、居心地の悪そうに体を揺すっているし、持ち上げた左手を何度か剣を握り直している。


「あなたは、僕と京月さんの名前を完璧に発音してみせた。『一村十海と、京月癒那だったか』とね」


「……」


「つまり、あなた。今ティアーナ様を操作しているあなたは、元日本人だ」


 だけどこの人、隙がない。


 僕と話しているにもかかわらず、僕と同じくらい京月さんも警戒しているし、なんなら瀕死のシルミラ様にも気を配っている。


「疑うなんて心外だな、練習したんだよ。勇者様たちの名前を正しく言えるように……」

 

「ほら、またボロが出た。ゼアーストにやってきてから数日間は、僕たちはティアーナ様と会うことが多かったけど、最近は滅多に会わない。普段の仕事で忙しいのに、顔を合わせる機会がない人たちの呼び方を練習するはずがないんだ」


「それは……」


「それに、ティアーナ様は僕たちのことを『勇者様』とは呼ばない。『貴殿』、もしくはラストネームの呼び捨てで呼ぶから」


 僕は、偽ティアーナ様に悟られないようにしながら、なるべく時間を稼ぐ。


 ガナムトを倒した一撃を見て、僕たちは考えた。


 もし執務室で戦闘になった場合、京月さんが魔法を撃った方がいい。ゾーンに入っていると言えばいいのか、今の彼女の想像力は洗練されているからだ。


 だからなるべく時間をかけて、一撃必殺の魔法を練ってもらう。


 そして、その間の時間稼ぎとして、僕が目の前の相手から情報を引き出す。


「さらに言うと、あなたがそのことを知らないのなら、彼女を洗脳したのはごく最近だね?」


「…」


「喋らなくても、リアクションで分かるよ。当たりだね」


「…」


 まずい。


 相手は余計なことを言うまいと、黙り込んでしまった。


 これ以上の時間稼ぎは難しいか?


「信者を利用しているんだ、あなたは聖共和国の手先だね?ガナムトを見張りに立てたのも、あなたの指図でしょう」


「…」


 京月さんの方は見ない。


 そんなことをすれば、絶対に気づかれる。


「今回の襲撃の目的は、王族の抹殺。ひいてはホワイトローズ王国を滅ぼすことにある。違う?」


「…」


「現国王のシルバース様と次期国王のシルミラ様を消してしまえば、王国は立ち行かなくなる。そうして王都がごたごたしている間に、信者をけしかけて戦争を仕掛ければ……」


「…こく、だよ」


 後はもう、襲撃の目的と戦争の背景を並べるしかない。


 そう思って話していたんだけど、他国の勇者が何ごとかを呟いた。


「帝国、だよ」


「…帝国って、ノーブルレッド帝国のことかい?」


 先ほどとは打って変わって、気の抜けた暗い声が飛んできた。


 洗脳したこともされたこともないけど、話し方というものは自己の人格によって変わるのかな?


「そうだ。私は、ノーブルレッド帝国の勇者。名はヒシムロ」


「………」


 ヒシムロ?菱形の菱に、室という字かな?


 いまいち、漢字が浮かんでこない。


「苗字じゃなくて、名前を教えてよ。ゼアースト人に説明するのが難しいんだ」


「いや、その必要はない」


 と、ティアーナ様改め、ヒシムロがそう言った瞬間…。


「おまえはここで死ぬことになるから……」


「がっ…!」


「…なあっ!」


 シルミラ様の腹から剣を抜き、僕に斬りかかってきた。


 バカな!


 甲冑を着、重たい剣を持ったまま数メートルの距離を一瞬で詰め寄るなんて、どんな筋力をしているんだ!?


「っはああああっ!」


 刀身が迫る。黒い刃は光を吸収しているのか、ランプの光で照らされても漆黒を放ったまま。


 まるで、夜の闇に斬られるかのようだ。


「十海くんっ!」


 京月さんが叫ぶ。

 

 なんか、この展開さっきも見たような…。


 なんて考えるのは不謹慎だし、そんな暇があったら動かないと。 


 幸い、魔法を撃つ選択肢は端から捨てている。一秒にも満たないけど、十分に考える時間はある。


「…」


 僕は目だけを動かして周囲の情報を分析する。


 しゃがむのは駄目だ。京月さんの魔法に巻き込まれる。


 左もよくない。振り切られた刀身の餌食になるだけだ。


 となると、残るは右。


 けど、右側からは今まさに漆黒の剣がやってきている。


 それじゃあ、どうするか?


