32.やっと聞いてくれた
先日注文したドレスを届ける名目で、情報屋カジミールを呼びつける。ついでにバッグなどの小物を注文した。これで情報を届けに来る時の名目も立つわね。
「それにしても似合うわねぇ」
「不本意ながら、自分でもそう思います」
カジミールは複雑そうにそう呟いた。化粧や着付けは手伝ってもらうそうだが、ウィッグも含め違和感がない。やや胸元の膨らみが足りないが、同じような女性もいるので誰も指摘しないだろう。
飛び級制度はカジミールが知る限り、8年前の導入らしい。当時は多少揉めたが、王家が譲歩したと聞いた。ならば、やはり侯爵や公爵が関わってるわね。王家に意見を押し通せるとなれば、公爵はともかく……侯爵家なら実家くらい?
古い上に、天才連続輩出の実績で国に「扱いが面倒で厄介だが、便利な一族」と認定されている。もしお父様が言い出せば、通った可能性が高かった。だけど、その理由がない。お母様が関わらないことだと、お父様は無能になるから。
実家のシモン侯爵家が栄えているのは、お母様に豪華な宝石を贈りドレスを着せるため。美味しい食事を提供し、立派な屋敷で生活してもらうのも理由だ。娘の私はおまけだった。
そんなお父様が、自分や妻に関係ないことで動くか? 絶対に否だった。シルに置き換えて考えても同じ結論に至るもの。私が言い出さなければ、学院に寄付なんて絶対にしなかったと思う。
あれこれ考えながら、昨夜のシルヴァンの寝言を思い出した。さきほど同じ単語をカジミールに尋ねたが、首を傾げてカタコトで返ってきた。情報屋だから、普通の人より物を知ってるはずの彼が知らない。つまり、この世界にはない単語って意味よね。
クリステルなら、日本人だから知ってるけど……まさか。そんなことあるかしら。
「どうした? ドレスが気に入らなかったか」
仕事を終えたとアピールしながら入室した夫は、今日も見事な黒髪美形だ。浮世離れしてるとまで思わないけど、完全に美人枠だわ。じっくり顔を見つめて、私は眉を寄せた。
「ねえ、シル……日本って知ってる?」
この世界で生まれ育った者は知らない単語。異世界にある国の名前で、私やクリステルは心当たりがある。でもシルヴァンは知らないはず……。
目を見開いて、それからシルヴァンは口元を緩めた。その唇は見る間に弧を描いて、まるで三日月のよう。怖いと思った。ぞくりと背筋を何かが滑り落ちる。
「ああ、やっと聞いてくれた」
距離を詰めて私を抱き寄せ、耳元に唇を寄せた。あの三日月の笑みが視界から消えたのに、冷たい何かが私の背筋を震えさせる。
「ずっと待っていた。俺の大切なお姫様」
囁き終えた彼の唇が首筋に触れて、私は反射的に距離を置こうと腕を突っ張る。それすら封じて、シルは視線を合わせてきた。
「俺も日本からの転生者だよ」
衝撃の発言は予想した通りなのに、頭をすり抜けていく。日本からの転生? ずっと待っていた? 奇妙な言葉の羅列に、私は思考停止状態に陥った。
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