第六話:異世界について教えられても、詰め込む量が多すぎて分からない

第六話:異世界について教えられても、詰め込む量が多すぎて分からない


 結論から言うと、僕の心配は杞憂だった。


「いやー、一村と翔大がびくびくしてたから気になったけど、ゼアーストの料理もうまかったな!」


「別に、びくびくはしてないよ。僕たちの口と合わないかもしれないって言っただけ」


「そうだぞ。常に疑ってかからないと、足元をすくわれるからな」


 渡会くんがおかしなことを言ったので、僕と長谷屋くんで反論しておく。


 今は、就寝前の自由時間。


 僕たちを含め、クラスの全員がそれぞれの部屋に戻って、寝る準備をする時間だ。


 夕食の時間は、一時間くらいはあったかな。


 ホワイトローズ王国の現国王、シルバース様が挨拶をした後。


 僕たちを案内してくれた執事さんが、皿を覆っていたクロッシュを回収しに来た。


 唐突に中身が露わになる形でゼアーストの料理と対面したけど、意外と見てくれは悪くなかった。


 一般的に、食欲を減退させる青色の料理はなかったし、昆虫を使った料理とか、強烈な臭いがする料理とかもなかった。


 高級レストランでの食事の経験がないから分からないけど、イタリアンやフレンチ、スペイン料理みたいな、ヨーロッパ系のレストランで出てきてもおかしくないような料理だった。


 でも………。


「俺は少し、物足りなかったな。なんというか、味が薄かった」


「それは仕方ないよ。日本とは、味付けや調味料が違うんだから」


 そう。高坂くんの言う通り、どの料理も味が薄かった。


 何の肉か分からないステーキも、何の魚か分からないソテーも。


 何の野菜か分からないサラダも、何を抽出したのか分からないスープも。


 何のフルーツか分からないケーキも。


 今一つ、調味料の量が足りないのか、それともあえて薄い味付けにしているのか、どこかもの足りない感じがした。


 まあ、日本の食事を食べ慣れた僕たちとゼアーストの人とでは、美味しいと感じる基準が違うのが当たり前なんだけどね。


 それに、地球の食材とまるっきり同じ食材がゼアーストにあるはずがない。


 初めての食事だったことも考慮すると、美味しかった、満足した、と思える方が難しい。


「あとは、ご飯があると良かったんだけどな」 


「確かに。僕も恋しくなってきたけど、無理そうだね」


 やはり主食というか、メインの炭水化物はご飯ではなく、パンだった。


 教会に召喚されたとき、それと教会から出たときに、暑いとか寒いとか、学校の教室との気温の差を感じることがなかった。


 となると、王都ホワイトローズは日本と同じくらいの気温、湿度であるということになる。


 召喚前の日本は十月の中旬だったから、それと似た気温、湿度だと、平均して気温が二十度、湿度が四十パーセントくらいかな。 


 地球をベースにした考え方になるけど、この環境でイネが育つとは思えない。


 そもそも、ゼアーストにイネがあるという保証すらない。


 それに四季があるかどうかも分からないから、もし田んぼがあったとしても、イネを育てられるほどの水が確保できるかどうかも怪しい。


 そして夕食で出てきたのは、フランスパンを斜めにカットしたような硬いパン。バゲットとかいうやつ?


 パンを硬くする理由については詳しくないけど、水分が少なければ日持ちがしそう、くらいは予想できる。


 だから多分、ホワイトローズでは小麦が主流だ。


 収穫の時期に大量の小麦を調達し、保存が利く硬いパンにして一年中食べられるようにしている、と考えられる。


「そういえば、お風呂もそこまで違和感がなかったね」


「えらいフローラルだったよな。バラの花びらが湯船に浮いてたし」


 実は、夕食の後に入浴の時間があった。


 男の入浴シーンを詳しく説明するのもアレなので、さらっと済ませるね。


 浴場は、いわゆるホテルの大浴場みたいだった。


 別館の地下一階に男湯と女湯があって、そこでは主にゲストが入浴する。


 脱衣場には、一つ一つの収納スペースが大きくなった下駄箱のような棚がいくつもあり、収納スペースの中にはかごが置かれている。


 一人一か所を選んで、脱いだ服をかごに入れておく。


 かごの中にはバスタオルとハンドタオルが入っているから、ハンドタオルだけを持って浴室に向かう。


 浴室は、左側が体を洗うスペース、右側が浴槽となっている。


 体を洗う一人分のスペースには、木の桶と低い椅子が数個ずつ置かれている。


 シャワーはなかったけど、代わりに、ボタンを押せばお湯が出る蛇口らしきものがあった。


 さらに意外なことに、鏡が張られていた。湯気が立ち込めていたにもかかわらず、表面は全く曇っていなかった。もしかして、曇り止めの加工がされているのかな?


