第十三話:仲間の意外な一面に、この先やっていけるか分からない

第十三話:仲間の意外な一面に、この先やっていけるか分からない


「警戒して」


 突然の事態に取り乱さないように、僕は静かに指示を出す。


 これまでゼアーストで過ごした中で、いや、地球にいた頃ですら聞いたことがないほど大きな、爆発のような音がした。


 間違いなく、城内のどこかで何かあったんだろう。


 聞こえた限りでは、かなり近い気がするけど……。


「爆発みたいだが、武器庫か?」


 抜き身の直剣を抜き、切っ先を前に突きつけたまま高坂くんが聞いてきた。


 王城の武器庫には、火薬の詰まった大砲の玉がいくつも置かれている。


「分からない。けど、食堂ではなさそう」


 ここ、本館一階のエントランスから食堂にかけては、一直線に廊下が伸びた構造をしている。


 おかげで、開けっ放しになっている食堂入口の扉から中が見える。


 見た感じ、メイドや執事の人たちがぎょっとした表情で固まっているから、食堂で何かあったわけではなさそうだ。


「ランゼリカ様」

 

「ええ。トーミ様、あなたが指揮を取りなさい。私もカフラも従うから」


「ありがとうございます」


 ランゼリカ様にも協力して頂こうと思ったけど、余計な気配りは必要なかった。


 いつも気位が高く、僕の話を聞いてくれないことがほとんどだったから、ちょっとびっくりだ。


 けど、彼女はゼアースト人。僕たちが想定するよりはるかに、有事に対する危機意識が強いのだろう。


「それじゃあ、僕が指示を出します。まず、ランゼリカ様とカフラさんは………」


「ぐあああああっ!!」


 そう、僕が話し始めた瞬間。


 カチャ、カチャ、カチャと金属が擦れる音が数回鳴り、男性の叫び声が上がると同時に、肉を切り裂く鈍い音が響き渡った。


 右の、カウンターの前か!


 僕だけでなく、その場にいる全員が音の発生源に顔を向ける。


「………」 


「っ!」


 見ると、出入口の脇に控えていたはずの騎士が僕の背丈ほどもある長剣を真っ赤に染め、切っ先を地面に向けていた。


 状況からして今斬られたであろう執事は、胸から鮮血を噴き出しながら倒れ込む。 


「っ!きゃあああああああ……!」


 もしかして、反乱!?そんなバカなことが!


 そう思っていると、今度は殺された執事の近くにいたメイドさんが金切り声を上げながら、ぺたんと座り込んでしまう。 


 ダメだ!そこで足を止めたら……!


