17話 もう1人の曾孫
恵斗が夢で見ている世界。
現実世界とは別の次元、すなわち異世界に存在する場所であるデザン大陸の中央に位置する王国・ウィザーリア。
恵斗がいつもいる王都の広場から遥か北には、雄大な森が広がっている。
その森の中にあるとある村で、1つの命が燃え尽きようとしていた。
「大ばば様……」
今にも天に旅立とうとしている老年の女性には
花信の最期を見届けるために、村中から人々が長の家に集まっていた。
「皆…、覚悟するんだ……大ばば様が旅立たれる時が近い」
長の絞りとるような言葉を聞いて、すすり泣く声が村人たちから響き始めた。
「母上……、」
長は涙ぐみながら、今にも旅立たとうとしている母・花信の手を握った。
その時。
突然花信がカッと目を見開いた。
「母上!!」
花信が目を開けたのを見た長は、驚きの声を上げる。
「あの子が生きておる」
花信は本当に死にかけていたのかと疑いたくなるくらい勢いよくむくりと上半身を起こした。
「大ばば様……!!」
「大ばば様が持ち直したぞ!!」
花信の様子を見た村人たちから歓声が上がった。
「なっ…、母上!お身体に障ります!」
突然起き上がった事を心配する長をよそに、花信は続けた。
「私の身体などよい!
「は、はい母上」
「生きておるのだ!私の曾孫が!!」
突然の花信の発言に長…浚や村人たちは困惑する。
「母上…一体何の話を…?」
その時、村人の1人がふと言った。
「曾孫って……
慎と未斗。
浚の長男・颯の子どもたちである。
花信にとっては曾孫に当たる。
「母上、2人なら昨日も来たではありませんか。今も近くに……」
きっと曾孫に会いたいのだろう。そう判断した浚は慎と未斗を呼ぶ事にした。
「誰か、慎と未斗を中へ…」
その時、浚を否定するかのように花信が遮った。
「慎と未斗ではない!…もう1人いるだろう」
もう1人。
それを聞いた村人たちからどよめきの声が上がった。
「母上?何を仰るのですか!」
村人たちのどよめきの中、花信は続けた。
「私には分かる……10年前のあの日、あの子は死んだとみな思っているだろう……」
「あの子…?あの子とは…?」
浚は怪訝そうな顔つきで花信を見る。
「忘れたとは言わせんぞ浚…、あの子は死んでなどおらん。必ず私のところに来る……恵斗は来る!!」
『恵斗』。
その名前を聞いた村人たちからどよめきが上がった。
「恵斗…!?母上!!!」
村人の中でも一番驚いたのは浚だった。
そんな花信と長の会話を、部屋の外から聞いている子どもたちがいた。
曾孫の慎と未斗である。
未斗は花信の話を聞いて、身体を震わせていた。
「未斗、」
慎は未斗の背中に心配そうに手を添えた。
「慎…大ばば様は何を言っているの?」
未斗の問いかけに慎は何も答えられなかった。
「未斗…落ち着け」
「だって今!大ばば様が、…恵斗が、兄様が生きているって…、そんな…!」
部屋の中からはどんどん大きくなる村人たちのどよめきと、2人の祖父である浚の声が聞こえて来た。
「母上、何を馬鹿な事を言うのです!!恵斗が生きているなどと!!」
全ての記憶を思い出した恵斗の頭の中は、どこかすっきりしていた。
10年前にここからいなくなった羽白は、自分の実の叔父だった。
そして両親は残念ながら亡くなっている。
それを知り胸が痛んだが、もしかしたら双子の妹である未斗は今でも生きているかも知れない。
あの夢の世界のどこかで。
「先生…羽白さんは今はどこにいるの?」
羽白はなぜここからいなくなったのか。
それがまだ分からなかった。
安曇は紅茶を飲んでひと息ついた。
「羽白は元の世界に戻ったわ」
恵斗は思わずその場に立ち上がった。
「先生を置いて!?だって恋人になったんじゃ、」
羽白と安曇は愛し合っていた。
なのに、離れ離れになったと言う事なのか?
