41.拒んでも結局シル色のドレス
ここで一般的な貴族夫人なら、大急ぎで肌を磨き、髪を整えて、最高のドレスを引っ張り出すだろう。その意味で、私もシルも一般的な貴族ではなかった。
「ドレス、何色がいいかしら」
「僕の色にしよう」
「黒? いやよ、葬式みたいじゃない」
「だが義母上殿は黒いヴェールだったぞ」
「あ、うん。あの人達は基準にしないで」
ひとまず青色を選んだ。一応これもシルの瞳の色だし、彼の色を纏う意味で間違ってないわよね。乙女ゲームらしく、攻略対象の5人は全員、髪色が派手だ。その色を纏うことで、ヒロインの本命がわかるんだけど。
青にしたら、宰相の跡取りウスターシュ推しみたいかしら。うーんと唸る私の横で、シルが黒いドレスを出すよう侍女に指示した。
「このドレスにしよう。ほら、僕の色が君の全身を包んでいるだろう?」
「間違ってないけど、表現がイヤらしいわ。それ以前に、淑女の着替えになぜ同席してるのよ」
「毎日裸で抱き合って眠る中なのに、恥ずかしいのか?」
そう問われると、恥ずかしくはないのよ。一般的な意味で、夫は妻の身支度に同席しない慣習を口にしただけ。選ばれたドレスをよく見れば、淡いグレーの絹に黒いレースが隙間なく並んだデザインだった。
淡いグレーが光を浴びると、銀色に見える。そこへ黒いレース、それも特注品が重ねられていた。まるで1枚の生地のように仕上がっている。見事な技術だわ。最初からドレスの形を想定して、模様を編んだレースのようで、上品で美しかった。
「君のためのドレスだよ」
「ありがとう、シルがそこまで言うならこれにするわ」
用意されたお飾りは青い宝石が並ぶ金細工で、私の金髪があっという間に編み込まれる。侍女達の手並みは見事だった。細かく編んだ髪は引っ張られてややキツい。まとめた後ろ髪は、揺れる簪を挿した。
合わせたシルは、黒に限りなく近い灰色の正装だった。金銀の房や飾りが並び、どう見てもこのドレスに合わせたデザインだ。
「晩餐会の準備をしていたの?」
予想をしてて準備したのかしら。これだけの衣装を当日に準備するなんて、いくら公爵家でも不可能だった。事前に予想していたなら、言えばいいのに。不満を口にする私の首に、慣れた手付きで首輪が装着される。
黒いラリエット風だけど、所有欲が滲んでいた。まあいいいわ。このくらいは許しましょう。私が王宮へ出向くことが不安で仕方ないのね。可愛いじゃない。
鏡の前でチェックし、食堂へ降りる。義父母は招待されていないので、私達だけ軽食を取った。夜会じゃないので晩餐会で食べてもいいんだけど、気持ち的な問題で食べられないかも知れないでしょう? 王族との食事に空腹で行って、がっつくのも格好悪いし。
果物を中心に口に入れる。私はシルの口へ、シルは私に食べさせるの。素直に膝にも座ってあげたわ。これで満足して、第一王子に噛みつかないといいんだけど……今後の展開は神のみぞ知る、ってやつね。
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