第十二話:非常事態と言われても、切り抜けられるか分からない

第十二話:非常事態と言われても、切り抜けられるか分からない


「遅いぞ!一村っ、京月っ!」


「…うるさい高坂くん。他の人もいるんだから」


「それもあるし、街の中を走り回るのは危ないよ。誰かにぶつかったら大変なことになるんだから」


「確かに。すまん、はしゃぎすぎた」


「…私も、ごめんなさい」


 バースさんに素材を買い取ってもらってから数分後。中世のヨーロッパな雰囲気をした建物、冒険者ギルドの中。


 依頼窓口の前で、僕たちは言い争っていた。 


 ここ、冒険者ギルドはとても広い。多分、街兵の詰め所の倍以上はあると思う。


 なんでも、有事の際に拠点として利用できるように、各種設備が備わっているかららしいけど。


 建物は二階建てで、二階には数十名が一度に寝られるベッドルームや、緊急時に使う物資を置いた倉庫などがあるとか。


 そして一階は、今僕たちがいる受付や、魔物の生態、武器の使い方を学べる小さめの図書室など、かなり充実している。 


 中でも、受付が一番広いかな。


 大まかな部屋のレイアウトは、さっき寄った詰め所の一室と似ている。


 入って正面奥にカウンターがあり、いくつかの窓口に職員が配置されているね。


 右手の壁には掲示板。討伐が推奨されている、数の多い魔物や危険な魔物の動向、希少素材の募集状況といった情報が確認できる。


 手前側にはテーブルとイスがある。どれも粗く削った木製のものだけど、場末のバーのような内装とマッチしていていいね。


 ここでは飲食もお酒を飲むこともできないけど、何とはなしに居心地の良さを感じる素敵な空間だ。


「珍しいねえ、喧嘩かい?」


「いえ。些細なことですので、大丈夫です」


 カウンターの向こう側にいるおばさんが聞いてきたので、僕はさらっと答えた。


 こんなところを見られるなんて、本当に恥ずかしいよ。 


 彼女はサノッサさん。冒険者ギルドの職員の一人で、僕が見る限りではいつも窓口にいる。


 今僕たちは何をしているのかというと、ギルドの人に討伐証明の素材を確認してもらい、実際に魔物が何体倒されたのかを記録してもらっている最中だ。


 討伐証明という行為は、冒険者がどれくらい魔物を狩ったのかをギルド側で把握するために行われる。


 これをすることで街周辺の魔物の個体数をざっくり知ることができ、新たに狩ってもらう魔物の選定に活かしているとか。


 なので、とても重要な手続きであると言える。少し帰りが遅くなってもいいから、欠かさずにやらないとね。


「それで、討伐報酬はいくらになりますか?」


 奥で作業していた彼女がカウンターに戻ってきたということは、討伐証明が終わったということだ。


 そのことを踏まえ、僕は先を急ぐように聞いてみる。


 討伐証明に必要な素材には、牙や爪などの腐ったり、壊れたりしない魔物の素材が良いと言われている。


 まあ、牙も爪も一体の魔物から複数個取れるから、ギルドの人もそれを加味して厳しめに査定するらしい。


 そのため、討伐証明の報酬は肉の売却に比べてしょっぱい。加えて、素材を剝ぎ取り忘れたり、剝ぎ取る暇がない場合もあるから、実際はもっとしょっぱい。


「そうさね。今回の討伐報酬は……」


 僕の質問に、サノッサさんは意味ありげにゆっくりと言葉を紡ぐ。


 彼女は言いながら、慣れた手つきでカウンターに置かれている麻袋の中をまさぐると、一枚の金貨を取り出した。


 あれ?


 なんか、さっきも見た光景なんだけど……。


「はい、金貨一枚だよ!」


「………」


「え、また!?」


 驚きで言葉が出ない僕に代わって、素っ頓狂な声を上げた高坂くん。


 これって多分、そういうことだよね?


「ああ、これはね……」


「お疲れ様です、おばさん」


 今からサノッサさんが説明しようというところで、奥にある衝立の裏から一人の女子が出てきた。


 岩本さんだ。


「……お疲れ、今日もありがとねえ!…そう、セラのお給金と一緒にしといたんだわ!あんたたち勇者だろ?色を付けといたから、これでパーッと酒でも飲んできな!」


 これは、僕がおかしいの?


 それとも、王都の人は皆こうなの?


