第四話:王城を案内されても、広くて複雑すぎて分からない

第四話:王城を案内されても、広くて複雑すぎて分からない


「行こうぜ、一村」


「うん」


 話は終わった。


 今、僕たちは、異世界の住人であるシルミラ様とティアーナ様に迎えられ、王城を案内されるところだ。


 僕は隣の高坂くんと一緒に、教会を後にする。


「わあ……」


 外に出ると、思わず感激の声が出た。


 こちらから奥に向かって真っすぐ、黒っぽい石が敷き詰められた道が続いている。こういうのを、石畳って言うんだっけ。


 そして、その道にあるのが、城。


 白いレンガ造りの壁が、見上げるほどに高く大きな城を形作っている。


 道の両脇は、青々とした芝生の地面だ。


 さらに、僕から見て左右にひとつずつ、白い噴水がある。噴水はどちらも同じ形だ。


 正面奥には、城の壁際に沿うように、何かの植物が植えられている植え込みが広がっている。


 遠いから分かりづらいけど、植え込みの高さは二メートルくらいかな?生垣と呼んでもいいかもしれない。


 さながら、緑の壁が城を守っているかのようだ。


 沖縄の住宅では、台風による強風を防ぐために防風林をこしらえるって聞いたことがある。


 けど、ヨーロッパの城ではそんなことをする必要もないし、する意味もない。


 ただ単に、ホワイトローズが風が強い気候なだけ?それとも、ゼアーストではこれが普通なのかな?


「うーん……」


 まあ、それは置いておこう。


 僕は、考え事をするために落とした視線を改めて持ち上げてから、周囲を観察する。


 どうやら、今僕たちがいるこのスペースは、城の中庭のようだ。


 さらに類推すると、僕たちが今出てきた教会は、城の敷地内、中庭の中に作られた建物であるということになる。


「よし、皆いるな。……それじゃあ、順番は適当でいいから、二列になってティアーナ様の後に付いていこう。私は、一村と一緒に一番後ろにいる」


 僕たち全員が外に出たことを確認すると、東先生が号令をかけた。


 って……。


「え?」


 またもや、驚きが声に表れてしまった。


 なんで、僕が先生と一緒なの?


 きっと、一人だけ違うクラスの僕を気遣ってのことだと思うけど、せっかく高坂くんという友達ができたんだ。彼との親交を深めさせてよ。


 これじゃあ、今以上に皆から孤立しちゃうよ。


 僕としては、それはなんとしてでも避けたいんだけど。


「なんだ?東先生と話すのは気まずいか?俺も近くにいるから心配すんな」


 僕の顔を覗き込んだ高坂くんが、茶化すように言ってくる。


 それを聞いた僕は、むっとしてしまう。 


 彼を含め、一組のほとんどの人がパニック状態だったため、僕とシルミラ様の会話が耳に入っていなかったと思う。


 だから皆は僕を、よく分からない、なよなよとした頼りなさそうな男子高校生と思っているわけだ。


 全く心外だよ、本当に。


「大丈夫だよ。僕はそれなりに社交的だからね」


「それ、自分で言うことかよ?………まあいいか。早く並ぼうぜ」


「うん」


 僕と一年一組の生徒たちは少し手間取りしながらも、縦に二つの列を作って並んだ。


 一年一組の生徒の数は、確か三十人ピッタリ。そこに僕と東先生を足して、三十二人。


 合計して、十六人ずつの列が二つできたことになる。


「それでは、ここからはティアーナ様にご説明して頂く。くれぐれも失礼の無いようにな」


「「「はいっ!」」」


 横にいる東先生が前の人にも聞こえるような大声を出すと、生徒たちが一斉にかけ声を上げた。


 これは僕の持論だけど、高校一年生は子どもじゃない。


 正常な思考能力があれば、何が悪い行動なのかを各々が判断して、自身をコントロールすることができる。


 皆は今、自身をコントロールするための思考能力を取り戻している。


 だから、異世界人であり、初対面であるティアーナ様の言うことを聞かなければ、ゼアーストで生きていけないことを理解している。


「………」


 僕は黙って腕を組んだ。東先生の隣、列の最後尾で。


 なんで、僕だけポジションを指定されたんだ?


