第八話:魔法を使えと言われても、想像するのが難しくて分からない

第八話:魔法を使えと言われても、想像するのが難しくて分からない


 結局、僕の心配は杞憂だった。


 あれ、前もこんな入りだったような気がする。


 昨日の王城見学のとき、東先生が僕に、皆のお目付け役になってくれないかと言ってきたことから、先生がいる四人組と僕がいる四人組はマッチングしないと思う。


 ようは、リーダーがばらけるようにして八人グループを作りたいはず、ということだ。


 そして先生は僕の他に、学級委員だった野木島くんと井藤さんに対しても、リーダーになってくれと打診したはず。


 つまり、男子四人組と女子四人組の組み合わせは、異性の四人組の二つの中から一つを選ぶという、割と簡単なくじ引きで決まるわけだ。


 東先生と三人の女子生徒から成る女子(?)四人組は、僕がいる四人組と野木島くんがいる四人組を除いた、二つの男子四人組の中から一つを選ぶ。


 井藤さん率いる女子四人組も同じ。


 僕と野木島くんの場合も、男子と女子をひっくり返しただけで同じことになる。


 野木島くんの四人組は、先生がいる組と井藤さんがいる組以外の二つの女子四人組のうち、どちらか片方を選ぶ。


 結果として、僕、高坂くん、渡会くん、長谷屋くんの四人組は、野木島くんが選ばなかった方の女子四人組と手を結べばいい。


 そう、野木島くんが先に選べば、自動的に僕たちの組み合わせが決定する。


 僕が女子に話しかけにいく必要なんて、最初からなかったんだ。


「おし!ルームメイト同士だから、男子はこの四人だよな。早速、女子に話しかけに……」


「いや!」


「うおっ!」


 性懲りもなく高坂くんが先走ったので、僕は威嚇した。


 全く、僕がこんなに考えているというのに………。


「なんだよ一村。早くしないと、あの恐い目つきの兄ちゃんがキレるだろ」


「っ!…彼はそんなに短気じゃないだろうし、そこは心配する必要ないよ」


 小声で言ったつもりかもしれないけど、丸聞こえだよ。


 高坂くんの口から失礼な発言が飛び出した瞬間、リザンの顔が一層険しくなったもん。


「でも俺、女子と話したことそんなにないんだよな」


「いいや、貫太。なりふり構っていられないぞ。これは生きるか死ぬかの戦いを生き抜くための訓練だからな」


 渡会くんは正直者だ。


 僕と同じで、今まで女子と親交を深めてこなかったクチだろう。


 一方で、長谷屋くんの気持ちも分かる。


 どう転んでも、ここにいる皆と協力して生きていかなければならない、という事実は変わらないから。


 仲が良いからこの人と同じグループにしてとか、この人は嫌いだから違うグループにしてとか、甘ったれたことなんて言ってられないよ。


「大丈夫。僕の見立てでは、すぐに女子の四人が………」


「あ、あの!」


 なんとか高坂くんをなだめすかそうとしていると、後ろから声をかけられた。


 きた!


 少し高い、綺麗で澄んだ声。


 桜の花びらが舞い散る中でウグイスがさえずるような、そんなご機嫌な声。


 つまり、女子の声だ。


「東先生に言われて来たんだけど、君が一村くん、かな?」


「は、はい。一村十海って言います」


 僕はゆっくり振り向きながら、話しかけてきた女子に返事をした。


 女子は四人。


 同じ部屋に泊まっている四人組に間違いない。 


 そういえば、先生が女子たちをあてがってくるという可能性もあったね。


 あの人、何かにつけて僕を気にしていたし。


「良かった。見慣れない人だったから、やっぱり君が二組の一村くんだね」


「そ、そうだけど。元二組は僕だけだから」


 二コリと微笑みながら、身も蓋もないことを口にした女の子。


 僕がちょこっと気にしていることをズバズバ言ってくるね、この人。


「あっ、自己紹介しないと。……私は京月癒那きょうづきゆな。元、一組ね」


「京月さんね、分かったよ」


「呼びづらかったら、癒那でもいいよ。皆そう言ってるし」


「いや、流石にそれはハードルが……」


 僕が促すまでもなく、京月さんがはにかみながら自己紹介してくれた。


 整った顔が浮かべる、明るい笑みが眩しい。


 これは、いわゆるあれだね。


 誰にでも分け隔てなく、優しくしてくれるタイプの女性だ。


「ちょっと癒那?気安く愛想を振りまかないでよ!?勘違いしたバカが出てくるんだから!」

 

