第二話:地球とは別の世界と言われても分からない
第二話:地球とは別の世界と言われても分からない
少し、気になることがある。
未知の方法で、僕たちがここに連れてこられたこと。
そして、目の前にいる二人、白いドレスを着たお姫様と黒い甲冑の騎士様がいること。
これらを鑑みると。
僕たちの周りで、科学では説明できないことが起きた。
ただし、僕はそれの正体を知っている。何かの本で読んだことがある。
「ねえ、高坂くん」
「なんだ?」
僕はお姫様と騎士様を警戒したまま、横にいる高坂くんにささやく。
それは、最近注目されているジャンルで、特に若者の間で人気な印象が強い……。
「高坂くんって……」
「なんだ?」
小説の中でも取っつきやすく、誰でも気軽に読めることが大きな魅力である……。
「……高坂くんって、ライトノベルを知ってるかい?」
「あ、ああ、ラノベだろ?もちろん知ってるぜ。俺、アニメが好きでよく見るから、アニメ化して有名になった作品なら大体読んだことあるぞ」
急に、高坂くんが饒舌になった。
もしかして、クラスでラノベの話をする相手がいなかったのかな。
って、そんなことはどうでもいいよ。
ライトノベル。縮めてラノベ。
今、僕たちが置かれている状況はまさに、ラノベで有名な、あの……。
「ああ、一村の言いたいことが分かったぞ!」
できれば、言わないでほしい。
あまりこんなことを思ったことはないけれど、今すぐに高坂くんの口を縫い合わせてしまいたいぐらい、言葉にしてほしくない。
けど、けど、もはや認めざるを得ない……。
「俺たち、異世界召喚ってもんに巻き込まれたんじゃないか?」
やっぱり?
やっぱり、そうなのかな?
彼の余計な一言に、僕はただ、重く頷くことしかできなかった。
僕たちは、教室からこの部屋まで連れてこられたんじゃなくて、魔法のような超常的な力によって召喚された。
そして、教会の内装やお姫様と騎士様の格好から考えて、ここは異世界。どこか、地球とは別の世界だ。
そう考えると、一通り、辻褄が合う。
「……もしかして、選ばれたんじゃないか?俺たち、勇者に選ばれたんだよ!だから異世界に召喚されたんだっ!」
僕たちはひそひそ話で会話してたんだけど、突然、高坂くんのボリュームが大きくなった。
静かだった空間に、彼の声が響く。
周りの生徒も、一組の担任の東先生も、お姫様も、兜で見えないけどおそらく騎士様も、彼に注目し始めた。
「ここは地球じゃないっ!俺たちは、この世界に必要とされてやってきたんだ!あの二人は、滅亡の危機にある王国の姫とその護衛だろっ!」
高坂くんの口は止まらない。むしろ、アクセルベタ踏みのフルスロットル状態だ。
本当かどうかも分からない妄想を高々と言い張った後、異国の出で立ちをした二人に向けて指をさした。
まずい。
彼は、非日常的な環境に置かれたことによるショック状態と、自分の推理を周りに説明することで快楽を覚える興奮状態の板挟みになっている。
初めて僕と話したときは落ち着いてたから、心配ないと思ってたんだけど。
「勇者がいるんだから、魔王だっているはずだあ!俺たちが勇者として、魔王を倒さなくちゃいけないんだろっ!」
口から泡を飛ばしつつも、叫ぶことをやめない高坂くん。
今の彼は、狂人といって差し支えない。誰もいないところを見つめ、大げさな身振り手振りとともに、頭の中の妄想と願望を垂れ流す、常人未満の存在と化してしまった。
誰も、何も言わない。ただ黙って彼を見ている。
一歩間違えれば、自分がああいう風になっていたかも、という末恐ろしさをかみしめた顔をしながら、黙って見ているだけだった。
「それで、こういうときはたいがい、俺たちにチートスキルが与えられるんだっ!それを使って、魔王を倒さなくちゃいけないんだろうっ!?……………はあ、はあ、はあ」
一息に叫んだので、息が切れたみたい。
彼が静かになり、沈黙がこの場を支配した。
僕は高坂くんの近くにいるので、彼が必死に呼吸する小さな音しか聞こえない。
そんな折、突如として転機が訪れた。
「ようこそ」
少し高い声。
苦労して登頂した山の頂上から見える、晴れた日の絶景のような澄んだ声。
入り口で控えていた、純白のお姫様が一言発しただけ。
たったそれだけで、今までの高坂くんの奇行が洗い流されたような、そんな気がした。
「ようこそお越しくださいました。勇者様方」
このお姫様は待っていた。
自分たちの登場が混乱を生むと分かっていたから、この場が静かになるのを待っていたんだ。
「先ほどの殿方の推論は、当たらずとも遠からず、です。私たちが勇者様方を召喚したのは事実です」
声量は大きくないけど、はっきりと聞こえる。
はっきりとした声で、科学で説明がつかないことをしたと、お姫様は断言した。
内容の当たり外れにかかわらず、高坂くんが僕たちに起こった不可解な現象に対する推理を口走ったことが、お姫様にとってプラスに働いている。
当たっている部分は当たっている、外れている部分は外れていると言って訂正するだけでいいからね。
「そして、魔王と呼ばれる存在も確かに存在します」
お姫様が当たりの部分を種明かししていく。
一般的に、異世界に転移、召喚、転生するタイプのラノベでは、主人公か主人公の周りにいる勇者と、悪の化身として人間と敵対関係にある魔王がセットで登場する。
まさか本当に、ラノベチックな異世界に召喚されちゃった?