 それはさておき、桶を使ってお湯を浴びたら、ハンドタオルに石鹸のようなもので泡をつけ、全身を洗う。


 次に、レンガ張りの床を歩いて、乳白色のお湯で満たされた浴槽に浸かる。


 湯船には白いバラの花びらがいくつも浮かんでおり、とてもいい匂いがした。


 その後はお風呂をじっくり楽しみ、脱衣場に戻りバスタオルで体を拭き、服を着て、おしまい。 


「けど、床が結構ツルツルしてなかったか?何回もこけそうになったわ!」


「ああ、俺も命の危機を感じた」


 渡会くんが言うように、確かに浴室の床がツルツルしていた。


 多分、床材が劣化しないように、水をはじく何かが塗ってあるのかもしれない。


「俺は満足だ。あのバラ風呂も、王国のご当地風呂と思えば、十分に楽しめる」


 ひょっとして、長谷屋くんはお風呂にこだわりがあるタイプかな?


 日本人の中の何割かは、お風呂に関して異常なこだわりを持っている。


 クラスメイトの中にそんな人がいるかは分からないけど、彼のように、全員があのお風呂を気に入ってくれると良いんだけど。


「あ、もうこんな時間だよ。明日も朝早いし、寝ようか」


「そだな」


 僕が壁掛けの時計を見てそう言うと、高坂くんが頷いた。


 これも驚いたんだけど、ゼアーストの時間は地球と同じになっているみたいだ。


 一から十二までの数字が振られた文字盤に、長針と短針、それに秒針が置かれたアナログの時計があることから、地球と同じく一日が二十四時間で構成されているらしい。


「うまいもん食えたし、俺はもう満足だわ!寝ようぜ!」


「『神託』は寝ないとやってこないと、姫様が言っていたからな。いや、夢を見る必要があるから、深い眠りにつかなきゃいけないのか?」


 渡会くんはどこまでも純粋だ。欲望に忠実で、いつも子どもっぽいことを言っている。


 一方、長谷屋くんは鋭い。『神託』とは何か、きちんと考えている。


「まあ、そこは気にしなくてもいいんじゃない?睡眠の質で『神託』を授かるかどうかが決まると、勇者によって成長スピードが変わっちゃうからね。それだと、本来の力を出し切れずに死んでしまう勇者が出ることにつながるから」


「なるほど……」


「それに深い眠り、浅い眠りなんて言葉は人間が作ったもの。具体的にどれくらい深い眠りについたら夢を見るかなんて分からないし、夢の定義も曖昧だから、眠れれば大丈夫だと思うよ」


 僕はベッドに寝っ転がったまま、隣の長谷屋くんに自分の考えを披露した。


 ちなみに、ベッドの位置は出入り口側から、渡会くん、高坂くん、長谷屋くん、僕の順だ。


「ま、詳しいことは体験してからにしようぜ。もう寝てるやつもいるし」


 パチッと部屋の明かりを落とした高坂くんが、奥のベッドを親指で指しながら言った。


 もう寝たんだ、渡会くん。ひょっとして、どこでもすぐに眠れる人か。


 あと、これも細かいことだけど、ベッド脇のサイドテーブルにある明かり以外は、どれか一つを消すと連動して消灯される。ランプの下部にあるスイッチを押すことで、オンオフを切り替えられるようになっている。