「早く!逃げて下さ……」


「……あああああっっ」


 彼女の絶叫は、長くは続かなかった。


 執事を殺したのとは別の騎士が、一息にその細い首をはねたからだ。


 残酷なまでにきれいに切断された金髪の頭は、ゴッ、ゴロゴロと音を立てて転がる。


 すぐにそれは、さっきまでランゼリカ様が座っていたイスの脚に当たって止まった。


 目の前で、人が殺された。


 その事実を見て、聞いて、肌で感じて……。


 プツンッと、僕の中で何かが切れた。


「血迷いましたか、王を守る役目を預かりながら!」


 ランゼリカ様がぴしゃりと恫喝し、裏切り者の騎士たちの気を引く。


「ゆ、勇者様……」


「ひっ、ひいいい……!」


「………」


 そしてその間に、何とか僕たちの下まで逃げる生き残りの使用人たち。


 僕は顔だけを動かして、彼らに壁際で大人しくしているように促す。


 今僕たちがいるエントランスにおいて、騎士たちから見て左側、カウンターの奥は別の部屋につながっている。


 だから、戦えない人はそっちに逃げた方がいいんだけど、下手に動いて殺されるよりかは、魔法に巻き込まれる危険性を加味してもここにいてもらった方がいい。


「まずは、この騎士たちを倒す」


「………」


「………」


 僕の凍える声を聞いて、裏切り者の騎士たちは改めて長剣を構えた。


 分かっていた。


 弱肉強食のゼアーストに降り立ったんだから、目の前で命が潰えるのも起こりうるって、分かっていた。


 でも…。


 斬られた二人は悪くないのに、何もしてないのに、どうして……。


 こんなの、こんなのってないよ。


「ころして、やる」


「お、おいっ!」


「十海くん!?」


 僕の頭が導き出した結論。


 敵は殺す。


 目が覚めるような鮮やかな赤を見て、逆に冴えてきたよ。


 裏切り者に、容赦なんて一切必要ない。


「こらっ、トーミ様っ!」


「……」


 僕が人を殺す決意を固めると、ランゼリカ様がつかつかと歩み寄ってくる。


 ちょっ、今はそんな場合じゃ…。


「邪念に取り憑かれておりますよっ!」


 パンッ!


 なぜか、思いっきりビンタされた。


「ちょっと、十海くんに何してるの!」


「ユナ様はお黙りなさって!……あなたは今、リーダーのお役目を授かっているんですよ!ですから、いつ、いかなるときも冷静でなくてはならないんですっ!」


「でも、あの人たちが殺されて……」


「でもじゃありませんっ!!!」


 パンッ!


 もう一発。


 今度は反対の頬をひっぱたかれた。


「トーミ様!今は一大事なんですから……」


「『ストーン・バレット』」


 ランゼリカ様が僕に説教している最中、絶好の好機と目論んだのだろう。


 騎士の一人が、僕に向かって土の魔法を放った。


 詠唱と共に長剣から繰り出されたのは、三十センチくらいの岩の弾丸だ。


「…っ!」


 皆がお嬢様の話に集中していた。


 全員、とっさの出来事に体が動かない。


 これは、もろに当たっちゃうかな。


 思わず、腕で頭を防御する僕。


「……ああもうっ!!『パーフェクト・ミー』!」 


 でも、彼女だけは反応してみせた。


 何かの魔法を呟き、僕を突き飛ばして攻撃の射線上に入る。


 土色の弾丸が彼女に迫る。


「大丈夫!?十海くん!」


「あ、ありがとう」


 後ろに倒れ込んだ僕は、京月さんに抱き止められた。


 しかし反射的に後ろの彼女を見たことで、ランゼリカ様が視界から外れてしまう。


「危ないっ!」


 岩本さんが叫ぶ。


 それに一拍遅れて、ガンッと大きな音を立てて魔法がランゼリカ様に直撃した。


 彼女にぶつかったであろう岩はいくつもの礫に分かれ、そのいくつかが視界の隅に入り込んできた。


「もう、お話の最中でしたのに」


 けど、ランゼリカ様の口調は平然としている。


 なぜ?


