第三話:異世界で暮らせと言われても、上手くいくかどうか分からない

第三話:異世界で暮らせと言われても、上手くいくかどうか分からない


 先ほど、シルミラ様が僕たちは二度と地球に戻ることができないと言い、それを聞いた僕たちは大いに混乱した。


 断定するような口ぶりだったし、多分嘘ではないだろう。


 残念ながら僕らは、帰りのチケットの無い異世界旅行に駆り出されたみたいだ。 


「………」


 深呼吸を終えた僕は、ゆっくりと目を閉じる。


 視覚が無くなったことで、聴覚が研ぎ澄まされる。


 『帰れないってどういうことだよ!』という、男子生徒の怒鳴り声。


 『いやああああああっ!』という、女子生徒の金切り声。


 『やっぱり、ここは異世界……。ち、チートスキルで、無双する、無双するんだ!』という、高坂くんの歓喜の声。


 『そんなこと、信じられん………。だが、あの二人の格好を見ると…』という、東先生の疑う声。


 誰一人として、冷静な人がいないみたい。

 

 なら、僕が聞くしかないようだね。


「はい」


「おや、そこの殿方。何でも仰ってください」 


 いくつか、疑問に思う点がある。


 なので僕は、東先生に倣って挙手した。


 すかさず、シルミラ様が質問を促す。


「ありがとうございます。一村十海と言います」


「トーミ様、ですね。分かりました」


 僕が名乗ると、近くで驚きの声が上がった。東先生や何人かの生徒の声だ。


 ある程度落ち着いた人なら、周りには一組の生徒と担任しかいないことに気付くだろうね。


 だから、二組の僕が、ここに居ることにびっくりしたんだと思う。


「えー、では、質問させて頂きます。質問は、二つあります。一つ目は、ホワイトローズ王国は存続の危機にあるんですか?大変失礼な言い方になってしまいますが、魔王により滅亡してもおかしくないという状況にあるのですか?」


 僕は、シルミラ様の目を見て一つ目の質問を言った。


 質疑の内容を話しているとき、その目に警戒の色が浮かんだような気がする。


「トーミ様、失礼だなんてとんでもありません。勇者様方は何も知らないのですから、疑問に思ったら尋ねるのは当然のことです」


 嘘だ。若干だけど、声が上ずっている。


 『細かいところに気が付きやがって』。そんな気持ちが表に出ている。


 僕がこの質問を思いついたのは、高坂くんのおかげだった。


 彼が喚き散らした言葉の中に、『あの二人は滅亡の危機にある王国の姫とその護衛だろ!』というフレーズがある。


 あの後、シルミラ様は高坂くんの提示した疑問に一つ一つ答えたけど、王国が滅亡の危機に瀕しているかどうかについては、言及しなかった。


 だからシルミラ様は、このことを話したくない。もしくは、嘘を付きたくないから答えなかった。 


 そう思ったというわけだ。


「……話を戻します。トーミ様の推測は、半分が当たりで、もう半分が外れです」


 シルミラ様が僕の目を見ながら返答する。


 サファイアのような青い目が、僕を品定めしている。


 半分が当たり?どの部分のこと?


 それに、どこが外れていたんだ?


「当たっているのは、『王国が存続の危機にあり、いつ滅亡してもおかしくない』というところです」 


 彼女はわざとらしく、一言ずつ丁寧に回答していく。


 この場にいる他の誰でもなく、僕に理解させるために話している。


「外れているのは、『魔王により滅亡してもおかしくない状況』というところです」


 姫様はここで口をつぐんだ。


 そして、二つの目から視線を飛ばし、挑発するように僕を見つめた。


 これは、何が外れているのか当ててみろ、ということかな?


 うん?