「ありがとう、キョーコ。今から、勇者殿たちにホワイトローズ王国の王城を案内する。詳しいことは明日話すが、勇者殿たちにはそれなりの期間、王城の敷地内で生活してもらうことになる。だから、しっかりと覚えてもらいたい」


 列の先頭に立つティアーナ様が声を張った。

 

 最初、皆は大人しくしてたけど、『それなりの期間、王城の敷地内で生活してもらうことになる』という部分からざわつき始めた。


 ただ、聞こえてくるのは男子の声がほとんどだ。


 すぐにでも街へ遊びに行けると思っていたけど、それができないと知って落胆の声が漏れた。


 大方、こんな感じじゃないかな。


「不安に思う気持ちは分かる。突然異世界に召喚されて、よく分からない私たちと生活しろと言っているわけだからな。無理は承知している。だが、どうか受け入れてもらえないだろうか?」


 そう言って、ティアーナ様はまた頭を下げた。


 彼女は、シルミラ様の騎士だと自称した。


 だから、彼女自身も相当位の高い人なんだろうけど、ほいほいと僕たちにへりくだって大丈夫なのかな?


「皆っ!ティアーナ様が困ってらっしゃるから、静かにしよう。分からないことがあったら、後で聞けばいい」


 すると、列の中ほどから男子の声。


 学級委員の野木島くんだ。


「こちらこそ、お手数をおかけして申し訳ありません、ティアーナ様。すぐに落ち着くと思いますので、少しお時間を頂ければ幸いです」


 今度は列の一番前から女子の声が。


 もう一人の学級委員である井藤さんが、丁寧な口調をもってティアーナ様に断りを入れた。


「ああ、ありがとう。イトーであったか」


「いえ、そちらは姓、ラストネームにあたります。ファーストネームは萌花ですので、モエカとお呼びください」


「モエカだな、分かった。ありがとう、モエカ」


「どういたしまして、ティアーナ様」


 野木島くんが男子のどよめきを鎮めている間に、井藤さんがティアーナ様のフォローをした。


 どちらも、自分の役割を理解している。いや、自分にできる役割と言った方がいいね。


 先頭の井藤さんがティアーナ様と積極的にコンタクトを取り、真ん中の野木島くんが皆のケアをする。


 そして、最後尾の先生が周りを観察し、必要があれば二人のサポートをする。


 適当に列を作ったように見えて実は、皆にとってベストな並び方だったってことだ。


「それでは出発する。私について来てくれ」


 約数分後。静かになった僕たちを見て、ティアーナ様が出発の合図を出した。


 その後、彼女はくるりと振り向き、前に歩き出す。


 それに従い、前の方から列が前進し始める。


 やっと、城の案内が始まるみたいだ。


 僕は待っている間、あれこれ考えながら皆の様子をぼーっと眺めていた。


 けど、ここからは気を引き締めないとね。


 今から始まるのは、言ってしまえば王城見学だけど、生半可な気持ちで過ごすわけにはいかない。


 どれぐらいか分からないけど、それなりの期間にかけて滞在する場所だ。きちんと間取りを把握しないと、何かと不便だからね。


 しかも、僕たちは地球の暮らしに慣れ切っている。食事とかトイレとかお風呂とか、不便に思わないことの方が少ないし、その辺りを生活の一部として馴染ませていかないと。

 

