37.飛び級はウスターシュの手柄
ヒロインのクリステルは、幼馴染みの子爵令息と婚約した。このまま結婚するつもりで準備を進めている。
王弟の息子、銀髪のバスチアンは神に仕える誓いを立て俗世を断った。一般的に考えて、他の王族が全滅しない限り戻ってこないわね。
赤髪の騎士オーレリアンは女性騎士と婚約し、すでに騎士団所属。宰相の息子で青い髪のウスターシュがアドリーヌ王女と婚約し、金髪王子エルネストは卒業済み。物語のシナリオ強制力は、まったく機能しなかったのね。
ほっとする。シルヴァンも私と結婚し、ヒロインと接触しても狂わなかった。私の首筋に顔を埋めて匂いを堪能する。変態でも私を殺さない夫なら、愛せる気がした。
「飛び級制度を作ったのは?」
「ウスターシュだ。宰相である父親の権限を利用し、王族に己の有能さを売り込んだ」
「一度、宰相の息子と話してみたいわ。もちろんシルも同席の上で」
他の男と会いたいのか? そんな顔で私を見るから、慌てて付け加えた。もちろんシルヴァンも一緒よ。ウスターシュはまだ王女と婚約しただけで、未婚の男性だもの。親族でもないのに二人で会うわけないじゃない。
貴族の教育は、男性と女性で大きく違う。男性は将来のために勉学に励み、身を守るための剣術を習う。戦略や知識を身につけ、家を繁栄させる運営方法を覚えるのだ。
女性は真逆で、不貞を疑われないための知識を詰め込まれた。礼儀作法や慣習を覚えるのはそのひとつ。男性と二人きりにならないルールは、男性より女性の方が気にする。悪く言われるのは女性の方だもの。
男の浮気は甲斐性で、女の浮気は淫ら。そう考える社会だから、娘達が身を守る方法を教える両親は間違っていない。シモン侯爵家はそれに加えて、男性の跡取りに施す教育も私に与えた。きっと珍しいことだと思うわ。
兄弟がいれば、普通の貴族令嬢のように育ったのかしら……無理ね。暗器の使い方を娘に仕込むくらいだもの。普通という言葉が最も遠い貴族かもしれない。
「そろそろ休まないか」
照れた様子で促され、窓の外が真っ暗なことに気づいた。膝の上に横抱きにされて、がっちり拘束される。
「お風呂は?」
「明日の朝にしよう」
断る理由はないわ。部屋で着るシンプルなワンピースに着替える。Aラインのつるんとしたデザインは、寝るのに最適だった。体を締め付けない上、寝返りを打っても苦しくない。
抱き上げて移動するシルに任せ、ベッドに横たわる。あっという間に私は寝着を奪われた。シンプルなだけに、上に捲って引っ張られたら終わり。きょとんとして見上げると、彼は自らも手早く衣服を脱いだ。
全部床に放り出したシルヴァンは、私より体温が低い。やや冷たい腕が私を抱き締め、じわじわと体温が同化した。首筋に顔を埋め、大きく深呼吸される。
「犬みたいね」
「犬でいいよ。レティに忠実に生きていくつもりだから」
匂いばかり嗅ぐ男への嫌味が、あっさりかわされた。裸で抱き合って眠る提案は、思ったより悪くない。気持ちいいし、なんだか落ち着く。目を閉じて身を任せた。
「おやすみ、レティ」
「ええ、おやすみなさい。シル」
襲われたら撃退すればいい。確か、お母様の指導では股間を膝で蹴り上げるのよね。頭の中で復習したけれど、膝蹴りの出番はなかった。
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