第五話:晩餐会と言われても、何を食べさせられるのか分からない
第五話:晩餐会と言われても、何を食べさせられるのか分からない
「いやー、それにしても、広すぎるなこの城」
ワイシャツのボタンを外しながら、高坂くんが愚痴をこぼした。
時間は進んで、今は夜。
ゼアーストも地球と同じように日が沈むらしい。外は真っ暗で、何も見えない。
王城の本館に入った後、僕たちはティアーナ様に連れられて、場内の色んな部屋を見学させてもらった。
僕の予想通り、別館もあった。
教会を出て左側、正面入口の反対側にある、本館よりも一回り小さい城館がホワイトローズ王城別館だ。
見学が終わった後は、辺りは薄暗闇で、夕方に差しかかっていた。
そのため、最後に別館を紹介してもらい、王城見学はお開きとなった。
別館は、いわばゲストの宿泊所だ。高級ホテルのような部屋がいくつも用意されている。
今僕らがいるのも、その内の一部屋だ。
「でも、すっげーワクワクしたわ!フルプレートの甲冑なんて初めて見た!」
「俺はダンスホールが好きだな。大理石の床がきれいで」
一組の同級生、渡会くんと長谷屋くんも口々に感想を言った。
王城の内装は、僕たち地球人がイメージするような、中世のお城みたいだった。
壁は白いレンガでできており、等間隔でランプのような明かりが設置されている。それでも薄暗かったけど、慣れれば問題ないと思う。
廊下には、赤いカーペットが敷かれていた。フカフカと柔らかくて、たくさん歩いても足が疲れなくていい。
廊下、部屋の中問わず、天井は石造りだったけど、木の梁が張り巡らされていた。とても頑丈そう。
ああ、渡会くんが言っていた甲冑は、本館にある武器庫に飾ってあったものだ。
ティアーナ様が着ていた真っ黒な甲冑ではなく、普通の鉄みたいな銀白色の甲冑がいくつも置いてあった。
城内では、警備のためか騎士様が何人か徘徊していたから、きっと予備の甲冑だろう。
長谷屋くんが話題に挙げたダンスホールは、正面入口を入って正面の部屋だ。
中には、奥に大きめのステージがあるだけで、何も物が置かれていない殺風景なホールだった。
でも、大理石のような色合いの石材から成る床は、どれほど眺めていても飽きが来ない美しさを誇っていた。
ティアーナ様の説明によると、名前の通り、舞踏会に使われる部屋とのこと。
「なあ、一村はどこが気に入った?」
「僕?そうだなあ……」
高坂くんに話を振られ、ベルトを外す手を止めて考え込む僕。
夕食まで時間があるので、現在は休憩時間だ。
各自割り当てられた部屋に行き、着ている服を脱いで、ゼアーストの衣装に着替えてほしいと言われた。
僕たちが着ているのは、高校の制服。
地球に住んでいる人にとっては、それほど価値がない代物だ。
でも、異世界のゼアーストの人にとっては、ちょっとした宝物になる。
当然だけど、地球の技術力が詰まった服は、地球から勇者が召喚されなければ手に入らない。
だからとても貴重で、世界各国の研究対象であるらしい。
あ、ここまで説明したことから分かるかもしれないけど、ゼアーストの服飾技術は未だ発展途上にある。
支給された衣装をまじまじと見てみたら、ファッションに疎い僕でもすぐに分かった。
「やっぱり、この部屋かな」
「ん?」
「えっ?なんで?」
「え?」
僕は周りを見渡しながら答えると、三人とも首をひねり、驚きの声を漏らした。
そんなにおかしい?