「そうだな。一村、また明日にしよう」


「うん。おやすみ」


「おやすみなさい」


「おやすみ」


 すでに眠りに落ちた一名を除いた三人で、おやすみの挨拶をした。


「………」


 僕は掛け布団と敷き布団の間に潜り込み、目を閉じる。


 あ、そういえば『神託』の説明をしていなかったね。


 『神託』っていうのは、神様が語りかけてくる知らせのことだ。


 前に言った、サンライト教会の修道者が勇者の来訪を告げられるのも、『神託』の一種とされている。 


 もっとも修道者の場合は、いつ、『神託』を賜るのかは分からないんだけど、僕たちの場合は違う。


 記録では、勇者がゼアーストにやってきてから最初に眠った晩、夢の中に神様が現れ、『神託』を残す、とされている。


 これは、魔法が存在しない異世界出身の人に、その人がどういった『特殊魔法』を使えるのかを伝えるためだと推測されている。


 では、なぜ神様がそんなことをするのか?


 それは、誰にも分からない。

 

 地球から召喚された勇者はほとんどの場合、その人にしか扱えない『特殊魔法』の使い手であることが多いという。


 だけど地球人は、魔法なんて空想の産物だ、という固定観念を持っているため、『特殊魔法』の存在すら知らないし、使えない。

 

 だから神様が介入して、勇者がどんな『特殊魔法』を使えるかを教える必要がある、ということなんじゃないかな


「……はあ」


 ここまで考えて、僕は小さくため息を吐いた。


 『神託』については、晩餐会の終わりにシルミラ様が教えてくれた。


 一人一人が理解したかどうかは置いておいて、クラスの皆に共有された情報だ。


 それと、魔法はとても複雑なので、明日以降、教える時間を用意すると言われた。


「………」


 目を開けようとするが、まぶたに加わる抵抗がものすごい。


 意外と、疲れてたんだな。


 やったことといえば、王城の散策と晩餐会くらいだけど。


 どうも、慣れない環境に肩肘を張りすぎちゃったみたいだ。


「………」


 それにしても、『神託』はどんな感じなんだろう。


 神様の姿が拝めるのか、拝めないのか。


 見てみたい気持ちも少しあるけれど、容姿が不明な方が神様のイメージが定まらなくていいよね。


「………」


 そして、重要なこと。


 夢の中では神様が一方的に、僕に『神託』を残すのか?


 それとも、僕は神様と話すことができるのか?質問することができるのか?


 もし、できるのであれば尋ねてみたい。


 なぜ、一組でもない、普通の男子高校生の僕が異世界に召喚されたのか、を。


「………」


 加えて、もっと重要なこと。

 

 神様と話せると仮定すると、夢で会話した内容を憶えたまま、目覚めることができるのか? 


 もちろん、『神託』の内容は憶えないと意味がないので、そこは心配してない。


 それじゃあ、他の部分は?


 『神託』を知覚する必要があるなら、夢の中では意識があるはず。


 だから、僕から神様に話しかけられるなら、その会話の内容も記憶できるんじゃないのかな?


 シルミラ様は、そこまで詳しく教えてくれなかった。


 なので、自分で確かめる他ないね。


「………」


 あとは、明日の予定も気がかりだ。


 明日やることについては、王城の見学が終わった後、ティアーナ様から大雑把に教えてもらった。


 午前中は、王族お抱えの魔法使いの人が教鞭を取り、魔法の概念や他国の文化など、ゼアーストの一般常識の指導をするそうだ。


 午後は各自選んだ武器を手に取って、城に招かれた冒険者の人と一緒に体を動かしたり、魔法を使ったりなどの訓練をするらしい。


「………」


 うーん。


 午前の座学は大丈夫だと思うけど、午後はどうだろう。


 高校では体育の成績は普通だった。運動に苦手意識はないけれど、得意という自覚もない。


 そうそう、武器も今のうちに考え……て…お…………かなく………ちゃ…。



 ※※※



「一村十海。……一村十海っ!」


 はっ!


 ここは?


