第六話

【第六話】


 今日は『ユルルンマーケット』に来ている。ニヒルも一緒だ。


 正直、こいつと一緒に周りたくない。報復しに来たプレイヤーとしょっちゅう殺し合いが始まり、その度に足が止まる。


「ニヒル、今日こそは許さん!」


「また殺されに来たの?」


 ほら、また始まった。

 

「ええい、死ねえ!」


 襲撃者が剣を取り出し、ニヒルに切りかかる。


 そこそこ人通りの多い市場内でこんなことをしている。しかしみんなも慣れたもので、特に騒がずそそくさと俺たちから離れる。


「学習しないのかなあ?」


 ニヒルがさっと腕を振るう。


 襲撃者の脳天にナイフが刺さる。


 あっけなく倒れ、市場に遺体が一つ増えた。


「お前どんだけ恨まれてるんだ?」


「わかんない。こっちは頼まれて暗殺してるだけなんだけどなあ…」


 どの口が言うんだか。ガイアみたいなプレイヤーをカモ扱いしているくせに。


 殺し合いが終わると、俺らを避けていた人混みは元に戻った。


 OSOでは、これほどまでに死が身近にある。俺もこの間リスキル祭りに遭って痛感させられた。


 あの後結局、リザードマンのボスは倒され、『水晶の洞窟』はダンジョンでなくなった。


 生まれ変わった『水晶の洞窟』は謎水晶の採掘場として盛況らしい。俺が一芝居打った甲斐があったというものだ。


「よし、着いたな」


 適当な会話をニヒルとしながら市場を進むこと数分。目的の露店に到着した。


「やあ、トーマ君。私の露店にようこそ」


「お邪魔します」


 彼はカデン。その名の通り家電を作ることができる生産職のプレイヤーだ。


 家電を愛して止まない彼は、OSOの世界でも家電を普及させようと、【スマートライフサポーター】と呼ばれる、材料から家電を生産するスキルを持っている。


 もちろん、電子部品や液晶などの素材はこの世界では手に入らないので、スキルの力で代替材料を使用すればオッケーらしい。


 彼は正式リリースからの参加、いわゆる第二陣だが、家電に必要な素材が多岐に渡るので、素材の売買を行うため多くの人とのコネを持っている。


 カデンは『ユルルンマーケット』の誕生を聞きつけ、いち早く露店を出してくれた。また、彼のフレンドにも声をかけてもらい、マーケットへの出店を呼び掛けてもらった。


 彼がいなければ、こんなに早くマーケットが発展しなかっただろう。まさに、足を向けて寝られない存在だ。


「色んな家電があるよ。あんまり売れないからね」


「きっと家電の良さに気付いてくれる人がたくさんできますよ。俺がその一人だったんですから」


 悲しいかな。家電はマイハウスに置くためのアイテムなので、まず第一として家を所有する人しか買わない。


 さらに、OSOでは味覚がないので、食べ物を食べても味がしない。空腹度の概念はあるのだが、どんな味でも食料を腹に詰めればよいので、料理に必要な家電は軽視されている。


 これらの理由により、家電が売れないのだ。


「こんにちはー。ニヒルって言います」


「ニヒルって、あのニヒルさん?僕誰かに恨まれるようなことしましたか?」


「別に依頼があったから来たってわけじゃないよ。トーマの付き添い」


「ニヒル。どれだけ悪評を重ねてきたんだ?」


「こんなに恐がられるようなことはしてないんだけどな」


 実はとんでもないやつなんじゃないか、ニヒルって。付き合い方を改めた方がいいか?


