52.一番しんどい日に攫われた
「レティ」
「……今日はダメ」
可愛く否定してみる。残念そうにしながらも、シルは首筋に唇を押し当てた。ぎゅっと強く抱きしめる彼の欲望は猛っているけど、諦めてちょうだい。
ベッドの上の攻防は、シルの溜め息で終わった。というのも、色っぽいシーンなのに血の匂いがする。女性にはね、面倒な日があるの。お腹はかなり痛いし、怠くてやる気が起きない。さらに私の場合、痛みのせいで吐き気までするの。
シルは素直に諦めた。どうしても一緒にお風呂に入りたいんですって。無理よ。真っ赤になっちゃうもの。体の汚れや汗を洗い流すだけで手一杯だった。シルの相手をする余裕はないわ。
といっても色っぽい相手じゃないのが、なんとも。未来の公爵夫人として問題ありね。ごろんと横になり、ロザリーが用意した温石をお腹に押し付けた。これ、少し楽になるのよね。大きめの石をあと二つ、ベッドの背中側へ入れてもらった。
「仕事に行ってくる。今日は内装工事が入っているから、いつもより騒がしいと思うが」
「わかった。行ってらっしゃい。頑張ってね、シル」
このやりとりが限界だった。前世の快適装備があってもしんどいのに、この中途半端な中世設定の世界では、さらにしんどい。お風呂の改善より、生理用品やカイロの発明が先だわ。唸りながら思いついた内容を書き留めた。
体全体が温まれば、徐々に眠くなる。ゆっくり目を閉じて、寒さに身震いした。しかも下腹部が半端なく痛い。温石の交換を忘れたのかしら。むっとしながらロザリーを呼ぼうとした私は、固まった。
ここ、どこ?
石造りの部屋に転がっている。一応布団らしきものはあった。私を簀巻きにする材料として。一度目を閉じる。やだわ、お腹が痛いから悪夢を見たじゃない。深呼吸して目を開いた。
何も状況は変わっていない。石造りの冷たい部屋に、素足の簀巻きで転がっていた。なぜ素足と判断したか、動けないけど足の先が石床に触れて冷たい。間違いなく、ベッドから簀巻きで運搬されたわね。
「奥様、目が覚めたか?」
「……チェンジで」
顔が好みじゃない。そう呟いたミノムシ状態の私に、蹴りを入れた。いい度胸ね、黙ってないわよ! シルが!! 私は寒さから来る激痛と貧血に目を閉じた。大人しく見えるでしょう? でも簀巻きの中は忙しかった。もそもそと両手を動かし、脱出のための準備を進める。
自室で寝ていたから、暗器が少ない。それより侍女はどうしたの? シモン侯爵家の侍女であるロザリーを出し抜くなんて、一流だわ。それにマノンも戦闘こなすメイドと聞いたけど。
二人も一緒に拉致された様子はなかった。
「貴族の女ってのは、皆こんなに生意気なのか?」
「それより、重かったな。この女」
失礼ね。温石も一緒に簀巻きにするからでしょう? 初日と二日目は重いから、いつもより大きい温石を頼んだのよ! 心の中では言い返すものの、声に出す気力がない。ただただしんどかった。
「どちらの関係者?」
これだけは確認しておこう。そう思ったのに、彼らは意味を理解できなかった。
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