この部屋は、国賓が滞在するくらいの、最高ランクの部屋だ。
いわば、他国の人でも落ち着いて過ごせるような空間。
随所随所に、利用する人のことを考えた作りが施されている。
「例えば壁。廊下や本館の部屋とは違い、おしゃれな壁紙が張ってある。防音や断熱のためでもあるだろうけど、泊まる人が安心できるための気遣いの一つだと思うよ」
僕は白い壁紙を見つめながらそう言って、ベルトに手をかけた。
部屋は二人用。ホテルの用語を使うと、ダブルってやつかな。
でも、ここには僕と高坂くん、渡会くん、長谷屋くんの四人がいる。
なぜ一部屋に四人いるのかというと、単純に部屋が足りない。
一年一組の内訳は、男子、女子ともに十五人ずつの、計三十人。
そこに東先生と僕を入れて三十二人。男性と女性の数は十六人ずつ。
よって、十六部屋が必要なことになる。
広くて大きい別館といえども、空室を十六部屋も用意することは難しい。
だから、四人一部屋にして計八部屋で済むようにしたというわけだ。
おかげで、少し手狭。シングルベッドが四つも並んでいるので、実際の部屋面積よりもさらに狭く感じる。
「例えば照明。この部屋は、廊下や他の部屋よりも明るいよね。火なのか白熱電球なのか、それともLED電球なのかは分からないけど、とても暖かみを感じる明るさに包まれている」
僕は説明を続けながら、服を全部脱いだ。それほど寒くない。
ベッドの脇に置いてある小さなテーブルに一つずつ。
部屋の壁際に置かれた、高そうな木製の長テーブルの両端に一つずつ。
壁にかけてあるアナログ時計のそばに一つ。
玄関の扉の両脇に一つずつ。
そして、部屋の四隅の壁に一つずつ。
パッと見ただけで、ランプみたいな明かりが十三個も設置されている。
なので、かなり明るい。日の光が射さなくなった今でも、周りを見渡すことができる。
「例えばベッド。バラが描かれた薄黄色のかけ布団に、真っ白なシーツと枕。日本のホテルにもありそうな、とても清潔感のある寝具だ。日本に棲む僕たちには馴染みのあるものだけど、こんなにきれいなベッドなんて珍しいよ」
てきぱきと異世界産の下着を着て、麻か綿かでできた薄緑色のシャツに腕を通す。
そして、同じような素材をした同じような色のズボンを履き、ウエスト周りに通っている紐できつめに締める。
最後に、ゴワゴワの靴下みたいなものを着用して、生地の薄い革靴にみえる靴を履く。
これで、ホワイトローズ王城別館の宿泊客の出来上がり。
とは言ったものの……。
服が上下同じ色で模様とか柄もないから、パジャマ姿になしか見えない。
でも、変な臭いはしないし、くたびれた感じもないから、これでも高級品なんだろうね。
「例えば……」
「ちょっと待て。まだあんのかよ」
「すごいな一村!目のつけ所が違うってセリフ、言うときが来るなんて思っても見なかった!」
「確かに、着眼点が違うな。普通は、地球にいた頃の感覚のままで、中々気づけないものだが」
一通り自分の見た目をチェックした後、三人の方を向いてさらに話そうとしたけど、高坂くんに止められた。
渡会くんと長谷屋くんに至っては、なぜか感心している。
そんなにおかしい?