「ここはあなたの夢の中です。一村十海」


 そっか。


 夢の中、か。


 どうりで、ほわほわした感じがするわけだ。


 周りは真っ暗で何も見えない。


 というより、視覚が遮断されているようだ。目を開けようとしても、まぶたはピクリともしない。


 これじゃあ、神様を拝むこともできない。


「それでいいのです。神は定形を持ちません。願う者、祈る者によって偶像が描かれるだけなのですから」


 そういえば、神様と思しき声は聞こえる。


 中性的な声。男性にしては高いような。でも、女性にしては低すぎるような。


 何とも、つかみどころのない声をしている。


「声を用意しなければ、『神託』をあなたたちに伝えることができませんから」


 うん。


 あくまで、情報を媒介する手段の一つとして声を出しているに過ぎない、ということだね。


「そうです」


 あ、僕の質問に答えた。


 ということは、僕と神様、双方向のコミュニケーションが可能なんだ。


「ええ。これからあなたには、あなたが使える魔法を理解してもらう必要があります。その過程で、何か分からないことがあれば私に質問できますし、それが妥当な質問であれば、私はそれに答えなければなりません」


 なるほど。

 

 無理やり異世界に連れてきてしまったお詫びに、僕たちが魔法を扱えるように手助けをしてくれる。


 ざっと、こんな理由かな?


「……それにはお答えできません」


 ちぇっ。


 ちゃっかりしてるね。


 別に、少しくらい教えてくれてもいいじゃん。


「答えてもいいのですが、時間の無駄でしかありません。なぜなら、あなたは魔法に関すること以外、私から言われたことを全て忘れるようになっていますから」


 えっ!?


 そうなの?


「はい、そうです。これ以上の会話は不毛と言ってもいいです。本題に移りましょう」


 はい。


 分かりました。


 神様、よろしくお願いします。


「はい。それじゃあ、ここからはしっかりと聞くように」 


 はい。


「地球という世界からゼアーストという世界に召喚されたあなた、一村十海が使える魔法とは、ずばり……」


 ずばり?


「指定した対象にまつわる、あらかじめ想像した問いに対する答えを得る魔法、です」


 ?


 えっと、どういうことですか?


「そうですね。とりあえず魔法や魔力といった基本的なことは抜きにして、簡単に説明しましょう」


 ぜひ、お願いします。


「まず、先ほどの名称を縮めると、『分かるようになる魔法』になります」


 『分かるようになる魔法』。


 ずいぶん短くなったね。


 つまり、近くにある何かの名前を入力して、インターネットで検索するような魔法ということですか?


「感覚的にはそうですが、いくつか違う点があります」


 おっ。


 地球に存在するものの例えが、神様に通じた。


 これは………。


「一つ目は、検索する何かの名前を知っている必要はない、という点です。イメージが難しいでしょうがついてきてください」


 はい、頑張ります。


「この魔法は、あなたから放たれた魔力が対象に命中することで発動します。故に、名を知っていなくても問題なく発動できます。これが、私が『指定した対象』と表現した理由です」


 ふむふむ。


 となると、分かりたいものが近くにないといけないのか。


「そうです。……二つ目は、インターネットの検索結果のように、大量の情報が瞬時に得られるわけではない、という点です」


 うん。


 これは、『あらかじめ想像した問いに対する答え』しか手に入らないという意味ですね?


「そういうことです。なぜこのような制約があるのかというと、人間の頭では、大量の情報を瞬時に処理することができないからです」


 これは、なんとなくだけど分かる。


 人間の脳は未解明なことが多いって聞くけど、たとえ全てが解明されたとしても、スーパーコンピュータが必要なくらい大きなデータを、一人の頭が一瞬で読み取ることは不可能だからね。


「その認識で問題ありません」


 よく分かりました。


 ありがとうございました。


「他にも、この魔法についての注意事項があります。ここまでで、何か質問はありますか?」


 ないです。


「そうですか。それでは、次に移ります。注意点は三つあります」


 三つもあるんだ。


 聞いた限りだと強力な魔法みたいだし、制約が多いのですか?


「それもありますし、先ほどの例のように、人間が扱えるようにセーブを設けたという側面もあります」


 なるほど。


「早速説明します。まず一つ目の注意点は、対象が十分視認できる範囲になければ、魔法が不発に終わるという点です」


 うん。


「全ての魔法の原動力は、イメージです。対象の何かについて知りたい、というイメージをもって魔法を使わなければ、必ず失敗します。そしてイメージに必要なのは、対象を観察することです」


 だから、僕が対象を見る必要がある、ということですね?