「うおおおっ!」


 こうする!


 僕は、夜の刃先に突っ込むようにして前に転がり込んだ。


 闇とすれ違う瞬間、ブウンッとうねる音がすぐ上で聞こえる。


「『メテオ・ショット』っ!!」


 続いて、京月さんの魔法が発動。


 放たれた青の魔力が直径一メートルほどの隕石へと姿を変え、ヒシムロに襲いかかる。


 至近距離に僕を据えたことで、魔法が飛んでこないと読んだのだろう。


 直径二メートルほど、空気との摩擦でオレンジの火花を散らす隕石が、剣を振り抜いた直後の黒騎士に激突した。


「っ、がはああっっっ!!」


 瞬時に甲冑を歪ませ、窓際に叩きつけられるティアーナ様の体。


 でも、京月さんのイメージが弱かったようだ。これほどの速度と重量があれば、部屋の壁を突き破ってもおかしくないほどの威力が出るはず。


 躊躇なくガナムトを殺した彼女が、洗脳されているティアーナ様を気遣うなんてことはないだろうし、きっと偶然だろう。


 あれ、京月さんを血も涙もない鬼みたいに思っちゃってるや。


「京月さん、シルミラ様の治療をっ!」


「うんっ!」

 

 僕は視線をヒシムロから動かさず、京月さんにお願いした。


 左脇腹に隕石が刺さった体勢で壁にめり込んだ彼女は、砂煙の中に紛れている。


 間違いなく、ヒシムロというか、ティアーナ様の体は戦闘不能だ。

 

 死んだかもしれないが、油断はできない。


「それで、名前は?」


 念のため、近づかずに話しかける。


「……菱形の菱に、教室の…室」


「名前を聞いてるんだけど?」


「菱室だ」


 なるほど。教えるつもりはないと。


「名前には、感情がこもりすぎる。苗字の方が……冷たくて機械的だ」


 砂埃が晴れると、彼女は生きていた。


 瓦礫の中で窮屈そうにしている。


 でも、言っていることがよく分からない。


「私の…特殊魔法は、洗脳じゃない。憑依に近いものだ。人から人へ憑依を繰り返すことで…この体までたどり……着いた」


 さっきまで左手に握っていた黒い剣が見当たらないから、魔法を撃つ時間稼ぎで出まかせを言っているわけではなさそう。


「…」


 表面上は何でもない風に装いながら、僕は考えてみる。


 憑依、か。それなら、ティアーナ様を乗っ取ることができた理由にも納得だ。


「きみは…私を……感情のない人形として扱わなかった。完璧だと思い込んでこの体の主を演じていた私に、敗北を突きつけた」


「あの、ちょっとよく分からないんだけど…」


「分からなくてもいい」


「そう」


 この手のタイプは、一人で喋って一人で満足するので、深追いはしない。


 それよりも気になるのは、『人形』、そして『演じていた』という表現。


 この人もしかして、元役者だったり?


「ねえ、あなたはどうしてこんなことを…」  


「『ジェット・スプラッシュ』」


 僕がさらに追及しようとしたそのとき。


 菱室は一言漏らすとともに、おもむろに左の手のひらを壁につけ、魔法を放った。


 しまった!


 この人、武器を介さずに魔法を使えるのか!


「強靭な肉体、潤沢な魔力、そして唯一無二の特殊魔法。この体は、失うに惜しい」 


「待てっ!」


 けたたましい音を立て、壁が削れていく。


 近づこうにも、勢いのある水しぶきと瓦礫の破片が阻む。たまらず、僕は両手で顔を覆ってしまう。


 ジェットスプラッシュ、高圧噴射か!


