03.娘を発情期の犬みたいに仰らないで

「ただいま戻りました」


 父母の待つ居間の前で、姿勢を正す。執事アロイスが開いた扉の先へ、ゆっくり頭を下げた。それから顔を上げて足を踏み入れる。真っ赤な絨毯と白い壁、なぜか黒いカーテン。それもフリルとレースがタップリだった。今までも「色がキツイ、寛げない」と感じていたけど、前世で言うゴスロリ系?


 ロリの印象を与えるのはお母様ね。御年30代後半なのに、見た目は私の妹で通る。いい? ここが重要よ。姉ではなく、妹。私より若く見えるなんて詐欺よ。そんなお母様を膝に乗せるお父様は、しっかり年齢相応のロマンスグレーだった。


 素敵なおじ様な外見で、中身はいろいろ問題あり。黒に赤ビロードで仕上げたソファーに腰掛ける。客間は普通なのに、どうして家族のスペースは色彩がおかしいのかしら。黒檀を使った滑らかで高価なソファーは猫足で、貴族っぽさ満載だった。赤ビロードも似合わないわけじゃないけど、部屋の色彩と合わせると精神を病みそうな組み合わせだ。


「帰ったのね、レオンちゃん。黒髪の騎士は持ち帰らなかったの?」


「見知らぬ男に足を晒したと聞いたが、ちゃんと始末したか?」


 親の挨拶としていろいろ問題発言が溢れてるわ。ひとつずつ答えていこう。この辺はレオンティーヌの記憶がしっかりしてるから大丈夫よ。


「お母様、あの騎士は一般人ですのよ。持ち帰っても使えませんわ。それとお父様も。襲い掛かった犯人のアレは再起不能にしました」


「あらぁ、お土産を楽しみにしてたのに」


 不満そうに母が頬を膨らませる。きらきらした金髪は縦ロールに巻かれ、とてもゴージャスだ。中学生くらいの幼顔で、お胸は控えめだった。合法ロリは、お母様を示す単語よ。そんなお母様を膝に乗せたお父様は、どう見てもパトロン。パパ活中にしか見えなかった。


「浮気か? シャル」


「いやぁね、レオンちゃんもそろそろお年頃じゃない。お婿さんを探す時期よ」


 お婿さん……誰かこの家に身売りする男がいるのかしら。よほど金に困ってる貴族か、平民上がりの騎士くらいしか見つからないと思うわ。一般的に常識がある貴族は、我が家に近づかないから。侯爵令嬢なのに婚約者がいない事情は、間違いなくシモン侯爵家の現状だと思う。


「なるほど、今日のおいたは発情期が近かったのか」


「お父様、娘を発情期の犬みたいに仰らないで。足を見せて犯罪を誘発したみたいに聞こえますわ」


「違うのか」


「違います」


 路地裏で足を見せて、おっさんをホイホイするほど飢えておりません!! 目が痛くなりそうで寛げない居間へ、お茶が運ばれてきた。お母様お気に入りの侍女コレットが、優雅な手つきで黒いお茶を注ぐ。珈琲ではなく、何かが入った黒いお茶……。


 知らない人が見たら毒だと思うわよね。実際、毒だけど。手を伸ばしたお母様は躊躇いなく口に入れ、目を閉じた。


「少し薄いわ」


「申し訳ございません、お嬢様が同席なさっておいででしたので」


 さりげなく私のせいにしないでよ。もう! 

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