分からない異世界召喚
@LostAngel
第一話:なんで異世界召喚されたのか分からない
第一話:なんで異世界召喚されたのか分からない
やあやあ皆さんおはよう。僕の名前は
そこそこの偏差値の高校に通う、そこそこの男子高校生だよ。
趣味は読書。朝のホームルームが始まるまで暇だし、今も自分の席で本を読むくらいには好きだ。
うちの両親も姉も読書家な影響で、末っ子の僕も物心ついたときからずっと、本に囲まれた生活を送っている。
「……」
おっと、先生が来た。
僕のクラスの担任は、とにかく時間にうるさい。五分前行動ができて当たり前だと思っていて、僕たちは予鈴が鳴る五分前までに着席するように、と言われている。
僕はしおりを挟んで本を閉じ、背筋を正して前を向いておく。
クラスの中で、僕は目立たない方だと思う。休み時間はいつも本を読んでばかりだし、何の部活動にも入ってない。
とびきり頭が良いわけでも、運動神経が優れているわけでもない。
でも、それでいいんだ。普通の高校生活が一番だよ。
ある何か分野に秀でていても、また別の一面では劣っているなんてこと、よく聞く話だから。
「………」
教壇に立つ先生が、所在なさげに腕時計をチラリと見る。
時間を持て余しているなら、もっとゆっくり来てもいいのに。
なーんて思ってると、黒板の上の時計の長針が揺れる。
同時に、キーンコーン、カーンコーンと予鈴が鳴る。
「時間になりましたね。それでは、朝のホーム………をはじ……す…………」
その瞬間。
先生を見ていたはずの僕の目が、だんだんとかすんでいく。
さらに、声が聴き取りづらくなっていく。
水の中に入ったような、あるいは視力の悪い人が見る景色のような感じで、周りがぼやけ始める。
トンネルに入ってラジオの音声が途切れるみたいに、ぶつ切りで不明瞭な音しか拾えない。
はて?
何か悪いものでも食べたかな?
それとも、急に目が見えなくなったり耳が聞こえなくなったりする、変な病気にでもかかったとか?
「ま………ゅっ……を………す……」
そう考えているうちに、ぼやけた光が白へと収束し、視界が白に包まれた。
クラスメイトの立てる物音や話し声が徐々に小さくなり、静寂が訪れた。
「……」
さて、トラブル発生だ。
何回か大げさに、両目をパチパチと開いたり閉じたりするけど、何も見えない。
拍手するみたいに手を叩いてみるけど、何も聞こえない。
「……うーん」
何の音もしない、真っ白い空間はなんだか不気味だ。
思考の妨げになるので、僕は目を閉じて考える。
もし、僕の体に異常がある場合、周りの生徒や先生は正常ということになる。
そのため、誰の目も耳もないからといって妙な行動を取ると、周りの人に変人だと思われてしまう。
個人的には、これはすごく嫌だ。
普通の高校生じゃなくなっちゃうから。
一方で、もう一つの考え方もある。
僕の体が正常で、僕の周囲で何らかの異変が起こった場合。
その場合、僕は何も悪くない。単なる被害者だ。
「大丈夫、大丈夫。僕は普通、僕は普通……」
急に目が見えなくなって耳が聞こえなくなる病気なんて、聞いたことがない。
僕が知らない病気、もしくは、まだ誰もかかったことのない新しい病気でない限り、ありえない。
それに、科学では説明がつかない現象だってある。幽霊とか、地球外生命体とかね。
だから今僕が、その現象の一つに巻き込まれている可能性も排除しきれない。
「僕は普通、僕は普通………」
決して、僕がおかしくなったわけでも、特別な存在になったわけでもないんだ。
「僕は普通、僕は普通、僕は普通………」
僕は普通、僕は普通。
「僕は普通、僕は普通、僕は普通、僕は普通、僕は普通、僕は普通………」
「……い。おい!」
「はいっ!?」
僕が必死に自己暗示をかけていると、いきなり知らない人の声が聞こえた。
思わず、返事しちゃったよ。
……って、音が聞こえるようになってる?
ということは、周りが一時的におかしかっただけで、僕が何らかの病気にかかったというわけではないのか?
