第十一話:チームメンバーのクセが強すぎて、まとめていけるか分からない
第十一話:チームメンバーのクセが強すぎて、まとめていけるか分からない
僕たち、正確には、一年一組の三十一人と二組の僕一人がゼアーストに召喚されてから、一か月が経った。
「ギャアンッ!ギャンッギャンッ!!」
「そっちに行ったよっ!」
「任せろっ!」
少し引きめに立ち回っていた僕は、高坂くんに注意を促して、一頭を任せる。
今、僕たちは街の外で魔物を狩っている。
相手は、めちゃくちゃにでかい犬のような魔物。計四頭の群れ。
対する僕たちは、僕と高坂くん、京月さんと林崎さんの四人だ。
「ふっ………一頭は大丈夫」
恐らく、林崎さんがフリーの一頭に吹き矢を放った。
彼女は吹き矢の筒を持ち武器とし、魔法の媒体にしている。
それは斬新だし、実際強いからいいんだけど、矢が極小すぎて、傍から見てるといつ矢を撃ったのかが分からないという問題がある。
でも、彼女が大丈夫と言ってるなら大丈夫だろう。
「ギャッ」
短い鳴き声が響く。
ちゃんと当たったようだね。傷の位置が分からないけど。
彼女の矢には毒を塗ってある。一発で仕留め切れなくても、十分に弱らせることが可能だ。
「ギャ……ギャ…」
「ふふ……」
魔物はしばらく足を踏ん張ってこらえていたが、ついに、どうと倒れ込んで動かなくなった。
そして、それを見て笑う林崎さん。
薄々思ってたけど、もしかして彼女、ダメな方向に育っていってる気がするような……。
ま、まあ、これで残り三頭だね。
「ググググルウウウゥゥッ…!」
残る二頭の魔物は唸りながら、僕たちとつかず離れずの距離をちょろちょろと歩いている。
ゼアーストに生きる魔物は、どれもこれも大きすぎる。
四つ足で立っていて僕の目線と同じくらいの高さに頭がある。低く見積もっても、体高は2メートルはある。
それに毛が長い。犬の分類には詳しくないけど、いわゆる長毛種というやつかな?
王都ホワイトローズ周辺の平原は乾燥していて水はけが良いから、長い毛が生えていても病気になったり、濡れたままで体温が奪われる、なんてことがないんだろうね。
体色というか、毛の色は茶色だ。
地味な色だから、大きいんだけど目に止まりづらいんだよね。おまけに鼻も利くみたいで、いつの間にか群れに囲まれていることもあった。
けど、今は大丈夫だ。僕たちの周りには、四頭しかいないことは確かめてある。
「きなよっ!」
「グルルラアアアアウッッ!!」
僕が挑発すると、すかさず一頭が釣られる。
口の端から涎をこぼしながら、大口を開けて突っ込んできた。
「どう……どう…」
僕はただ、待つ。
僕の得物は、ショートスピア。槍の中では軽い方だけど、細くて折れやすいのが難点だ。
事実、この数週間で何本も折ってきた。昨日、城下町で買ったこの一本で、多分6本目かな。
「バアアアウッッ!」
「はっ!」
肉を抉らんとする顎が閉じられる寸前、僕は軽快にステップを踏んで後ろへ下がる。
ショートスピアは折れやすいからこそ、使い方には注意が必要。
立ち回りをよく考えて、なるべく最小の手数で勝負を決めなければならない。
「ここだっ!」
噛み付き攻撃を失敗し、魔物が目の前で動きを止めた瞬間。
僕は突き上げるようにして、魔物の腹に思いっきりスピアを突き刺した。
「グガアッ!……グルウウ……」
でも、浅い。
スピアが短いし、単純に僕の力がそれほど強くないから、どうしても一撃で仕留められない。
現に魔物は唸りながらも、僕を振り払おうとしている。
でもね……。
「『アース・ランス』っ!」
……僕には、魔法があるんだよ!