「異世界系のラノベとかアニメとかに触れていたから気付けただけ。遅かれ早かれ、皆も気付けるような簡単なことだよ」
「いやいや、俺なんか何も疑問に思わずにスルーしちゃってたし、すげーよ!一村の才能だよ!」
渡会くんはニコニコしながら僕の顔を見て、褒めちぎってくれた。
いや、普通だと思うけど……。
ま、褒められて良い気分だから、これ以上謙遜するのはよそうか。
ところで、紹介がまだだったね。
彼は渡会貫太(わたらいかんた)。
一組のクラスメイトの一人。あ、僕以外全員一組だから、これは言わなくていいか。
僕より少し背が低くて、百六十センチくらい。
黒髪黒目の短髪。
というか、アニメとか見ててよく思うんだけど、現実では派手な色の髪の人なんて滅多にいないよね。キャラ付けのために必要なことなんだろうけど、なんかもやもやしてしまう。
声は僕より少し高いくらいで、男子高校生の中では高い方になる。
体格は細め。いや、かなり痩せているって言えばいいかな。
性格は、話したがりでムードメーカーなお調子者。考えるより先に手が動く。手が動くより先に口が動く。そういったタイプだ。
「俺も見習わないとな。広い視野を持たないと、大事なことを見落とす。そうなれば、致命的な事態を引き起こしかねない」
長谷屋くんは頷きながら、静かに呟いた。
彼は長谷屋翔大(はせやしょうだい)。
同じく、元一組の男子生徒。
僕よりかなり背が高い。百七十センチ後半くらいかな。
黒髪黒目で、渡会くんより短い髪型だ。短いけど、坊主とは言えないようなライン。
声は低い。この中で一番低い。
かなりがっしりとした体格をしている。肩幅も広いし、腕の太さと厚さもすごい。何かスポーツをやっていたのかな?
見た感じ、落ち着いていて寡黙な性格。常に一歩引いた感じで、全体を気にしている。
でも、普通の高校生らしく、素直に喜んだり、驚いたりすることもあるみたいだ。
「俺も一緒に見てきたんだけどな。どうも、慣れない環境でいつもの感じがしないわ」
高坂くんは、前に説明したからいいね。
三人とは、部屋に着いたときに自己紹介を交わしておいた。
ルームメイトなのに、顔も名前も知らないような間柄のままでいるのは心細いからね。
「あ、あれ……。今なんか邪険にされたような……」
「よし、皆着替えたね。もうすぐ夕食の時間だし、本館の食堂に行こうか」
「そだな、めっちゃ腹減ったわ。昼抜きだったもんな」
「俺も、正直きつかった。まあ、急に俺らが来たから、準備が間に合わなかったんだろうが」
「おい、置いてくなよ!」
うるさい高坂くんを置いて、僕は渡会くんと長谷屋くんと一緒に廊下に出た。
王城見学は、お昼ご飯抜きで数時間にかけ、ぶっ続けで行われた。
なぜこんなにハードだったのかというと、理由は二つある。
一つは、王城が広すぎて、短時間で見て回ることが不可能だったから。
これは納得できる。
現代の地球じゃあるまいし、王城の中を紹介する動画なんてものは存在しない。なので、地道に歩いて一部屋ずつ見て回る他ない。
もう一つの理由が、僕たちの分の食事を用意できなかったから。
僕としてはこちらが問題だ。
ティアーナ様の説明によると、こういった経緯があるらしい。
まず、勇者を召喚するのはゼアーストの人間ではない。光の神がその役割を担っている。
そして、前もって勇者の召喚を知ることができる人間は、ホワイトローズ王国では、王城に棲むサンライト教の修道者のみ。
彼ら彼女らは勇者召喚の日の前夜、夢の中で神からお告げを賜る。
すでに言いたいことが山ほどあるんだけど、今はひとまず置いといて、勇者の召喚にはこのような背景があるみたい。
ここで重要になってくるのは、サンライト教の修道者は勇者召喚の日の前夜、実質、当日の朝にならないと、勇者が召喚されることを知ることができないという点だ。
これを現代の地球の事例で置き換えると、超有名ホテルに当日の朝、その日の夜の宿泊を団体で申し込むようなもの。