「『アース・ランス』っ!」  


「遅いっ」


 僕は慌ててトドメを刺そうとするも、一歩遅かった。


 人一人が通れるほどの穴が執務室の壁を貫通し、菱室はするりと向こう側の廊下に逃げて土の槍をよけた。


「この体、ティアーナ・レオズソウルの肉体を取り戻しにこい、一村十海」


 かと思えば、穴から顔を覗かせ、おかしなことを言う。


「何を言うかと思えば。その体で、逃げ切れると思ってるの?」


 彼女は満身創痍。


 隕石をまともに食らった左肩、左わき腹部分の鎧は大きくへこんでいるし、壁にぶつかったときに怪我したであろう右腕もだらんとさせたままで、おそらく動かせない。


 その状態で僕から逃げ、王城を脱出するなどできるはずが…。


「ああ、問題ない」


 僕の心配をよそに、彼女はくるりと振り返り、廊下の奥、夜の黒で塗りつぶされた窓際を向いて言った。


 まさか…。


「そこから飛び降りるなんて、言わないよね」


 ショートスピアから伸ばした土の槍を折り、僕は次の魔法のイメージを練りつつ尋ねる。


「その、まさかだ。『ストーン・ショット』」


 しかしそれを意に介さず、流れるように左手から石の礫を発射し、窓ガラスを割る菱室。


 本気なの?


 特殊魔法の能力は分からないけど、憑依先の肉体が死ぬことは、間違いなくデメリットのはずなんだけど…。

 

 それでも、本当にやるのか?


「また会おう」

  

「待てっ!『アゲインスト・ウインド』!!」


 僕は逆風をイメージして、風属性の汎用魔法を放つ。


 手元のスピアから生じた魔力が夜空へと倒れ込む彼女を通り過ぎ、現象へと変換される。


 瞬間、押し返されるくらいの強い向かい風が発生する。


 が、間に合わない。


 彼女は、ティアーナ様の肉体を奪った菱室は、五階の高さから落下した。


「っ!」


「わあっ!」


 黒幕をみすみす逃したすぐ後、穴を通じて、国王執務室に逆風が流れ込んでくる。


 それに耐えるように、僕と京月さんは踏ん張ってやり過ごす。


「まあ、無理だよね…」 


 少しして、風が止んだ頃。


 僕はショートスピアを放り投げ、床に寝っ転がりながら呟いた。


 実際に使ってみて分かったけど、魔法というものは意外と融通が利かない。


 中距離または遠距離から相手を殺す、無力化することに長けているだけだ。


 今みたいな、無茶な飛び降りを阻止するなんて器用なことはできない。


「ごめん、私が仕留めきれなかった…」


 シルミラ様の治療を終えた京月さんが、申し訳なさそうに僕の隣に座り込んだ。


「いや、あれでよかった。僕を巻き込まないようにしてくれてたんでしょ?」


「うん。魔力に余裕があったから、もっと大きい隕石にすることもできたんだけど…」 


「京月さん?」


「そうしたら、一撃で殺すことができたし、その方がティアーナ様も救われたんじゃ…」


「京月さんっ!」


「はいっ!」

 