 

 ※※※



「ちょうど私の仕事が終わる時間とピッタリだったね。まさかお給料をひっくるめられるとは思わなかったけど」

 

「全く。詰め所でも同じことされたよ。野木島くんたちとこれで飲みに行けって」


「え?そうだったの?」


 討伐証明が無事終わった後。


 王城へと至る帰り道で、僕は岩本さんと話していた。


 実は彼女、料理が得意なんだけど、お弁当という概念がないゼアーストに驚いたらしく…。


 最近は冒険者ギルドのキッチンを借り、冒険者のお弁当と職員たちの昼食を作るようになった。

 

 ということを前に聞いてたから、岩本さんが現れたことには驚かなかったんだけど、ね。


「まあ、おばさんはおおらかなところがあるから、ここは一つ、大目に見てくれない?」


「計算しなくていいからありがたいけどね。どれくらい稼げたのか、知りたかったってだけだから」


「一村は細かいからな」


 違う。高坂くんが適当なだけだ。


 皆がやらないから、グループ一村のお金の収支は僕が計算している。


 つまり、僕が八人分の家計簿をつけていると言った方がいいだろうか。


 これがめちゃくちゃ大変なんだよ。この世界にはレシートなんてないからね。


 しかも、金遣いの荒い人はいないから、帳簿をつけることがそもそも必要なことかと言われると困るけど、知っておきたいじゃん。自分がどれくらい稼げたかをさ。


「でも、私は助かってるよ。生地とか洋服とか買いすぎちゃうから」


 これもいつものことだけど、京月さんは僕の味方だ。


 彼女、というかグループの女子四人はオシャレ好きで、休日には街の洋服屋さんを回って結構な量を買ってくる。


 さらに、京月さんは服を仕立てることもできるようで、空いた時間に針仕事をしているのをよく見かける。


 今僕たちが使っているバッグも、彼女が作ってくれたものだ。 


「……一村くんは、お母さん」


「林崎さん?違うからね」


「…だって、お菓子ばっか食べちゃ駄目って、……言うじゃん」 


「それは、虫歯になっちゃうからだよ」


「……やっぱり、お母さん」


 う、否定できない。


 分が悪いので、僕は逃げるようにそっぽを向く。


 城下町には美味しいお菓子屋さんが何軒かあるから、林崎さんみたいに甘味にお金を使い込む人もいる。


 地球のよりも砂糖が少ないせいで甘さが控えめだけど、クラスの甘党の間では人気を博していると聞いた。


「ああ、ちょうど良かった。きみ、私のもう少し後ろを持ってくれないか……って、一村たちじゃないか」


「あ、東先生」


 そんな感じで、僕たち五人があれこれ話しながら城の正門前までやってくると、東先生に出くわした。


 というより、先生だけじゃなく、何十人もの人の列に遭遇したと言うべきか。


「皆さん、何をしているんですか?というかそれ、なんですか?」


 先生と一緒に作業をしている人たちには見覚えがある。王城の使用人や騎士の人たちだ。


 皆で一丸となって、大きな何かを抱えている。


 暗くてよく見えないけど、正門の中にまで伸びる、とても長いものを城に運び入れているようだった。


「ああ、これか?これはパープルドットボアだ」


「パープル?」


「ドット?」


「…ボア?」


「え?なんですかそれ?」


 僕が聞くと、先生がある魔物の名前を返してくれた。


 でも、岩本さんは知らなかったようだ。高坂くん、京月さん、林崎さんに至っては、仲良くオウム返しをする始末。 


 四人とも頭にはてなを浮かべて、ぽかんとしてしまった。


「パープルドットボアっていうのは、大きなヘビの姿をした大蛇の魔物だよ」


「あ、ああ!これがヘビなんだ。丸太よりも太いし、めちゃくちゃ長くない?」 


「うん、僕もびっくり。こんなに大きくなるんだ」


 得心がいった岩本さんは大蛇を指さしながら、僕たちの感想を代弁してくれる。


 数十人もの人で抱え上げている黒ずんだ倒木のようなそれは、息絶えた大蛇の胴体だった。


「はえー。甘く見積もって十メートル、下手すりゃ二十メートル以上はありそうだな」


「きっと夕食はヘビ肉だろうね。こんなにでかかったら、城の皆で食べても余るかも」


「……その時は私が貰う。…お腹空いたから」


 正体が分かったところで、高坂くん、僕、林崎さんの順でヘビに思いを馳せる。


 今僕たちは多分、大蛇の尾の先端くらいの位置にいるんだけど、ここから城の方まで目を凝らしてみても頭が見えない。


 これは、相当な大物だね。 


「おい、お前たち。話は後にして手伝ってくれないか?」


 かなり重たそうに胴体を抱えている先生から、ヘルプの要請が来た。


 いけないいけない。特大サイズのごちそうを目にして、ついぼーっとしてしまった。