「……っ!」


 兜で顔は分からないけど、直撃を確信した騎士も驚いた様子を見せたと思う。


 それもそのはず、彼女はピンピンしているのだから。


「汚れてしまいましたわ」


 確かに今、鋭く重い土魔法が直撃したはず。


 でも、よろめくことも吹き飛ばされることもなく、ランゼリカ様は平然と立っている。


 それどころか、ドレスについた土を払うほどの余裕さえ見せている。


 まるで、最初から魔法が当たっていなかったかのような振る舞い。


 もしかして、これが彼女の……。


「お話は後で、ゆっくりいたしましょう」 


「はい…」


「さて、もう落ち着きましたね?」


「は、はい。ご迷惑をおかけしました」


 僕としたことが、とんだヘマをした。


 怒りで視野が狭くなるなんて、戦場であってはならないよね。


「よろしい。……それではお指示をくださるかしら、トーミ様?」


「『ファイア・ウェーブ』」


 せっかくの感動的なシーンなのに、まただ。


 再び、騎士がちょっかいをかけてきた。


 剣を水平に薙ぎ、その軌跡からあふれた炎をこちらに向かって噴き出してくる。


「『アクア・フォール』」


 対する僕は、さっとショートスピアを掲げて一言唱えた。


 魔法は、イメージで全てが決まる。


 ここは、大きなしぶきを上げて落ちる滝の激流をイメージしながら放つ。


 するとすぐに、切っ先から放たれた空色の線が天井付近で炸裂。


 瞬間、大量の水が具現化する。


 滝つぼができたかのごとく降り注ぐ水はエントランスの床に叩きつけられ、うねりを上げながら騎士たちを巻き込み、別館への出口の方へ流れ込んでいく。


「ぐうっ!」


「わああっ!」


 二人の騎士は踏ん張っていたけど、すぐに水流に流された。 


「うおっ!」


「きゃっ」


「大丈夫。ここまで流れてこないから」


 大げさに跳びのいた高坂くんは無視し、僕はよろけた京月さんの手を取る。 


 僕たちから見て前方に水が流れるようイメージしたので、こちらに水が押し寄せてくることはない。


 いわば、滝の裏側にいるような感じ。


 想像で現象を意のままに体現できる、魔法だから成せる業だ。


「これが、魔法成績一位の実力というわけですね」


 少し経ち、完全に水が引いた後。


 騎士たちが流された渡り廊下の方を見ながら、ランゼリカ様がぽつりと呟いた。


「恥ずかしいので、あまり言わないでください」


「あら?勇者たる者、輝かしい成績を誇示するのは当たり前でなくて?」


「確かに…そうですけど」


 きっちり釘を刺しておくつもりが、彼女の方が一枚上手だったようだ。


 まんまとやりこめられてしまった。


 実は僕、ハロートワさんたちの訓練が一段落した先週くらいに、魔法の表現力、火力、持続力などを競う大会、通称魔法コンテストで優勝している。


 言ってしまえば身内のお遊びだったけど、優勝したことでリザンやハロートワさんたちに一目置かれただけじゃなく、シルミラ様からもお褒めの言葉を頂いたので、結構嬉しかった。


 まあ、それはどうでもいい。


 次にやるべきことをしないと。


「岩本さん、お願いできるかな」 


「うん、あの騎士を縛っとけばいいんだね?」


「そう。あと別館を避難拠点にするから、中の安全を確認しておいてほしい。それでもし安全だったら、この辺りの使用人やけが人を誘導して」


「分かった」


 僕は早口で説明し、彼女は軽くストレッチしながら短めに答えた。


 今は時間が惜しい。こうしている間にも誰かが死ぬかもしれないから。


「それじゃ、気をつけてね、岩本さん」


「うん、一村くんも、皆もね」


 最後に挨拶を済ませた岩本さんはエントランスを突っ切り、渡り廊下へと駆けた。


 まずは、敷地内に安全地帯を作る。


 理由は不明だけど、王都で一番安全なはずの王城内で血が流れてしまった。


 これはもはや、誰かが率先して働きかけないと王都に安全な場所はないことに等しい。


 だから岩本さんには、安全地帯を作る役を担ってもらう。


 ちょうど、彼女の特殊魔法はそういう任務にピッタリだ。途中で他の勇者に出会うことも考えて、一人で任せても問題ないと思う。


「次に、ランゼリカ様とカフラさんはここと渡り廊下、それと別館入口の防衛を頼みます。岩本さん、先ほど出ていったセラという女性と協力して、一人でも多く味方の命を救ってください」  

 