「………世話をかけたな、一村」


 美しい庭園を見るためにきょろきょろしながら石畳の上を歩いていると、東先生が呟いた。


 僕は首を動かすのをやめ、先生の方を向く。


「さっきのことですか?あれくらい、どうってことないですよ」


 そして、素直に返事した。


 『さっきのこと』っていうのは、僕が混乱状態の先生に喝を入れたことだ。


 列を乱さないようにしながら道を進んでいき、二つの噴水の間を通り過ぎる。


 流れる水が水面に当たる、ちゃぽちゃぽという水音が心地良い。


「いや、礼を言わせてほしい、ありがとう。一村がいなかったら、私は勇気を出せなかったし、クラスの皆がまとまることはなかっただろう」


 先生は、なんだか恥ずかしそうだ。ありもしないところに視線をさまよわせているし、声も上ずっている。


 きっと、教師をやっていた頃は生徒に頼られっぱなしで、自分から頼る経験が少なかったんだと思う。


 だから、自分一人で処理しきれない問題、課題に直面すると、どうしたらいいか分からなくなる。


 一行はさらに歩き続け、王城の外壁に突き当たる。


 壁際に植えてあるのは、バラのような植物だ。ここまで来れば、無数の大輪が間近で観察できる。白い花弁や、青々とした緑の葉や茎がとてもきれいだ。


 ちなみに、ホワイトローズ王国というくらいだから『白いバラ』を断言してもいいかもしれないけど、異世界に地球のバラと同じ植物が存在するわけがない。


 なので、今は『白いバラのような植物』と呼ぶようにしている。


 うん、どうでもいいね。


「まあ、僕は二組なので、皆から一歩退いた立ち位置で周りを見れただけです。それで、先生の異変に気付けたんですよ」


 それとなく助け舟を出すと、先生は一瞬びくっと肩を震わせた。


 恐らく先生は、お礼を言うために僕を隣にしたわけじゃない。


 僕だけが二組の生徒だから、気を遣っているんだ。


 一番前のティアーナ様が右に曲がった。後ろの僕たちもそれに続き、列は右に曲がる形になった。


「やはり、一村も気がついていたか。その落ち着きようと客観的な思考力、私より教師に向いてるんじゃないか?」


「まさか。僕は人に教えたり、皆をまとめ上げることなんてできませんよ」


 先生が冗談を言ったので、謙遜しておく。


 今度は、変なことを言って僕を和ませようとしている。


 気になった僕は、真顔で両手を頬に持っていき、顔の筋肉をほぐす。


 そんなに緊張しているように見える?考え事が多いから、心ここにあらずといった様子に見えるのか?


 再び真っ直ぐになった列は、バラと王城を左手に臨みつつ、石の道を進んでいく。


「その様子だと、何もかもお見通しということか」


「まあ、そういうことですよ」


 先生が、はあ、とため息をついて意味深なことを言った。


 これ以上、僕が何を言っても無駄だろうから、先生には一人で納得しててもらおう。


 列は順調に進み続けていたけど、ふとティアーナ様が左に曲がり、姿が消えた。


 どうやら、王城の角に到達したようだ。


「一村には、一組や二組といった枠組みに囚われることなく皆と接してほしい、と言おうと思ったが、心配は無用だったな」


「ええ、僕は別に疎外感を感じたりなんかしてません。そういうのを気にしてる暇なんてないですし、もはやクラスなんてどうでもよくなりましたから」


「ふっ、それもそうだな」


 これも僕の本心。


 ラノベやアニメでは、クラス単位で異世界に連れてこられたとき、地球でのいざこざを引きずってクラスメイトと仲間割れをするパターンがよくある。


 もちろん、作品としてのクオリティを上げるため、そういう展開にしたいという意図があるんだろうけど、ちょっとリアリティがないな、と思う。


 普通は、多少のいざこざとか居心地の悪さなんか気にせずに、協力しようとするよね。


 ひどいいじめにあっていた人とか、性格がおかしい人とかじゃない限り、同郷の仲間と歩幅を合わせ、歩み寄る姿勢を取るはずだよ。


 だから、僕もそう。


 一人だけ二組の人間だけど、それがどうした。


 今のところ、ゼアーストにいる地球人は僕たちだけなんだから、できる限り皆と仲良くやっていきたい。


 列が進み、一番後ろの僕たちも左に曲がった。 


 角を曲がった先にも、左手に城壁とバラが続いている。


 正面奥には大きな扉の一部が見える。両開きだけど、取っ手部分がこちらを向くように開かれているので、左側の一枚しか見えない。


 簡単に言うと、外に開いている右側と左側の二枚のドアを、左から見ている構図。


 察するに、あれが城の正面玄関だろうね。


 右には、土が露出した開けた空間が広がっている。校庭みたいなグラウンドみたいな感じ。


 きっとここは、体を動かすためのスペースだ。甲冑を身に着けた騎士の人たちが剣を振るう練習をしているし、間違いない。


 グラウンドのさらに右奥、ちょっと遠くの方には、高いレンガの壁が城の壁と平行して伸びている。


 これは、王城の中庭と外を区切る外壁といったところか。


「それで、他にも何か言いたいことがあるんじゃないんですか?」


「……やはり、気づいていたか」


 東先生は、隠し事ができないタイプだろう。


 まあ、教え子に隠し事ばかりで心を開かない教師も嫌だから、先生の方がマシだけど。


「そんなにもじもじしていたら、誰だって気づきますよ。なんですか?」


「じ、実は、だな……」


「はい」


「一村には、いや、一村にも、か。……頼みというのは、もし一村が良かったら、皆の力になってほしいんだ」


「え?」


「ど、どうした?もし、嫌だったら、忘れてくれ……」


 先生があまりにも変なことを言うから、気の抜けた声が出た。

 

