47.殺すぞ、いいわよ

 ルーベル公爵家の門前に、醜い腕が三本転がった。


 お茶会に呼んだクリステルを出迎えようとしただけ。いつもは玄関のエントランスで待つけど、折角天気もいいし外を歩きたいと門まで出向いた。馬車をここで停めてもらい、一緒に歩いて庭を散策してからお茶もいいわね。そんな小さな自由を満喫するはずが。


「動くな!」


「……どうしたものかしら」


 一緒に来た侍女ロザリーが、見知らぬ男に後ろから首をロックされた。さらに首筋にナイフを突きつけられる。短剣と表現した方がいいのも。どちらにしろ日本刀や包丁より切れ味が悪そう。あれで切ったら、竹光で腹を召すくらい痛いと思うわ。


 ロザリーは怯えた様子で震えている。いえ、そう見えるだけよ。暗器使いであるシモン侯爵家の元当主候補専属の侍女よ? たぶん震えてるんじゃなくて、稚拙な攻撃に笑いを堪えてるんだわ。助けに入れば私が叱られちゃうし、見捨てる悪役のセリフを吐いてみようかしら。


「殺すぞ」


「いいわよ」


 けろりと言葉を返す。一瞬男達が顔を見合わせ、頷きあった。幻聴で済ませる気ね?


「この女が死んでもいいのか」


「いいって言ったじゃない」


 今度はちゃんと聞こえた? 呆れ声できちんと返答する。後ろから馬車が門に近づいてきた。クリステルだと危ないわ。そう思ったのに、馬車が違う。これはタイミング最悪、いえ最高?


「大事な俺の妻の声を聞いて、麗しい姿を目にした罰だ。死ね」


 降りてきたシルが、容赦なく一蹴した。抜き放った剣が男達の腕を肩から切り落とす。すぱっと切れる剣は、どうやら刃先を潰してないのね。この世界で一般的な剣は、叩き潰すのが目的なの。鎧がある世界だからかも知れない。戦場では大きく重い剣で鎧ごと叩き斬るのが一般的だった。


 切り口は鉈で叩いたように潰れる。綺麗に傷口が残らないから、落ちた腕はくっ付かないのよ。シルの抜いた細身の剣は、ほぼ血で汚れることなく振り抜かれた。ごろんと冗談みたいに腕が転がる。人数分だけあるから三本ね。


「おかえりなさい、シル。早かったのね」


「ただいま、俺の大切なレティ。こんな場所にいたら危ないだろう?」


「クリステルを待っていたの」


「次からは玄関先で待ちなさい。君の美しさに虫が寄ってきたらしい」


 悲鳴を上げて転げまわる男達は、すぐに護衛に捕獲された。縛り上げて衛兵に引き取らせるのかと思ったら、まさかのお持ち帰りだった。地下牢へ運搬される男達は、間違いなく生きて出られないでしょうね。なんて運が悪い連中なの。


 私の腰を抱いたシルに促され、公爵邸のアプローチを歩いて玄関まで戻る。しれっとした顔でロザリーが続いた。視線を向けて睨む。あんたが捕まったフリなんてするから、ややこしい事態になったじゃない!


 くいっと顎を掴んだシルが私の顔を覗き込む。唇が触れそうな距離だった。すでに鼻先が軽く触れてるわ。


「俺以外を見ないでくれ」


「侍女は恋愛対象じゃないの。あまり束縛すると逃げるわよ」


「逃がすと思うかい?」


 いいえ。だけど我慢できなくなったら本気で逃げる。その時、追いかけて来ないよう、あなたを処分する可能性もあるのよ。そう囁いて僅かな自由を得ようとしたら……嬉しそうに「仕留める時は一度失敗してくれ。君をしっかり目に焼き付けて死にたい」と意味不明の要望を出された。


 やだ、殺したら半透明になったシルが後ろを付いて来そうだわ。

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