「ええ、お任せください」


「かしこまりました」


 続けて、僕はお嬢様とその執事に指示をした。


 二人には、安全地帯の関門を作ってもらう。


 騎士という最も忠誠心のある役職から裏切り者が出た以上、勇者以外は誰が味方で誰が敵か分からない。


 味方のふりをした敵を別館に入れてしまわないよう、二人に動いてもらう。


 彼女らはゼアーストで生きた時間が長く、また帝国の賓客として王国に招かれた身だ。


 この場にいる誰よりも対人の戦闘経験があり、敵味方の審美眼に優れるだろう。


 ただ、強いから事件の元を叩きに行ってほしい気持ちもあるけど、今は状況把握と安全地帯の保守が最優先だ。


「高坂くんと林崎さんは、異音の発生源に向かってほしい。他にも敵がいるかもしれないから、気をつけてね。あと、けが人やクラスメイトがいたら、別館に行くよう伝えて。くれぐれも、無理はしないでね」


「おう」


「……任された」 


 次に高坂くんと林崎さんに指示を出すと、返事もそぞろにエントランスを飛び出していった。


 二人に大役を任せた根拠は、バランスの良さにある。


 高坂くんも林崎さんもオールラウンダーだ。筋力、持久力、瞬発力といった基礎能力が高く、近接戦闘も魔法もそつなくこなせる。


 なので例え未知の敵であっても、倒すまではいかずとも逃げることはできるだろうと判断した。


「最後に、京月さん」


「十海くん、王様のところに行くんだね」


 僕たち勇者は、僕、東先生、野木島くん、井藤さんの四人をリーダーとする、各グループごとの統率を図る訓練を欠かさず続けていた。


 グループ一村では、基本的に僕が指揮を務め、他の七人を動かすように取り決めてある。


 だから、高坂くんも林崎さんも岩本さんも、僕の指示を聞いてすぐに動いてくれた。


「うん。必要なら京月さんの特殊魔法を使ってでも、王族を守るよ」


「うんっ!」


 残りは、僕と京月さんだけ。


 彼女の特殊魔法は戦闘向けではないけど、守らなければならない人がいる場合は有用だ。


 よって、僕たち二人でシルバース王とシルミラ姫の安全を確保する。


 といっても、ティアーナ様がいるからシルミラ様の方は心配いらないかもしれないけど。


「それじゃあ、行こう。……ランゼリカ様、よろしくお願いします」


「うん、頑張る」


「はい。トーミ様、ユナ様、お気をつけて」


 国賓の挨拶を無視するなんて失礼極まりないけど、時間がない。


 僕と京月さんはランゼリカ様の言葉を背中で聞きながら、エントランスを飛び出した。



 ※※※



「ここを昇るっていくよ」


「うん」


 エントランスから食堂に伸びる廊下に出て、すぐ右。


 装飾の施された白い階段に着いた僕と京月さんは、同時に一段目を踏み出した。


「王様がいるのは……五階だっけ?」


「うん。悪いけど他の階には寄らず、一気に行くよ」


「分かった」


 僕たちが階段を踏むカツ、カツ、カツという音に交じり、上階からも喧騒が聞こえる。


 どうやら、組織的な攻撃のようだ。


 けれど、優先すべきは王家の人たち。


 特に、現国王のシルバース様と次期国王のシルミラ様の二名は最優先で守らなければならない。


「………」


「………」


 スタミナを残しつつ足を動かし、一分もかからずに一階分昇った。二階だ。


 僕たちは無言で階段を昇り続ける。


 余計なことは喋らない。出来る限り、体力を温存しておきたい。


 ならば、頭を動かす。


 ここいらで、今回の事件が起きた理由を考えよう。


 まず、今から二週間以上前に、勇者の存在が公表されたという事実がある。


 三十二人全員が一人前になるまでぬくぬくと王城の中で育てる余裕なんてないし、情報が漏れてなし崩し的に発表するくらいなら、こちらから大々的に発表した方がいいとの魂胆だろう。


 ただ、その弊害として他国または魔族、もしくは何らかの組織が、勇者を抹殺するために王城を襲撃する計画を立てることが危惧されている。


 このような背景が考えられるけど、第一、事件の発端は本館一階で発せられた大きな音だ。


 もし何者かが侵入したのなら、最初に騒ぎになるのは城門か演習場付近、それか本館の入口付近じゃないのか?