 僕はそこが分からないから聞いたんだけど………。


 僕たちと同じくらいの年齢に見えるけど、シルミラ様は幼稚な性格というか、よく言うと子供心を忘れない素敵な方のようだ。 


「……ずばり、間違っているポイントは、『魔王により』という部分ですね?魔王以外の何かが原因で滅亡してもおかしくない。いや、魔王と、何か他の原因により滅亡してもおかしくない、ということですか?」


 僕も、なるべく気丈に振舞う。


 姫様は意図的に、僕たちに与える情報を制限している。これは、僕たちにとって不利だ。


 ちなみに、王国が滅亡する原因として、魔王ともう一つの別のことが原因だと思った根拠は二つある。


 一つ目は、僕たちを召喚したこと。


 『魔王による王国滅亡の危機』自体が外れているとすると、王国は安泰であり、魔王を倒す必要が今のところはない、ということになる。


 そうなると、僕たちを召喚する意味がなくなる。


 けれど、実際に僕たちは召喚されたので、『王国滅亡の危機』という問題の存在は事実である。


 さらに、ラノベの設定を鵜呑みにするわけじゃないけど、魔王くらい強大な敵でなければ、わざわざ異世界の勇者を召喚しようなんて思わないはず。


 自分たちで打開できるような危機だったら、出身世界すら違うよそ者なんて連れてこなくてもいいからね。


 だから、『魔王による王国滅亡の危機』までは合っている。


 じゃあ、どこが外れているのか? 


 そこで、二つ目の根拠だ。シルミラ様が魔王以外の王国滅亡の原因についてシカトを決め込んでいたこと。


 それはつまり、何らかの話したくない事情があるということだ。


 その事情を隠して、魔王を倒させたい。もしくは魔王を倒すまで、その事情を隠し通したい。


 シルミラ様はそういう狙いがあり、その事情を話さなかった。


 と考えると、その事情は魔王関係ではなく、全く別の問題に関する事情、と考えることができる。


 魔王討伐に支障が無いような魔王に関する事情なのかもしれないけど、そんなの僕は思いつかないし、可能性としては低いといえる。


 よって、『魔王による王国滅亡の危機』の間違っている部分は、魔王が原因ということ『だけ』で王国が滅亡の危機にある、という結論にたどり着いた。


「トーミ様、流石でございます。おっしゃる通り、我がホワイトローズ王国は魔王の脅威の他に、他国から攻め込まれる危険も有しているのです。分かりやすく言うと、外国との戦争です」


 オーバーリアクションでお世辞を言ったシルミラ様。


 残念だけど、僕はそんなに単純じゃない。少し褒められたくらいで、追及の手を緩めるつもりはない。


 そこはいい。大事なのは発言の内容。


 彼女は、戦争と言った。


 戦争。


 それは、人と人との争いごとを指す言葉。地球の意味では、だけど。


 今の今まで、彼女が戦争の存在を隠していたということは、長い目で見て、僕たちから戦争に関する情報が漏れることを恐れたから?


 それとも……。


「ここからは、地理的な話になります。王国は、三つの国に囲われています。一つ目は、王国の南西に位置する帝国。世襲制の皇帝が治める大国です。国内の基盤が確立されてから今に至る数百年間にわたり、隣接する王国や他の小国と戦争を繰り返しています」


 なるほど。


 独裁的なリーダーがトップの、好戦的な国ということね。


「二つ目は、南東にあるサンライト聖共和国です。日の光を神の啓示とするサンライト教の信者が国民の大多数を占め、この世界から特殊魔法が使えない者を抹消すべく、他国と戦争をしています。サンライト教や特殊魔法については、後でご紹介します」


 要するに宗教国家ということか。聞いた感じ、帝国よりめんどくさそう。


 それに、特殊魔法。


 魔法なんてちんぷんかんぷんだけど、わざわざ特殊とついているくらいだし、特殊じゃない魔法もあるということだよね? 

 

「三つ目が、北の大地に広がる魔王国です。魔族が住んでおり、魔王が王に君臨し国を治めている、とされています。もっとも、危険すぎて人間が立ち入ったことがなく、その実態が謎に包まれているので、国と呼んでいるだけです。ただ、魔族が南下し、人間の国々と戦争を繰り広げていることから、何らかの社会的共同体があると推測されています。魔族と魔王についても、別の機会に説明いたします」


 なるほど。


 この世界では、魔王が本当に魔族の中の王、という珍しいパターンみたい。


 日本のラノベやアニメなんかでは、ただ強いだけの一匹の魔物とか、魔物たちのリーダー的存在みたいな扱われ方をされることが多いから、割と新鮮だ。


「他にも、いくつかの国がありますが、王国の他に大国と呼べるのはこの三国です。現時点では、これらの国にホワイトローズ王国を加えた、四つの大国の中で最も強大な力を持つとされているのが、魔王国です」