「真衣、そんな言い方失礼だよ。一組の皆も一村くんも、変なこと考える人じゃないよ」


 僕が京月さんと社交辞令を交わしていると、彼女のすぐ後ろにいた女子が会話に参加してきた。


 背が高く、すらっとしている。


 モデル体型とは、こんな人のことを言うのだろうか?


「ふん、そうかしら。ま、今はいいわ。二組のぼっちくん、私は蝶野真衣ちょうのまい。蝶の舞いなんてフルネームで呼んだら、許さないから」


「よろ…しく、お願いします。……蝶野さん」


「ふんっ!」


 これはまた、すごい人だ。


 蝶野さんの顔はほっそりとしていて、可愛いよりは美しいと形容した方がしっくりくる。


 なので、僕をぼっち呼ばわりするような性格と相まって、少し近寄りがたい雰囲気がある。


 単純に言うと、僕の苦手な人に分類される。


 耳に残らないくらいの高さの、きれいな声をしているんだけどね。


「そうやってまた真衣は。男とみたら所構わず噛みつく癖、辞めた方がいいよ」


「う、うるさいわね!男はけだものなんだから、これくらい普通よ!腕っぷしがあるからって、セラもうかうかしていたらダメ!」


「ちょっと、名前で呼ばないでよっ!」


 蝶野さんの背後からひょっこり現れた、三人目の女子が助け舟を出してくれたけど、彼女は手強い。


 すぐに手痛い反撃をもらい、感情的になって叫んでしまった。


 これじゃあ、余計にうるさいんだけど……。


「二人とも、一村くんが困ってるよ。真衣は少し静かにしてて、セラは自己紹介しよ?」


「ふんっ。……悪かったわね、セラ、二組のぼっちくん」


「だから、名前で呼ばないでってば。……えーとごめん。一村くんだよね。私は岩本セラ《いわもとせら》。一村くんは、岩本って呼んで?」


 蝶野さんより低く、どっしりとした声。


 背は京月さんより高いけど、蝶野さんよりは低い。


 体つきは、女子高校生とは思えないくらいしっかりとしている。


 といっても、すごいムキムキとか、めちゃくちゃ太っているとかじゃなくて、全身に筋肉がしっかりついており、かつ女性らしいふくよかさもある。


 そんな感じ。


 つまり、身長、体格で負けている僕にとっては、とてつもない威圧感を感じる存在ということだ。 


「教えてあげるわぼっちくん。セラの父親はね、プロレスラーやってんの。だから……」


「真衣っ!ちょっと……」


「生まれてくる娘も立派なプロレスラーになるように、セラって名付けたのよ」


「え?」


 意味が分からないけど、どういうことだろう?


 そもそも、名前でセラという漢字が上手く想像できない。


 苗字なら世良とか瀬良とかあるんだけど。


「あら、無駄に賢そうな顔して察しが悪いわね。セラっていう漢字はね、むぐっ……」


「まー!いー!」


 ここで、岩本さんが実力行使に出た。


 真衣さんの後ろに回り込み、両手で彼女の口を塞ぐ。


 だけど、思わぬところに伏兵がいた。


「セラの字はね、刹那の刹に、修羅の羅。恐ろしい化け物たちという意味をもつ悪鬼羅刹の、羅刹の字をひっくり返した名前なの」

 