「すいません、今行きます」


「よっしゃ、もう一踏ん張りだな!」


「今日は料理ばかりだったからね、力は有り余ってるよ!」


「……絶対に、おかわりする」


「非力だけど、私も頑張るよ!」


 僕たちも一肌脱ぎますか。


 美味しいディナーのためにもね。



 ※※※



「やっぱり夕食用だったんだね。あのヘビ」


「城の人たち総出で中に運んでたからね。今日も晩餐会らしいし、ちょうど良かったんじゃないかな」


 ようやっと日が沈み切り、外が真っ暗になった頃。


 本館一階をとことこ歩きながら、僕は京月さんと雑談に興じていた。 


 あの後、無事大蛇は調理室に搬入された。


 どうもヘビの魔物は可食部が多いため、解体をせずに調理するのが良いとされている。


 大蛇はこの後、熟練の調理師により細心の注意を払って皮を剝がれ、鱗をまとった皮膚と毒腺、毒牙が取り除かれる。


 それから調理が行われ、本日のメインディッシュに変貌するとのことだ。


 ちなみに先生が言うには、あのパープルドットボアはなんと、ハロートワさん、キャルさん、ミリーラさんの三人が倒したらしい。


 あんなに大きな魔物を狩るなんて、流石はプロの冒険者だ。


 僕たちはまだまだ、彼らの足元にも及んでいないと実感させられたね。


「楽しみだな。ヘビ肉は食べたことないが、なんか美味そう!」


「日本のヘビは美味しかったけど、こっちのはどうなんだろう?」


「え?岩本、ヘビ食ったことあるのか?」 


「うん。父さんに連れられてサバイバルキャンプの真似事をしたときに、一回だけね」


「すげえ!」


 高坂くんと岩本さんは、ヘビの話で持ち切りだ。


 というか、岩本さんはすごいね。


 僕たちはこの一か月間、色んな料理を食べてきた。


 王城で出される料理は出来上がったものばかりだから、『これ、何の肉だろう?』とか『なに、この味?』なんて思うだけで済んでいた。


 でも、岩本さんのように料理をする人や、今日の僕たちみたいに魔物を狩りに出かける人は事情が違う。


 料理になる前の素材を目にする機会が増え、心にダメージを負うようになってしまった。


 簡単に言うと、『え、これ食べるの?』、『これが、あの魔物の肉?』と気づいてしまうがために、精神的にショックを受けることが増えたのだ。


 中には、真実を知った瞬間、あまりの気持ち悪さに吐いてしまった人もいた。  


 これも、カルチャーショックの一つなのかな。


「……もし苦手な人がいたら…私にちょうだい?」


「林崎さん、無理にせがんだら駄目だよ。貴重なたんぱく質なんだから、なるべく皆で分け合って食べた方がいい」


「…分かった、お母さん」


「だから、お母さんじゃないって!」


 林崎さんは意外と食いしんぼうだ。


 さっきも言ったけど、たまの休みは一日中、街に繰り出して甘いものを食べて周っていると聞いた。


 それに、この間の夜営訓練では一心不乱に魔物の肉にがっついていたし、長谷屋くんや岩本さんと張り合えるくらいおかわりをしてた。


 その割に、体はほっそりとしたままだ。


 一体、余分なエネルギーはどこに行っているんだろうか?


「ひょっとして、十海くんって尽くすタイプなのかな?私も、奏手みたいに甘えれば……」


「京月さん?僕は京月さんも大事にしてるから、心配は……」


「ねえ十海くん?私、疲れちゃった……」


「…ちょっと、京月さん!?」


 冗談じゃなかったのか、僕と林崎さんのふざけ合いを聞いた京月さんが突然、僕に寄りかかってきた。


 柔らかい彼女の体が、僕の肩から腕にかけてを包み込む。


 ほのかな熱と小さな呼吸音が、しっとりと僕の頭を乱していく。


 これはまずい。


 誰か、誰かいませんか!?


 僕は首だけを動かして、後ろの三人にSOSを送る。


「………」


「………」


「………」 


「皆助けてよっ!」


 いつもこうだよ!もう!


 皆、京月さんの味方して!


 少しは僕の気持ちも……。


「あら、ずいぶんと大胆ですわね」


 ……考えてほしいと言おうとしたところで、女性の声がした。


 シルミラ様のように上品で、かつティアーナ様のように覇気に満ちた声。


「英雄色を好むと言いますが、あまりに節操がないんじゃなくて?」


 話している間に僕たちは、渡り廊下手前のエントランスに差しかかっていた。


 カウンターに立っている使用人も、騎士も、声をかけてきた目の前の女性もその傍に寄り添う老紳士も、皆僕の方を見ている。


「あの、これは、違うんです。決してそういう不埒な行為の一環ではなくて……」


 僕は必死に弁明する。

 

