13話 最期の願い


「結果、俺は早々と気を失って何もする事が出来なかった。次に目が覚めた時には家の中の火が強くなっていて、茅も彗さんも血だらけで倒れていたんだ…」


羽白はそう言って頭を抱えた。





このままみすみす簡単に殺されるつもりはない。

しかし、背中と右手に未だに矢が刺さっている。

まともにはとても戦えない。

しかし、火の手は強くなってきている。

このままでは、茅たちとともに火の海に消える事になる。


「…それが俺の運命と言う事か」


そう呟いて起き上がった羽白は、家の扉の近くで倒れている彗を見る。

大量の血を流して、ぴくりとも動かない。

事切れているのは、一目瞭然だった。


「……」


血だらけの彗を見た羽白は、何も言う事が出来なかった。

羽白は5年前、村を旅立った日の朝の2人の顔を思い出した。


自分たち…風の村の村人が壊してしまった。

2人の幸せな時間を。

羽白は背中と右手の痛みに耐えながら、茅の元へ向かった。

茅も大量の血を流して倒れていた。

力尽きて茅の近くに倒れ込んだ羽白の目からは、涙が溢れる。

何も出来なかった自分への情けなさで、涙が止まらなかった。


その時。

羽白の泣き声が聞こえたのか、茅の指がほんの少しだが動いた。


羽白は目を見開く。

茅にはまだ息がある。


「茅…!?茅!分かるか!?しっかりしろ!!」


羽白は必死に呼びかける。


「……、羽白……来てくれたのね」


小さい声で茅が返事をした。


「茅……、ごめん、俺……何も出来なかった……っ」


羽白は再び泣き始める。

その様子を見た茅は静かに笑った。


「いいのよ羽白……私もあの人もお互いの村を裏切った身。きっといつか、こうなる運命だったのよ…」


「そんな事はない!!おかしいだろこんなの…っ」


ぼろぼろと泣く羽白を困ったように見たあと、茅は目だけを動かして恋人の方を見た。


「あの人も私も…もう助からない」


「そんな…、」


「けどあなたはまだ死んでは駄目。生きるのよ羽白、生きて幸せになるの…」


茅は血だらけの手で羽白の頬を撫でた。


「嫌だ……俺も茅と一緒に行く」


「…駄目よ、」


「もうたくさんなんだこんなの!!」


「羽白…、」


茅も彗も村同士の諍いが原因でこんな事になってしまった。

きっと父は、茅が死ぬ事に何の疑問も抱かないだろう。


「茅がいなくなるなら生きていたって無駄だ!!それに俺は、どちらにしろ裏切り者として殺されるだろう…なら今ここで…」


「駄目よ…そんな事は私も天国のお母様も許さないわ。あなたは生きるのよ」


幼い頃に病で天国に旅立った母の事を思い出した羽白は、何も言えなくなった。

母が生きていた頃は、父も今程冷酷ではなかった。

母が今も健在だったら、もしかしたらこんな事にはならなかったのかも知れない。


「…卑怯だ…母様の名前を出すなんて…っ…」


羽白がぽつりと呟いた。


「それに羽白…、兄様だっているでしょう」


「…兄上は、一緒にいた奴らと斬り合いになって…」


羽白の言葉に茅は眼を見開いた。


「そんな…、…いいえ、兄様は、きっとまだ生きているわ…あの兄様が、凪姉様を残して死ぬわけがないもの…」


「…、分からないだろ、」


「分かるわ」


だから、死んでは駄目と茅は続けた。


「聞いて羽白…最後のお願いがあるの」


「最後だなんて言うな…っ、」


茅はぼろぼろと泣く羽白に何かを耳打ちした。


「え……」


茅の話に、羽白は驚きの表情を浮かべた。


「村の人たちが来る前に、最期にあなたに会えてよかったわ。…あとは頼んだわよ羽白、私たちの分まで生きて…幸せになってね」


そう言って茅は羽白の頬に添えていた手を下ろし、ゆっくり目を閉じた。


「…茅、駄目だ!」


「ありがとう…羽白…」


それが茅の最期の言葉だった。


「茅!!」


息を引き取った茅を見てひとしきり泣いた後に、羽白は起き上がった。

背中と右手の矢を無理やり引き抜く。

背中はかなり痛いし、右手も痛みであまり動かせない。


けれど、ここからは早く出ないといけない。


茅の最期の願いを聞いた羽白は、火に燃える家から飛び出し、裏にある森の中に向かった。


「羽白様が生きているぞ!!」


「おのれ、裏切り者め!」


「長の息子だからとて許さんぞ!!」


羽白が家から出て来たのを見た村人たちが口々に叫んだ。

羽白は茅の最期の言葉を思い出す。


『村の人たちが家に来た時に、あの人が森の奥の納屋に急いで行くように言ったの。今もきっと納屋にいるわ…お願い…見つかる前に助けてあげて。私達の代わりに』


急がないとまずい。

羽白は力を振り絞って走った。

何とか追っ手を撒いた羽白は、視線の先に小さい小屋のようなものを見つけた。


「あれか……!?」


足早に小屋に向かった羽白は、小屋の扉を勢いよく開けた。


中にいたのは。





「まさか、恵斗?」


安曇は羽白に聞く。


「ああ……双子の…妹と一緒に隠れてた」





妹を庇うようにして隠れていた恵斗は、扉を開けた羽白を見て質問した。


「お兄さんも悪いひとなの?」

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