「な、なるほど」


 ということは、刹羅、でいいのかな。


 ここまでの情報をつなぎ合わせて考えると、お父さんは悪鬼羅刹のごとく強い人に育ってほしいという願いを込めて、彼女を刹羅と名付けたということか。


「もうっ!言わないでって言ったじゃん!…真衣と癒那のバカ!」


「えへへ、だってかっこいいじゃん。私は刹羅の由来、好きだけどな」


「…ぅあっはあ、はあっ。……そうよ。この話を男どもに聞かせて、けん制しておいた方がいいじゃない」


「なにそれ!?私の名前は黄門様の印籠じゃないからっ!変な使い方しないでよ!」


「まあまあ落ち着こう、刹羅?黄門様の印籠もすごいんだよ?」


「癒那っ!?そこじゃないよね!?だいたい、二人はいつも………」


 刹羅さんは蝶野さんの口から手をどかすと、おもちゃを買ってもらえない子供のように暴れ始めた。


 それに対し、癒那さんも真衣さんもどこ吹く風だ。


 そして三人は、僕たちを捨て置いて口喧嘩を始めてしまった。


 あの……僕はどうすればいいですかね?


 ちらっ。


 僕は後ろを振り返り、所在なさげにしている高坂くんに向かって、『この三人、いつもこんな感じ?』と訴えるような視線を送った。


 こくっ。


 僕のSOSに対し、彼はただ重苦しい表情をして頷きを返すだけ。


 ああ。


 どうやら、このグループをまとめ上げるのは大変そうだね。


「……あ、あの」


「ああ。あなたは、何て名前をしていますか?」


 突然、蚊の鳴くような声で話しかけられ、僕は上ずった声で変な聞き方をしてしまった。


 三人のインパクトが強すぎて、四人目の女子のことが頭から抜けていたよ。


「……林崎奏手はやしざきかなで………です…。よろ…しく……お願いします……」


「こちらこそよろしく。一村十海って言います」


 林崎さんね。


 うん、覚えた。


 彼女も高くて良く通る声をしているけど、声量がそれほどない。


 少し引っ込み思案な人なのかな。


 体つきは、四人の中で一番細いんじゃないかな。ちょっと心配になるくらいレベルの細さだ。


 初対面の僕がこんなことを思うのも気持ち悪いけど、ゼアーストでは体が資本だ。


 ぜひ、いっぱい食べるようにしてほしい。


「……うん、よろしくお願いします」


 林崎さんはぺこりと頭を下げながらお礼を言い、やかましい女子三人の後ろ側へ引っ込んでしまった。


 何はともあれ、これで僕たちと組む女子四人の自己紹介が終わった。 


 当然だけど、彼女たちも地球出身の日本人だから、全員黒髪黒目だ。


 ま、アニメみたいに派手な髪色をした高校生なんて、いるわけがないよね。


 京月さんの髪型は、肩にかからないくらいのショートカット。女子の中では短めで、どことなくさっぱりした印象を感じる。


 対して、蝶野さんはロングヘア―だ。ゴムやヘアバンドでまとめたりはせず、さらさらの髪を腰辺りまで下ろしている。


 岩本さんは、京月さんよりも短い。これがいわゆるベリーショートってやつだろうか。


 前髪は額が半分見えるくらいの長さしかないし、サイドにあそばせている髪もかなり短く、両耳が全部見えている。


 プロレスをやっていた影響だろうか?