「………」


「………」


 三階に着いた。


 この階は主に、使用人や調理師、騎士たちの寝泊まりする部屋がある。


 話を戻そう。


 つまり、異常が起きたのが城内だったので、外部の犯行とは考えづらい。


 となると、潜伏していたスパイが動いたのか?


 いいや、それもありえない。


 城に勤める人は全て、身元が明確である潔白な人間だ。

 

 姫様お付きの騎士であるティアーナ様や、僕たちに授業してくれた魔法使いであるサルゼアさんはもちろんのこと。


 使用人、調理師、騎士、魔法使い。


 その全員が王都出身であり、ある程度身分の高い家の出だ。


 もちろん、ホワイトローズ王国には王都以外にも街があるけど、城で働く人は王都生まれ王都育ちの人間でなければならないと決まっている。


 なので、毎年数名が選出される王城勤めの求人では、王国と関係がこじれているノーブルレッド帝国やサンライト聖共和国の人間は、まず弾かれる。


 さらに、たとえ王都出身であっても、長期間王都を離れた経験のある者も候補から除外される。


 このように、他国の息のかかったスパイを城に招き入れないよう、城の職員に志す者には厳しい条件が設けられている。


 ホワイトローズの王家を守るため、数百年かけて培われた施策だとサルゼアさんが授業で教えてくれた。


「………」


「………」


 四階。


 王国お抱えの魔法使いたちが居住する階で、特殊魔法に関する研究や魔道具の製作はここで行われているらしい。


 しかし、二階、三階とは一転して物音一つ聞こえず、不気味なほどに静かだ。


 思考に戻ろう。


 一体、裏切り者たちの正体はなんなのだろうか?


 彼らは出自がはっきりしているし、王都を長い間離れたわけでもない。


 じゃあ、なぜあの二人の騎士は寝返ったんだ? 


「はあっ……見張りの騎士がいない」


「っ…下に、降りたのかな?……それか、五階に行って王様たちを、守りに?」


 僕と京月さんは足を止めず、言葉を交わす。


 通常、四階から上の階の階段付近には騎士の見張りが立っており、立ち入りが許されていない使用人や勇者が入り込むことを防いでいる。


 今は緊急事態だからそのルールが当てはまらないかもしれないけど、裏切り者を上階に入れないという意味では、四階の守りを放棄するのは悪手でしかない。


 最悪、魔法に関連する財産は奪われてもいいという判断なのだろうか?


