9話 旅立ち
羽白の姉であり、恵斗の母親である茅。
彼女が恋に落ちた相手は、敵対する星の村の青年だった。
しかも茅も相手の青年もそれぞれの長の一族…何があっても恋仲など許される事のない相手同士であった。
「やっちまえ!!」
「この赤髪のクソガキ!俺が殺してやる!!」
村に乗り込んで来た茅の恋人は、殺気立った村人たちにあっという間に囲まれてしまった。
全員茅の恋人に向けて罵声を浴びせている。
颯は人混みを掻い潜り、青年の元に向かった。
「やめろ!!皆やめるんだ!!」
颯の声がその場に響く。
その声を聞いた村人は全員静まり返った。
「……!」
颯の声に静まった村人たちを見た青年は、驚いたような顔をしている。
「若!!」
「颯若様…なぜ止めるのです!」
村人たちの怒りはすぐに治らないようだ。
颯は青年を庇うように前に立ち、村人たちに静かにこう言った。
「…皆今すぐ武器を下ろせ。今夜は父がいない。無用な戦いは起こすな。この者とは俺が話す…分かったら各々この場から去れ」
「本当は、茅の恋人を一発殴りたかった」
羽白は静かに呟いた。
「けど、敵の村に1人で乗り込んで来た気迫に押されてしまって…、かっこ悪いよな」
「…かっこ悪くなんかないわ」
それだけ茅が大事な存在だったと言う事なのだから。
安曇はそっと羽白の手に自分の手を重ねた。
羽白は安曇の手を優しく握り返す。
「…兄上の指示に異を唱える者もいた…けど、結局全員従った。その後俺たちで口裏を併せて、何とか茅を連れ出して秘密裏に2人を逃したんだ」
「……村の者が無礼を働いて済まない。少し手傷を負われたようだな」
颯は青年の方に向き直り、声を掛けた。
「いいえ…俺がこのような深夜に突然来たのが悪いんです。助けて頂きありがとうございます。…ご迷惑をおかけして申し訳ありません。俺は…星の村の
星の村の青年は、申し訳なさそうに頭を下げた後に名を名乗った。
「…その剣の紋章…星の村の長の家系の者だな?」
「!」
颯は彗の腰にある短剣を見て尋ねた。
颯の言葉を聞いた彗の顔が強張る。
「大人達に囲まれながらも剣を抜かなかったのか?」
「…これは護身用ですが、戦いに来たわけではありません」
彗は俯きながら答えた。
「そうか…、申し遅れてすまない。俺は風の村の颯。…茅の兄だ」
「!!……、」
茅の名前を出した時、彗は反応した。
「茅の相手は君で間違いないな?」
颯の問いかけに、彗は静かに答えた。
「……、はい」
父にこの事が知られたら間違いなく2人は命がない。
颯たちは恋人を茅が監禁されていた小屋まで気づかれないように連れて行った。
「2人は運命を悲観して峠から身を投げた事にする」
「え?」
会えるとは思っていなかったのだろう。
喜びの涙を流しながら彗に抱きついた茅は素っ頓狂な声を上げた。
「……、兄上、父上や大人たちがそれで納得するでしょうか、」
小屋の扉に寄りかかり、羽白は颯に聞いた。
「…もしかしたらすぐに気がつかれるかも知れん。だからなるべく早く村から離れるんだ。最悪国から出てもいい」
これが得策かどうか。
その場にいる全員、すぐに判断は出来なかった。
しかし時間がない。
それくらいしか今の颯たちには出来る事はなかったのだ。
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