 林崎さんは、蝶野さんよりも短めのセミロング。背中の中央程度まで伸びた髪を、後ろで緩く縛っている。


 あと、服装は四人とも同じだ。


 僕たちが着ている、寝間着といってもいいような服の白色バージョン。


 というか東先生含めた勇者全員が、男子は薄い緑色、女子は白色をしたパジャマのような格好をしている。


 これに関しては、気長に待つしかない。


 きちんとした服はあるけど、まだ人数分準備できていないだけと思うことにしている。


 あ、ちゃんと今日の朝、新しい服に着替えたからね。


 全く同じ服だったから、新鮮な気持ちは全然しないけど。


「グループ分けは終わったみたいだな。それでは、訓練を開始する」


 と、僕たちがワイワイしている最中、突如威厳のこもった声が発せられた。


 リザンだ。


 主導してこの場を進行していることから、彼は四人の冒険者の中でもリーダー的ポジションなんだろう。


「訓練は各グループに一人ずつ、俺たち四人のうちの一人を指導役に割り振り、進めていく。まず、そこのお前ら」


「は、はい」


 リザンはハキハキと話していたが、いきなりグループの一つに向かって指を差した。


 その先は、僕たちから少し離れたところにいる八人。


 東先生がいるグループだ。 


「お前らの訓練は、俺が担当する。弱音は許さん、行くぞ」


「あ、わ、分かった。…行こう、皆」


 リザンはスパッと告げると、僕たちの集団を左に回り込んで、演習場に向かった。


 その後ろを、先生が慌ててついていく。さらに少し遅れて、グループメンバーの七人も続いた。


 今、僕たちがいるのは王城本館の正面入口前の広場。


 ここは人の往来が激しく、また石畳が一面に張られているので、体を動かすには少し危険だ。


 だから僕たちの背後、城の方から見たら広場の奥に、演習場と呼ばれるスペースが用意されている。


 簡単に言ってしまえば、グラウンドや校庭のような空間だ。


 柔らかい土が用意された平らな運動場のような場所で、普段は騎士や魔法使い、使用人、王族の方々が戦闘、魔法の鍛錬をするために利用する。


 演習場の奥には、外壁が左右に伸びており、王城の敷地をぐるっと囲んでいる。


 さらに正面入口の一直線上には、王城の敷地と城下町を隔てる王城正門がある。


 位置関係は簡単に、


 城下町─王城正門─演習場─本館正面入口─王城本館─別館、


 といった感じかな。


 外壁は王城正門を縦に挟んで、演習場から別館までを囲むように広がっている形だ。


 また、外壁はめちゃくちゃ高い。十メートル、いや二十メートルくらいはあるかもしれない。


 当然、ここから見える景色も、別館の部屋から見える景色もレンガの壁のみになる。


 なので、僕たちは王都ホワイトローズの街並みを見たことがない。


 まあ、勇者は王国の秘密兵器。国民にはできるだけ隠しておきたいという意図があるんだろうね。


「では、次は私の担当するグループを決める。……ふむ、君。君がリーダーだな?名前は何と言う?」


「野木島です。野木島界登のぎじまかいとです」


 リザンがいなくなり、代わりにキャルさんが音頭を取る。


 彼女は一番前にいた野木島くんに近づき、彼の顔を覗き込みながら話し始めた。


 次はキャルさんのところか。


 彼女は魔法使いで、近接戦闘は不得手と見て間違いないだろうけど、野木島くんに目を付けるとは。


 彼はがっしりとした体格をしている。背が高いから太っているようには見えないし、運動神経も良さそう。


 だから、パワーファイターとして育てるのが理に適っていると思うけど、キャルさんには何か思惑があるのかな?


「分かった。カイトだな。君のグループは私が担当する。よろしく頼む」


「っ……よろしくお願いします」


 いきなり話が変わるんだけど、キャルさんはかなりの美人だ。


 近くで話している野木島くんも満更ではなさそうだし、グループ内の他の男子も鼻の下を伸ばしているように見受けられる。


 まさか、ちやほやされたかったから彼のグループに決めたわけじゃないよね?