「そうです。始めに言った『指定した』というフレーズは、この意味を含んでいます」


 はい、分かりました。


「あと、物理的な問題もあります。魔法とは、ごく簡単に言えば、自分の内にある魔力を外に引っ張り出し、その過程でイメージを付け加えることにより、現象を発生させる術のことを指します」


 また難しい説明がきたけれど、『分かるようになる魔法』よりかは分かりやすい内容だ。


 要するに、自分の近くじゃないと現象を起こせないから、魔法を発動できる距離の限界があるんですね?


「そうです。例としては、燃え上がる火をイメージし、目の前の一本の木に対象を絞って魔法を発動すると、体内の魔力が体外へと飛び出し、木に向かっていく途中で火に変換され、木を燃やす。このようなプロセスで、魔法が発動するのです」


 それじゃあ、たとえ対象が近くにあっても、術者がそれを視認できなければ魔法が届かないし、視認できる場合でも、遠くにある対象に魔法を当てることは難しい、と言えるわけか。


「それもそうですし、イメージしたからといってすぐに魔法が発動するわけではない、ということも覚えていてください」


 この例は例えば、火をイメージしたらすぐに木が燃えるんじゃなくて、神様が説明した何段かの段階を経て燃える、という感じかな。


「そうです。これらの理由により、魔法を使う際には対象を視認する必要があるのです」


 ありがとうございました。


 ここまでは理解できました。


「では、二つ目です。二つ目は、これもイメージにまつわることですが、対象の『何か』についてきちんと想像しなければ魔法が発動しない、という点です」


 うーん。


 そこがよく分からないです。


 対象の『何か』って、どういうことですか?


「例えば一村十海について知りたいとき、あなたにまつわる何の情報を知りたいか、という意味です。生年月日、身長、体重、足のサイズ、握力、通っていた幼稚園、小学校、中学校、高等学校……」


 なるほど。


 検索エンジンにかけるとき、対象のワードの次に打ち込む二つ目の項目みたいなことか。


「虫歯の本数、視力、偏差値、IQ、定期テストの点数、自慰行為の回数……」


 ん?


 ちょっと、今おかしな言葉が……。 


「食べたパンの枚数、残したご飯粒の個数、腐らせたミカンの個数、腹を下した回数、プールの中で粗相を……」


 ちょっと!


 ちょっと待って!


「分かりましたか?ちなみにこれも、情報を絞るための措置です」


 よく分かりました。


 よく分かりましたので、次にいってもらって大丈夫です。


「分かりました。それでは、最後の注意点です。これは二つ目の補足になります。対象の『何か』は、絶対的な回答が用意されているような問いでなければならない、という点です」


 ?


 今まで言われた中で、一番意味が分からない内容だ。


 詳しく教えてください。


「これは言い換えると、回答する者によって解釈が分かれるような問いには答えられない、ということです。例えば、あなたを指定して『この男は何年生まれか』という問いをイメージして魔法を発動したとします」


 はい。


「しかし、何年生まれというのは、どの暦から見て何年なのでしょう?西暦か、それとも平成、令和といった元号か。問いを聞いた者によって、質問の捉え方が違います」


 ああ。


 そういうことですか。


 問いをイメージするときは、西暦なのか、令和なのか、きちんと指定しないといけないと?


「そういうことです。同じように、『このリンゴは甘いか?』、『あの建物は何でできているか?』などの問いにも答えられません」


 なるほど。


 リンゴが甘いかどうかなんて、その人の主観でしかない。


 それに、建物の構成要素の表現も、角材や畳とかの建材単位なのか、木、石、鉄といった建材の原材料単位なのか、誰にも分からないもんね。


「ただ、例外があります。あなたが絶対的でないと認識している問いでも、魔法が有効になる場合があるのです」


 なんだろう?


 パッと思いつかないけど。


「それは、ゼアーストという世界の尺度では絶対的な問いである場合です」


 っ!


 その言い方だと、問いが絶対的であるかそうでないかは、世界ごとに決まっているってことですか?


「正確には、対象と術者が存在する世界です。地球における科学のように、魔法はゼアーストを支配する理。ゼアーストという世界における物差しに従って、魔法が行使されるのです」


 うん、難しい。


 難しいし、一個人である僕が聞いていい内容かどうかも怪しい。


「いずれ、あなたがたどり着く答えです。ここで知ろうが後で知ろうが、変わりはありません。それに知ったとしても、あなたがどうこうできるものではありませんから、一切問題ありません」


 なるほど、了解しました。


 ところで、なんで僕が召喚されたんですか?