皮膚を撫でるような浅い傷を、必殺の一撃に変える方法を、僕は持っている。
「ギャアアンッ!」
一拍遅れて、僕が土属性の汎用魔法を唱えると、魔物が絶叫した。
スピアの先端から伸びた一筋の土の槍が、背中から突き出たためだ。
魔法は一般的に、武器を媒体として発動する。イメージが充分にできていれば、たとえ見えていなくても、突き刺したスピアの先端から発動することも可能となる。
「うわっ!……きったない」
少し待ち、魔物が動かなくなったことを確認した後。
腹からスピアを抜くと、傷口から赤黒い血が跳ねて僕の体にかかった。
思わず、顔をしかめてしまう。
魔物を一言で表すと、魔力をもつ動物。僕たち人間と同じような体の仕組みで生きている。
だから血が流れているし、致命傷を受ければあっけなく死んでしまう。僕たちと同じように。
「大丈夫?」
「あ、ありがとう、京月さん」
いつの間にか後ろにいた京月さんが、そっと手を差し出してきた。
その手には、ハンカチ代わりの白い布。
僕は感謝しつつもそれを受け取り、顔を拭いた。
後衛の彼女がここまで来ているということは、魔物たちを全頭倒せたみたいだね。
「お~い、イチャイチャするのもいいが、早く解体しちまおうぜ。他の魔物が寄ってくるし」
「…高坂くんも、ね。……グロテスクなのは…分かるけど、さぼるのはだめ」
断じてイチャイチャしていたわけではないけれど、僕と京月さんのやり取りを見た高坂くんがどやしてきた。
けど、彼もすぐに林崎さんにどやされた。
高坂くんは戦闘が得意だ。
直剣を使った近接攻撃と、オタク気質な妄想を活かした魔法が冴え渡っていて、向かうところ敵なし。
運動神経も高く、単体の魔物であれば簡単に倒してしまうくらいの実力を持っている。
「ちぇっ、バレたか」
「……何でもお見通し。…私に、隠し事は通じない」
林崎さんはポテンシャルがすごい。
後衛の彼女は吹き矢を使っているんだけど、近接戦闘もなかなか優秀だ。僕と張り合えるくらい、って見栄を張りたいところだけど、きっと僕よりも強い。
汎用魔法も十分に使えるし、イメージも柔軟かつ複雑で、多様な魔法を繰り出すことができる。
そして何より、度胸がある。
夜営の見張りや魔物の解体など、普通の人なら躊躇することにも果敢に取り組む努力家だ。
可能性の底が見えず、どんなことでもスルッとこなしてしまう。そんな印象がある。
「ごめん、すぐにやるよ」
「もうひと頑張りだね、十海くん」
僕が少し離れた大声で返すと同時に、いつの間にか倒されていた四頭目の魔物の死骸に向かいつつ、京月さんが甘い声を投げかけてきた。
「うん。京月さんも、周りに気を付けてね」
「うんっ!」
京月さんは、精神的に強くなった。
ホームシックを乗り越えて、地球に未練がなくなったと言ってもいいくらい、著しい成長を遂げている。
ただ、持ち武器が杖であるため、どうしても近接戦闘が難しい。
それならば、いっそ後衛として戦おうということで、人一倍、汎用魔法と特殊魔法の腕を磨いてきた。
その甲斐あって、彼女は火、水、風、土、光、闇の六属性の汎用魔法を全て使えるようになった。
まあ、魔法のイメージが少し弱いから、僕と一緒に練習してる途中だけどね。
「ふう、こんなものか……」
色々考えながら解体をしていた僕は、赤く染まった短剣を振り、滴る血を払った。
魔物の解体はかなり難しい。死骸が大きすぎて血抜きができず、作業中は血まみれにならざるを得ないから。
一応、肉の部分だけ取り出したつもりだけど、血で視界が遮られてほぼ手探りだから、上手くいったか分からない。
まあ、少しくらい内臓が入っててもいいか。
犬型の魔物は肉食だ。肉も内臓も食べられたもんじゃないけど、肉は家畜として飼育している魔物の飼料に使えるらしい。