「けっ、これだからバカは……」


 後ろから、蝶野さんの恐ろしく低い声。


 ………。


 これは、僕も前に出たほうがいいね。


「………」


 決して、蝶野さんから離れようって思ったわけじゃないから。


 リーダーの人が前にいた方が、担当の冒険者さんと話しやすいって思っただけだから。


 これだけは、勘違いしないように。


「じゃ、残りは僕とミリーだね。……おっ、わざわざ来てくれてありがとう。そこの君。君がリーダーでいいかい?」


「はい、トーミと言います」


 キャルさんが野木島くんたちと共に集団を離脱した後。


 僕が何歩か進んで前に出たタイミングで、ハロートワさんが話しかけてきた。


「名前もありがとう、気が利くね。さっきも言ったけど、僕はハロートワ。よろしくね」


「よろしくお願いします」


「早速、他の子を連れて演習場に行こうか」


「はい」


 残り二グループしかないので、話はすぐにまとまった。


 僕はハロートワさんにことわって高坂くんたちのところに戻り、演習場に向かうことを伝えに行く。


「話がついたから行こう、高坂くん、渡会くん、長谷屋くん。京月さんたちも」


「おっけ。やっとか」


「何すんだろうな?」


「けがには気を付けないと、な」


「分かった。真衣、刹羅、奏手さん、行きましょう」


「ええ」


「うん、頑張ろう!」


「……はい…」


 七人とも、準備万端のようだ。


 元気な返事を受け取った僕は、先頭を買って出てハロートワさんのところへ舞い戻る。


「用意はできたようだね。それじゃあ、行こうか?」


「ぜひ、よろしくお願いします」


 僕は言いながら、深くお辞儀をした。


 それに倣い、他の皆も頭を下げたようだ。


「あはは、そんなかしこまらなくていいよ」


 頭を上げると、ハロートワさんは恥ずかしがっているようだった。


「冒険者をやっていて、面と向かってお礼を言われることなんてほとんどなくてね。ちょっとびっくりしたよ。……始めよう!」


 急に早口になった彼は、照れ隠しなのか、言い終わると同時に走り出してしまった。


 案外、人間臭いところがあるんだね。 


 人の心を捨てずとも、立派な冒険者になれるってことか。


 ひょっとしたら、ゼアーストに馴染むのもそれほど大変じゃないかもしれない。


「ちょっと!」


「はいっ!…なんでしょう蝶野さんっ」


 なんて思ってたら、いきなり話しかけられた。


 僕はゆっくりと振り返り、声の主の名を呼ぶ。


「なんであんたが仕切ってんのよ?」


「え?」


「だから、なんであんたが仕切ってんのよ?」


「あ、ああ、ダメだった?もし、やりたかったら蝶野さんが……」


「いやよ、めんどくさい」


「え?」


「一言いいたかっただけ。調子乗ってたから」


 全く悪びれずに真衣さんは言い放つと、小走りで僕を追い抜いていった。


 え?


 ……いや、え?



 ※※※



 他の三人には失礼だけど、正直に言ってハロートワさんは一番の当たりだ。


 指導役としての性格的な意味でも、冒険者としての身体的な意味でもだ。


 素人目で見ても、四人の冒険者の内でリザンが一番強そうだった。けど、あの性格では教えてもらうのに苦労するだろう。


 キャルさんは近接戦闘を指導できるのか不安だし、ミリーラさんは無口でコミュニケーションに難ありだ。


 だから、人柄もよく、健康的な体つきをしたハロートワさんが一番の当たりだと思っている。 


「……はっ…はっ…」


 さて、演習場にやってきたけど、ハロートワさんは足を止めようとしない。


 ペースを落とすことなく、グラウンドの端っこにある小屋に向かって走っていく。


 小屋には古びたドアがあるけど、今は閉まっている。


 そしてドアの手前には横長のテーブルが置かれており、様々な武器がいくつも並んでいる。


 なるほど、最初に武器を選ぶのか。


「…よし、着いた。まずは、この中から自分が使いたいと思う武器を選んでね」


 ハロートワさんはテーブルの前で止まると、僕たちの方を振り向いて言った。


 剣や盾、槍に斧。槌に棍棒、弓矢に鞭。


 珍しいものだと、棘がいくつも生えた鉄球を先端に付けた武器、モーニングスターや、一メートルくらいの刃の大剣なんかもある。


 地球に存在している武器が、異世界であるはずのここにもある。


 これは一体、どういうことだろうか?


 あと、杖が何本もある。お年寄りの方が使うような長めの杖だ。


 多分、魔法使いのための武器かな。


「えっと……」


「わっかんねえ。当たり前だが、どれも触ったことないし」


 僕は、生身の武器なんて初めて見た。高坂くんも他の皆も同様だろう。


 それと、これらの武器を持って戦う相手である、魔物の姿すら見たことがない。


 地球にいる猛獣みたいな生き物とは限らないし、どういった武器が魔物に対して強力なのか、てんで分からない。


「ああ、深く考えなくていいよ。手に馴染んだり、上手く使えると思う武器を選べばいい」


 とハロートワさんは言うけど、皆慎重だ。


 武器は自分の命を預けるようなものだし、やはり相性を見極めないと。


 ……よし、ここはリーダー(仮)として、お手本を見せよう。


「そういえば、武器を通じて魔法を使うのが普通なのよね?」


「そうだよ。自分の体は魔力を貯めこもうとする性質があるからね。だから初めに、武器に魔力をこめてから魔法を発動し、魔力を飛ばして現象を発生させる。もちろん、この方法じゃなくても魔法は使えるし、特殊魔法によっては武器を経由しなくてもいい場合もあるけど」


