02.心配する先を間違えてません?
「まず確認させてくれ、無事なのか?」
黒髪美形の優しい言葉に、「あらやだ、貴族令嬢に対する礼儀が出来た騎士様なのね」と微笑む。青年の服装は貴族子弟の三点セットではなかった。コート、ウエストコート、半ズボンタイプのブリーチズだと貴族が多い。騎士は長ズボンタイプのトラウザーズにハーフコート、階級が高ければマントも装着する。
彼の服装はシャツの上にハーフコートで、足下はトラウザーズだった。一般的な騎士の服装に該当する。さらに剣を左に下げていた。
「え、ええ。見ての通りケガはありませんわ、騎士様」
「そなたではなく、足下の者らだ」
そっちの心配? むっとしながら、一番近くにいる男のアレを踏む。うわっと顔を顰める美形には悪いけど、淑女を襲った暴漢なのよ?
「暴漢の心配ですの? 私は怖くて震えておりましたのに」
「……鞭を手に、足を晒してか?」
くっ、なかなかやるわね! というか!
「なんてこと! 見たのね?」
「見せたのはそなただ」
まずいわ、あの戦いっぷりを見られたなんて。舌打ちしたい気分で目を逸らしたので、私は気づくのが遅れた。言い訳を考えながら顔を上げた先で、青年は真っ赤な顔をしている。
もしかして見てしまったのって、淑女の白い足のことかしら? 今日はお気に入りの黒いレースがついた靴下だったのよね。大胆な花模様で肌の白さが際立つ逸品よ。お母様の教育方針で、我が家はエロい下着は認められてるの。
「見えたのは足だけ?」
鎌をかければ、慌てて否定する言葉を口にする。違う、だの。見ていない、ほんの少し目に入っただけだ、とか。それってがっつり見た人の言い訳だわ。
「緊急事態でしたので、お互い不問にしませんこと?」
「ああ! ああ、そうだな!!」
凄い勢いで食いついて来たので、微笑んでスカートを摘み会釈した。カーテシーを送る相手は侯爵家以上なので、彼が騎士なら該当しない。そこの部分に言及する余裕のない騎士を尻目に、私はさっさと踵を返した。
靴音を響かせて歩く私の後ろから、同じ歩調で足音が付いて来る。なぜ? 無視して進むものの、大通りに抜けるところで立ち止まった。くるりと振り返れば、予想通りに騎士が後ろに立っている。
「まだ何か御用かしら」
「ご令嬢、なのだろう? ならば、安全な場所まで見届ける」
「ご安心なさって、馬車を待たせておりますの」
さっと合図を送れば、静かに馬車が路地を塞ぐ形で止まった。飛び降りた御者が恭しく開く扉の中に入り、窓からひらりと手を振る。
「お気持ち有難かったですわ。失礼いたしますわね、騎士様」
無言で見送る彼を置き去りに、馬車は軽やかに走り出した。裏路地から離れたところで、ベンチタイプの椅子へ懐くように倒れ込む。
「やだ、もう……」
「レオンティーヌお嬢様、そのような姿勢はいけません」
「……っ、いいじゃないの。少しだけよ」
馬車の前方のベンチ椅子に控える侍女ロザリーにぼやき、クッションが敷き詰められた馬車で溜め息を吐く。とんでもない醜態だわ。間違ってもお父様やお母様のお耳に入らないようにしなくては。あと、帰ったらすぐにお風呂に入って、寝る前に日記へ小説の内容を書きだす必要がある。
「ロザリー、戻ったらお風呂の用意をしてちょうだい。それと……今日の行先は内緒よ」
「ご安心ください、お嬢様。すでに旦那様と奥様はご存じです」
「はぁああ?!」
「はしたないです、お嬢様」
なんで行先がもうバレてるのよ。それ以前にお父様たちにバレてて、なぜあなたがそれを知ってるの。がくりと倒れ込んだクッションの柔らかさに癒されながら、両親にどう言い訳すべきか、ない知恵を絞った。
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