10話 時間稼ぎ
「…颯様、しかし、そのような事をしたら颯様たちもただでは、」
颯の提案を聞いた彗が心配そうな表情を浮かべた。
「とうに覚悟は出来ている。俺たちは俺たちで何とかするさ。もし2人が生きていると知られても、しばらくは時間稼ぎが出来る…その間に遠くへ行くんだ。いいな」
「颯様…」
「君なら大丈夫だ。…妹を頼む」
颯は彗に深く頭を下げた。
「はい。ありがとうございます、颯様」
彗も颯と同じように頭を下げた。
「
「茅、彗なら安心してお前を任せられる。息災で暮らすんだぞ」
颯は茅の肩に手を置く。
「はい…!」
「安心しろ茅。今生の別れではないと信じている。落ち着いたら連絡をしてくれ。羽白と凪と一緒に会いに行く」
「はい、兄様」
茅はこくこくと頷いた。
「元気でね!茅!」
凪は涙ぐみながら、茅をぎゅうっと抱きしめた。
茅も同じように目に涙を浮かべている。
「兄様、凪姉様…ありがとうございます。お2人も元気でいてくださいね」
そう言った茅は、久しぶりに颯に笑顔を見せた。
「………」
羽白はと言うと、変わらず扉にもたれかかっている。
近づく姉との別れに複雑な感情を抱いていた。
『勝手にしろ!!』
先程微塵にも思っていない事を茅に言ってしまい、後悔の波が押し寄せていた。
茅はどう思ったのだろうか。
などともやもやと考えていた羽白に、茅は優しく声をかけた。
「羽白」
茅に呼ばれた羽白はハッとして顔を上げる。
「…、茅、」
茅は笑いながら羽白にかけより、優しく抱きしめて来た。
「茅、ごめん…俺、」
羽白は彗について問い詰めた時の事を謝った。
「俺…、あんな事言ったけど、本当は…、」
「いいのよ…全部分かってる」
そう言って茅はぽんぽん、と羽白の頭を撫でた。
羽白は堪らなくなって、茅を抱きしめ返した。
茅と羽白は2歳差だが、身長はとうに茅の背を羽白が越えている。
茅はすっぽりと羽白の胸に収まった。
「大きくなっても甘えん坊ね」
くすくすと茅が笑う。
「…会いに行くまで、絶対に生き延びろよ」
「うん」
茅と抱きしめ合った羽白は、彗をまっすぐ見た後に頭を下げた。
「茅を…よろしくお願いします」
彗も同じように、深く頭を下げる。
「…はい。この命に懸けて守り抜きます」
その後、颯たちは2人を森の外れまで見送った。
彗と茅は森の外へ続く道を歩きながら何度も振り返っていた。
茅は手を千切れそうな勢いで振り続け、彗も何度もお辞儀をしている。
2人の姿がやっと見えなくなった頃、颯は空を見上げる。
「長い夜だったなあ」
明るくなり始めた空を見て颯は呟いた。
颯の横で凪もふわあああと欠伸をしている。
「兄上」
「ん?」
「…どうして、彼を助けたんですか」
羽白は密かに疑問に思っていた事を颯に尋ねた。
颯は不思議そうな顔をして答える。
「お前だって助けただろう」
「俺はっ、…兄上に従ったまでです」
それに茅が彼に会えて嬉しそうだったし、とボソボソと呟く羽白を見て颯は苦笑いを浮かべた。
「確かに俺の立場からしたら、本来であれば彗と茅を父上のところに突き出さないとならない」
「……」
「けれどもし俺が2人と同じ状況だったとしたら…間違いなく俺も、彗のように恋人…凪のところに乗り込んだだろう」
そう言った颯は悪戯っぽく笑った。
「それだけの事さ」
「兄上…」
「やだ颯ったら!だいたーん!!!」
その恋人である凪が颯の発言を聞いてふふっと嬉しそうに笑いながら、颯の背中をバシバシと叩く。
居た堪れなくなったのか、颯は顔を赤くした。
「とにかく!…お前にもいつか分かる時が来るさ。愛する相手が出来たらな」
東の空が明るくなり始めている。
間もなく夜が明けようとしていた。
*
結果、颯の言う『時間稼ぎ』はその後5年もの間続いた。
茅が彗と一緒に峠から飛び降りた、と言う話を聞いた父を始めとする村人たちは2人の身体を探しに峠まで向かったが、あまりの峠の深さにまず2人は見つからないと言う判断が下された。
そして峠の近くには茅と彗の荷物もあったため(颯がわざと置いたものである)、飛び降りたのは間違いないだろうと言う結論に至ったのであった。
その『時間稼ぎ』が終わったのは、風の村に立ち寄った国中を旅していると言う旅人の発言によってだった。
その旅人は、もてなした村人にこう言ったのだ。
『遠く東の森で道に迷って死にかけた時に、碧髪の双子に助けられた』と。
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