街の安全を守るためとはいえ、人間の都合で命を奪うわけだから、死骸も大切に活用しないとね。
「皆も終わったみたいだし、行こうか」
「おう、早いとこ離れないとな」
「魔物が寄ってきちゃうし、急ごう」
「余計な戦闘はしない。……逃げるが勝ち」
皆の手際を見て切り出した僕に続いて、高坂くん、京月さん、林崎さんの順に返事をした。
さっきも少し触れたけど、王都ホワイトローズの街の周囲は平原になっている。
丈の低い草木はそこら中にあれど、視界を塞ぐ背の高い樹木はほとんどない。
また、今日は風が強いから、血の匂いが散りやすい。
追加の魔物がやってくる前に、早く移動しよう。
「しかしまあ、慣れるもんだな」
「ああ、狩りのこと?」
「そう。皆、腹が据わってたっていうか、物怖じしてなかったじゃんか」
まだ時間が余っており、あと何回か狩りをしてから街に戻ろうということになり…。
数分ほど平原を歩いた末、隣の高坂くんが口を開いた。
きっと、数週間前のことを思い出しているんだろう。
ゼアーストに来て九日目。王家が勇者の存在を明かした次の日。
僕たち、グループ一村はハロートワさんに連れられ、城下町のお店に行ったり、いきなり街の外にいる魔物と戦わされたりした。
確かに、あれはしんどかったなあ。
「……急すぎて、驚く暇がなかった」
「ね、心の準備がまだだったのに、色んな所に連れられて大変だったよ」
林崎さんと京月さんも、僕と同じ意見のようだ。
王都の城下町は、意外としっかりしていた。
といっても王城のように、どこもかしこも清潔できれい、というわけではなかったけど、建物が規則正しく並んでいて、町全体がすっきりしていたのが好印象だった。
「……街の人たちは私たちを腫物扱いしなかった。……優しい人ばかり」
「いや、あの人たちは優しいわけではないんじゃないかな」
林崎さんも肯定的な意見を言うも、僕は待ったを出した。
彼女の言う通り、道行く人も、商店の店番も、冒険者ギルドの職員や冒険者もとても親切だった。
それは確かにそうなんだけど、気を付けないといけないこともある。
「…そう?」
「うん。だって、見た目で僕たちが王国の勇者だってバレバレだから、ある意味、街の人が愛想が良いのは当たり前なんだ」
僕たちは、地球生まれの日本人。
黒髪黒目を持っているから、派手な色の髪と目がスタンダードな異世界では浮いて見えてしまう。
それに、たとえ見た目の差がなかったとしても、周りの人は僕たちが勇者だと気づいただろう。
勇者召喚が行われたことが明かされた翌日に、ゼアーストの勝手を知らない若者が数十名単位で街に現れるんだから、気づかない方がおかしい。
「…なるほど」
「つまり、良い人ぶってる人が大半だから、気を許すのは慎重にってことだよね?」
「うん、ちょっと言い方が悪くなっちゃうんだけど、過度に信用しすぎるのは良くないかなって」
「……分かった、気をつける」
京月さんも同じふうに思っていたのか、僕の言いたいことを要約してくれた。
僕も、街の人と手放しで仲良くしたいという思いはある。でも、ここは力が支配する世界だ。
悪人に騙されたり、危害を加えられたり、場合によっては殺されることだってあるかもしれない。
僕たちは勇者なんだし、そういうことを用心するに越したことはない。
「おい、難しい話してるとこ悪いが、魔物だ」
歩くこと十分くらいだろうか、ふいに高坂くんが注意を促した。
「それじゃあ、さっきと同じようにいこう」
「ああ」
「うんっ!」
「…うん」
さあ、もう一踏ん張りだ。
※※※
「いやあ、大漁大漁!」
「……満足」
分かりやすく成果至上主義の高坂くんと、血の渇望を満たした林崎さんが浮かれている。
あの後、僕たちはお昼頃にお弁当を食べて、そのまま夕方までぶっ通しで狩りをした。