 ここで姫様は話を区切り、深く呼吸をした。


 息が切れたようだ。結構長いこと話してるもんね。 


「……魔王と、魔族の強さは別格です。魔族一体に対し、人間が束になり相手をしたとしても、ようやく倒すことができるかどうか、そんなレベルです。もちろん人間の中には、単独で魔族と渡り合える強さを持つ方もいますが、そういった方はごくわずかです。到底、数多いる魔族の進撃を食い止めるには至りません」 


 きっと、魔族と呼ぶくらいだから、人間とはかけ離れた生き物なんだろう。


 怪物、化け物、クリーチャー、モンスター。


 映画で出てくるような人外を相手どって、ちっぽけな人間なんかが敵うはずがないよね。


「長くなってしまいました。つまり、現在魔王国が頭角を現しており、王国を始めとした諸国に危機が訪れています。さらに、帝国や聖共和国といった人間の国も、魔王国に対抗するため、王国の脅威になり得る力を蓄えています」


 もはや、僕と彼女だけの会話になっている。高坂くんも東先生も他の生徒も、置いてけぼりだ。


 あまりにも荒唐無稽な内容だから、誰も僕とシルミラ様の言っていることが理解できていない、と思う。 


「ですので、トーミ様の質問を正しく言い直すと、魔王と魔族による侵略だけでなく、他国との戦争により王国が滅亡するおそれがある、ということです」

 

 一言で言うと、魔族、魔王だけでなく、他国という潜在的な敵の台頭も予想されるわけだ。


 そして、シルミラ様はこのことを言いたくなかったんだ。理由は分からないけど。


「以上です。ご理解いただけましたか、トーミ様?」


「はい、丁寧なご説明、ありがとうございました」


「こちらこそ、最後まで聞いて下さり、ありがとうございました。それでは、他にどなたか……」


「姫様」


「え、なに?」


「姫様、トーミ殿の二つ目の質問が残っています」


 長々と僕に説明して、喋り疲れたんだろうね。


 早々と質疑応答を切り上げようとしたシルミラ様に、ティアーナ様が急いで指摘した。


 やっぱり、姫様って天然なの?


「あっ。……失礼しました。二つ目の質問を伺っておりませんでしたね。トーミ様、お願いします」


「……はい。それでは二つ目の質問ですが、僕たちを召喚した理由というか、どういう基準で僕たちが勇者に選ばれたのかについて、教えて頂きたいです」


 こういうとき、特に悪いことをしていないのに、居心地が悪くなるよね。


 なので、僕は少し早口で質問した。


 僕とシルミラ様が話し込んだせいで、ここに召喚されてからかなりの時間が経過している。

 

 皆の精神的ストレスもあるし、姫様と騎士様にも失礼だ。


 できるだけ、早めに切り上げたい。


「……その質問ですが、私たちは答えることができません。なぜなら、神が勇者様方を勇者として選んだからです」

 

 なんだ?


 今度は神という単語が出てきたぞ。


 今更驚くことはないけど、この世界にも神に値する存在がいるんだ。


 まあ、サンライト教とかいう怪しい宗教もあるんだから、いて当然か。 


「昔、数百年前にも勇者が召喚されたのですが、そのときも神が地球の住人を選定したとされています」


 ほう。


 僕たちの前にも、ゼアーストに召喚された地球人がいたんだ。


 今、姫様は数百年前と言ったけど、実際はどうか分からない。


 ゼアーストと地球の時間の流れ方が同じとは限らないから、例えば江戸時代の百姓や幕末の志士が召喚されたとは言えない。


「ですので私たちには、なぜトーミ様たちがゼアーストに召喚されたのかが分からないのです」


 分からない、か。


 参ったね。話はだいぶ複雑なようだ。


 姫様が知ってたら、なんで二組で僕だけが召喚されたのかが明らかになると思ったんだけど。


「勇者についても後日、詳しく説明します。トーミ様、これでよろしいでしょうか?」


「はい、ありがとうございます」


 とはいえ、収穫はあった。


 分からないことが分かった、という収穫がね。


 小さな一歩だけど、確かに前進できた。


「いえいえ、そういっていただけると助かります。……他にご質問はございますか?………なければ、お話はここまでにしましょう」


 僕がお礼を述べた後、姫様は無理やり、質疑応答の時間を終わらせた。


 もう限界、といった感じなのだろう。


「それではお姉様。後はよろしくお願いします」


「姫様…。王城内とはいえ、お一人で出歩くのは……」


「大丈夫。もし何かあっても、一人で何とかできるから」 

 

「ですが……」


「お姉様?」


「……分かりました」


 シルミラ様が隣のティアーナ様に話しかけ、こそこそと話し合った。


 そして話がまとまったところで、くるりと背を向けた姫様は、一瞬にして光の中に消えていった。


 そういえば、僕たちは朝早くに召喚されたわけだけど、ゼアーストも地球の時間と同じなのかな?


