19話 水の中

安曇から話を聞いた日の夜。

小瓶の首飾りを受け取った恵斗は手に持ったまま眠る事にした。

このまま眠れば、夢の中にも持って行ける気がする。

何となくそんな気がして目を閉じて眠りについた。


しかし恵斗が次に気がついた時にいたのは、いつものあの広場ではなかった。





どこかの空間に浮かんでいる。

水の中にいるらしい。不思議と冷たくはない。

そしてなぜか息が出来た。

口から出た空気の泡が、上の方に向かってゴボゴボと登っていく。


ここはどこなんだろう。


『恵斗』


名前を呼ばれた気がする。


声が聞こえた方に顔を向けると、水の泡の中に誰かがいるのが見えた。


『ほら見て、笑っているわ。あなたにそっくりよ』


『本当だ』


こっちを見て嬉しそうに笑う2人の大人がいる。

赤い髪の男の人と、青い髪の女の人だ。

それが誰かはすぐに分かった。


「とと様…、かか様、」


恵斗は泡に向かって手を伸ばす。

2人の声の他に小さい子どもの笑い声も聞こえる。


「…俺の声だ、」


小さい頃の自分の声の他にもう1つ、同じように小さい子どもの声がした。


『ととたま、だっこ』


『甘えん坊さんだな。おいで、未斗』


泡の中の父は、優しく笑いながら小さい女の子を抱き上げた。


「……未斗、」


ゴボ、と再び口から泡が出る。

父と母、未斗の姿は段々小さくなっていった。


とと様、かか様。

本当に生きていて欲しかった。


未斗。

今、未斗はどこにいるんだ?

今まで忘れてしまっていた、双子の妹。未斗は俺の事を覚えてくれているだろうか。


恵斗は目に涙を浮かべながら、ゆっくりと目を閉じた。




  

「恵斗!けーいーと!」


名前を呼ばれたあと、ペチペチと頬が叩かれた。


目を開けると、ベルナデットが恵斗の顔を覗き込んでいる。

いつの間にか恵斗はあの水の空間ではなく、いつもの広場の噴水の縁のところに倒れて眠っていた。


「ベルナデット…?」


「おはよう恵斗」


「…おはよう」


恵斗はのっそりと身体を起こした。


「目が濡れているけど、どうしたの?」


そう聞いた恵斗は焦って目の辺りを触る。


「なっ、なんでもない!」


何となく恥ずかしくて、恵斗は急いで目を腕で拭った。




「そう……思い出したのね」


恵斗はベルナデットに小瓶の首飾りを見せながら、安曇から聞いた話を少しだけ話した。


「羽白さんは生きてるのか?あんたなら知ってるだろ」


羽白と安曇は10年前にこの欠片を通してベルナデットと話している。安曇は羽白がベルナデットに頼み込んで元の世界に戻してもらったと言っていた。


「安心して。羽白は生きているわよ。今は王室直属の騎士団にいるわ」


「騎士団…?」


羽白が生きている、と聞いた恵斗はホッとした。

安曇に悲しい報告をしないで済む。

元の世界に戻った羽白は、村には戻らずに騎士団に入っているらしい。


「…まさか10年間ずっとこの街…えっと、ウィザーリアだっけ?」


「ウィザーリアは国の名前で、ここは王都のルティウスよ。羽白は帰って来てからずっとこの街にいるわ。まあ騎士団に入るまでには数年かかったけどね…どうしても騎士団でやらないといけない事があるんですって」


羽白が一体何をしようとしているのかは分からない。

けど、生きているなら会いたい。

それに安曇の事も話したかった。


「……羽白さんに会うにはどうしたらいいんだ?」


恵斗はまだ実際にウィザーリアにいる訳ではない。

あくまでこれはまだ夢の中なのだ。


「私が最初に出したヒントは覚えてるかしら?」


「ああ。安曇先生にこの世界の話を聞け、だろ」


「それもだけど、もう1つ出したわよ」


もう1つと聞いて恵斗は記憶を辿り、初めてベルナデットと会った日の事を思い返していた。


『あなたと同じ夢を見ている子がもう1人いるわ。すごく近くにね』


あの日、ベルナデットは恵斗と同じ夢を見ている子どもが他にいると言っていた。


『ヒントを言うと大体バレそうなんだけど。『同じ中学校の同級生』よ。これ以上は秘密』




「…俺の学校に、この世界の奴がいる、」


同級生に同じデザン大陸から来た人物がいる。

一体誰だ?


「その子と会った時に、扉は開かれるわ」


それまでまたね、とベルナデットは手を振る。

恵斗はまだ聞きたい事が、と言おうとしたが言う前に気が遠くなっていった。

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