「っ!」


 ねえ、どうしてですか?


「………思考を遮断していましたね、一村十海」


 どうして一年二組の内、僕だけがゼアーストに呼ばれたんですか?


「……その問いに、答える義務はありません」


 声というのは、抑揚があるものです。


 神様の意思を音に乗せて僕に伝えるわけだから、抑揚だけを排除することなんてできない。


「だから今、私が驚いたのも丸分かりだと?」


 そうです。


 僕は眠りにつく前、こう考えました。


 神様と会話することが可能なら、僕が喋ることで思いを伝えるのか。それとも、神様がテレパシーのようなもので僕の気持ちを読み取るのか。


「どちらか分からなかったから、あなたは意図的に考えないようにしていた。眠る前から温めていた問いを」 


 はい。


 いつから思考が読まれるか分かりませんから。


 神様が説明している間も、余計なことを考えないように、なるべく短い相槌を打ってやり過ごしていました。


 さらに、僕が良からぬことを考えているのではと疑われないように、質問もいくつかしましたが、その数は最低限に留めていました。


「そして、私が尻尾を出すときを待っていた」


 はい。


 予想通り、あなたは思考を飛躍させました。


 魔法なんてちんぷんかんぷんな僕に、分かりやすく説明するために。


 結果、あなたは言ってしまったんです。


「『ここで知ろうが後で知ろうが、変わりはない。知ったとしても、あなたがどうこうできるものではないから、一切問題ない』」


 そう、それです。


 あなたが、自分で口約束を結んだんです。


 もう二度と地球に戻れない僕に対して、世界の理のような、僕がどうしようもできないことを知っていようがいまいが、問題ないって言ったんです。


「だから、先ほどの質問も妥当だと?」


 はい。


 あなたは、こうも言いました。


 『何か分からないことがあれば私に質問できますし、それが妥当な質問であれば、私はそれに答えなければなりません』


 恐らく、これはあなた、神様の本意ではない。


 答えなければなりませんって表現しましたから。 


 よって神様も、定められたルールに則って『神託』を進めている。そう考えました。


「………」


 これは質問ではないので、答えて頂かなくても結構です。


 さらにあなたは言いました。


『あなたは魔法に関すること以外、私から言われたことを全て忘れるようになっていますから』 


 ここで言う『魔法に関すること』とは、一体誰が決めるのでしょうか?


 『神託』のルールを定めた存在?それとも、神様?