 僕の返事に、先生は顔を曇らせて俯いてしまった。


 先生は違うクラスの担任だから、体育の授業くらいでしか会う機会がなかった。


 異世界に来てこんなこと言うのも今更だけど、意外と生徒思いのいい先生なんだな、って実感できた。

 

「嫌じゃないですよ。僕は、異世界に来たと分かった瞬間から、皆の力になる覚悟を決めました。違うクラスだからなんて、全然関係ないです。同じ地球の住人なんですから、皆で生き抜こうって思ってます」


「一村……」


 僕の言葉を聞いて、先生がガバッと顔を上げた。その目には涙がにじんでいる。


 異世界に放り込まれて先生も不安だったんだろうけど、それにしても涙もろくない?


「とにかく、僕もできる限り皆をサポートしますから、先生も頑張ってください」


「……あ、ああ!」


 彼女はジャージの袖で目元をゴシゴシと拭いてから、大きく頷いた。


 これで、先生にも心の拠り所ができたかな。生徒に頼ってもいいって、気付けたと思う。


 それに、『一村にも』って言っていたから、先生が力になってほしいと相談するのは僕だけじゃないだろう。


 その場合、僕の負担が大きくならないし、僕の手の届かない範囲であっても、他の誰かがサポートしてくれるから安心だ。


「さ、着いたみたいですよ。行きましょう」


「悪い。遅れたな」


 体を斜めに傾けて前を見ると、先頭のティアーナ様が大きな扉の前で立ち止まったのが見えた。


 少し、急がないと。 


 僕と先生が話している間にも、列はどんどん前に進んでいたようで、前の人と数歩分くらい空いてしまっていた。


「……トーミと、キョーコも来たな。…それではまず初めに、ここを紹介しよう」


 数分後。


 僕と先生が到着したことを確認すると、ティアーナ様が切り出した。


 扉の前は、黒い石が敷き詰められた広場になっている。あんまり広くないけど。


 ある程度スペースがあるためか、列は崩れており、皆が見やすい位置に立って散らばっている。


「ここが、ホワイトローズ王城の顔、本館正面入口だ」

 

 紹介の言葉と共に、ティアーナ様が腕を持ち上げて扉を示した。


 そして僕たちは、彼女の示す方を見るために、首を傾けて見上げる。


「すごい……」


「マジで城じゃん」


「ああ、絶景だな」


 僕が感嘆の声を漏らすと、いつの間にか隣にいた高坂くんが共感し、先生もそれに続いた。


 他の人たちも心を打たれているみたい。驚きの声がそこかしこから聞こえる。


 僕の予想通り、ここは城の正面玄関だった。


 扉と左右に広がる城壁の存在感がすさまじく、威圧感さえ覚えるほどだ。


 入口の扉はものすごく大きい。高さが十メートルくらい、幅が五メートルくらい?年代を感じるこげ茶色の木の板を張り合わせてできていて、等間隔に黒く変色した金属のパーツで補強されている。


 外開きで、今は全開だ。ビッグサイズのドアストッパーが二つ置かれており、左右の扉を固定している。


 ここからは、城の中が見える。よくゲームや映画であるような、西洋風のお城のエントランスみたいな風景だ。


 床には赤いカーペットが敷かれていて、天井から大きなシャンデリアがつり下がっている。


 奥の方には、吹き抜けになっている二階に上がる階段が左右にあるのと、階段の間に閉ざされた扉があるのが見える。あそこは何の部屋だろう?


