40.王家の晩餐会にお呼ばれ
「くそっ」
届いた手紙を嫌そうな顔で開封したシルが舌打ちする。チラリと見えた封蝋は、王家のものだった。何が書かれていたのかしら。
届いた書類の不備を確認していた私は手を止めた。ここ数日、シルの執務室で簡単な仕分けや、修正を手伝っている。見えるところにいて、誰かと接触していなければ、シルは大人しかった。私もあれこれ探られたり、ただ閉じ込められるより気が楽だし。
「……すっごく、すごぉく嫌だが」
今、二度も「すごく」を強調したわ。
「貴族である以上、王家の命令には逆らえない……いっそ簒奪するか」
ぼそっと叛逆の意思が示されたけど。それほど嫌な命令なの? 手を止めたままシルの言葉を待つ。立ち上がって机を回り込み、私を抱き締めたシルが首筋の匂いを嗅ぐ。なんなのかしらね、この駄犬は。
「何があったの」
腕を回して背中をぽんぽんと叩けば、甘えるように床に膝をついた。その姿勢で私の腰に腕を添わせ、膝枕状態になる。
「王家の晩餐会の招待状だ。欠席は許されない」
晩餐会は夜会ではない。招待された者が、決められた席に腰掛けて歓談する。王族への発言や質問も許され、和やかな雰囲気で互いの距離を縮める行事だった。
他国の重要な王侯貴族が外遊で訪れると、夜会ならお披露目であり、晩餐会なら親しくなる者を限定する意味が強くなる。有力な王族相手なら、親しくなる者を限ることで利益を独占したり、ね。だから晩餐会に呼ばれることは、特別な価値があった。
「何がそんなに嫌なの」
公爵家の嫡男なら、王家との晩餐は経験済みのはず。嫌がる理由がよく分からない。
「第一王子が、君を見たいそうだ」
会いたい、ではなく? パンダみたいな扱いされてる気がする。まあ、本来のシルヴァンはこの国で3つしかない公爵家の跡取りで、王位継承権も持つ存在だもの。婚約者も作らずふらふらしていた男が、突然婚約したと思ったら結婚式を挙げたので、気になるんでしょうね。
ん? 結婚式に第二王子エルネストもいたけど、第一王子らしき人も見た気がする。いまさら会いたいって、どうしてかしら。確かに話はしなかったけど。
「結婚式でお姿を見たような……」
「一応呼んだ。来なくてもいいのに、来ていたな」
あの電撃結婚式に呼ばれたのか。王族の予定を前日くらいの招待状で変更しておいて、この言い分。そろそろシルが不敬罪で捕まりそうね。
「なら、どうして会いたいのよ」
「きっとレティの美しさと気高さ、それに強くてしなやかなところに惚れたんだ。そうに違いない。どうしてくれよう。足を潰して目を抉り喉を切り裂いて……腸を引きずりだしてやろうか」
「ホラーだからやめて。レバーが食べられなくなっちゃう」
レバームース好きなんだからね。むっとして文句を言えば、シルはなぜか喜んだ。
「容赦のないところが、君らしくて好きだ。レティ」
「はいはい。晩餐会はいつなの?」
「今夜だ」
「はぁ? 第一王子って王太子でしょう。アホなの?」
不敬罪まっしぐらの暴言が口から溢れたのは、ご愛嬌だろう。
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