06.災いは向こうから近づいてきた

「はい? お父様、今……なんて」


「そうか、承諾してくれるか。これで安心した。ルーベル公爵家なら、我がシモン侯爵家と釣り合う」


 いまの「はい?」は疑問形でしてよ、お父様。承諾ではありません。しっかり反論しても無視されたけど。迂闊な私の反応で、夫が決まってしまった。侯爵令嬢なので、いずれ嫁に出るのは仕方ないのですが……あれ? 私って一人娘よね。


「お父様、跡取りが必要ですわ」


「安心しろ、もうすぐシャルが産んでくれる」


「……妊娠、おめでとうございます」


 なるほど。跡取りになれる子を孕ったので、私はお外へ出せるわけね。普通なら、下の子をお嫁なりお婿に出すと思うけど。


「弟でなく妹だったらどうしますの?」


「その場合は、妹が継ぐだけだ。お前が産んだ子を引き取ってもいい」


 男女関係なく、お腹の子が跡取りに決まったようです。正直、ほっとした。この家を継ぐのは気が重かったので。それに婿入りしてくれる男性も見つからない現状、出ていけるのは幸運かも。


「ルーベル公爵家のどなたですの?」


「嫡男のシルヴァン殿だ」


「シ、ル、ヴァ、ンんぅ?」


 生まれてこの方、これ以上低い声が出たことないわ。地を這うような、とはこういう声を表現するのね。最後だけ動揺が現れて、疑問形になったけど。


 待って、シルヴァンって……攻略対象じゃない? 前言撤回よ、この家に残らないとマズイわ。ヤバい家を継いだ方がマシよ。


「お父様、せっかくのお話ですがお断りを……うぉっ!」


 いきなり飛んできたナイフを、体が勝手に避ける。後ろの侍女がくるりと回転して受け止めた。あの子、やるわね! じゃなくて!!


「お父様!」


「うるさい、もう出て行け! この年まで育ててやったんだ。私はシャルと甘い新婚生活を送りたい!!」


 妻といちゃつきたいから、娘は邪魔だと仰るのね? 分かる、でも納得できない。ここはまず正論で押しましょう。


「私はまだ成人前ですわ!」


「結婚したら一人前だ、もう公爵家と話はついている。お前の意思は関係ない。それに持参金なしで、ダイアモンド鉱山を付けてくれた」


 普通、嫁ぐ側が持参金を用意するんですよね? なにそれ。私ったらダイアモンド鉱山と引き換えなの? 交換レート高い!


 うっとりした表情で、お父様はひとつの大粒ダイアを取り出した。おそらく今回の鉱山から出たダイアモンドでしょうね。見本でもらったのかしら。親指の爪くらいあるわ。


「これでシャルに首飾りを贈るのだ」


「お父様、後悔しますわよ」


 私という優秀な跡取りを育てておきながら、他家に売り飛ばすなんて。絶対に後悔させます。恨みの念を込めてそう呟けば、お父様はにやりと笑った。


「後悔させるほどの実力が、お前にあるのか? まだまだヒヨッコじゃないか」


「ふふっ、そのヒヨコに目玉を抜かれぬよう用心なさいませ」


 捨て台詞を吐いて踵を返し、廊下で待っていたロザリーを連れて部屋に戻る。そこで頭を抱えて唸った。なんで帰って来ちゃったの! あそこで粘って「嫌だ」を連呼すれば……軽く数十本のナイフが飛んでくるでしょうけど、それでも拒めたかもしれないのに。


 こうなったら……家出するしかない。覚悟を決めた私の本気を、見せてあげる!

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