「チートスキル、というものは存じませんが、召喚の目的も仰って頂いた通りです。勇者様方には、魔王を倒して頂きたいのです」
お姫様は『魔王を倒せ』と言った。
だけど、それを聞いた僕たちは驚くことも、怒ることもしなかった。
あまりにも非現実的すぎる。召喚という非現実的な現象が起きたけど、常識に囚われている硬い頭が、それを受け入れたくないんだろう。
僕もそうだ。お姫様がでたらめなことを言って僕たちを欺こうとしている、と頭の片隅で思ってしまっている。
ようは皆、困惑していて話についていけてないだけだ。
さっきまで異世界召喚系ラノベのお約束を熱弁していた高坂くんも、今は口を開けたままポカンとしているし。
大の大人の東先生だって、こめかみに右手を添えて震えている。
「他にも説明しなければならない点がございますが、一度、勇者様方から質問を伺おうと思います。どんな小さなことでもいいので、なんなりとお聞きください」
思考停止に陥った僕たちを見て、お姫様は質問コーナーに移った。
隣にいる黒い騎士様は黙ったままで、ピクリとも動かない。
動いてなかったんだけど、何か引っかかったみたい。
素早く半歩ほど横に移動して、お姫様に耳打ちする。
「姫様。お名前を仰って頂かないと……」
「………あ、すっかり忘れてたわ。ありがとうございます、お姉様」
「……その呼び方はおやめください」
凛とした低い声。低めだけど、女性の声だ。
昔テレビで見た、どこまで続くか分からないほどに暗い、深海の闇を思わせるような声。
そんな声が騎士様から発せられ、姫様に自己紹介をするように促した。
小声で話しているつもりだろうけど、割と離れた位置にいる僕にも話が聞こえている。
二人とも良く通る声質なのと、兜で音がくぐもってしまうことを見越して、大きめに話しているからだと思う。
会話を聞く限りだと、お姫様と騎士様は仲が良さそうだ。
たじたじな様子の騎士様を見て小さくほほ笑んだお姫様は、気持ちを切り替えて前を向く。
「申し遅れました。私は、シルミラ・ホワイトローズと申します。ホワイトローズ王国の第一王女を務めております
何度目かの沈黙。
あまりに荒唐無稽で、僕も皆も処理不能になっている。
ホワイトローズは、すごく簡単に和訳すると白薔薇という意味。
バリバリの英語なんだけど、ホワイトローズ王国なんて国、地球上に存在しない。
さらに、目の前のお姫様みたいな女性が王家の人間で、本当にお姫様だった。
どんどん低くなっていった、実は全部ドッキリでしたという可能性が、一気にゼロに傾いた。
本当にドッキリじゃない?集団催眠にかかっているとかでもない?
