36.攻略対象不在の謎が解けたわ

 前世で偶然手に取った原作小説は、ざまぁ部分を曖昧にぼかしていた。王女殿下は望まぬ結婚をして不幸になった、程度の表記よ。その意味で、私もぬるい表現だった。監禁されて餓死したけど、惨殺表現はゲームだけ。


 ここが原作の小説世界だったら、私が死ぬ心配は不要よ。だけどゲームだから怖いの。この部分をかいつまんでシルに話した。彼はゲームでのざまぁ展開の詳細を知らない。そう思って私の末路を話した途端、うっとりと目を細めた。


「監禁……素敵だね。君を誰にも見せず、俺だけの存在にできる」


「あ、うん。そっちはいいけど、バッドエンドだと惨殺されちゃうのよ」


「安心して、レティ。君が僕の妻なのに、どうして殺す必要があるんだ?」


 遠回しに、逃げたら分からないけど……と付け加えられた気分だわ。まあ想像ついてた部分だから無視しましょう。


「ウスターシュが……」


「レティの唇が、他の男の名前を口にするなんて」


 殺してしまおうか。シルの物騒な本音が漏れていた。


「えっと、宰相の息子がシナリオを壊したのね?」


「他にもいるよ」


 呼び方を変えたら、ころりと機嫌が直った。独占欲の一種かしらね。他の男の名を呼ぶのは厳禁だわ。命がいくつあっても足りないもの。


 腰にするりと巻き付いた腕が引き寄せられ、シルが距離を詰めてくる。首筋に顔を埋めて幸せそうなので、ひとまず放置した。


「誰が動いたの?」


「バスチアン殿は、ある日突然結婚しない旨を宣言した。彼が学院へ通わないのは、王侯貴族としての役目を放棄して神に仕える意思表示だ」


 銀髪の神官長だっけ。王弟の息子で、それなりの権力がある攻略対象だった。よくある物語では、王と歳の差がある王弟自身が攻略対象だったりするけどね。バスチアンとヒロインが結ばれた場合、聖女として崇められる展開だったわね。


「他はオーレリアンもだな。彼は学院へ通う前に幼馴染みを婚約者にして、飛び級を使い半年で卒業資格を得た。その後は騎士団へ所属し、婚約者の送迎以外で学院へ足を踏み入れていない」


「ずいぶん詳しいのね」


 公爵家の跡取りだから、ある程度の情報を持ってるのはわかるけど。


「小説に名前が出た男はすべて、追跡調査をしている」


「どうして男性ばかりなの?」


 ここで男色家疑惑浮上かしら。嫌だわ、男同士の痴話喧嘩に巻き込まれて惨殺もお断りよ。


「小説を読んだ前世の感想が原因だな。女性はまともな行動をしているのに陥れられた。だが男達はまるでヒロインに操られるように狂った。自分がそうならない保証がない以上、ヒロイン側の男は要注意と考えたんだ」


 合理的な考え方ね。シルヴァンが小説の内容を思い出し、危険人物と判断したのはヒロインだった。彼女が何らかの方法で男を狂わせるなら、狂う側を監視すればいい。それぞれの婚約者や姉妹の言動が小説通りなら、貴族のルールや慣習通りだから問題ではなかった。


「今になって後悔している。小説で婚約者になり妻だった君が……レティだったなんて」


 悪いけど、記憶がない頃からずっと「レオンティーヌ」だったわよ。今の私とは違う人格だけど……英才教育は受けていたから、そんなに違和感なく溶け込んだかしら。


「第二王子殿下はどうなの?」


「……彼だけは小説通りに動こうとした。危険なので第一王子殿下に止めてもらったよ」


 そうか、それで攻略対象が誰も学院に残らなかったのね。謎が解けたわ。

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