 僕は、自分の世界に入ってしまった彼女に強く呼びかけた。


「いい、京月さん?あのときはあれでベストだったよ」


「そ、そう?」


「そうだよ。…ありがとう、癒那さん。助かった」


「ええっ!?ゆ、ゆな!?あ、あ、あ、あ…」


 恥ずかしいから天井を見ながら言ったら、癒那さんがショートしてしまった。 


 やめてよ、こっちも余計に意識してしまう。


 喜ぶかなと思って勇気を出してみたけど、やっぱりやめようか。


「あ、あ、あの、あのあの、十海くんも、その、かっこよか…」


「あれ、私は…」


「シルミラ様!」


 京月さんが勇気を出し切る前に、姫様の声が聞こえた。


 僕は跳ね起き、彼女がの下へ向かう。


「ちっ」


「大丈夫ですかっ?シルミラ様!?」


「あ…なたは、トーミさま?」 


「そうです!一村十海です!」


 意識を繋ぎとめるため、僕は姫様の肩を抱きとめ、力強く呼びかける。


 声に力がないが、大丈夫そうだ。


「勇者……お姉様っ!?お姉様はっ!……っつうう」


「あまり、動かれない方が…」


 シルミラ様は立ち上がろうとしたけど、失敗した。


 お腹を押さえて、痛みに苦しんだからだ。


 彼女の腹には、青く発光した包帯が巻かれている。


 京月さんの特殊魔法『いつもの献身』が込められた包帯だ。


 『いつもの献身』は、絆創膏、湿布、包帯、消毒液など、怪我や病気を癒すためのアイテムを生み出すことができる魔法だ。


 もちろん、ただ生み出すだけではない。


 京月さんのイメージが込められた魔力が詰まっているため、治癒の効果が飛躍的に向上している。


 だから、ものの数分でシルミラ様が意識を取り戻したというわけだ。


「トーミ様。お、お姉様は、どこ……?」


「シルミラ様、驚かないでください。ティアーナ様は…城から逃げ出しました」


「え?」 


 僕の一言を聞いた途端、姫様の顔がさっと曇った。


 混乱しているのか。それとも、彼女が逆賊だと受け入れようとしているのか。


 僕には分からないけど、とても苦しそうだ。


「やはり、お姉様は敵、だったのですね…」


「あの、そのことなんですが…」


「なんですか?」


 僕は中途半端なところで言葉を詰まらせる。


 シルミラ様は状況を知らないようだけど、果たして言っていいのか?


 菱室と呼ばれる帝国の勇者がティアーナ様の体を乗っ取り、あなたを殺そうとしたこと。


 そして…。


 僕は、ちらりと王のデスクを見やる。


 さっきは菱室と姫様がいたから見えなかったけど、こげ茶色の天板の上に液体が広がっていた。


 黒みがかっているが、確かに血だ。一部は机の縁からこぼれ落ちており、床に血だまりを作っている。


 どうみても、量が多すぎる。


 おそらく、シルバース様の遺体はここから見えない位置、机の影にある。


「…」


「トーミ様?……私は、大丈夫です。包み隠さず教えてください」


「ですが…」


 駄目だ、話せない。


 姉と慕う人物が奪われ、おじいさんが亡くなったなんて、言えるはずがない…!


「ティアーナ様は憑依されたんです。体を乗っ取られた状態で王様を殺して、あなたを半殺しにしたんです」


「ゆ、ユナ様?今、なんと…?」


「京月さんっ!?」


「十海くんが無理に言わなくていいよ。…ティアーナ様は体の主導権を奪われたまま逃亡して、シルバース様は彼女に殺されたんです」


 僕が逡巡している間に、京月さんが説明してしまった。


 残酷な運命を、姫様に突きつけてしまった。


「そんな…」


「大丈夫ですか!?」


 片手で頭を押さえ、倒れ込みそうになる姫様。


 僕は両手に力をこめ、彼女の肩を支える。


「い、いえ、大丈夫です。…ユナ様、それは確かなのですね?」


「はい。私と十海くんが、ティアーナ様を乗っ取った人物から聞きました。名前は菱室、帝国の勇者だって言ってました」


「帝国の勇者!?やはり、他国も勇者を…」


 シルミラ様の達観した反応に、僕は隠された事実が存在することを確信した。


 おかしいとは思っていた。


 サンライト教は国を問わず、全世界に布教している宗教だ。


 そして、僕たちはサンライト教の教会に召喚された。


 神の手によって。


 そこに国家を治める施政者の意思が存在しないわけだから、他国、特に大国とされる帝国や聖共和国の領土で勇者が召喚される可能性はないのか、と常々疑問に思っていた。


 さらに、その予感は的中していた。


「それについては後で聞きます。今は安静に…」


 色々言いたいことを飲み込んで、僕はシルミラ様を落ち着かせようとした…。


 その瞬間。


 ドォォォオオンッ!!!


 という爆音が響き渡るとともに、激しい揺れが城全体を襲った。


 これは、始めの音と同じ…。


「きゃあっ!」


「京月さんっ!」


 僕は、体勢を崩し、こちらにもたれかかってきた京月さんの体を左腕で受け止めた。


「っ!」


 右腕でシルミラ様、左腕で京月さんを支えながら、僕は考える。


 お、重い…。


「トーミ様!」


「十海くん!」


 じゃなくてっ!


 もしかして、まだ何かあるのか?


 今、何時だろう。時計が視界にないから、かなりの夜更けであることしか分からない。


 もう、割と本気で限界だ。


 昼間の狩りで体がヘトヘトだし、ガナムト、菱室との戦いでは魔力も気力も消費し、頭も疲れた。


 これ以上、僕に何をしろって言うんだ?

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