53.無事じゃないわ、溢れちゃう!

「俺らはただ、あんたを恨んでるって女に頼まれただけさ」


 女……まさか正妃本人じゃないから、使いに出された侍女辺りかな。情報として全く役に立たなかった。溜め息をつく。爪先が冷たいので、ちょっと引っ込めた。


 ……意外と足元に余裕があるわね。もしかして下から抜けたほうが早いかしら。あ、でも腰の位置でがっちり縛ってあるから抜けないわ。温石が入ってるから、尻と腹が苦しいみたい。石だけでも外へ出せないかな。


 出産かと思うほど、呼吸を合わせて激痛に耐える。もそもそと動かす石が生まれるのは、まだ先のようだった。胸につかえるから、下から出すしかないわよね。体をくねらせる私に、男達が嘲笑を浴びせた。


「がははっ、暴れたって解けねえよ」


 解こうとしてるわけじゃないし、切り裂いてもいいんだけど。ようやく太ももに装着した短剣に届く。が、抜くと自分の足も切りそうな角度だった。これ、ケガしたら大事件になるわ。主に私じゃなく、夫のシルが……殺戮者に変貌する未来しか見えない。預言者になった気分で天を仰いだ。


 ん? 粗末な石造りの小屋だけど、天井は石じゃないみたいね。天井板が張られている。その隙間から、こちらを覗く目が三つ。つまり最低でも三人は頭の上にいた。


 心当たりはロザリー、マノン。うちの最終殺戮兵器シルヴァンかしら。自分が血塗れだってのに、さらに血の雨が降るのね。自業自得とはいえ、気の毒なことだわ。端金で引き受けた仕事で、命を失うんだもの。そう思いながらも、止める気はなかった。


 腹が痛いこの時期に、冷たい石の床に転がされ、痛いくらい爪先が冷えている。影響なのか、腹痛が激しい。もう生まれそうなくらい、本気で痛かった。時間が経った温石は、ただの石よ。もう温もりはなく、私から体温を奪おうとする敵同然だった。


「っ、シル」


 唇だけで夫の名を呼ぶ。バーサーカーのスイッチは、これで合ってるわよね。


「レティ!」


 叫ぶ声と同時に、天井板が砕けるのを見た。顔を覆って隠したいけど無理で、俯く方角へ転がる。多少の破片が当たるのを覚悟した私だけど、無事だった。目を向ければ、メイド服のロングスカートとエプロンを利用し、傘のように私を守る侍女二人。ロザリーの胸がいつもより大きい。ついでにスカートの中のペチコートが丸見えよ。


「若奥様、ご無事ですね」


「無事じゃないわ。爪先は冷えてるし、お腹も痛い。何より、そろそろ交換したいの」


 溢れちゃう! 必死で訴える私に、青ざめたのはマノンだった。


「なんてこと! すぐにお助けします」


 投げナイフを使い束縛する紐をすべて切り落とした彼女は、私のスカートを真っ先に確認した。もし滲んでいたら、エプロンなどで隠す予定だったみたい。でもまだ大丈夫よ。伝えると、部屋着姿の私に上着が与えられた。暖かい冬用コートで色は黒、気が利いてるわ。


「これなら隠せて温かいので、いかがでしょう」


「足」


 簀巻きの材料の上に立っているけど、素足なの。足が冷えると全身が冷たくなるわ。訴えたら、ロザリーの懐から履き物が出てきた。秀吉? いえ、この世界でこのツッコミは理解されない。ぐっと飲み込み、後でシルやクリステルと話題にするつもりで我慢した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る