28話 夕焼けの演習場

空が夕焼けに染まる中、安曇は洗濯物を取り込んでいる。

ふわ、と小さな風が安曇の頬を撫でて行った。


「…………」


安曇は空を見上げる。

恵斗はまだ学校から帰って来てはいないが、どこにいるのか安曇は何となく気が付いていた。


「……羽白、」


恋人の名前を呼んだ時、風が再び駆け抜けていった。


「羽白…、恵斗がそっちに行ったわ」


安曇はオレンジに染まる空を見ながら呟いた。





同じ頃、オレンジ色に染まった空の下。

ウィザーリア城内の騎士団の演習場で、王立騎士団が軍事演習をしている。

剣の打ち込みをしている騎士の中に、碧髪の若い青年がいた。


『羽白』


ふわ、と吹いた風と共に空から聞こえて来た声を耳にした青年は反応し、打ち込んでいた手を止める。


「…………」


青年…羽白は空を見上げた。


今、安曇の声が聞こえた気がした。

長い間会っていない、異界の恋人。


『安曇…』


今、安曇は何をしているのだろう。

自分の事を考えてくれて、名を呼んでくれたのだろうか。


10年もの間、羽白と安曇は会っていない。

しかし2人の気持ちは今も変わっておらず、お互いの事を深く愛し合っていた。


「安曇…、」


久しぶりに声に出した恋人の名前に反応するかのように優しく風が吹いていく。


「羽白、どうしたんだ?」


空を見上げたまま黙り込んだ羽白を見た仲間の騎士が呼び掛ける。


「…、何でもない」


王室召喚士のベルナデットに頼めば、きっとまたあの世界に行けるのかも知れない。


本当は今すぐに向こうの世界に行って安曇に会いたい。

会って抱きしめたい。

安曇の元に置いて来た恵斗も、きっと大きくなっただろう。

元気でやっているのだろうか?記憶は取り戻したのだろうか…?


安曇にも恵斗にも会いたかったが、羽白にはある目的があった。

それを果たすまでは、まだ向こうには行けない。




その時、騎士団長の声が演習場に響いた。


「皆、こっちに集まってくれ!」


演習中の騎士団員たちは、声に反応し団長の元へと集まる。


「陛下が来られた。皆ご挨拶を」


団長の後方には護衛と共にウィザーリア王が立っている。団員たちは全員王に向けて敬礼をした。


「突然来て演習を妨げてしまい申し訳ない。所用があってな」


『穏やかな王』として国民からの人望も厚い王は、団員たちに突然の来訪を詫びた。


「羽白」


団長が羽白を呼ぶ。


「はい」


「陛下がお前にお話があるそうだ」


呼ばれた羽白は団員たちより一歩前に出て、再び王に向けて敬礼をした。


「そなたが羽白か。…うむ、綺麗な髪の色をしておる」


羽白の髪の色は、生まれ持った碧色である。

団員の中でもただ1人のその髪色はとても目立っていた。


「この色は生まれつきか?」


羽白は敬礼を続けながら王の問いに答えた。


「はい、陛下。私の生まれた村では赤子から老人まで全員この髪色です」


羽白の返答を聞いたウィザーリア王は、ニッコリと笑みを浮かべた。


「そうか、それで確信が持てた。どうやらシュナイダーの言う通りのようだ」


「えっ?」


シュナイダー…確か、ベルナデットのファミリーネームだ。彼女が何か自分の事について話をしているのだろうか?


「そなたに会わせたい者がいる。私と一緒に来てくれるか?」


「……?はい」


羽白は困惑しながらも返事をし、王に続いて演習場を後にした。




場内に入った羽白が通された部屋は応接間だった。

中には先客が2人いる。


「陛下!」


椅子に座っていた2人が王を見て立ち上がる。

若い魔術師の夫妻だった。

何度か彼らを場内で見かけた事があったのを羽白は思い出し、会釈をした。

夫妻もそれに応じて会釈をし返して来た。


「ああ、立たなくてよいのだ。待たせてしまってすまない。羽白も椅子にかけておくれ」


護衛が持って来た椅子に羽白は腰かける。


「さて、突然呼び立ててすまなかった。実は昨日、召喚士のシュナイダーから欠片に選ばれし少年を2人、異界より召喚したと報告が入った」


異界、と聞いた魔術師夫妻は困惑したように顔を見合わせている。

羽白もまだなぜ自分が呼ばれたのか気が付いていなかったが、次の王の言葉を聞いて息が止まりそうになった。



「その2人なんだが、そなたたちの縁者だとシュナイダーが申しておる。是非会って確かめてもらいたい」

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