その結果、大量の肉が手に入ったのはいいんだけど……。
「でも、これはちょっと狩りすぎだったね」
「あははっ、私もくたくただよ」
……バッグに入りきらないほどの量があるから、街まで持ってくるのに苦労したよ。
おかげで、僕も京月さんもかなり疲れた。
「早く帰って、着替えたいな。そんで、その後は飯だ!」
「…お風呂入りたい」
四人で分担して運んだはずなんだけど、二人は全く疲労を感じさせない。
スタミナがすごいね。僕なんて、途中から周りを警戒することも忘れてバッグを引きずってたよ。
「おいおい。お前ら、またかよっ!」
すると、金属のヘルメットを被り、ださいけど動きやすそうな皮鎧に身を包んだ一人のおじさんが僕たちを見てため息を漏らした。
実はここ、街の外縁にある街兵たちの詰め所だ。
レンガでできた壁に囲まれた室内は、魔道具の明かりでぼうっと照らされているものの、少し暗い。
一階は僕たちがいるこの部屋だけでも、かなり広い。
今さっき僕たちが入ってきた入口の正面には、受付のカウンターがいくつかある。
そして右の壁には、必要事項を書き込んだメモがびっしり貼られた掲示板がかかっていて、左側の広めのスペースには、数十人分のテーブルとイスがあちこちに配置されている。
「バースさん、こんちわ!今日も色んなのあるんで、ぜひお願いします!」
「ったく、人を何だと思ってやがる。これでも忙しいんだぞ」
失礼な高坂くんに愚痴を言いながらも、バースさんと呼ばれたおじさんは厚めの手袋に指を通した。
こんな見た目でも、彼はそこそこ偉い人だ。なんでも、この『ホワイトローズ西部街兵詰め所』の責任者だとか。
「すいません、いつもいつも」
「いいんだよ、もう慣れちまった。ちょうど座りっぱなしで退屈してたところだ」
バースさんがこれからやるのは、魔物の肉の買い取りだ。
僕たちが獲ってきた魔物の肉を確認し、品質に応じて買い取る。
本来は街兵がやるんじゃなくて、畜産をしている人のところに行ってやってもらう仕事だ。
けど、僕たちは畜産農家とコネがない。そうなると、肉を手に入れても持て余してしまう。
なので、安定して狩りができるようになった二週間くらい前に、ダメもとでバースさんにお願いしたところ、渋々ながらやってくれることになった。
まあ、交渉のときに「こういうときは俺に任せとけ」とか言って、高坂くんがゴネまくっただけなんだけどね……。
「んで、魔物ごとに分けてあるよな?」
「はい、よろしくお願いします!」
「おう、分かったぁ~」
バースさんがぶっきらぼうに聞くと、京月さんが元気に返事をした。
すると、彼は大層気持ち悪い笑みを浮かべて了解の合図をする。
「………」
僕は、思わず顔をしかめてしまう。
全く、この人も性格に難ありだ。
というのも、この冴えない中年男は、街を出ていった娘に似てるからって理由で、京月さんにめちゃくちゃ甘いのだ。
他の女の子にも若干優しく接しているが、彼女はもろに優遇している。
「大丈夫だよ?私は、十海くん一筋だから」
「…別に、そこを気にしてるわけじゃないけどさ」
僕の機嫌を察して、すかさず耳元で囁いた京月さん。
本当に、強かな人だ。何かにつけて僕をオトそうとしてくる。
さっきは精神的に成長したって言ったけど、こんなふうに育ってほしくなかった……。
「くぅ~~!娘を誑かす男は許せんが、しかし、いずれは嫁に出さなければいかんし……」
「おい!わけわかんないこと言ってないで、はやくしてくれよ!」
「……本当に、この人は優秀なの…?」
父親気取りのバースさんに、待ちぼうけの高坂くんと林崎さんが手厳しい言葉を浴びせた。
この男はさっきから、好きなだけ喚き散らすだけで手が動いてない。
やっぱり、彼よりも林崎さんの方が仕事をこなせるんじゃないか?
