11話 東の果ての森

デザン大陸中を旅していると言う若い旅人は、雪溶けが始まり春が近づいた頃ウィザーリア王国に足を踏み入れた。

国の北側に広がる森の中を1人歩いていた旅人は、風の村に辿り着いた。

遠くから村を訪れた客人を長を始め村人たちはもてなし、旅の道中の話を聞いて盛り上がった。

数日滞在した旅人は、再び旅に出る前夜の食事の席でふと思い出したように長に尋ねた。


「碧髪の部族はこの地以外にもいるのですか?」


碧髪…風の村の村人の特徴である。

赤子から大人に至るまで、全員が涼しげな緑がかった青い髪をしていた。

話を聞いた長は怪訝そうな顔つきをした。

碧髪はこの村特有の髪色のはずである。

他の土地に同じ髪色の人間がいるなどと言う話はこれまで聞いた事がなかった。


「いいえ…我が村だけですよ」


長が旅人に答えると、今度は旅人が不思議そうな顔つきをした。


「…実は、」


旅人は神妙そうな面持ちで話し始めた。


この国に来る前、東の果ての森の中で道に迷ってしまった旅人は途方に暮れていた。

食糧も尽き、ついに命までも尽きるのかと頭をよぎった時。


「おにいさん、大丈夫?」


倒れ込み、意識が朦朧としていた旅人が目を開くと目の前に4歳くらいの小さな子どもが2人立っていた。

男の子と女の子だ。

女の子は男の子の背中に隠れて旅人の様子を伺っている。


「おにいさん、聞こえてる?」


男の子の子どもが旅人に話しかける。


「あ、ああ…」


旅人は自分でも驚くくらい掠れた声しか出ず、返事をするのもやっとだった。


兄妹らしきその2人はその後旅人の足を引っ張り、自分たちの家まで引きずるようにして連れて帰った。

家に着くと、兄であろう男の子の方が自宅にいた両親を呼ぶ。


「ととさま、かかさま!おにいさんが倒れてたー」


子どもたちが引きずって来た旅人を見た両親は驚き、家に上げて介抱をした。

少し元気になった後、旅人が事情を話すと当分の食糧や道具を恵んでくれた上、一晩家に泊まらせてくれたそうだ。



「どんなに救われたか…、最初子どもたちを見た時は、天使が降りて来たのではないかと思ったくらいです。その子どもたちが双子のようなんですが、2人とも皆さまと同じ碧髪だったのでもしや同じ部族か、あるいは縁者ではないかと思いまして…」


その話を聞いた長は目を見開き、その場にいた村人たちはどよめき始めた。


碧髪の小さな双子。

生まれ得る要因が1つだけあった。


「……まさか、…長!」


長の近くにいた村人が声をかける。

その場にいた全員が同じ疑問を抱いていた。

長は恐る恐る、旅人にある質問をする。


「…旅のお方、その子どもたちのご両親はどんな髪色でしたか?」


「はい。父君は燃えるような赤髪で…母君の方は皆さまと同じ碧髪でした」


旅人の返答を聞いた村人たちはざわつき、長は思わずその場に立ち上がった。


「おのれ…!生きておったのか!!茅!!」




東の森で旅人が会ったのは、5年前に自ら命を絶ったと思われていた風の村の娘・茅と、その恋人である星の村の青年・彗。

そして2人の間に生まれた双子の子どもたちであった。







夜の公園のベンチに座る羽白と安曇に、そよそよと夜風が当たる。


「……じゃあ、恵斗は双子なのね?」


「…ああ」


羽白は頷いた。


「…本当は、2人とも連れて来たかったけど…あの時は、恵斗だけで精一杯だった」


ここに来た時、恵斗は羽白が守ったおかげか無傷に近かった。しかし羽白はかなり酷い怪我をしていた事を安曇は思い出した。


「……旅の人には悪気はなかったのは分かってる。村の事情なんて知る訳がないからな。けど、茅が生きていると知った父は……」




旅人が旅立ったのを見送った後、長は直ちに動いた。

颯と羽白を始めとした村中の若者を呼び出し、こう告げたのだ。


「茅が生きておった…何としても村の掟を破った茅を探し出せ。相手の男と子ども共々息の根を止めるのだ!」





「そんな…!!」


自分の娘なのに、と安曇は呟いた。

羽白は星が光る空を見上げる。


「恐ろしい人だよ……掟のためなら、例え実の娘でも躊躇なく手にかけるんだからな」



茅が危ない。

颯と羽白は父や他の村人に知られないように秘密裏に話を進める。


「いいか羽白。俺が何とかして茅の家に先回りして、彗に詳細を知らせる。お前は他の奴らと行動を共にするんだ。俺たちが2人とも妙な動きをする訳にはいかないからな」


「はい、兄上」


「何かあったらすぐに知らせる。お前も何か変わった事があったら教えてくれ」


そう言った颯は、何とか適当な理由をつけて先に村を出た。


「………、茅、」


颯が向かったのだから、きっと皆助かる。

その時の羽白はそう思っていた。

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