 でも俺は俺で、『水晶の洞窟』の一件から悪い意味で有名になり、顔見知りのプレイヤーからは「水晶の」なんて呼ばれるようになったので、今さらどうでもいいか。


 さて、周りに目を移すと、様々な家電がシートの上に置いてある。カラーバリエーションが豊富で、数が多い。そのため、シートの隅でカデンが窮屈そうに立っている。


「じゃあ、これとこれと、これとこれ下さい」


「ありがとう、そろそろ自分の作った家電で足の踏み場がなくなりそうだったから、買ってくれて嬉しいよ」


 じゃあ作るのやめればいいのにと思ったが、家電を愛して止まない彼には酷なお願いだろう。


 俺は白の冷蔵庫と白の電子レンジ、白のオーブンと黒いラジオを買った。


 白が多いのは家の壁が白だからだ。無難に白にしとけばいいだろうという魂胆だ。


 また、無線なんて流れていないので、ラジオは今のところ、雑音の出るガラクタである。まあ、誰かがラジオ局を作ってくれることを祈ろう。何年後になるか分からないが。


「私も買っていくよ。これとこれちょうだい」


「ニヒルさんも買ってくれるんですか!?ありがとうございます!」


「ニヒルでいいよ。それより、フレンドにならない?カデンの家電、気に入ったよ」


「ありがとうございます!」


 ああ、心優しいカデンさんがPKプレイヤーと繋がってしまった。ま、いっか。


「それじゃあ、ありがとうございました」


「ありがとう」


「こちらこそ、ありがとうございました、トーマ君、ニヒルさん!」


 礼を述べて、彼の露店を後にする。


 これで後は家に戻るだけなのだが………。


「キエエエエエエエッッ!!!」


 奇声を発しながら新たな襲撃者が現れた。本当に、どれだけ恨まれてるんだ、ニヒル?


「うるさい」


 すかさずナイフを構えるニヒル。


 まあ、時間がかかるだけで、死ぬようなことはないかと思って眺めていると、


「ちょっとちょっと、何やってるの!?」


 やばい、ハッパが来た。


 彼女は自らの正義を振りかざしたいがために、マーケットが出来ると同時に、『治安維持隊』と呼ばれる自警団のようなものを作り上げた。


 『治安維持隊』は、市場で起きたプレイヤー間の争いごとを仲裁したり、犯罪を取り締まったりといったまともなことをしているのだが、リーダーのハッパに問題がある。


 彼女は特に人の話を聞くことなく、爆発魔法をぶっ放すのだ。 


 他の隊員は本当に真面目にやってくれているのだが、彼女が関わると碌なことにならない。


「『爆破の魔女』が来たぞ、逃げろ!」


「総員、物陰に隠れろっ!」


「姿勢を低くして防御態勢を取れえ!」


 周りのプレイヤーたちの大きな声が飛び交う。


 ハッパはマーケットであまりに好き勝手しているので、プレイヤーたちから『爆破の魔女』という異名がつけられた。


「喧嘩両成敗!」


「死んでたまるかっ!」


 彼女との対話は不可能だ。とりあえずで爆発させるからだ。


 よって、死なないための行動に移る。


 爆発地点を視界に入れると失明するため、おおよその場所を推測する。


 襲撃者とニヒルの中間くらいの位置だろう。そこから少しでも離れるために、頭からダイブするようにして回避する。


「どかーん!」


 爆発する!


 俺はうつぶせになりながら、両腕を頭の後ろに組み、来る衝撃に備えた。


バアアアアアアアッ


 もはや当たり前のように、鼓膜が破れる。目をつぶっているので周りの状況を知る術が絶たれた。


 恐る恐る目を開く。周りは砂煙でいっぱいだ。


 組んでいた腕を前に持ってくる。よかった。両腕はある。


 よし、爆死はしなかったみたいだ。立ち上がって片づけをしないとな。


 あれ、あれ?


 両手をついて立ち上がろうとするが、上手くいかない。どうしてだろうか。


 しばらくひょこひょこと立ち上がるのに苦労していると、砂煙が晴れた。


「トーマ?トーマ!」


 あれ、ニヒルの声がする。右からだ。


「トーマ!」


 視界に彼(彼女)が飛び込んでくる。


 無事だったみたいだな、ニヒル。


 何故か立ち上がれないんだが、どうしてだか分かるか?


「そりゃあ立てないよ、トーマ……」


 え、どうしてだ?


「足が、足が無いんだもの……」 


 OSOには痛覚が無い。


 よって、両足を吹き飛ばされても、すぐにはわからない。


「ニヒル」


「何?」


「俺の家具を後で持ってきてくれ」


「分かった」


「それじゃあ、介錯を頼む」


「うん」


 そして四肢が欠損した場合は、一部のスキルで回復することができるが、基本的には死んだほうが速い。


 ニヒルに背中を刺してもらって、苦しまずに死に戻りする俺なのだった。

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