「気をつけて。……っ…どうやらこれから先、戦闘になりそうだ」


「んはあっ……うん、気を抜かない。…十海くんは、私が守るからね」


 僕は息を切らしながらも、京月さんに覚悟を問うた。


 対して、彼女からは男らしい言葉が返ってくる。


 ぱっと見だと、どうみてもショートスピアと魔法の扱いに優れる僕の方が彼女を守る立場だ。


 けれど、言い返しても意味がないのでスルーしておく。


「ここで、一回止まろうっ」


「…うんっ」


 四階と五階をつなぐ階段の、ちょうど半分。


 折り返して残り半分の段を昇る手前の踊り場で、僕たちは立ち止まった。


 四階と同じく、ここも静かだ。


「よく見えないけど、五階にも騎士さんはいなさそうだね」


「うん。ここまで異常事態みたいだ」


 姿勢を低くした京月さんが、ひそひそ声で聞いてきた。


 僕も小さな声で、自分の考えを伝えておく。


 下からだと死角になっていて、昇ってすぐのスペースが見えない。


 もしかしたら、息を殺して待ち伏せしている刺客がいるかもしれない。


「僕が前で、京月さんが後ろで行こう」


「でも、……分かった。後ろは任せてね」


 僕の提案を聞いて、京月さんは何か言いたげな様子。


 でも、僕の真剣な表情を見て折れてくれた。


 彼女は、僕を大切に思ってくれている。おそらく、他の勇者の誰よりも。


 そこに恋愛感情があるかは置いておいて、僕はそれを嬉しく思っている。


 しかし、この状況で彼女を前に出すことは、命を投げ打つことと同義。


 僕は、もう死んでほしくない。


 彼女も、他の誰であっても、死んでほしくない。


「少し……これくらい離れてついてきて。魔法と、近接戦の心構えもしておいてね」


「うん」


 しつこいけど、僕は再三注意する。


 京月さんの持ち武器は杖。


 そこらへんに落ちてる木の棒くらいの長さと太さを持つ武器だけど、打撃に特化した棍じゃないから、近接戦で振るうのには適さない。


 それに強度があまり高くなく、簡単に折れてしまうという弱点もある。


 彼女は近接戦もいっぱい練習したけど、体格が控えめなこともあり、とても実践レベルまで仕上がったとは言いづらい。


 汎用魔法の方はコツが掴めたようでいいところまで来ているけど、彼女に教えている僕からしてみればまだまだだ。


 あと、特殊魔法のために魔力を温存しておいてほしいという狙いもある。


 よって、京月さんには後方支援をお願いする。


「じゃあ、行くよ」


「うんっ」


 僕は一段、踏み出す。


 視界がちょこっと広がり、斜め上にある石造りの天井が奥に伸びる。


「………」  


「………」


 もう一段。


 景色はさほど変わらない。


 天井と階段、横目に手すりがあるだけ。


「………」


「………」


 さらに、もう一段。


 足に力を入れて階段を昇ると……。


 にょきっと。


 ランプに照らされて鈍く光る銀の兜が、にょきっと現れた。


「騎士が倒れてる」


「っ、うん」


 三段後ろを行く京月さんに注意を促す。


 生死はともかく、騎士が倒れているということは、ここでなにかしらの戦闘があったということだ。


 言い換えると、戦闘能力の高い騎士を倒せるほどの実力を持つ何者かが五階にいることに他ならない。


「待ち伏せされていたら不利だ。一気に昇って不意を突き、階段上の安全を確保する。イメージを固めておいて」


「うん」


 京月さんにそう言いつつ、僕もイメージを固めておく。


 よーいどん、で戦闘が始まる場合、基本的には魔法を先に撃った方が有利だ。


 なぜなら、イメージを練るのに時間が必要なため、攻撃されながら迎撃をすることが不可能に近いからだ。

 

 なので、先制攻撃は有効な一手になる。


「いくよ……」


「うん…」


「せーのっ!」


 僕はかけ声を上げて、京月さんと一緒に階段を駆け上がる。


「うわあっ!」


 昇り切った先、うわあっ!と大声を上げて驚いたのは……、


「『アース・らん……。えっ、ガナムトさん?」


「どうしてここに?」


 ……執事のガナムトさんだった。


 彼は、いつも夕食のときに僕たちを案内してくれる、若い使用人だ。


 その人が五メートルほど先、正面の廊下の壁に寄りかかるようにして立っている。


 騎士の長剣を重たそうに持ち、目が怯えてキョロキョロと血走った状態で。


「と、トーミ様に、ゆ、ゆ、ユナ様ですか?あなたたちは、ほ、本物です、ですか?」 


 話すのに支障を来すくらい震えている。


 瀟洒な彼を、こんな風に変えるくらいの何かがあったのか?


「ガナムトさん、落ち着いてください。本物とは、どういうことですか?」 


 僕は一歩、彼に向かって踏み出しながらゆっくりと呼びかけた。

 

 彼の着ているジャケットとパンツが黒だから分かりづらいけど、中の白いワイシャツが赤く染まっている。


 負傷している?それで動けないのか?