「………改めて紹介する。ティアーナだ」


 そんな彼女の様子を見届けた騎士様は、こちらに向き直って名乗った。


 でも、兜をつけたままだ。全然顔が見えない。


「今日から貴殿たちは、ここ、ホワイトローズ王城の中で生活してもらう」


 だよね。


 やっぱりそうなるよね。


 戦ったことがない、魔法すら知らないような腑抜けた地球人を外に放り出すわけないよね。


「だが、心配は無用だ。ゼアーストの慣習や魔法、魔王に関する知識を学ぶ機会は設ける。今日はゆっくり休み、疲れを取ってくれ」


 ティアーナ様は皆に聞こえるように大声で言ったけど、全く反応が返ってこない。


 今、初めて会った全身甲冑人間が異世界だの魔法だのと、わけの分からないことを言ってるんだから、当然の反応だね。


 しょうがない。姫様と話して落ち着くことができた僕が動くしかない。


 早速、人混みを掻き分け、東先生に呼びかける。


「………先生。東先生」


 先生も姫様に質問してたし、生徒よりかは落ち着いていると思う。


「………あ、ああ。一村か」


「先生。ここは、先生が指示を出してください。そうすれば、生徒の皆も安心すると思うので」


「だが……一村はティアーナ、様の言うことを信じるのか?」


 東先生は懐疑的だ。


 多分、ゼアーストという異世界にやってきたという実感が湧かないんだろうね。


「信じるしかないですよ。郷に入れば郷に従え、です。ひとまずティアーナ様の言うことに従えば、問題ないと思います」


「そうか?…でも……」


 顎に手を添え、俯いたままの先生。


 大の大人である先生が混乱していたら、生徒の収拾がつかない。


 そうなれば、異世界人の姫様や騎士様を受け入れられず、余計なトラブルを起こしてしまう可能性がある。


 だから先生に、舵を切ってもらいたい。


 一組の担任であり、生徒から信頼されている東先生には、それができる。


「東先生、しっかりしてください。もう、起こってしまったことなんです。巻き戻すことなんてできないんです。異世界とか勇者とか、信じられないかもしれないですけど、信じるしかありません。僕たちには、皆をまとめ上げるリーダー、東先生が必要なんです」


「私が、必要……。……そうだな。そうだった」


 僕は、先生の肩をつかんで小刻みに揺らしながら説得した。


 良かった。何とかわかってくれたみたいだ。


 ゆっくりと顔を上げた先生。


 その両目には、教育者としての情熱がこもっていた。


「…すまない。いきなり召喚してしまい、貴殿たちには申しわけないと思っている。だが、どうか私の言うことに耳を傾けてほしい」


 ティアーナ様は優しい口調で言い、頭を下げた。


 真面目な人だ。


 が、その思いは誰にも届いていない。


 皆、彼女の言葉を聞き入れられる精神状態じゃないんだ。


「どうか、頭を上げてください、ティアーナ様」


 東先生は自信にあふれた足取りで人だかりを抜け、騎士様に近づいて声をかけた。


「……あなたは、キョーコ様でしたか」


「はい。ここに居る生徒、いや、勇者たちの指導者のような者、です。……突然で申し訳ないのですが、少し、お時間を頂けないでしょうか?…私が声をかければ、皆が落ち着いて話を聞いてくれると思いますので」


「……そうか。それなら、こちらとしても助かる。ぜひ、よろしく頼む」


 毅然とした態度で、ティアーナ様に伺いを立てた先生。


 そんな彼女に対し、もう一度頭を下げて感謝する騎士様。


 そして、その様子を少し離れた位置から見つめる僕。


 よし、これで先生は、ティアーナ様から話の通じる相手だと認識されたね。


「…皆!こちらに注目してほしい!」


 話が済んだ後、僕たちの方を向いた東先生が声を張り上げた。


 途端に部屋が静まり返り、一組の全生徒が彼女の方を向く。


「これから、こちらの方、ティアーナ様に王城を案内して頂く!大丈夫だ!異世界に来たことは一旦忘れて、海外に修学旅行に来たとでも思えばいい!不安もあるだろうが、まずは落ち着いてくれないか!」