 とにかく、この人に勘違いされると面倒だから。


「まあいいわ。…カフラ」


「はい、なんでしょうか」


「皆さんに紅茶を差し上げて」


「かしこまりました」


 カフラと呼ばれた年配の執事は、女性に指示されるときびきびと動き始めた。


 流麗な所作で五つのティーカップを取り出してテーブルに並べると、置いてあったティーポットを傾け、中にある琥珀色の液体を注いでいく。


 その様子を見ながら女性は椅子に腰かけたまま、のんきに紅茶を嗜んでいる。


「いや、俺たち少し急いでるんですけど……」


「あなたはっ!」


「えっ?」


「あなたはっ!私の紅茶が飲めないとっ!……そうおっしゃいますか?」


 高坂くんがやんわりと意見しようとするも、女性にぴしゃりと遮られた。


 しまったな。彼はこの人と話したことがなかったか。


「え?……じゃ、じゃあ頂きます」


「そう、良かったわ。気が変わって頂けたようで」


 まさにお嬢様。


 大変わがまま、いえ、自由奔放な方であらせられますね、はい。


「お待たせ致しました」


「さあ、皆さんどうぞ。このホワイトローズ王城にふさわしい、最高級のローズティーでしてよ」


「ありがとうございます」


 こうなったら、紅茶を頂かないと逃がしてくれない。


 僕は持っていたバッグとショートスピアを地面に置き、両手を空けてからテーブルに並べられたカップを一つ手に取る。


 イスはあるけど、五人分はない。


 いや、正確には違う席から持ってくれば五人分用意できるけど、それはスマートじゃない。


 だから、僕は立ったまま紅茶を飲むことが許されている。


 この女性、ランゼリカ・ノーブルレッド様に。


「わあ、甘くて美味しい」


「……灯台下暗し。…お城の紅茶がこんなに美味しいとは」


「これ好き。毎日飲みたい」


 女性陣からは好評だ。


 もちろん、僕も美味しく感じたし、高坂くんがだらしない表情をしているから、男性も美味しく飲める逸品であることが分かる。


「そうでしょう?ティーブレイクは疲れをほぐします。皆さんどうもお疲れのようでしたから、一杯いかがかと思いまして」


「とっても美味しかったです。カフラさんも、淹れてくださってありがとうございました」


「こちらこそ、味わって頂き光栄です。トーミ様」


 僕は改めて、お嬢様のランゼリカ様と執事のカフラさんにお礼をした。


 二人は国賓だ。それも最高ランクの。


 ようするに、ゼアースト出身でありながら僕たちと同レベルの待遇を受けている、王族の次に偉いとされる人たちだ。


「ありがとうございました」


「美味しかったです、ランゼリカ様」


「……また、飲ませてください」


「リラックスできました!」


 しばらくすると、皆飲み終わったようだ。


 僕以外の四人も口々にお礼を言って、順番に空のカップを返した。


「それは結構でした。では、素敵な夕食をお楽しみくださいませ」


「ありがとうございました、失礼します」


 彼女はわがま、奔放な性格だけれど、自分の思い通りになればすぐに満足してくれる。


 この二人は暇なのか、毎日城のそこらじゅうを歩き回っているようで、休みの日に遭遇することがよくある。


 だから僕は、彼女と話したことがあるし、対処法も学んでいた。


 いや正確には、学ばされたというべきか?


「ああ、トーミさまっ!」 


「はい、なんでしょう?」


 気分を一新した僕たちが渡り廊下に出ようと歩き出したところで、ランゼリカ様が呼び止めてくる。


 なんだろう?面倒ごとを押しつけられなきゃいいけど。


「先ほどからなんだか、嫌な予感がします。なにかとてつもないことが起こる、そんな予感が」


 唐突に意味深なことを言われたが、無視するわけにもいかない。


「予感、ですか。僕にはさっぱり分から……」


 僕は戸惑いながらも返事をしようとした瞬間。


 ドゴオオオオオッッ!!!という低い轟音が、夜の静寂をつき破った。


 一階の、ちょうど後ろからだ。ついさっきまで、僕たちがいたところかな?


「っ!!!……カフラ」


「はい」


 異常を察知したランゼリカ様は、これまでのすまし顔から一変。


 すぐさま真剣な表情になると、綺麗なフォームですっくと立ち上がった。


「特殊魔法を使う。いいですわね?」


「はい。存分になさってください」


 嫌な予感ほど的中するって、よく言うよね。

 

 僕は一つ、ため息を吐いた。


「一村っ!」


「一村くん!」


「……一村くん…!」


「十海くんっ!」


 四人は床に散らばっているそれぞれの武器を掲げ、素早く臨戦態勢を取る。


 心の準備ばっちり。これも、普段の訓練の賜物だね。


 それは、いいんだけどさ。


 一日の終わりに、こんなサプライズなんていらないよ。


「うん。皆……」


 僕も今一度、ショートスピアを強く握り直す。


 初めての緊急事態。それも、王城の中で。


 僕たち、ちゃんと生き延びられるのかな?


「……特殊魔法を使うよ!」

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