27話 月の下の新聞売り
恵斗は夢の中ではなく、とうとう本当にウィザーリアに足を踏み入れた。
気が付いた時にいたのは夢でいた場所と同じく、ウィザーリア城に近い城下街の広場だった。
夢と違ったのは静まり返った夜だった事と、いつも広場で新聞を売っていた少年が恵斗に気が付いた事。
仕事帰りらしい彼が広場を通り過ぎようとしていた時に、恵斗がいる事に気が付き足を止めたのだ。
初めて目が合った新聞売りの少年・カトルは黙ったまま恵斗を見ている。
「………」
恵斗もどうしたらいいか分からずに黙ってカトルを見ていたら、カトルが恵斗のところに向かって歩いて来た。
もしかしたら気を悪くしたのだろうかと恵斗は身構えたが、近づいて来たカトルは特に怒っている様子はなかった。
恵斗と向かい合ったカトルは、何かに驚いたような顔をしている。
「…あんた、すげぇ綺麗な髪の色してんな」
恵斗の髪をしっかり見ようとしたのか。
キャスケット帽を取った彼は目を輝かせていた。
「え、」
何か文句でも言われるのかと身構えていた恵斗は、予想していなかった言葉に少し力が抜けた。
なぜか言葉が通じ、会話が成立するカトルはハッとした顔をして謝って来た。
「あ…、急に悪い。月明かりに映えてその碧い髪が透き通って見えてさ。上着も白いし、一瞬天使か何かが舞い降りて来たのかと思った」
学校の制服のまま召喚された恵斗の服装は今も全く変わっていない。
カトルにとって髪だけではなく、この服装も珍しかったらしい。
「て、天使…」
今までそんな事はもちろん言われた事がない。
恵斗は顔が熱くなるのを感じた。
「しっかし今日の月は綺麗だなあ」
ウィザーリア城の後ろに浮かんだ満月は静かに街を照らしている。
2人で月を見た後、恵斗は意を決して口を開いた。
「あの…変な事を聞くけど、ここはウィザーリア国で合ってる?」
「え?ああ。そうだよ」
恵斗の質問を不思議がる事もなく、カトルはサラッと答えた。
「ウィザーリアの王都・ルティウス市だ」
「ルティウス…」
恵斗はウィザーリア城をもう一度見る。
自分は本当にウィザーリアに来た。
この月の下に広がる国に、羽白と未斗がいる。
『安曇先生…俺、本当にウィザーリアに来たよ』
恵斗は安曇に想いを馳せながら、上着の胸の辺りをキュッと掴んだ。
「どっか遠くから来たのか?」
カトルの問いかけにハッとした恵斗は、彼の方に顔を向けた。
「あ、ああ…。…やっぱりこの髪の色って珍しい?」
目の前に立つカトルの髪は癖毛混じりの栗色だった。
日本にはあまりいないが、海外ではよくある髪の色である。だから特に気にしなかったが、恵斗の碧い髪はやはりこちらでも変わった色らしい。
「珍しいぞ。初めて…、あ、いや違うな。前にも見た事がある」
カトルは何かを思い出したように手をポン、と叩く。
「朝ここで新聞を売ってたら馬に乗った王立騎士団が通りかかったんだけど、その中に同じ髪の色の人がいた」
どっかから帰って来たばかりで全員兜を外していたから、1人だけ目立ってたぜとカトルは続けた。
「王立騎士団…?」
『安心して。羽白は生きているわよ。今は王室直属の騎士団にいるわ』
以前羽白の所在をベルナデットに聞いた時、そう返事が返って来た事を恵斗は思い出した。
「その人、いつ見たんだ!?」
間違いない。
カトルが見た碧い髪の騎士は羽白だ。
「えーっと…ひと月前くらいかな」
「ひと月前、」
かなり最近である。
羽白は本当に生きている。今すぐにその事を安曇に伝えたかった。
けど、今はそれが出来ない。
恵斗はやるせなさで胸がいっぱいになった。
「まあ、遠くから来たならゆっくりしてけよ。いい街だからさ。俺はカトル。いつも朝ここで新聞売ってるから、気が向いたら顔出してくれよ」
そう言ったカトルは「これやるよ」と、小さな紙に包まれた何かを恵斗の手のひらに乗せた。
紙を開くと中にはクッキーのようなものが入っている。
「ニキータが…あ、新聞売りの仲間が作った焼き菓子。美味いぞ」
「あ、ありがとう!…俺、恵斗って言うんだ。この街には叔父さんと双子の妹を探しに来たんだ」
「恵斗か…いい名前だ。早く2人とも見つかるといいな」
じゃあまたな、と言ってカトルは笑いながらその場を去った。
恵斗は手を振りながら、歩いて行くカトルの背中を見送った。
ウィザーリアに来て最初に話をしたのは、新聞売りのカトルだった。
きっとこれからこの街で、他にもたくさんの人に出会うのだろう。
恵斗は月を見上げる。
羽白の居場所は分かった。
あとは未斗がどこにいるのか…まだまだやる事はたくさんある。
「あ、恵斗!いた!よかったぁ」
広場の奥の方からベルナデットと蓮が走って来るのが見えた。
「ベルナデット!本宮!」
どうやら恵斗を探して回っていたらしい。
何とか2人と合流が出来た恵斗は安堵した。
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