 先生がそう叫ぶと、生徒たちの集団は再びざわつき始めた。


 でも、先ほどとは違い、大半が他の人に話しかけるような声だ。一人で怯えたり、泣いたりしてる人はいない。


「皆、先生の言うことを聞こう!」


 不意に、生徒の一人が声を上げた。男子生徒の誰かの声。


「そうね。行動しなければ変わらないもの」


 今度は女子の声。


 はて、どこかで聞いたことがあるような?思い出せないから、会ったことがあるような人ではないと思うんだけどな。


 声を上げた二人の男女は前を歩き、集団から抜け出す。


 そのまま、先生とティアーナ様がいる入口にたどり着く。


 ……ああ。


 あの顔は、確か………。


「ありがとう。野木島、井藤」


「学級委員として、僕たちも先生をサポートします」


「だから先生も、そんなに頑張らなくていいですよ」


 学級委員の野木島くんと井藤さんだ。なんかの行事で見たことがある。


 そうか。二人も、先生をサポートしてくれるんだ。


 これは、良い方向に傾きそうだな。


 先生の他に落ち着いた生徒がいれば、連鎖的に他の生徒も冷静さを取り戻すかもしれない。


 ちなみに、僕は誰が一組の学級委員か分からなかったから、学級委員に声をかける選択肢を初めから除外してい

た。だから、真っ先に先生に話しかけた。


「大丈夫だ。私たちは一人じゃないし、ここでもやっていけるさ」


「皆で支え合えば、どんなことでも乗り越えられる!」


「私たちは一年一組。困ったことがあれば、助け合える仲間がいるわ」


 先生と学級委員の二人は生徒一人一人に、励ましの言葉をかけていく。


 彼女たちは優しく、丁寧に、生徒に寄り添いながら、温かい言葉を投げかけていた。


 事態を飲み込めていない人は先生が言っていたように、異国の地に旅行に来たと思ってもらうことで、なんとか落ち着いてもらった。


 そして、数分後。


『やっぱり、異世界に来たんだな……。でも、今更くよくよしてられないな』


『友達もいるし、先生もいる。皆で協力すれば、きっと大丈夫よね』


『急にこんなところに来て驚いたが、魔法か。俺にも使えるようになるのか?』


 三人の努力により、クラスの全員がパニック状態から脱した。


 良かった。


 不安や恐怖が原因で暴れだし、ティアーナ様に切り殺されるような人が出てもおかしくなかったから、本当に良かった。


「三人とも、本当にありがとう。………それでは貴殿たち、準備は良いだろうか?」


「「「はいっ!」」」


 ティアーナ様の呼びかけに、皆が勢いよく返事した。


 どうやら、これで一安心のようだ。


 異世界人と上手く馴染めるか否かという、異世界ものにおける第一の関門をクリアしたね。


「では、私について来てくれ」


 ティアーナ様はくるっと振り返り、扉から外に出た。


 やれ、これでようやく外の空気が吸える。


「さっきは、変なところ見せたな。悪かった。……って、一村?行くぞ」


 何歩か前を行った後、僕に向かって言う高坂くん。


 本当だよ。


 いきなり大声を出して叫び始めるなんて、驚かない方がおかしいよ。


 でも、シルミラ様との情報交換のための滑り出しになったから、それほど悪くはなかったね。


 まあ、それはどうでもいいんだけど……。 


「はあ……」


「なんだ、またため息か?」


 僕たち地球人は、現代社会の生活というものに慣れ切ってしまっている。


 召喚された以上、もう引き返せないのは分かっている。


 異世界で暮らすしかないのは納得するしかないし、理解もしているんだけど……。


「うーん………」


 当たり前だけど、僕にはサバイバルの心得なんてない。中世の生活様式に関する知識も薄い。


 その癖、実生活に求めるハードルが異常に高い。


 毎日おいしいご飯が食べたいし、熱いお風呂に入りたいし、トイレは洋式がいい。


 果たして、こんな考えを持っている僕たちは、異世界で生きていけるのかな?

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