「てぃ、ティアーナ、様で、です。彼女が、う、裏切り者なんです」


 そう思っていた僕に、彼は衝撃の一言を放った。


 ティアーナ様が……黒幕? 


 確かに、彼女なら怪しまれず五階に忍び込めるけど、そんなことありえるのか?


「裏切り者?どういうことですか?」


 そう言って、さらに一歩踏み出そうとしたとき。


 ふと、結論を出せないままでいた敵の正体に対しての答えが、降って湧いてきた。


 特殊魔法だ。


 もし。


 もし人を洗脳し、意のままに操る特殊魔法があれば、反乱を起こすことが可能なのでは?


「わ、わた、しが、晩餐会の、の準備ができたことを、シルバース様と、シルミラ様、にお伝えしに、執務室に入ったら、ティアーナ、様がシルバース様に、き、き、きり、きり……」


「ティアーナ様が斬りかかったんですか?」

 

「はい、はいっ、そうですっ!」


 僕はスピアを構えたまま、ゆっくりと足を前にやる。


 とてもじゃないが、これ以上話を聞ける精神状態じゃない。


 彼は京月さんに診てもらって、僕一人で先に行くか?


「今向かいます。彼女はけがの治療ができますから、安心してください」


 ガナムトさんの震えが長剣に伝わり、刃がカタカタと床を叩いている。


 近くに潜んでいる敵がいるかもしれないし、彼が僕たちを罠にはめるための囮になっている可能性もある。


 だから、ゆっくり、ゆっくりと近づいていく。


「ああ、ありが、とうございます」


 でも、一連の騒ぎが特殊魔法だとすると、腑に落ちない点がある。


 それが、制限だ。特殊魔法を使う上でのリミッターと言ってもいい。


 『神託』で神様から言われたように、特殊魔法はイメージ次第で色々なことができる。


 それ故に、一個人の頭の処理では追いつかないレベルの想像力が要求されたり、魔法の規模が大きくなりすぎて莫大な魔力を要することがある。


 そうなってしまうと、脳が焼き切れて廃人になったり、魔力が枯渇して廃人になったりする危険が出てくる。


 なのでそれを予防するため、特殊魔法には制限が課せられている。


 僕の『分かるようになる魔法』でもそうだ。


 許容量を超える情報が頭に流れ込まないよう、しっかりと対象を見て、何を知りたいのかを考えて発動する必要がある。


「落ち着いてください。そちらは、安全ですか?」


 では、このルールに則って、人を洗脳する特殊魔法があるかについて考えてみるとどうか。


 まず特殊魔法を発動するときは、相手を視認できるかつ、ある程度近い距離に相手がいる必要がある。


 これはいい。


 一階から三階までは、城で働く者なら誰でも行き来できる。魔法を当てるチャンスは存分にあるわけだ。


「は、はいっ!周りには、誰もいません」

 

 次に、どんなイメージを以て魔法を使うかだ。


 今回のケースでいくと、相手を洗脳したい、という思いは絶対として。


 洗脳した人に何をさせたいのか、ということも命じなければ、魔法を使う意味がない。


 つまり特殊魔法を放つ前に、対象を洗脳して何をさせたいのか、まで含めてイメージしなければならない。


 そうなると、ほぼ不可能だ。


 ここで、さっきの制限の話に戻ろう。


 もし洗脳の魔法があるなら、歩けとか立てとか、そういう簡単な命令であれば可能だろう。


 けど、エントランスの騎士たちは本人の感覚をもって最適なタイミングで剣を振るい、魔法を撃って人を殺した。


 事前にイメージを付与しなければいけない特殊魔法で、そこまで高度なことを命令するなんて絶対にできない。


「落ち着いて。剣が危ないですから、床に落としてもらえますか?」


「いい、いえ、てが、手がおも、思うように動かなくて、落とせませんっ!」 


 なので、彼らは特殊魔法の影響下にないと結論づけていい。


 となると、どういうことだ?