普通だったらあり得ない。門前払いで却下されるような予約だ。
でも、僕たちの場合はそうもいかない。
たとえ当日の申し込みであっても、勇者である僕たちには最高級のおもてなしをしなければならない。
快適に過ごせる部屋を用意しなくちゃいけないし、おいしい食事も必要だ。
それに、異世界特有の事情もある。
戦争の損益につながる、勇者を召喚したという事実が城の外に漏れないように気を遣わなければならない。
とてもじゃないけど、半日でこれらのことをこなすなんて無理だ。
だから僕たちはティアーナ様に、夕食を豪華にすることを約束するから、お昼ご飯を我慢してほしい、と言われたのだった。
「しかし、晩飯は何が出るだろうな」
「俺、肉がいいわ!でかい肉が食いたい!」
後ろから追いかけてきた高坂くんが話を切り出すと、すぐさま渡会くんが乗っかった。
別館から本館の食堂までは距離がある。早めに出たけど、間に合うかな。
「貫太、さっき学んだだろ。晩餐会に出てくる料理が地球の料理であるとは限らないし、そもそも食材からして、俺たちが見たことのないものかもしれないだろう」
長谷屋くんが良いことを言ってくれる。
流石だね。僕もそれを心配していた。
シルミラ様とティアーナ様が言っていた、魔物という生き物を食べる習慣があるかもしれない。
魔物がどんな感じか分からないけど、地球でいうゲテモノに値する食材だったら、恐怖でしかない。
だから、美味しい食事を頂けるとは限らない。場合によっては、それ相応の覚悟がいるかも。
「まあ、この世界では一般的な味付けでも、僕たちの口に合わない可能性もある。ここでやきもきしても意味がないし、あまり期待しない方がいいよ」
僕は、自分に言い聞かせるようにしてフォローをした。必要以上に怖がって、食事が喉を通らなくなるのは避けたいから。
ところで、食への価値観のズレの他に、食事を頂くときに気を付けなければならないことがもう一つある。
それが、料理に毒を盛られる危険性だ。
まだ僕たちは実感できていないけれど、勇者という存在はゼアーストにとてつもなく大きな影響を与えていると思う。
世界のパワーバランスが崩れるわけだから、魔族や他国の人間は僕たちを疎ましく感じるだろうね。
よって、何者かが僕たちを抹殺しようと動くことが予想できる。
でも、今すぐに暗殺が実行される可能性は低い、と僕は考えている。
なぜなら、今のところ、勇者が召喚されたことを知っているのは王城の人間だけだからだ。
「やっと渡り廊下だね」
ぱたぱたと足音を立て、歩くこと数十秒。
階段を下り、僕たちは別館のエントランスに着いた。
そのまま、本館と別館をつなぐ通路を歩く。
特に名称もないらしく、学校の渡り廊下みたいだから、僕は『渡り廊下』と呼んでいる。
エントランスは高級ホテルのロビーみたいだ。
木製のカウンターやテーブル、ロッキングチェアなどが配置されており、どこか高級感がある。
主に黒で統一された、スーツやエプロンに身を包んだ給仕さんたちが慌ただしく動いている。
「別館って言われてるが、結構広いよな。俺たちの部屋が……三階だっけか」
高坂くんの言う通り、僕たち四人は王城別館三階の一室に住むことになった。
四人で一組とすると、男子の四組が三階、女子の四組が四階に、それぞれ四つずつ部屋を借りている。
「しかし、よくよく見てみても、白いバラとしか思えん。植物に詳しくないが、細かいところが違うのか?」
渡り廊下は吹き抜けになっている。屋根はついてるけど、外と内を隔てる壁はない。
だから、ここから中庭へ出入りできるようになっている。
そして渡り廊下の両脇には、一定の間隔でバラのような植物が植えられた植え込みがある。
バラは白い花を咲かせており、いい香りを漂わせている。
渡り廊下を通り抜ける最中、近くで観察できるので、長谷屋くんが疑問に思ったというわけだ。
「それに関しては分からない。僕にも、地球にあるバラにしか見えないからね」
なぜ、ゼアーストに地球と同じ見た目のバラがあるのか?
