05.ここは原作じゃなくゲーム版だった

 恋愛小説『黒薔薇をあなたに捧ぐ』を買ったのは、表紙の美しいイラストに惹かれたから。手に取って、裏のあらすじも確認せず購入した。3巻が出ていたお気に入り小説と一緒に持ち帰り、自宅で開いたのは翌日だった。その日は連載作を先に読んだのよね。


 前世の記憶はほぼ融合したけれど、あちこちで固有名詞が抜けている。高校生だったのに、学校や友人の名前、地名なんかも出てこない。家族は両親に祖母、兄がいたと思う。この辺もだいぶ曖昧で、顔や名前はぼんやりとした感じで思い出せない。


 前世で読んだ小説は、乙女ゲームの原作に採用された。きっとハーレム系のお話が作れるからね。私の記憶で小説は曖昧になって、ゲームの記憶が鮮明に残っていた。日記に記したのは、ゲームの方の展開よ。


 主人公は仮の名をリーズに設定されており、自分の好きな名に書き直すことも可能。攻略対象は全部で5人だった。よくある典型的な乙女ゲームなので、まず第二王子、公爵家嫡男、宰相の息子、未来の騎士団長、王弟の息子である神官長ね。


 記憶が曖昧なので正解が分からないけど、全員特殊性癖持ちだった気がするの。半分以上眠った頭から絞り出した昨夜の落書きを、もう一度じっくり検証していく。原作の小説版なら、王子と結ばれて終わる。よくあるテンプレの物語よ。


 周囲の取り巻き男性も、優しくしてくれるけれど、淡い恋心は秘めたまま。いわゆる精神的なハーレム展開ね。ゲームではそこを分岐点として、攻略対象を選ぶ形だった。


 ちなみに私は、悪役令嬢枠で登場する。公爵家の嫡男の婚約者となり、最終的に結婚するけれど、夫はヒロインを思い続ける。それが腹立たしくて意地悪を仕掛ける役だった。


 ゲームでは課金せず遊んだので、微妙な知識しか残っていない。私がクリアしたのは、第二王子エルネストと公爵家の嫡男シルヴァンだけ。残りは展開も結末も知らなかった。


 この世界が小説というか、ゲーム内だと気付いたのは情報屋の看板よ。あれもゲームで画像を見ていたから、すぐに気づけた。もし小説版しか知らなかったら、ピンと来なかったでしょう。


「まずいわ、この世界ヤンデレばっかり……」


 ある意味、うちの両親も該当するわね。お母様は社交に出ると若い男にストーカーされるので、お父様のご命令で自宅からほぼ出ない。たまに出かけても、王宮くらいだった。王宮の夜会に腕を組んで登場すると、犯罪臭が凄いのよ。


 好意的に見て親子、悪意を持って判断したら援助交際だもの。高額の金を払って、娘より若い女を買ったと言われたこともあるらしいわ。失礼よね、主に私に対して。


 思わず肘をついた姿勢で溜め息を吐き、慌てて姿勢を正した。勉強しているフリをしながら、日記の内容に修正を加える。思い出せないのは、王子と公爵令息以外の名前だった。


 何だったかしら。髪色はバラバラだったから覚えてるんだけどね。王子が金、公爵令息が黒、神官長が銀、宰相の息子は青、残る騎士団長候補が赤。名前が出てこないわ。


 唸りながら、さまざまな候補を書き出していく。フランス系の名前を使ってたから、ルシアンとか? 違うわね、たぶん。


 真剣に日記と向き合う私の背に、ロザリーが声をかけた。


「お嬢様、旦那様がお呼びです」


「わかったわ、今行きます」


 日記にしっかり鍵をかけ、上から厳重に鎖を巻いて、さらに南京錠を二つ付けてから鍵のかかる引き出しへしまった。


 いつも通りの手順だけど、本当に面倒臭いわ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る