 本館正面入口からは、色んな人がひっきりなしに出入りしている。


 ティアーナ様みたいに甲冑を着込んだ人や、メイドだろうか、黒のワンピースにフリルのついた白いエプロンを着てる人、黒のタキシードスーツで固めた執事のような人。


 白の長帽子と制服に身を包んだコックさんみたいな人もいるし、鮮やかなローブをまとい杖をついて歩く、これぞ魔法使い、といった風貌の人もいる。


 本当に、一国を統べる王族が住む城なんだなあって、改めて実感させられるね。


「見て分かるように、この入口はたくさんの者が利用する。城に仕える者や謁見に来た者、他国の賓客や、功績を称えられるべき冒険者などだな」


「ぼうけんしゃ!?」


 ティアーナ様の説明の途中で、高坂くんが食いついた。


 途端に、皆の視線が彼に集中する。


 しかし、この期に及んで、自分がラノベやアニメの主人公かなんかだと思いこんでいるようだ。


 言っちゃあなんだけど、高坂くんって結構、空気が読めない人………。


「あ……すいません」


「いやこちらこそ、いらぬ心労をかけてしまって失礼。後日、冒険者については詳しく説明するが、今は割愛させてもらう。時間も限られていることだし、次に行くとしよう」


 ティアーナ様は特に気分を害した様子もなく、さらりと話を切った。


「高坂くん?さっきやらかしたばかりなんだから、気を付けないと駄目だよ」 


「ティアーナ様は貴族に当たる高貴な方だろう、あまり迷惑をかけると大変だ」


「一村に先生、すいません。周りが見えていなかった」


 近くにいた僕と先生が、やんわりと注意しておく。


 高坂くんはちゃんと反省しているようで、頭を下げつつ謝ってくれた。


 それにしても、彼は先生に敬語を使わないんだね。


 敬語を使えるほどの器量を持ち合わせていない可能性もあるけど、東先生が自クラスの生徒とフランクに話すようにしていた、っていう場合も考えられるから、気にしなくていいか。


「さあ、次は城の中を案内する。また、先ほどのように並んでもらえるだろうか?」


「「「はいっ!」」」


 ティアーナ様の指示に、皆が返事した。


 皆はここまで、ただの異世界人としてではなく、自分たちの指導役として彼女を認識できている。


 これなら、王国の人と仲良くやっていけそうだね。


「では、行こう」


 皆がテキパキと動き、さっきの順番で列が完成した。


 そして、準備が整ったことを確認したティアーナ様が、再び先頭に立って列が動き始める。 


「はあ……」


「今度はどうした?……あ、その、俺がでしゃばったのは本当に悪いと……」


「ん?…ああ、いや、高坂くんは大丈夫。あれも君の性格だからね」


「それはそれで少し悲しいものがあるが……」


 一つため息をこぼすと、それを聞きつけた高坂くんが話しかけてきた。


 僕は考え事で忙しいので、適当にあしらった。 


 ホワイトローズ王城はヨーロッパにある城みたいな外見だ。


 となると城の中も、僕たちがイメージするようなゴージャスなつくりになっているに違いない。


 それは別にいいんだけど……。


「一村はときどき、強張った顔をするな。何か悩み事か?」


「あ……いえ………」


 一番後ろの僕たちも足を動かし始め、高坂くんは前を向いた。


 それから少し間を置いて、東先生が聞いてきた。


 列は玄関の敷居をまたぎ、エントランスに流れ込み始めた。


「ただ、広そうだなって」


「……確かにそうだな」


 僕がこそりと呟くと、先生も静かに頷いた。


 まだ入り口しか見てないけど、外壁の幅と高さから察するに、王城の本館は高校の校舎の数倍、もしかしたら十倍以上の大きさがあるかもしれない。


 しかも、ティアーナ様は『本館正面入口』と言った。『本館』と呼ぶ必要があるということは、どこか他に『別館』に相当する城館があるということだ。


 それすなわち、僕たちは本館だけじゃなく、別館の間取りも記憶しなくちゃいけないのかもしれない。


 ま、僕たちが入れない場所もあるだろうから、全部を憶えなくてもいいかもしれないんだけどね。


 でも、それを差し引いても大変だ。お城の構造なんて良く知らないし、ゼアーストで一般的な建築様式が、地球のそれと同じはずがない。


 果たして、ホワイトローズ王城は広くて複雑そうなのに、一度案内されただけで、僕たちはちゃんと覚えきれるのかな?

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