31.乙女ゲームで、眠れぬ夜のミステリー

 夜になるとベッドに潜り込んで手を伸ばす夫は、私を抱き締めて眠りについた。これまでは後ろから抱っこだったが、ここ数日は向き合って抱っこに変更されている。


 眠ったシルヴァンの顔は、さすが攻略対象と納得する美形だ。全体にバランスがいいのはもちろんだけど、2.5次元みがあった。なんていうのかしら、舞台俳優みたいな感じね。立体なのに、平面の良さも持ち合わせた顔面チート。


 神絵師が描いた理想が、そのまま立体になって歩き回るなんて、最高よね。それが推しならもっといい。でも……私、できればモブが良かった。ヤンデレ夫に監禁……は我慢するけど、惨殺されるのは嫌だわ。痛そうだし、まだ若いのに。


 せめて寿命を全うして、老衰であの世に行きたい。ヒロインになったサヤカの話では、私の前世って凄惨な死に方してそうだし。神様に祈ったらいいのか、運営さんにお願いすべきなのか。


 情報屋のカジミールを呼び出して、調べてもらいたいことが出来た。ご都合主義崩壊の原因になった飛び級制度、どこから提案されたのかしら。小説の中で飛び級の説明はあったけど、誰も使っていなかった。おかしいわ。


 そんな便利な制度があれば、優秀な者ほど卒業を急ぐ。嫡子なら実家の執務を引き継ぐ準備があるし、家を継がないとしても養子に出されたり婿や嫁に行く。専門の教育を受けるのが一般的だった。学院へ通うのは家庭教師を雇う財力のない貴族だけ。


 飛び級制度がなければ、ヒロインと攻略対象は出会っていた。そう考えれば、ここが原点のような気がする。婚約者が入れ替わったり、誰も攻略対象が通わない。そんな風にシナリオが狂ったのは、飛び級制度が広まったことが原因だった。


 王族はすべての貴族を通わせたかったんだから、飛び級を推奨するわけがない。となれば、貴族……それも侯爵家や公爵家からの圧力しか考えられなかった。辺境伯家も可能性があるわね。他国と国境を接する領地を持つから、のんびり通えないと提案したのかも。


 気になってそわそわするが、今は真夜中だ。カジミールを呼びつけることは無理だし、実家の時のように出向くのは不可能だった。すべては日が昇ってから。


「ん……眠れないのか? レティ」


 柔らかな眼差しと甘い声。寝起きで少し掠れてる声は、ファンへのご褒美ね。ゲーム内ではなかったけど。


「ちょっと目が覚めただけ。もう寝るわ」


「ん……」


 もごもごとシルは口の中で何か呟いた。寝言だから聞き流そうとしたのに、思わぬ単語に引っ掛かる。問い正そうにも、黒髪美形は眠ってしまった。


 いま聞こえた単語が勘違いでなければ、シルは要注意人物だわ。

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