「やっぱり、僕がおかし……くなかった………」
と思っていたんだけど、あまりの衝撃に、僕の歓喜の言葉が途切れてしまった。
目を開けると、僕がさっきいたはずの教室とは全く別の景色が広がっていた。
とはいえ、屋根も壁も床もあるから、建物の中であることは分かる。
でも、どうみても教室じゃないし、そもそも学校でもなさそうだ。
「やっと気付いたか、よかった。俺も何がなんだか………」
「ちょっと待って」
僕は目の前の人物の話を遮り、周囲をきょろきょろと見回す。
今、僕たちがいるのは、明らかに教室とは思えない部屋。
見渡すと、僕と男子生徒の他にも、制服姿の生徒が数十人ほどいる。
皆、突然の事態に様々な反応を示している。
恐怖に震える人もいれば、興奮して叫んでいる人もいる。
………。
とりあえず、ここがどこなのかをはっきりさせるのが先決だね。
「まずは、周囲の観察が必要だ」
「お、おう、そうだな」
独り言をつぶやいた僕は、視線をそこら中に這わせて部屋の中を探る。
正面の上部の壁には、きらびやかなガラスが一面に張られている。ステンドグラスというものかな。
部屋全体は白い石でできた壁で囲まれており、同じく白い柱が等間隔に伸びている。
壁には、暗い青色をした暗幕がかかっている。表面には見たことない模様の刺繍がある。
さらに壁際に沿って、幅の広い木のベンチが所狭しと並んでいる。
床には一部分だけ、赤いカーペットが敷かれている。部屋の中央、手前から奥の数メートルくらいの一列だけだ。
そして、目の前にはベンチと同じデザインの茶色い講壇。前に人が立って、発表とかスピーチをする机みたいなやつね。
講壇側、ステンドグラスに面した壁には小さな扉が、反対側の壁には両開きの大きな扉がある。今は、どちらも閉まっている。
これは。
この部屋を持つ建物が何であるか、なんとなく分かる。
これは、どこからどうみても………。
「どこかの教会だね」
「お。一村もそう思うか?なんか海外とか、アニメで出てくるような教会って雰囲気だよな」
僕に話しかけた生徒は、僕の意見に賛同した。
謎の場所に連れてこられたにもかかわらず、この人は落ち着いているみたい。
今はそれも気になるけど、ここがどこなのか、どうやって僕たちをここまで運んできたのか、といったことを明らかにするのが先決だ。
……ところで。
君、誰だっけ?
「ごめん。僕、人の名前を覚えるのが苦手でさ。どこかで会ったことがあるっていうのは覚えてるんだけど、名前を教えてもらってもいいかな?」
「ああ、委員会で顔を合わせたくらいだからな。覚えてねえよな」
いつまでも分からないままにしておくともやもやするし、相手にも失礼。ここは、恥を忍んで聞くのが大事だよね。
ちなみに、僕は図書委員だ。
「俺は、
「知ってるかもしれないけど、僕は一村十海だよ」
ここにきて、互いに自己紹介を済ませる。
まあ、見知った相手が多いほど、この不測の事態に対応できる確率も上がるし、しておくに越したことはない。
「えっと、高坂くんはここに来るまで、何か見たり聞いたりしなかった?」
この教会に至るまでの、僕と高坂くんの状況に何か異なるところがあるかもしれない。念のため聞いておいた。
「う~ん、そうだな。ホームルームの時間だったから
東先生というのは、高坂くんのクラスの担任の先生だ。
聞く限りでは、何の異常もなさそう。
「そこまでは僕と同じだね。それからどうなったの?」
「それから?……そうだな。周りのやつらも驚いていたんじゃないかと思う。目が全く見えなくなったわけじゃないから、前のやつの姿というか、影が揺れていたのが見えた。それに、パニックになった誰かの叫び声が聞こえたな」
「なるほど……」
高坂くんの証言を聞いて、僕は考え込むふりをする。
まずい。
参ったね、これは。
つるりと、一滴の汗が僕の額を流れた。
「その様子だと、何か分かったのか?」
僕の真剣そうな顔を見て、高坂くんが聞いてくる。
対して僕は、無言で頷いて見せる。
揺るぎない事実として、僕は人の名前を憶えるのが苦手だ。
けれど、流石に自分のクラスの人の顔と名前は憶えている。
そして、僕は高坂くんの名前を憶えていなかった。ついでに言うと、今ここにいる他の生徒たちの名前も顔も、誰一人として分からない。
さらに、高坂くんの証言。
自分だけでなく、周囲のクラスメイトも異変に気付き、パニックに陥っていた。
これらを全て考慮し、導き出される答えとはつまり……。
「ああ、そういえば………」
「待った!」
高坂くんが余計なことを言おうとしていたので、僕は力強く手のひらを突き付けて静止した。
周りの人たちは、今の状況が理解できていない。少しくらい大声を出しても、誰も気に留めないはずだ。
「でも見たところ、周りのやつら全員一組の生徒だし、なんなら、東先生もいるからなあ。二組のやつは一村だけなんじゃないか?」
「っ!」
言うな!残酷な現実を見せるんじゃないよ!