10年もの間恋人と離れ離れなんて…何でそんな道を2人は選んだのだろう。
「未斗…あなたの双子の妹を助けたいって、そのベルナデットって言う人に頼み込んで欠片を使って戻してもらったの…私たちの事はいいのよ恵斗」
『準備はいいですか?』
『…ああ』
ベルナデットの問いかけに羽白が答えた瞬間、欠片から青い光が広がった。
あまりに眩しくて安曇は両目を瞑る。
『羽白!』
うっすらと目を開けると、光の先に街並みが少し見えた。
日本とは違う雰囲気の、西洋じみた建物が立ち並ぶ綺麗な街。
『これが、羽白の国…ウィザーリア…』
『ああ…これは王都だから都会だけど、俺の村はもっと北の田舎の方にある』
羽白は光の中に一歩足を踏み入れる。
『安曇…、必ずまたここに帰って来る…。その日まで恵斗の事を頼む』
『…分かったわ。…、』
その時、安曇は光の中に入ろうとしていた羽白の服を思わず掴んだ。
『……、安曇、』
振り返った羽白は光の中から部屋に戻り、安曇を強く抱きしめる。
見つめ合った後、羽白の顔が安曇に近付き唇が重なった。
『俺は…どんなに離れていても安曇の事を愛してる。だから、安曇も…』
羽白が言い終わる前に再び光が強くなる。
『安曇も俺を忘れないで』、と最後に言った羽白の言葉は今でも安曇の心の中にある。
羽白は光と共に消え、故郷に戻った。
それから10年もの時が経ったが、安曇は今でも羽白を愛していた。
「何だよそれ…、」
今、羽白が生きているのかさえわからない。
羽白がいなくなってから10年。
安曇はずっと待っていると言うのか?
もう戻らないかもしれない、愛する人を。
「先生は、それでいいの?」
そう言った後に恵斗は『しまった』と思った。
「あ、……その、それでいいの?と言うか、何と言うか……、羽白さんがもう帰ってこないかもしれないのに」
この質問は不躾だったかもしれない。
恵斗はしどろもどろになり追加の言葉を加えたが、全く意味がなかった。
「そうね。確かに羽白はいつか帰ると言ったけど……」
安曇は少し悲しそうな表情をしている。
「そんな、……」
「でも…、あれから10年も経ったけど、間違いなく彼はここにいたわ。それにね、羽白は今でも生きている…私には分かるの。今はそれで充分よ」
安曇は、箱の中に入っている装飾品を見る。
「これは全て羽白のものよ。あの日、庭で倒れていた時に持っていたの」
1つ1つ見ていた恵斗は小瓶のついた首飾りを手に取った。
「この欠片で羽白さんは元の世界に?」
「ええ。…羽白はそれをあなたが持っていたと言っていたわ。ベルナデットさんは、それには時空を行き来する力があるって…」
恵斗は欠片をもう一度見た。
「先生、その…もしかしたら信じて貰えないかもしれないけど、そのベルナデットって言う人の事…俺知ってるんだ」
「え?」
恵斗は、夢の中のあの世界の事を安曇に話す事にした。
羽白の事を受け入れた安曇なら、自分のこの話も真剣に聞いてくれる。そんな気がした。
恵斗は夢の中のデザンと言う世界の事、ベルナデットの事を満遍なく全て安曇に話した。
「そう…向こうの世界の夢を見ているのね」
話を聞いた安曇は落ち着いた様子で返してきた。
「信じてくれるの?」
恵斗は驚いていた。
「信じるわよ。あなたの事だもの」
恵斗はその言葉を聞いて、胸が熱くなった。
だいぶ後になってから、恵斗は初めてこの夢の話をしたのが安曇で本当によかったと思い返した。
もし違う人にこの話をして、否定をされていたら。
恵斗はきっと、それを受け入れてあの世界をただの夢だと思い続けただろう。
恵斗はこの世界の人間ではない。
夢の中に出てくる、あの世界---デザン大陸の人間なのだ。
叔父である羽白と、血を分けた『未斗』と言う名前の双子の妹がいる。
2人とも生きているのか、死んでいるのか。
どちらかは分からない。けど。
『俺はあの世界に行って、確かめないといけない。』
恵斗はそう決意を固めていた。
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