18話 颯の願い

恵斗の母である、風の村の茅。

その弟の羽白。

2人の兄に当たり、茅とは1歳、羽白とは3歳歳が違うのが颯(はやて)である。3人兄弟だった。


10年前、茅とその恋人である彗が暮らす家を襲撃したのは風の村の若者たちである。

羽白とは別のグループと行動を取っていた颯は、周りに気付かれないように1人で先回りをして茅の家へ行くつもりだった。

しかし、些細な事からグループ内で仲間割れが起きてしまった。


「やめろ!」


斬り合いと飛び交う矢の中、止めに入った颯は腕に矢を受けてしまった。


「若!」


「若様…!申し訳ありません!」


颯が傷を負ったと知った若者たちはすぐに争いを止めた。


「若…すぐに手当を」


「いや…っ、いい。大丈夫だ…俺は少し休んでから行く。お前たちは先に行け」


腕から矢を抜いた颯は、若者の1人に頼み事をした。


「羽白に俺が怪我をしたと伝えてくれないか?」


「はい!」


返事をした若者は、森の中を走って行った。

他の若者たちも颯を心配はしていたが、命令通りに先に行く事にした。


ついに1人になった颯は、服の一部を引きちぎり腕に巻き付ける。


「よし、」


何とか1人になれた。茅、彗。

どうか間に合ってくれ。


颯は森の中を走り出した。




「颯様…!」


「兄様!?どうしたのその怪我!」


先回りが出来た颯は茅の家に無事に着いた。

5年振りに会う茅と彗は、颯が突然来た事に驚いた様子だった。


「颯様、入ってください!すぐに手当てを…」


家に入るように促してきた彗を制して、早く逃げるように颯は伝えた。


「俺は大丈夫だ…それよりも早く逃げろ!村の奴らが来る!」


「えっ!?」


村の奴ら、と聞いて驚く彗の後ろで茅は顔を強張らせていた。


「父上に2人が生きていると知られた…今度こそ2人を…、いや、子どもたちまで、」


その時ふと視線を感じて家の中を見ると、こちらの様子を伺う小さい2人の子どもの姿が見えた。

2人とも茅と同じ碧髪で、男の子と女の子だった。

女の子の方は目に涙を浮かべて男の子の背中に隠れている。


「…子どもたちは双子と聞いているが、今いくつだ?」


「4歳です」


年齢を聞いた颯は、自分の子どもである慎の事を思い浮かべた。


「そうか…、俺と凪の息子の慎と同じ歳だ。…死なせる訳には行かない。どこか隠れる場所はないか?」


「ならばこの子たちだけ先に…、裏に納屋があるので連れて行きます。恵斗、未斗、おいで」


彗は後ろで様子を伺っていた子どもたちのところへ行き、2人を抱き抱えた。


「とと様、どこか行くの?このおにいさんは誰?」


男の子の方…恵斗が彗に聞いている。


「君がおにいちゃんかな?」


颯に話しかけられた恵斗は頷いた。


「うん」


「そうか…また後でおにいさんと話そう。…彗、気をつけてな。もうそこまで来ているかも知れない」


「はい。すぐに戻ります」


恵斗と未斗を抱えた彗は、家の裏に向かい走って行った。


「茅、お前も今の内に早く支度をするんだ」


「兄様、」


その時、遠くの方でドォンと言う音がした。

それに併せて人の声もたくさん聞こえて来た。


「…、来たな」


颯は家の外に出て、外の様子を見る。

姿を見ないでも雰囲気で分かった。

村の若者たちがもう近くまで来ている。


「颯様!」


「彗、恐らくもう奴らが来る!俺が何とかするからその隙に逃げるんだ」


ちょうどよく帰って来た彗に、颯は逃げるように促した。


「颯様…、ありがとうございます。…俺と茅はとうに覚悟は出来ております。もし、俺たちに何かあったら子どもたちを…」


「馬鹿な事を言うな!!いいか、子どもたちと4人で生き残らないとならない。それに凪と…俺の息子にも会ってほしい。同じ歳だ…子どもたちはきっと仲良くなる」


「颯様、」


颯は彗の肩に手を置いた。


「彗、茅、あとでまた会おう。必ず」


「…はい」


「兄様…お気をつけて」


こうして颯は、彗と茅が見送る中家を後にした。

結果として、これが彗と茅と交わした最後の会話となった。


逃げ遅れたか、それとも自ら戦おうとしたのか。

今となっては分からない。


こちらに向かっていた仲間と合流した頃、茅の家を別の若者のグループが襲撃したと報告を受けて再び茅の家に向かうと家は既に赤い炎で包まれていた。

家の前では若者たちが集まって何かを口々に話しているのが見える。