 僕が重い腰を上げようとした瞬間、蝶野さんが友達に話しかけるような感じで質問をした。


 失礼かどうかはさておき、すごいな。


 年上のハロートワさんに臆することなく話しかけられるなんて。


「そ。……なら、魔法の性質によって、戦い方を考えた方がいいわけ?」


「その通り。僕は君たちの特殊魔法を知らないから、まずは自分自身との相性で使える武器を見つけてほしいと思って、あえて言わなかったんだ。本当は、それも踏まえて武器を選んだ方がいい」


 なるほど。


 僕たちは武器を握って戦ったこともなければ、魔法を使ったこともない。


 一度にあれこれ言って混乱させないように。ハロートワさんなりに配慮していたのか。


 でも……。


「それじゃあ、先に僕たちの特殊魔法をハロートワさんに教えたらいいんじゃないですか?その方が話が早いような気がしますけど」


「残念だけど、それはできないんだ」


 二人の話に割り込む形で尋ねてしまったけど、ハロートワさんは全く気にせずに答えてくれた。


 それにしても、『できない』とはどういうことだろう?

 

 ……ああ、そっか。


「できないって、どうしてよ?それじゃあ、いつまで経っても武器を決められないじゃない」 


「僕たちは、城に招かれたという体で君たちの指導役を務めている。いわば、部外者なんだ」


 蝶野さんの無礼にも構わず、ハロートワさんはすらすらと話し続ける。


 どうやら、ものを教えるのが好きな人のようだ。


「つまり、俺らの特殊魔法に関する情報は極秘で、漏洩する恐れがあるから知ることができない、ということですか?」


「そう、よく分かったね。君もよく考えている」


 今度は長谷屋くんが会話に入ってきて、僕の考えと同じ意見を出した。


 ハロートワさんが言うように、蝶野さんも彼もしっかりと思考を膨らませている。


 これなら、この二人のどちらかにリーダーを任せてもいいかもしれない。


「あ、そうだ。僕だけじゃなくって、皆もハロートワさんに自己紹介しようよ」


「いいアイデアだ、トーミくん」


 僕は、皆の方を見て提案してみた。


 武器選びに時間がかかりそうだし、先にやっておいた方がいいよね。 


「それなら、一人ずつ自己紹介してもらうついでに、コレと思った武器を手に取ってみて」


「えっ!?」


「もう、後がつかえてるから、ね」


 そう言いながら後ろに目配せしたハロートワさんにつられ、僕たちは背後を向く。


「………」


 少し離れた位置にいるミリーラさんがこくっと頷いた。その後ろにいた井藤さんたち八人も退屈そうにしている。


 あ、すっかり忘れてた。


 僕たちは三番目に移動したから、ここで武器を受け取るのも三番目。


 時間がかかればかかるほど、最後のグループであるミリーラさんたちの迷惑になっちゃうのか。


「じゃあ、急がないとな。…高坂大吾です。ダイゴと呼んでください。……俺はこれにします」


 人を待たせていることもあり、早速始まった自己紹介兼武器選び。


 トップバッターは高坂くんだ。


 言いづらそうな敬語を使って名乗るとともに、一本の直剣を持ち上げた。


「う、意外と重い」


「標準サイズの両刃剣だよ。刀身だけじゃなく、柄の中にも金属が含まれてるから、割と重いでしょ。取り扱いには気を付けてね」


「は、はい」


 でも、何とか片手で握れている。

 

 ちゃんと振り方を練習すれば、すぐに使えるようになれそうだ。


「次は私でいいわね。…私は蝶野真衣、マイって呼んで。これにするわ」


 二番目は蝶野さん。


 彼女が手に取ったのは、長い木の棒だ。


「メーターサイズの棍だね。長くて扱いに癖があるから注意だよ?」


「ええ、すぐに使いこなして見せるわ」


 すごい自信。


 本当に僕と同い年なんだろうか?