僕は心の中で絶叫した。
そんなの、僕だってすぐに気付いた。
この部屋にいるのは、一組の生徒ばかりだ。その上、一組の担任の東先生までいるという始末。
そう、別に隠していたわけじゃなかったんだけど、高坂くんは一年一組で、僕は一年二組の生徒だ。
だから、同じ委員会に所属しているけど、僕は高坂くんのことをよく憶えていなかった。
加えて、教会にやってくる直前の教室の状況が違うのも、僕と高坂くんのクラスが違うため。
証言より、彼を含めた一組の生徒たちは全員が同時に異常を来したのに対し、二組でおかしくなったのは、恐らく僕だけだったから。
以上を踏まえると、一組の生徒のほとんど、または全員と担任の東先生が何者かによってここに連れてこられたということになる。
そしてなぜか、二組の生徒のうち、僕だけがくっついてきた。
今いる全員の素性を把握していないから、もしかしたら他にも二組の生徒がいるかもしれないけど、残念ながらそれは考えづらい。
なぜなら、僕がここに連れてこられる前、周りの生徒たちは平常運転だったし、誰かの泣き声や叫び声も一切聞こえなかったから。
「はあ……」
僕は興奮してつり上がった肩を落としながら、小さくため息をついた。
視力と聴力を奪われ、教会にやってくる数秒前。
あのとき、僕がおかしくなったわけでも、周囲で起きたおかしな出来事に巻き込まれたわけでもなかった。
一組で起きたおかしな出来事に、二組の僕だけが巻き込まれたんだ。
「やっぱり、そうだよね……」
「ま、気にすんな。顔馴染みがいなくても、心配する必要はない。ここにいないだけかもしれないだろ。それに、皆良いやつらだし、すぐにでも仲良く………」
高坂くんが励ましの言葉をくれるが、バタンッという大きな音がそれを遮った。
動揺と興奮により生じていた喧騒が、一瞬で消滅した。
今の音は、ドアが開く音。
僕と高坂くんは急いで振り返る。
「………うん、そういうことか」
「………多分、そういうことだな」
背後にあった大きな扉が開け放たれていた。どうやら逆光のようで、外の景色を確認することができない。
教会に入ってきたのは二人。
全身を白いドレスで包んだお姫様のような人と、全身を黒い甲冑で覆った騎士のような人。
お姫様は金髪に青い目で、背が低めだ。遠くから見た感じでは、百六十センチメートルくらい。肌は白いけど、不健康なほど真っ白じゃない。
一方、騎士様は長身で、百七十五センチメートル以上あるかも。鎧兜をしっかりと着ているから、髪型や肌は分からない。あと、黒い鞘に収められた、黒い柄の剣のようなものを腰から提げている。
「はあ……」
僕は、もう一度ため息を漏らした。
恐らく事情を知っているであろう二人の人物の出で立ち。
どうやら、本当に、科学では説明がつかない現象が起こったようだ。
僕は、さっきまで、ついさっきまでは普通の高校生だったんだよ。
なのに、なんで?
なんで、二組で僕だけがここに連れてこられたの?
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