29話 何があっても
恵斗はベルナデットと蓮とルティウスの城下町の広場で合流した後、ウィザーリア城へと向かった。
ベルナデットに客室に案内され、雲のようにフカフカなベッドで恵斗はぐっすりと一晩寝て朝を迎えた。
「…………」
ぼやっとした視界の中に見えた窓からは、陽の光が部屋に差し込んでいる。
のっそりとベッドから起き上がった恵斗は、窓の外に広がる城下町を目を擦りながら見下ろした。
「……、朝だあ……」
もっと他に言うべき事があるはずなのに、あまりにもベッドが心地良くてまだ頭が完全に覚醒しておらず、それしか言葉が出て来なかった。
その時、扉をノックする音が聞こえて来た。
恵斗が扉を開けると、城仕えのメイドの女性が立っている。恵斗を見た彼女はお辞儀をした。
「おはようございます、恵斗様」
「……、おはようございます…」
『恵斗様』などと呼ばれたのはもちろん初めてである。
フィクションでしか見た事がなかったメイドを見た恵斗は、段々と頭が冴えて来た。
白と黒のコントラストが美しいメイド服を着た目の前の女性。恐らく恵斗とそんなに歳は変わらない。
『か、可愛い…』
ぽー、となりながらメイドを見ている恵斗の耳に、彼女の声が聞こえて来た。
「昨夜はよくお休みになれましたか?」
「あっ!?はい!もうぐっすり!」
我に返った恵斗は顔を赤くしながら答える。
ソワソワしている様子を見たメイドはクスリと笑った。
「良かったです。着替えをお持ちしたのでこちらのお召し物にお着替えください。朝食をご用意しております。着替え終わりましたらお声掛けくださいませ」
「は、はい…」
パタンと再び閉まった扉を見た後、恵斗は今いる部屋を見渡した。
『……、やっぱり、夢じゃないんだ、』
のそのそと着替えを始めた恵斗は、昨日この世界に来た時に会った新聞売りのカトルの事を思い出した。
『朝ここで新聞を売ってたら馬に乗った王立騎士団が通りかかったんだけど、その中にあんたと同じ髪の色の人がいたよ』
カトルはひと月前に羽白を見た事があると言っていた。
恵斗は壁にかかっている鏡で自分の姿を見た。
白いシャツに、金箔の装飾が側面に入っている紺のズボンを着た自分が映っている。
髪の色は完全に碧色になっていた。
「羽白さん…、」
羽白が王立騎士団にいる。
まずは何とかして羽白に会わないとならない。
着替え終わった恵斗は扉を開けて、外で待っていた先程のメイドに声をかけた。
メイドは「こちらへ」と言って歩き始めたので、後ろについて歩く。
途中、別のメイドが部屋から出て来るのが見えた。
そのメイドの後ろには、恵斗と同じ服を着た蓮が立っている。
「本宮!」
恵斗の声に気付いた蓮が、恵斗を見て笑った。
「上村、おはよう」
「おはよう」
昨日までまともに話した事がなかった隣のクラスの同級生。彼と異世界に飛ばされ、今は一緒にこの城にいる。
恵斗の心は不思議な気持ちに包まれていた。
「俺たち…これからどうなるんだろう」
2人のメイドの後ろを歩きながら、恵斗がぽつりと呟く。
横を歩いている蓮は、恵斗を見た後に顔を前に戻した。
「…俺にも分からないけど、ベルナデットが教えてくれるだろ」
「………」
この先、元の世界に戻る事は出来るのか。
もしかしたらずっとこっちにいたままになるかも知れない。羽白も10年間一度も戻って来なかったのだ。
『もし俺も帰れなくなったら、安曇先生は…、』
出来る事なら羽白と安曇には会ってもらいたい。
そもそも羽白に対する安曇の気持ちは変わりはないのは知っていたが、羽白の方がどうなのか恵斗にはまだ分からなかった。
もしこの世界で、仮に他の相手と結婚などしていたら。
いや、それもだけど未斗には会う事が出来るのか?
何もかも不安でしかない。
良い知れぬ不安に駆られた恵斗は叫びたくなったが、何とか抑えた。
『落ち着け、落ち着くんだ俺』
恵斗が心で唱えながら息を整えていると、横を歩いている蓮の言葉が聞こえて来た。
「確かに色々不安だけど…俺は1人じゃなくて、お前がいてくれて良かったって思ってる」
「……!」
ハッとした恵斗は蓮を見た。
蓮も恵斗をしっかりと見ている。
「何があっても、俺たちならきっと大丈夫だ」
「本宮…、」
恵斗も蓮も、何かが1つでも違ったら10年前に命を落としていたのかも知れない。
けれど2人とも生き残り、今日まで生きて来たのだ。
恵斗は胸が熱くなるのを感じた。
「俺も、1人じゃなくて良かった。ありがとう本宮」
「うん」
恵斗は蓮ともっと話をしたかったが、気付いたら食堂に到着していた。
この先、何が起こるかはまだ分からない。
けれど、蓮の言う通り自分たちならきっと何があっても乗り越えられる。
恵斗はそう思った。
デザンクロス 遠野みやむ @miya910
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