 異世界に来たというのに、大した根性だ。


「皆悩んでるっぽいし、次は俺でいっか!渡会貫太です。カンタでお願いします!…俺はこれ!」


 三番手は渡会くん。


 元気はつらつといった様子で、一振りのナイフを手に取った。


「両刃の短剣。リーチが短いから普通の剣よりも難しいよ?」


「はい、いっぱい練習します!」


 そう言いながら慎重に鞘から短剣を取り出し、刃の切れ味を確認する渡会くん。


 割と手馴れてるけど、ナイフを扱った経験があるのかな?


「よし、やっぱこれしかない…!次、私いっちゃうね。岩本刹羅です!……名前は、セラでいいです。武器はこれで!」


 四番目に躍り出たのは岩本さん。


 セラと呼ばれることは諦めたらしい。


 若干不満げにしながらも、一組の分厚い生地のグローブを抱え上げた。


「拳に金属素材をあてがった特製グローブだね。リーチは素手とほぼ変わらないから、結構危険だよ?」


「私の強みは格闘戦なので。それを活かして戦おうと思います!」


 彼女も、戦う覚悟ができている。


 プロレスラーの娘だから、やっぱり格闘技に自信があるんだ。


「次は俺でいいか、京月、林崎?」


「いいよ、まだ決まらないから」


「…あ……はい………私も…大丈夫です」


「ありがとう。じゃあ、俺でお願いします。長谷屋翔大です、ショーダイで構いません。武器はこれにします」


 五人目は長谷屋くん。


 彼が選んだのは、大きな槌だった。


 両手で長い柄を持ち、壁を叩き壊すのに使う、スレッジハンマーって言うんだっけ。


 マンガのハンマーみたいに打撃部分は大きくない。


 特大サイズの金づちの金属部分を、さらに一回り大きくしたような見た目をしている。


「ハンマーかい。小ぶりだけど金属製で重いから、ハンマーに振り回されないようにね?」


「は…い、頑張ります」


 ハロートワさんに返事しながら、ハンマーを勢いよく持ち上げようとした長谷屋くんの顔が曇る。


 想像以上に重そうだ。


 僕だったら、すぐに音を上げてしまうだろうね。


「うん、決まった。私いきます。京月癒那です、ユナって呼んでください。武器はこれにしますね」


 六番手に京月さん。


 その手に握ったのは、木でできた杖だ。


「杖ね。棍よりもリーチが短く、魔法を主体に戦う後衛向きの武器だよ」


「はい。私の特殊魔法はサポートなので、杖がいいかなって思ったんです」


 そうか。


 彼女は自分の手札と相談した結果、杖に決めたわけだね。


 魔法という攻撃手段がある以上、どうしても後ろで立ち回る人員も必要だ。


 京月さんは、その役割を買って出た。 


「い、一村くん……決まった?」


「いや、林崎さんが先でいいよ」


 林崎さんが気を遣ってくれたけど、もう少し考えたい。


 という思いもあるし、皆の持ち武器を把握してから決めたいという思いもある。


「……はい……ありがとう…。……林崎…奏手です………。カナデって…呼んで……ください…。武器は……これにします…」


 彼女が手に取ったのは一本の細長い筒と、小さい箱。


 あれは一体なんだろう?


「珍しい!吹き矢かい?玄人向きの武器で、使いこなすのにはかなりの練習が必要だよ?」


「…肺活量には……自信が…あります……。……頑張ります…」


 あれ、吹き矢だったんだ。


 ってことは、あの箱には小さい矢が入っているのかな。


 勇者の武器としてラインナップにあることも驚きだけど、選んだ林崎さんも大した度胸だ。


「最後に僕だね」


 さて、何にしようか。


 僕の特殊魔法、『分かるようになる魔法』は戦闘向きじゃない。


 いや、上手く使えば戦闘に役立つだろうけど、攻撃手段としては使えない魔法だ。


 だから、なるべく距離を置いて戦えるような武器がいい。


「決まったかい?どれにする?」


 でも、重たい武器も駄目だ。


 機動力が落ちるし、何より僕の膂力では満足に扱えないだろう。


 それに、弓やボウガンも却下。


 攻撃に必須の矢やボルトには数の限りがあり、狙った場所に当てるには、かなりの練習時間と高い技術を要するからね。


「ええ、僕は……」


 中衛より後ろで戦えて、重くなく、取り扱いにおける癖が少ない。


 これらの条件を満たす武器は何か?