 僕は、どちらでもないと思いました。


「………」


 記憶というものは不確かです。ましてや夢の内容など、目覚めた後に憶えている人の方が珍しいです。


 『神託』も、例に漏れないでしょう。


 本筋から逸れた会話や、憶えていてほしくない情報だけを排除し、魔法の詳細と扱い方という、『最も憶えていてもらいたいこと』だけを記憶させるには、どうすればいいか。


「………」


 答えは簡単です。


 カットすればいいんです。


 二つの時点を決め、その二点の間から外れた会話を全て消去する。


『はい。それじゃあ、ここからはしっかりと聞くように』 


 きっと、あなたのこの一言が『最も憶えていてもらいたいこと』の開始時点ですよね。


 そして、終了時点はまだ設定できていないはずです。


 設定する前に僕が強引に質問しましたから、今も『最も憶えていてもらいたいこと』の録音の最中にあるわけです。


「………」


 もちろん、僕に都合の悪い質問をされ、神様が強制的に録音を終了するおそれがありました。


 でも、『神託』のルールでそれは許されていない。


 妥当な質問には答えないといけませんから、きちんと回答しなければ、僕が魔法を理解したとは言い切れません。


 説明が不十分なままで録音を終了するわけにはいきませんから、録音のぶつ切りは心配しなくてもいい。


「よく喋るな。こんなやつだとは思いもしなかった……」


 普段はこんなに喋りませんよ。


 神様がテレパシーで僕の思考を読み取っているので、饒舌と感じるだけです。


 さて、あなたは世界に理があると言いました。


「それが、どうした」


 ずばり理とは、僕たち人間だけでなく、神様も従わなければならない強力なルールのこと、ですね。


 あなたが妥当な質問に答えなければいけないのも、理の条文の一つなんでしょう。


 さらに理の存在は、たとえ神様であろうと、ゼアーストに干渉する場合に制限が設けられていることに等しい。


 そしてそれは、夢の中という大きな制約がある『神託』の場では、多少緩和される。


「そうだ。私は、お前ら異世界召喚者を含め、ゼアーストに棲む者の心の内を読むことが禁じられている。ただし、『神託』ではそれが許される」


 だから、僕の普段の性格も、就寝前の思考経路も、あなたは知ることができなかった。


「………」


 まあ、全部僕の推理なので気にしないでください。


 それで、答えて頂けますね?


「ああ、いいだろう。私を虚仮にした褒美に、特別に教えてやる」


 ありがとうございます。


 というか、敬語じゃなくなりましたね。


「お前が私を欺いたのだから、私も取り繕うことをやめたまでだ。それで、どうしても、言わなければいけないか?」


 はい。


 納得がいきません。


 異世界に召喚されたせいで、僕は普通の高校生でなくなってしまったんですから。


「何が普通の高校生だ。……ならば良く聞くがいい。私がゼアーストに、一年二組でお前だけを召喚した理由は……」 


 理由は?


「一組だと、思ったからだ。……お前の名字が『一村』だから、一組の生徒だと思って召喚してしまった。………それだけだ!」


 え?


 ……え!?


「よくもこの私に、ゼアーストの神であるこの私に……恥をかかせたな!」


 恥をかくも何も……。


 ミスをしたのは神様の方ですよね?逆ギレするのは筋違いではありませんか?


 というか、僕が怒りたいくらいなんですけど!


「ええいうるさい!……『神託』は以上だ!とっとと目覚めろ、一村十海!」


 え?


 ちょっと、今の話は冗談じゃないん………。



 ※※※



「はっ!」


 まぶたを開けると同時にガバッと上半身を跳ね上げ、僕は目覚めた。


「もう、朝か」


 首だけを動かして左を向くと、窓から朝日が差し込んでいる。


 どうやら、ゼアーストでも地球のように、日が昇ってくるようだね。


「ん……あれ?…あ、ああ、起きたのか」


 僕が起こしてしまったか、隣の長谷屋くんが目覚めた。

 

 彼は上半身を持ち上げる形で起き上がると、両腕を上げて大きく伸びをした。


「おはよう長谷屋くん。ちゃんと『神託』を体験できた?」


「ああ、おはよう一村。あの姫様が言っていた通りだったな。俺が使える特殊魔法について説明された」


「大げさな敬語を使う、男性か女性かよく分からないような声だったよね。夢の中だったのに思考をまとめることができたし、考えてることが読まれてた」


「そういえばそうだったか。相手は神だから、深く考えずに受け流してしまっていた。よくよく思い返してみると、不思議な感覚だったな」


 彼がそう思うのももっともだ。


 『神託』なんて初めての出来事だし、馴染みのない魔法について理解しようとすれば、視野が狭くなってしまうのは必然だ。

 

