50.万死に値するが――SIDEシル

 ほっとした様子で腕を組んで歩く妻を見つめる。俺の息の根が止まっても見つめていたい、美しく気高い人だ。今まで王位継承権を放棄しなかった理由は二つある。


 ヒメミの生まれ変わりを見つけた時、すでに人妻だったり婚約者がいた時に奪う権力が必要だからだ。公爵家の名でも十分だが、他国に生まれた可能性も考慮した。その場合、他国の貴族から奪うのは難しい。だが、王族ならば見初めて奪うことも可能だ。代わりの条件を相手国に提示すればいいのだから。


 もうひとつは、ヒメミが王妃を望んだ場合。今のレオンティーヌなら一蹴するが、過去の俺は彼女の性格を知らなかった。もし王妃になりたいから別の男を選ぶと言われないよう、最高権力へ繋がるパイプはがっちりキープした。


 国が乱れる? その程度、収められずに国王が務まるか。国王陛下がきちんと仕事をこなせば、そんなトラブルは起きない。正妃である第二王子の母の暴走を抑えきれず、国を二分する程度の統率力しかない王でも、まだ使い道はある。俺は辞退するとも受けるとも言わずに濁した。


 レティを手に入れた上、次期国王が味方に付く。面倒な仕事や義務を負わず、公爵家当主としてレティを愛でて生きていくことが可能だ。これ以上望む条件はないので、王位継承権を放棄した。逆に持っていると邪魔だ。


 わざわざ放棄してやったのに、正妃は刺客を送り込んだ。その情報を得たから大急ぎで帰宅したのだ。ずっと第一王子アルフォンスが継承権トップだと勘違いしていたらしい。己のミスなのに、騙されたと大騒ぎして配下に襲撃を命じた。


 結果、俺が留守の公爵邸へジリベール侯爵家配下のバロー伯爵家騎士が侵入する。俺を殺せと命じられたが、玄関先で友人を待つレティを人質にしようとした。妻を人質に取り、屋敷の警備の者が迂闊に手出しできない状況を作ろうとしたのだろう。愚かなことだ。


 俺のレティは最強だぞ。あの華麗な鞭捌き、容赦のない玉潰し……剣の腕も一般騎士より上だ。暗器使いなので、短剣や毒も仕込んでいる。なんて魅力的なボディなんだ。見事な凹凸の隙間に隠された毒針に刺され、喘ぎながら死にたい。


 ……話がずれた。鎖でじっくり締め上げられて死ぬか、体が切り裂かれ血塗れになるほど鞭打たれる方が極上の死を味わえる。毒針は最後でいい。


 誰より美しく気高く、そして危険な妻を人質に取ろうとした。万死に値するが、残念ながら一度しか殺せない。末端から刻んでやったが、バロー伯爵家とジリベール侯爵家の玄関へ肉袋を送ってやった。バロー伯爵には、騎士の剣や襟章もおまけした。


 肉袋には切れ味最高の剣を突き立てる。引き抜いた瞬間、袋が切り裂かれて中身がぶちまけられるだろう。ああ、いまから楽しみだ。


「シル、お腹空いちゃった」


「お菓子を用意させてあるから、一緒に食べようか」


 甘い物が大好きなレティの頬が綻ぶ。可愛すぎる妻の頬に口付け、屈んだついでに彼女を抱き上げた。このまま俺に抱かれて過ごし、歩けなくなってしまえばいいのに。ああ、でも美しい曲線美が崩れるのは困る。ほどほどにしよう。

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