39.社交しないなら監禁も悪くない

 夫相手なのにおかしいけど、貞操の危機はなかったわ。ほっとしながら目を覚まし、私を見詰めて瞬く青い瞳に気づいた。私と目があった途端、ほわりと表情が和らぐ。


 美形の笑顔って心臓に悪い。止まるかと思った。ドキドキする胸に手を当てる。


「おはよう、レティ」


「おはよう」


 挨拶を交わし、身を起こして思い出した。そうだわ、ご褒美に裸で寝たんだったわね。肌寒さにぶるりと肩を震わせた。見られる恥ずかしさは少ない。前世なら悲鳴を上げる状況かも。


 羞恥心が薄いのに加え、プロポーションが見事なのも理由だった。綺麗な体なのよ。鍛えていたから無駄な脂肪や贅肉がなくて、すらりとしている。貴族令嬢だから肌は磨かれて、荒れていない。胸も立派だし、絞らなくても細いウエスト。どこも恥じる部分がないのよね。


 前世の記憶より、今生の生活習慣や人格の方が強い。ぼんやりとしか覚えていない前世が、でしゃばる様子はなかった。


「レティ、仕事を手伝ってくれないか?」


「いいけど。何をするの」


「書類の整理だ」


 領地の管理をシルに任せて引退を目論むルーベル公爵は、当主の仕事を丸投げしたらしい。初めての書類ばかりで戸惑っていると泣き付かれた。仕方ないかな、手伝ってあげよう。


「いいわ」


 承諾して、私はローブを羽織った。着替えに自室へ戻らなくちゃ。廊下に出なくても移動出来るよう作られた夫婦の寝室を抜け、自室でベルを鳴らす。侍女を呼ぶベルの音に、ロザリーが顔を出した。


「着替えの手伝いをお願い」


「本日の予定をお伺いします」


 予定が分からなければ、何を着るか決まらない。書類仕事中心で外出はないと説明し、シンプルなワンピースを選んだ。色は薄い青……フリルは少なめのロングスカートで、袖や襟に幅の広い白レースが飾られている。


 迎えに来たシルのエスコートで食堂へ向かい、一緒に朝食を取った。長いテーブルの向こうでは、公爵夫妻が笑顔で寛いでいた。すでに食事を終えて、お茶を楽しんでいる。一応義理の両親だから、ご挨拶を……と思ったら、手を挙げて「構わない」と伝えられた。


「仲が良くて良かったわ」


「本当だ、これなら孫が生まれたら仕事を丸投げできるぞ」


 乱暴な会話に、シルは呆れ顔で応じた。


「すでにほぼ丸投げでしょう。俺はまだ当主になりません。書類の半分は父上に戻すよう、執事に命じました」


「なんだと!?」


「領地はしっかり管理してください。老後に締め付けられたくないでしょう?」


 うわっ、えげつない。両親に「将来金の心配をしたくなければ、今のうちは仕事をしろ」と突きつけた。半分は正解だから止めないけど。まだシルの年齢で公爵家を継ぐのは無理よ。周囲の貴族に舐められる。


 私も公爵夫人の社交は無理だから、いろいろ諦めていただきましょう。社交が苦手というより、たぶん外出できないと思うのよね。閉じ込められても、余計な苦労がないなら悪くないかも? そう思い始めた自分に苦笑いして、シルが切り分けたオムレツを口に入れた。

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