「ふあ~あっ。……ちゃんと起きれてる」


「おはよう、高坂」


「おはよう高坂くん」


 寝返りを打って目を開けた高坂くんは、掛け布団を払いのけ、大きなあくびを一つした。


 ちょっと、僕にも移りそうだからやめてよ。 


「………なんだよ、俺が最後かよ」


「おはよう、渡会」


「渡会くんおはよう」


「おはああよ」


 最後の一人、目をこすりながらこちらを向いた渡会くんに、僕たちは次々と挨拶した。


 高坂くんはあくび混じりのおはようだし、目覚めがあまり良くないみたいだね。


「うん、皆起きたことだし、着替えて朝食に行こうか」


「え?……もう少し寝かせてくれよ」 


「『神託』で教えてもらった魔法の話もしようぜ」


 僕の言葉に、布団をかぶったままの渡会くんと、半分寝ている高坂くんが文句を言った。


「だめだよ。朝ご飯の量も形式も分からないんだから、昨日の晩餐会みたいに全員が揃うまでお預けってパターンかもしれないじゃん」


「ちょっと朝っぱらから言われても、理解が追い付かない……。つまり、どういうことだ?」


「つまり、皆の迷惑になるかもしれないってことだよ、渡会くん」


「うん、それはまずいな。起きるわ」


 渡会くんは意外と聞き分けがいい。必要以上に自分の意見に固執せず、納得すればころっと他人の意見に同調する。


 予測不能なことばかりの異世界においては、重宝されるマインドといえるね。


「そう言われたら仕方ない。俺も起きるか」


「今日の夕方に、一人一人から魔法の内容を聞き取る時間がある。だから、魔法について妄想するのはそのときまでとっておいてよ、高坂くん」


 僕が適当なことを言うと、高坂くんも渋々といった様子で体を起こした。


 彼も協調性がある。とても、皆の前で勇者だ魔王だなどと取り乱した人とは思えない。


「え?そんなこと言ってたか?」


「シルミラ様が言ってたよ。晩餐会の最後に」


「あ、そうだったか?腹いっぱいで眠かったから聞いてなかったわ」


 渡会くんが忘れているようなので、しっかりと釘を刺しておいた。


 『そんなこと』というのは、高坂くんの教会での失態のことではなくて、今日の夕方に魔法のヒアリングを行うことの方だ。


 渡会くんは神様と違って、僕の心を読むことはできないからね。


「そこで王国が俺たちの特殊魔法を把握し、魔王撃破に必要な訓練に活かすんだったか」


「うん。だから、とっても大事」


 長谷屋くんはよく分かっている。


 もっとも、それは表向きの理由であり、裏の理由があると僕は考えている。


 それについては、またの機会に紹介しよう。


「よっしゃ!そうと決まれば、早速食堂に行くぜ!」


「いや、着替えるのが先だろ。っておい、貫太っ!………行っちまった」


 大声で言うや否や、ガバッと立ち上がり、ベッドの傍の靴に足を突っ込んで猛ダッシュした渡会くんは、乱暴に扉を開けて部屋を出ていった。


 僕たちが止める間もない、一瞬の早業だった。


「渡会くんって、いつもこうなの?」


「ああ。飯のことになると、いつもこうだな」


 それなら、仕方がない。


 癖とか考え方なんかは、簡単に治るようなものじゃないからね。



 ※※※



「皆さん集まったみたいですね。それでは、授業を始めます」 


 目の前のテーブルに両手を突いた男性が、授業の開始を宣言した。


 ゼアーストにやってきて二日目。


 朝食を終え、別館一階にある談話室に集められた僕たちは、この人からゼアーストに関する授業をしてもらう。


「まず自己紹介から。私の名前はサルゼア。サルゼア・ブライトロードと申します」


 ふむ、サルゼアさんね。


 紺色の髪を少し伸ばし、後ろでひとまとめにしている。ポニーテールといえるほどは長くない。


 シルバーの瞳からはとても理知的な印象を受ける。魔法使いだからそう思うだけかもしれないけど。


 若干の色白で、背が高い。百八十センチくらいか?スリムというか、ひょろっとした体格だ。


 鮮やかな青色の服を着ている。肩、胸、腹の辺りはローブみたいにダボっとしてるんだけど、腕はシャツのようなぴしっとした袖になっている。


 そして、ブライトロードという名前。


 単純に和訳すると、『光輝く道』という意味だ。


 あと、昨日も思ったけど、ゼアーストの人にもラストネームがあるんだね。英単語が二つ続いた名前がほとんどだけど、なんでだろう?


「勇者様たちには文字通り、ゼアーストの森羅万象を理解してもらいます。なので今日から毎日、私の授業を受けてもらいます」


 えっ?


 授業って、今日だけじゃないんだ。


 それに神羅万象って、どれだけ細かく教えられるんだ?


「………」


 勉強に苦手意識はないけれど、膨大な量を短期間で詰め込むタイプの暗記は好きじゃない。


 記憶することに脳のリソースを使うから考える余裕がないし、そもそも考えることすら必要ないじゃん、あんなの。


「それでは、本日の授業を始めます」


 果たして、サルゼアさんの授業はただの暗記科目なのだろうか?


 そして、もしただの暗記科目だった場合、僕は授業についていけるのだろうか?

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