適当な理屈を持ってきて、こじつけで理由を推理することはできるけど、今ここで皆に披露しても意味がない。
それに、僕たちはまだ、ものを知らなすぎるからね。
「おい、難しいことは後にしようぜ。…もう限界だわ」
渡会くんの声に力が無い。食欲に忠実なんだね。
とはいえ、僕もお腹が空いた。急ごうか。
えっさほいさと渡り廊下を抜け、本館一階のエントランスに入る。
ここも別館のような贅沢な造りになっているけど、一か所、違うところがある。
カウンターの一角に、甲冑姿の騎士が数名控えているところだ。
察するに、中庭から不審人物が入ってこないように警戒しているのだろう。
「ここだね」
エントランスを後にし、黙々と歩くこと数分。
豪華な装飾の施された階段を昇って、廊下を道なりに進むと、大きな両開きのドアの前に着いた。
ドアは開け放たれており、中にあるものすごく大きなテーブルが見える。
ここが、王城本館の食堂だ。
「なんだ、他の皆も腹減ってたんだな」
高坂くんがポツリとこぼした。
食堂の中は横長の広い造りになっていて、部屋の形にマッチする横長の大きなテーブルが中央に置かれている。
例えるなら、名画『最後の晩餐』で描かれるような、途方もなく長いテーブルだ。
テーブルの縁に沿って等間隔に椅子が置かれており、多くの生徒たちが席を埋めていた。
テーブル上には白いクロスが敷かれており、クロスの上には料理が盛り付けられているであろう上品なお皿が、一人分ずつ並んでいる。
ざっと見た感じ、同室の人どうしで固まっているみたいだけど……。
「トーミ様、ダイゴ様、カンタ様、ショーダイ様の四名様ですね」
「あ、はい。そうです」
僕たち四人は、勝手に席に着いていいものか分からず入り口で立っていたところ、声をかけられた。
男性だ。
ピシッと黒のスーツで固めた、執事、でいいんだろうか。
「かしこまりました。それでは、お席までご案内致します」
「ありがとうございます」
執事は落ち着いた声で言い、手を伸ばしてこれからガイドします、というジェスチャーをした。
当然かもしれないけど、めちゃくちゃ人当たりの良さそうな人だ。
言葉遣いも丁寧で、所作も綺麗。
まさに、王家に仕える一流の使用人だね。
「いえいえ。私どもは、これが仕事でございますので」
顔つきからして、かなり若い。二十代前半くらい?
しかし、これくらいの若い人だと、よそ者で十代半ばの僕たちを下に見て、それが表情なり行動なりに少なからず表れてしまうこともあるのでは、と思う。
でも、目の前の彼からは一切、そういったものは感じられない。
そういった心構えも、ちゃんと教育されてるんだろうか。
「こちらの四席になります。この四席の中でしたら、どなたがどこに座っても構いません」
執事さんに連れられ、テーブルに沿ってとことこと歩くこと数秒。
僕たちはテーブルの一角に案内された。
「分かりました。ありがとうございます」
感謝は忘れない。これから長いこと、お世話になる人かもしれないからね。
「めんどくさいし、この順番でいいね?」
「ああ」
「早く座ろうぜ」
渡会くんの返事がないけど、首をぶんぶんと縦に振っている。もう喋れないくらい限界なんだ。
三人とも良いみたいなので、各々が席に着く。
ちなみに『この順番』とは、僕、渡会くん、長谷屋くん、高坂くんの順だ。
「それにしても、近くに来ても匂いがしないな。これがかぶさってるからか?」
楽な体勢になって少し落ち着いていたら、長谷屋くんが胸の前にあるものを指した。
銀色の金属でできた、皿を覆うための器具。
クロッシュっていうんだっけ?僕も詳しくは知らないや。
確かに、匂いを感じないな。
「まだ開けちゃいけないのか?」
「全員揃わないと駄目だと思う。もう少しの我慢だよ」
言葉を発せない渡会くんに代わって、高坂くんが僕に聞いてきた。
一応ダメって言ったけど、そんなの僕にも分からない。
まあ、ここは王城だし、守るべきマナーは守っておくに越したことはないよ。