 他国のスパイでも、特殊魔法による洗脳でもなければ、誰がどうやって反乱を起こした?


「………」 


 悲惨な目に遭った執事まで残り三メートルというところで、僕は立ち止まった。


「どうしたの、十海くん?」


「あ、あの。ははや、早く助けに……」


 おかげで、京月さんとガナムトさんは困惑している。


「………」  


 僕は、執事にしては若い端正な顔立ちを見つめながら熟考する。


 一つ、ある。


 政治的な利害関係でも、魔法を用いた縛りでもない、もう一つのつながり。


 記憶を探り、転移初日、シルミラ様に言われたことを思い出す。


 『……南東にあるサンライト聖共和国です。日の光を神の啓示とするサンライト教の信者が国民の大多数を占め、この世界から特殊魔法が使えない者を抹消すべく、他国と戦争をしています』


 宗教。


 もし、裏切り者たちが共通の教えを信じる者どうしのつながりならば……。


 思い立った僕はすぐさまイメージを練り、『分かるようになる魔法』に問う、一つの質問を仕上げる。


 [この男は、サンライト教の信者ですか?]


「『分かるようになる魔法』」 


 そして、特殊魔法『分かるようになる魔法』を発動した。


 目の前のガナムトさんに向かって。


 槍の穂先から青く透明な線が伸び、彼の額に照射される。


 結果は……。


「ッ!」


 魔法が使われたことを察したのか、土気色の顔がすっと青くなる。


 [はい]  


 ……はい。


 つまりこの人は、サンライト教の信者。


 宗教のつながりがある、裏切り者かもしれないってことだ!


「ッッッしねえええええ……!!」

 

 本性を現したガナムトさん、いやガナムトは絶叫すると、長剣を構えた。


 そして俊敏な動作で壁を蹴り、バウンドして弾かれたボールのように僕へ斬りかかってくる。


 速い!


 こいつ、けがなんてしてない!


「……ええええええ!!」


 しまった!


 考え込んでいて、魔法のイメージが消えていた。


 ガナムトとの距離は数メートル。

 

 この位置だと、今からイメージしても魔法が間に合わない。


 かといって、ショートスピアで長剣を受けるのも無理がある。


「『アース……』」


 ダメもとで魔法を練ってみるけど、こうしている間にも大きく長い刃が僕を両断せんと迫ってくる。


 やられるっ!


「『ストーン・アロー』!」


「……えええっ、ぇぇっっ!!」


 綺麗な声で放たれたのは、魔法の詠唱。


 それとほぼ同時に、僕の頭上を飛び越えて飛来した石の矢。


 その一撃は、味方のふりをした狂信者の眉間を貫いた。


「京月さんっ!」


 弾かれたガナムトの背が壁にぶつかり、ずるずると崩れ落ちる。


 その手から長剣が滑り落ち、けたたましい音が鳴った。


 が、構わず僕は京月さんへと振り返る。


 彼女はイメージを練る段階で苦労していたから、魔法の指向性を操作することは難しかったはず。


 なのに、土壇場でやってのけた。


 山なりに飛び、かつ相手を一撃で仕留める複雑な魔法を、即座に発動してみせたのだ。


「ありがとう、たす……」


「十海くんっ!私ね……」


「…か…っ……うん、なに?」


 僕が感謝の言葉をかけようとすると、興奮した様子の京月さんが大声で遮った。


 なんだろう、この感覚は。


 命を救ってもらったのに、寒気を覚える。 


「……十海くんのためなら、誰だって殺す覚悟、できてるから」


「………」


「とっくのとうに、できてるからね」


 恐ろしい言葉とともに、純真無垢な笑顔が添えられる。


 ああ、僕は勘違いしていた。

 

 京月さんは、確実に僕より強いよ。


 そう思うと同時に、つつ、と一筋の冷たい汗が背中を流れる。


 こんな重い愛、僕に受け止めきれるのかな?

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