「お疲れ様です。……あ、一村くんたちじゃないか」
「野木島くん?こんなところで何をしてるの?」
おかしな人しかいない空間の中、ふと、受付の奥にある入口から見知った顔が現れた。
野木島くんと、彼のグループのクラスメイト二人だ。
「ああ。実はね、週に何回か街兵の手伝いをしてるんだよ。今日は西部詰め所、ここの担当」
「え、そうだったの?」
そういえば、外出できるようになってから、野木島くんと彼のグループのメンバーはほとんど王城にいなかったけど、ここで働いていたんだ。
「そう!冒険者として経験を積むのもいいけど、街の人の力になりたくてね。ちょくちょく手伝わせてもらってるんだ」
「なるほど。よく考えてるね」
「いやあ、一村くんには及ばないよ。これみんな、一村くんたちが狩ったんでしょ?」
カウンター越しに話していた野木島くんはそう言うと、バースさんの手元を指さした。
そこには、大小様々な魔物の肉がたくさん置かれている。
今日の戦果だ。今から全部お金に変わるけど。
「まあね。僕だけじゃなくて、高坂くん、京月さん、林崎さんも頑張ってくれたおかげだよ」
「よう、野木島。結構暴れられて満足だわ!」
「私は魔法を頑張った!」
「……私の吹き矢が……唸った…!」
僕が名前を呼んだためか、バースさんの手際を退屈そうに眺めていた三人が会話に参加した。
「えーと、これでブラウンロングヘアーの分は、これで全部だよな……」
「……。まだ時間がかかりそうだ。…ああ、そういえば一村くんに二人を紹介してなかったね」
バースさんの方をちらと見た野木島くんは、思い出したように言う。
僕は唯一、二組に所属していたから、自分のグループ以外の生徒をほぼ知らない。
正直、彼が気を利かせてくれてホッとしてる。僕から話しかけにいくのもちょっと変だし。
あ、ブラウンロングヘア―っていうのは、さっき戦った犬の魔物の名前ね。
「笹良さんと武富くん。二人とも、グループ野木島の一員だ」
「初めまして、一村十海って言います」
「
「
「よろしく、笹良さん、武富くん」
自己紹介を簡単に済ませる。よし、二人の顔と名前は覚えたぞ。
でも一度、皆から聞き取った特殊魔法の概要を記した記録を見せてもらったことがあるから、名前だけは知ってたんだけどね。
「おう、武富。ちょっと見ない間に、またガタイ良くなったんじゃないか?」
「高坂。お前こそ、引き締まった顔してるぞ。前はもっと腑抜けてたのに」
「おい!」
早速、高坂くんと冗談を言い合いながら、にやりとする武富くん。
率直に言うと、彼はでかいし大きい。
身長は野木島くん以上で、百八十センチを優に超えていると思う。
恰幅も豊かだ。成人男性並みの肩幅をしているし、お腹も少し出ている。
けど、太っている感じはしない。筋肉が隆々で、ムキムキな印象があるからかな。
彼も街兵の格好をしているけど、皮鎧がかなりきつそうだ。
もちろん黒髪黒目で、髪型は普通のショートカットね。
一か月経ったせいかもしれないけど、特にセットを気にしていないように思える。
顔つきもワイルドだ。肉付きが良くてサイズは大きいけど、豪快さが強く感じられる。そんな顔をしている。
「癒那、あれが一村くんですね……!」
「ちょ、ちょっと笹良!?なんなの、その言い方?」
「だって、気になるじゃないですか。ね、奏手」
「……気になる」
「ええ?奏手は止めてよっ!?」
笹良さんは京月さん、林崎さんと仲が良いようだ。
同じクラスだったし、ほとんどの人が友達なのも当然か。
ひそひそと話しているけど、全て筒抜けだ。声が大きいよ。
笹良さんからは、どことなく理知的な雰囲気を感じる。
整った顔の目元には銀の細縁眼鏡が光っており、ヘルメットを脱いだ頭からはセミロングの黒髪をたなびかせている。
かなり細身だけど、林崎さんほどではない。
へなちょこの僕がいうのもなんだけど、筋力はそれほどなさそう。でも、街兵の仕事ができているということは、見た目以上に力があるのかも。
それと、どうも街兵の制服に男女差はないようで、彼女も武骨な皮鎧を着ている。
ただ、他の男三人と違って、さまになっているというか、なぜかおしゃれに見える。
もっとも、僕が女性を見慣れてないだけかもしれないけど。
「よし、これで全部だな。………おいっ、終わったぞ!」
「はい」
本来の目的を忘れて、会話に華を咲かせること数分。
バースさんが肉の品質チェックを終わらせたようだ。
「血合いや内臓の一部が混ざってたが、全部洗ってあったし、大体これくらいだな」
手袋を脱いだ彼はそう言いながら、カウンターに置かれた麻袋をまさぐり、三枚の金貨を取り出した。
え?
「ちょっと、多すぎませんか!?」
「ああ、心配すんな!これはな、カイトたち三人分の給料も合わせての額だからよう!」
「えっ?」
僕が慌てて聞き返すと、バースさんは悪びれずに言い切った。
え?そんな前時代的な支払い方、許されるの?