「……これにします」


「短めの槍か、目の付け所がいいね。耐久に難ありだけど、比較的扱いやすいよ」


 僕は、一メートルはないくらいの細長い槍を持ち上げた。


 これでも少し重い。


 刺突部分に金属が使われてるからか。


 これは、ショートスピアって言うんだっけ?


「がんばります」


 様々な要素を考慮した結果、僕はショートスピアを相棒に選んだ。


 剣を振るより、槍を突く方がリーチがあるし、必要な力も少なくて済む。


 しかも、指導役であるハロートワさんの持ち武器と似た系統の武器だ。彼も教えやすいだろうし、僕としてもよりたくさんのことを学べるだろう。


「では行きましょうか、ハロートワさん」


「うん、僕について来て」


 やっと武器選びが終わった。これでバトンタッチできる。


 僕は振り返ってミリーラさんたちに小さく会釈した後、移動を始めた皆についていった。


 

 ※※※



 無事、武器が決まったのはいいんだけど。


 一つ、懸念点がある。


「ふうっ……ここらへんでいいかな。じゃあ、今日の訓練を始めるよ」


「はい!」


 それは、訓練初日である今日の練習メニューについてだ。


 グループ分けをした後、ハロートワさんはまず、僕たちに武器を選ばせた。


 これが意味することは二つ。


「初日の訓練だからといって、何も気負うことはない。勇者の君たちは武器を持ったことがないんだってね」


 一つ目は、自分に合った武器を決め、手に馴染ませるという意味。


「ゼアーストで生きてきた僕たちにとっては考えられないことだけど、環境が全然違う別の世界から来たんだから納得だよ」


 地球人の僕たちは、戦闘経験なんてない。


 剣とか斧とかなんてファンタジー映画やゲームでしか見たことないし、大けがを負ってあふれる血を目にしたことも、明確な意思をもって生き物を殺したこともない。


 よって、戦う以前の問題として、武器を身近に感じるプロセスを踏まなければならない。


 これは理解できるし、個人差はあれど、練習を通じて全員が克服していく課題だと思う。


 だからこそ、二つ目の意味が問題になってくる。


「それに、魔法もないんだって?これもびっくりしたよ。魔法を使ったことがない人なんて、会ったことも聞いたこともないから」


 そう、魔法。


 僕たち勇者は、魔法を使えるようにならなければならない。


 それも、他のゼアースト人よりも達者で、魔族を倒せるくらいの熟練度を要した魔法をね。


「僕たちも、経験ゼロの人に魔法を教えたことはなくてね。四人で集まってどうしようかと話し合ったんだけど……」


 さっき、武器へ魔力を伝達して魔法を使うのがセオリーだ、という話が出た。


 初歩的で基本的だけど、最も一般的に使われているのが、武器を介した魔法の発動である、と。


 よって。


 ハロートワさんは次に言うことは……。


「やっぱり、習うより慣れろが一番、という結論になったんだ」


 どうやら、僕の悪い予感が的中しそうだ。 


「武器の振り方、扱い方については、明日から勉強しよう」


 僕たちは今まで、地球という世界で科学にどっぷり浸かってきた。


 そして、地球の科学とゼアーストの魔法は対極の関係に当たると言ってもいい。


 だから、僕たち元地球人にとって、魔法の習得が最も高いハードルになるのではないだろうか?


 後生です、ハロートワさん。


 できるなら、その先は言わないでほしい。


 今日は蝶野さんの相手をしてめちゃくちゃ疲れたから、できるだけ頭を使いたくないんだ。


「よって、今日は時間いっぱいまで魔法の練習をするよ!」


 終わった。


 それにしても、いきなりすぎるよ。


 いきなり魔法を使えと言われても、ファンタジー否定派の僕たちにはハードルが高すぎない?

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