颯は何も考えられなくなり、家の向かい側にある切り株に座り込んだ。

颯の元に、家の方から1人の若者が走って駆け寄った。


「颯若様、親は2人とも始末したそうです。今は子どもたちを探しています」


『始末』と言う言葉を聞いた颯はそうか、と呟いた後に搾り取るような声を出した。


「…なぜあいつらは火を付けた?そのような指示はしていない」


「始末した上で全て焼き払えと、長からご命令があったそうです」


「………父上、」


自分の父はどこまでも冷酷なようである。

自分の娘に対してもこれか。

颯はため息をついた。


その時、別の若者が焦った様子で走って来た。


「若!子どもが1人いません!!」


「何だと?」


どっちだ、と聞くと男の子の方がいなくなったと返事が返って来た。

脳裏に先程茅の家であった小さな男の子の姿が蘇る。


「手分けして探せ。子どもはまだ小さい。1人で遠くまで行ける訳がない…まだ近くにいるはずだ」


「はっ」


命令を受けた若者はその場から風のように走り去った。


とにかく、まずは羽白と合流しないとならない。

颯は最初に駆け寄って来た若者に問いかけた。


「羽白は今どこにいる?」


聞かれた若者は、気まずそうな顔をした。


「それが、少し前から行方が分からず…皆で探しているところです。報告では茅様を助けようと家に入り込んだとも…」


「…何だと?」


まさか。

思い当たる節があった颯は立ち上がり、家の前にいる若者たちの元へ走る。


「あっ、若様!」


後ろからは今話していた若者の声がした。





「誰でもいい。羽白を見た者はいないか?」


今の前で騒いでいた若者たちは、突然現れた颯を見て黙り込んだ。


「ちょうど羽白様の話をしていたのです!羽白様は、私たちを裏切り茅様を助けようと、」


若者の中の1人が何があったのかを話し始めた。


茅の家を襲撃している最中に突然現れた羽白は、木材を手に家に入り込み、若者たちに襲い掛かって来たらしい。

結果、腕と背中に傷を負い倒れ込んでしまった羽白をそのまま中に置き去りにしたまま火を放ったそうだ。


茅と彗と共にあの世に行くかと行く末を見ていた若者たちの目に飛び込んだのは、扉をぶち破って出て来た羽白の姿だった。

そのまま家の裏の森に向かって走って行ったらしい。


「…………」


家の裏には、彗が子どもたちを隠した納屋があるはず。

恐らくすんでのところで彗か茅から聞いたのか。


「羽白め…やってくれたな」


颯はニヤリと笑う。

言葉とは裏腹に、颯は『よくやってくれた』と羽白に対して思っていた。


「いいか…子どもは『恵斗』と言う名前だ。…羽白が連れている」


颯の言葉を聞いた若者たちからどよめきが上がった。


「森中をくまなく探せ!必ず見つけ出すのだ!」


便宜上羽白を探せと若者たちには命じたが、逃げ切ってくれと颯は願っていた。




颯から命令を受けた若者たちがいなくなった後。

颯は燃え続ける茅の家を見ていた。

その場に残った若者の1人が颯に話しかける。


「若。もう1人の子どもはいかがいたしますか?」


颯は少し考えた後に部下の問いに答えた。


「いや、村に連れて帰ろう……私の子として育てる」


颯のまさかの言葉を聞き、部下は思わず聞き返した。


「何ですって?」


茅の家を颯は見つめながら、部下に気づかれないように目に涙を浮かべていた。

結局2人を助ける事は出来なかった。

やるせない気持ちと無念さでいっぱいになり、今にも叫びたかった。


「茅、彗…、不甲斐ない兄ですまない…、」


颯はありし日の2人…5年前、夜明け前に旅立った茅と彗の姿を思い出していた。

森の中で燃え盛る炎を前に、颯は拳を血が滲む程に握りしめた。


「若様、羽白様とお子はまだ見当たりません。捜索は続けますか」


背後から若者の問いかけが聞こえたが、颯は燃え続ける家を見ていた。


「……引き続き探してくれ」


「はっ」


颯に命じられた若者は返答したあと、風のように去っていった。

颯は空を見上げる。



羽白は、彗と茅が残した2人の子どもの内の1人…恵斗を連れてこの空の下のどこかにいる。




「羽白……それでいい。逃げ切ってくれ。もう1人の子ども……未斗は俺が育てる。いつか再び会うその日まで、恵斗と共に何としても生き延びるんだ」

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