まあ、許されるか。日本の現代のようなきちっとした会計システムなんてないもんね。
でもこれだと、野木島くんたちと折半できないし、肉がいくらで売れたのか、街兵のアルバイトの稼ぎがいくらなのかも分からない。
どうすればいいんだ?
……ちなみに、カイトというのは野木島くんの名前だよ。
「お前ら仲良さそうだし、これでパーッと飲みにでも行ってこい!さ、帰った帰った」
「ちょっ、ええ?」
おじさんは一方的に話を切り上げると、仕事は終わったとばかりに裏へと引っ込んでしまった。
適当だなあ。こんなんで街兵のトップが務まるんだろうか。
「一村くん、僕たちはもう諦めてるからいいよ」
「大雑把でいいじゃないか。俺はこういうの好きだぜ」
「ちょっと大雑把すぎますけど、慣れました」
街兵見習いの三人は、特に異論がないようだ。
ならいいんだけどさ……。
僕たちは王城で夕食を食べるから、飲み代なんていらないんだよね。
そもそも、お酒も飲まない。
ゼアーストでは、一応僕たちくらいの年齢から飲酒ができるようだけど、僕は一滴も飲んでない。
「ま、一村くんが持っててよ。今度、皆でランチでも行こう」
「うん、そうしようか」
野木島くんに言われたら、引き下がるしかない。
このように、彼はグループ内のメンバーはもちろん、他グループのクラスメイトや街の住人にまで優しく振舞っている。
それが、多くの人に愛される秘訣なんだろう。現に、街兵の仕事も上手くいっているようだし。
「じゃあ、僕たちは着替えてから戻るよ。先に戻ってて」
「分かった。また城でね」
「うん」
二言三言話した後、野木島くんは僕の手に金貨を握らせると、笹良さんと武富くんを引き連れて階段の方へ向かっていった。
三人とも、ケロッとした様子だ。街兵の仕事がきつかったろうに、元気あるなあ。
僕はもう寝たいよ。ご飯とかお風呂とかの前に、ベッドに寝っ転がって体を休めたい。
「そんな気にすんな、一村。レートは知らんが、ピンハネされなかったんだろ?素直に持っとけばいいんじゃね?」
「そうだね。部屋に置いとくよ」
高坂くんの言う通りだ。
別に僕たち、浪費が激しいわけでも、お金に困ってるわけでもない。
貯金しておくか。
「もう暗くなってきたよ。はやく冒険者ギルドに行こう?」
一足先に外に出ていた京月さんが言う。
僕もすっかり軽くなったバッグを片手に詰め所から外に出ると、日は沈みかかっていた。
急がないと、夕食を食べ損ねちゃうね。
「……走ろう」
オレンジ色の空を眺めていた林崎さんが、急に僕を見つめたかと思うと、静かに提案した。
え?ちょっと、疲れてるんだけど?
「あの、なるべく……」
「いいな林崎っ。行くぞっ!」
「…それっ」
僕の言葉を聞かずに、高坂くんと林崎さんは駆け出してしまった。
「まあまあ、私たちはゆっくり行きましょう、十海くん」
「そうだね。京月さん」
全く、夕方とはいえ、周りにはそこそこ人がいるから危ないのに。
後で注意しないとね。
「でも、十海くんと二人っきりになれたから、良かったかも」
「は……はは…」
京月さんは僕の肩に身を預けながら、僕に聞こえる音量で呟いた。
僕はただ、苦笑いをすることしかできない。
まさか、これも林崎さんの策略じゃないよね?僕と京月さんのキューピッドになろうとしてるわけじゃないよね?
でも、あの林崎さんだからなあ……。
何も考えてないように見えて、狙ってやってたりすることがあるからなあ……。
でも、あれで天然なところもあるし、本当に何も考えてない可能性も……。
「ねえ?今だけはせめて、私だけのことを考えて?」
と、少し考え事をしていたら、京月さんの冷たい声。
結局分からない。というか、分かろうとさせてもらえない!
「は、はいっ!はい!分かりました!」
僕の悲痛な絶叫は、迫りくる夜の闇に溶けて消えた。
ああ、僕は本当に、こんなクセの強い仲間たちの手綱を握り続けられるのかな?
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