42.威圧による攻撃でライフゼロよ

 馬車の中でも密着して機嫌を取り、馬車の扉を開けた王宮の侍従にドン引きされる。でもね、これはそちらの王子のせいなのよ? 何よりシルの暴走を止めるのに役立つの。開けた途端に首を切られたり、胸に剣を突き立てられる事態にならないのは、私の献身あってなんだから。


 自分に言い聞かせないと羞恥で赤くなりそう。当たり前のように「ご苦労」と声をかけたシルが降り立つ。一般的には夫が先に下りて妻にエスコートの手を差し出すの。でもシルは私を抱っこしたまま、平然と馬車から降りた。体のどこもぶつけずに、するりと……絶対にあの瞬間扉が倍に広がったと思う。


 案内のため先に歩く侍従が困惑顔だった。私がケガしている情報でもあれば、特に気にしなかったはず。でも健康なのに抱っこで移動。それも私はヴェール付きとなれば……いろいろ詮索したくなるわよね。


 実はヴェールの下に、招待されていない客が! とか、疑惑は尽きない。それでも指摘しないのは、公爵家の力かしら。


 到着したのは、衛兵付き観音開きの扉だった。槍を携えた厳しい顔の衛兵が、両側に陣取っている。じろりと睨むような視線を向けられ、仕方なくシルに囁いた。


「ヴェールを外すわよ」


「なぜ?」


「招待された人物かどうか、確認するでしょう?」


「されたことないぞ」


 普段はね! シルヴァンはヴェールして入室しようとしたことないじゃない。してたら怖いけど。説明する時間が惜しいので、ちらっと顔が見えるよう捲って笑顔で会釈した。


 ぽっと頬を染めた衛兵に、シルが凄む。


「切り落とすぞ」


「ナニを?! 物騒なこと言わないで」


 ぺちぺちと叩けば、ほわりと嬉しそうな顔をする。ダメだわ、これ以上ルーベル公爵家の名声が地に落ちるのを見ていられない。


「シル、ちゃんとしないなら離婚す……っ」


「最後まで言ってみろ。レティでも容赦しない」


 背筋に何か冷たいものが走り抜け、全身がぶるりと震えた。これは本気のヤバいやつだ。震える歯がカチカチ音を立てるけど、なんとか言葉を紡いだ。


「離婚……するわけない、でしょ」


「うん、俺のレティならそう言ってくれると信じてた」


 私と同じように威圧による攻撃を食らった衛兵は、上手に目を逸らした。分かるわ、野生の獣と同じで目を逸らしたくなるわ。案内してきた侍従は腰が抜け、ぺたりと座り込んでいる。情けないと笑う者はいなかった。と、内側から扉が開く。


「待っていたよ、シルヴァン。侍従や衛兵を虐めないでくれ。彼らは職務に忠実だっただけだ」


「第一王子殿下にご挨拶申し上げる。職務に忠実な者は、我が妻を見て頬を染めたりしない」


 ぴしゃりと言い返し、王子が支える扉をそのままに入室した。いくら側近候補でも、ちょっと無礼だと思う。ところが指摘しない第一王子は、にこにことご機嫌で侍従に手を差し伸べた。


「大丈夫かい? 君達もご苦労だった。今日は早めに交代できるよう手配しておく」


 心遣いはできる人なのに、どうして私達は当日呼び出し食らったのかしらね。

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