「晩餐会に出席したことがないから憶測になるけど、仮にも、王国の国賓である僕たちが参加する行事だから、当然………」
「ようこそお越しくださいました、勇者様方!」
突如として響いた、低く、しゃがれた声。
執事の人は、食堂の入口で僕たちの出席を確認していた。
すなわち、この状況で誰かがこの場で音頭を取ったということは、全員が集まったということだ。
「急なお呼び付けとなってしまい、誠に申しわけない。そのことに関しては、わしからも謝罪させてもらいたい」
どこか、力強さがある声。
テーブルの一番右側、上座の方から聞こえてくるけど結構遠い。遅刻気味だったのが、ここに来て響いている。
ただ、とんでもなく偉い人だということはすぐに分かる。
宝石がちりばめられた王冠を頭に載せ、高級ブランドのようなローブに身を包んでいるからね。
「じゃが、今、ホワイトローズ王国は窮地にある。魔族の台頭、それに他国との戦争によって、存続の危機にあるのじゃ」
おじいさんのような声は、力強く訴える。
『他国との戦争』について言及しているのは、僕がシルミラ様に問い質したから。
もう隠しておく必要は無いと判断して、自ら触れることにした。そういうことだろう。
「いかんいかん。つい辛気臭い話をしてしまうの。どうか許してほしい。……とにかく、わしらは勇者様方を歓迎しておる。じゃから勇者様方も、わしらを信頼してほしい」
かと思えば、孫と接するような優しい声色で、僕たちに語りかける。
話者のおじいさんは、普通の優しいお年寄りといった風貌だ。もちろん、顔の形とか身長は日本人のそれとは全然違うけど。
どちらかといえば痩せている感じで、筋肉もそれほどあるようにはみえない。
髪は金髪で、少し長め。冠の端から前髪が少しこぼれているけど、それすらも計算の内であるかのような上品さが醸し出されている。
おじいさんは、背筋をピンと伸ばして立ったまま、席に着く僕たちに向かって大声を出している。
その身なりから立ち居振る舞いまで、全てが気品に満ち溢れている。
まるで………。
「あまりしゃべりすぎてもいかんな。これくらいで……」
「おじいさま。名前を仰って下さらないと」
「ああ、そうであったの」
おじいさんが口上を終わろうとすると、聞き覚えのある声がそれを制止した。
シルミラ様だ。
彼女の声が、この人を『おじいさま』と呼んだ。
「えー、こほん。勇者様方はわしのことを知らんだろうから、名乗らんとな」
つまりは、そういうことだ。
「………」
僕は無言のまま、視線を下に落とす。
クロッシュで隠されていて、お皿の上の料理を見ることができない。
「………」
果たして、鬼が出るか蛇が出るか。異世界の料理はミステリアスで、僕たちのこれからの未来みたいに不安で危なっかしい。
ああ。願わくば、地球の僕でも料理として認識できるような、そんな料理でありますように。
そして、僕や高坂くんや渡会くんや長谷屋くん。東先生や野木島くんや井藤さん。
ゼアーストに召喚された全員が、欠けることなく幸せに暮らせますように。
「………」
でも、エスニック料理があまり得意じゃない日本人がいるように、異世界のルールを守れず、淘汰される人だっているはずだ。
「……わしが、ホワイトローズ王国の国王、シルバース・ホワイトローズじゃ」
僕が、皆を支えられるだろうか。
ゼアーストのルールを理解し、きちんと説いて、皆を導いていけるのか?
「…………」
いや、こんなことを考えるのはよそう。
せっかく僕たちのために振舞ってくれた料理が、美味しく感じなくなっちゃうから。
「はあ……」
でも、ため息は自然とこぼれてしまう。
僕たちのこれからなんて、考えるだけ無駄だ。
今、一番に考えなくちゃいけないことは……。
「………」
この料理、僕の口に合うのかな?
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