51.一生の不覚だ――SIDEシモン侯爵

 王位継承権一位の行使も放棄もしない公爵家嫡男は、国の存続に関する悩みの種だった。初恋の公爵夫人の血を息子として迎えたい国王のロマン、他国ではそう勘違いされている。表向きはロマンチックだが、裏はルーベル公爵夫人が国王陛下のお手付きだった、と不穏な話が出回った。


 もちろん我が国に不要な無駄口の持ち主は、この世から消している。だが我がシモン侯爵家は国の守護者であって、王家の守り手ではない。王家が自滅しようと一向に構わなかった。いっそルーベル公爵家の嫡男を消すか? そんな考えも浮かんでいたある日、彼は突如動いた。


 誰とも婚約せず、浮き名のひとつも流さない堅物と思われたシルヴァンは我が家に現れる。消すことを検討する相手の来訪、それもほぼ付き合いのない一族の総領だ。当然、警戒した。緊迫した空気の中、ルーベル公爵令息シルヴァンが口にしたのは、我が娘レオンティーヌとの婚約だった。


 シモン侯爵家を継がせるために厳しく育てた娘だ。他家に嫁がせるつもりはなかった。だが……代わりに条件を出す手もある。あの子も我が一族の役に立てるなら本望だろう。


「ただで嫡女を寄越せ、と?」


「いいえ、俺の惚れたレオンティーヌ嬢はそんなに安い女性ではありません。手付けとしてこちらを」


 差し出すのは、彼が祖父から譲られたダイアモンド鉱山の権利書だった。まだ十分に採掘が可能で、廃鉱になるまで十数年と推測する。手放したくらいで、ルーベル公爵家は揺るがない。だが重要な資金源のひとつである。


「こちら……ですか」


「ええ。足りないのは承知です。追加で王位継承権放棄で、いかがでしょうか?」


 知っているぞ。そう匂わせた目の前の青年は、年齢通りの若造ではなかった。ぞくりと背筋を冷たいものが走る。シルヴァン・リュリ・ルーベル――彼ならシモン侯爵家の役目も理解してくれるだろう。


「構わん。レオンはそなたの妻にやろう」


「ありがとうございます。義父上」


 握手を交わす。互いに打算の滲んだ顔でにやりと笑い合った。あれから僅か3日で娘は口説き落とされたらしく、結婚式にこぎ着けた。手際の良さを見て、正直後悔した。


 お巫山戯が過ぎるものの有能な第一王子アルフォンスに継がせるのが無難と考えた。第二王子エルネストは、兄の補佐どころか自分が補佐されないと何もこなせない。圧倒的な実力と才能、国王の支持を持つシルヴァンを危険視し、王座から遠ざけたが……逆だったかも知れん。


 あやつに王座を取らせ、第一王子を補佐に回す方が国は安定しただろう。だが、レオンティーヌを手に入れたシルヴァンは、これで満足と権力争いから手を引いた。非常に残念だ。稀代の賢王誕生を見るチャンスを失った。


 シモン侯爵アルセーヌ、一生の不覚だが……まあいい。もしアルフォンス王子の実力が足りなければ、その時は王位に変動があるだけの話。最高の候補は、我が娘レオンティーヌを使えば、簡単に操れるのだから。


 さて、忙しくなったぞ。ダイアモンド鉱山から大粒のダイアを掘り出し、妻シャルレーヌに身籠ってもらわねば! 辻褄が合わなくなってしまうからな。

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