「ほら、お姉様も」
「私は後でも……」
「何言ってるの。お姉様も勇者たちを鍛えるんだから。名乗らないと」
「………分かった」
全部筒抜けの話し合いが終わると、騎士様がこちらを向き、一歩前に出る。
「私はティアーナ。ティアーナ・レオズソウルだ。代々、ホワイトローズの王族に仕える騎士の家系、レオズソウル家の生まれだ。姫様をお守りする任に就いている」
騎士様も見た目通り、騎士様だった。
レオズソウル。
レオは英語じゃなかった気がするけど、日本では獅子の意味で有名だ。
『~ズ』は中身とか所有とかの意味を持つ『~の』か、単に『~』の複数形か。
そして、ソウルは英語で魂。
全部ひっくるめると、獅子の魂。もしくは獅子たちの魂。
一般常識として獅子には魂があるのが普通だから、『~の』をつけなくてもいいし、獅子たちの魂という意味で決まりかな。
完全に僕の憶測だけど、先祖や家族の一人一人を獅子に例え、騎士道精神を持つ獅子たちの魂を受け継いできた一家だから、レオズソウル家っていう家名なのかもね。
すごい余計なことだったね。考えても意味が無いし。
話の中身じゃなくて、新しく出てきたワードの由来を掘り下げてしまった。これも一種の現実逃避だね。
「失礼しました。…それでは勇者様方、お聞きしたいことはありませんか?私たちが答えられる範囲で何でも答えます」
答えられる範囲。
姫様、シルミラ様は、知っている範囲ではなく、答えられる範囲と言った。
これが意味するのは、意図的に答えない、もしくは答えられない場合があるってことだ。
王家の人だから言えないこともあるんだろうけど、僕たちを信用しきれていないということも原因として考えられる。
「……はい」
「では、そこの女性の方」
僕たちが黙ったままでいると、誰かがピシッと手を挙げた。
くたびれたジャージの袖を通した、細長い腕。
東先生だ。
「私はこの子たちの保護者のような存在にあたる、
「はい、キョーコ様ですね。覚えました」
東先生は女性の先生で、体育の授業を担当していた。
サバサバというか豪快な性格をしており、よくフランクな口調で生徒に話していた気がするけど、今は礼儀正しく、敬語を使っている。
相手が一国のお姫様だから、失礼の無いようにしているわけだ。
「それでは、質問させて頂きます。……ここはどこなんですか?この世界は地球ではないのですか?」
「……ひとつずつ答えて参りますね」
先生も動揺しているみたい。一度に二つも質問してしまった。
シルミラ様は少し顔をこわばらせたものの、少し間を置いてから返事をした。
「今、勇者様方がいるこの教会は、名をサンライト教会といいます」
サンライト。日の光。
これも英語だ。
「そして、サンライト教会の位置するこの街は、ホワイトローズ王国の首都、王都ホワイトローズでございます」
なるほど。
それはまあ、なんとなくそんな気がしてた。
お姫様がいるんだし、ここが首都じゃない方がおかしいからね。
「最後に、この世界は地球ではありません」
ここでいったん、言葉を切ったシルミラ様。
目を左右に動かし、僕たちの反応を観察している。
僕もざっと見ると、召喚された人の全員が、やっぱりそうだよね、って感じの表情をしている。
多分、僕もしているだろう。
「…………落ち着いて聞いてください。今、勇者様方がいるこの世界は、地球ではありません」
シルミラ様は僕たちに言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「ゼアースト。それがこの世界の名前です」
唇を微かに震わせて、彼女は異世界の名を口にした。
ゼアースト。
聞いたことがない言葉だ。英語でもなさそう。
もしかしたら、他の言語で似たような発音の言葉があるかもしれないけど、僕には分からない。
「加えて、もう一つ申し上げなければなりません。勇者様方にとって、とても大事なことです」
ほう、なんだろうか?
といっても、ここまでの話を聞いていれば、何となく予想がつく。
高坂くんは、そのことについて触れなかった。単に思いつかなかったのか、知りたくないから目を逸らしていたのかは分からないけど。
でも、ラノベでは割とメジャーな要素。作品中のキャラクターたちの間では、一番重要であるといえる要素。
つい、僕はシルミラ様から視線を逸らしてしまう。
いつの間にか肩が強張っており、両手が手汗で濡れていた。
願わくば、当たってほしくない。
だが、彼女の真剣な面持ちを見るに、大当たりだ。
「勇者様方は、地球に帰ることができません。今日から、このゼアーストの地で生きて頂くことになります」
『帰ることができない』と宣告された瞬間、周りからどよめきが起こった。
今までは、王国とか勇者とか魔王とか、自分にも関係があるけど、どこか実感が湧かないことについての説明だったけど、これは違う。
異世界から地球への帰還。
地球から異世界に召喚できたのだから、その逆もできてしかるべき、と考えるのが普通なんだろう。
しかし、ラノベやアニメでは、作品ごとに扱いや解釈が変わってくる要素だ。
残念ながら、僕たちの召喚は一方通行だったみたい。
二度と地球に戻れない。その事実を突きつけられてしまった。
もちろん、嘘の可能性だってある。何らかの理由で、帰還できることを教えられないのかもしれない。
でも、それは考えづらい。これから勇者として働く僕たちに向かって、戦意をそぐようなことを言っても何の意味も無いから。
だから、シルミラ様の話は全部本当。
そう考えるのが妥当だ。
「はあ……」
三回目のため息。
前も言ったけど、僕は何の取り柄も無い、ただの男子高校生だ。
人一倍運動神経があるわけでも、頭が良いというわけでもない。
どんな時も諦めない、なんて鋼のメンタルも熱い根性も持ち合わせていないし、困ってる人がいたら何が何でも助けるような、お人良しな性分でもない。
客観的に見ても、勇者らしいところなんてどこにも無いはずだ。
「ふうぅ……はあああっ」
ため息のおまけに、深呼吸をしておく。
もし、個人の能力で勇者が決まるのではないとしたら、一年一組の全員が召喚されたことは納得できる。
でもそれだと、二組の僕一人だけが召喚された理由が分からない。
従って、どう考えても僕が今ここにいるのはあり得ないはずなんだけど、実際にはいる。
一体全体、なぜ僕は地球とは別の世界、ゼアーストに召喚されちゃったんだ?
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