第五話

【第五話】


「よし、こんなもんだろ」


 俺は【魂の理解者】で配下にしたリザードマン"(悪)"たちを従え、『水晶の洞窟』の奥地を進んでいた。


 現在、『水晶の洞窟』は攻略し尽くされ、ボスは倒せるくらいの強さだけど倒さないで放置して、無限に湧く魔物を狩りまくってアイテムを大量ゲットできる穴場!という状態になっている。


 しかし、本当にこのままでいいのだろうか。


 現実として、このダンジョンに出るでかいコウモリやでかいトカゲ、リザードマン"(悪)"の素材は腐るほど流通している。そのため、冒険者ギルドでこれらの素材を売っても二束三文にしかならない。


 このような事態を受けて俺は、もうダンジョンをクリアしてしまって、普通の洞窟にしたほうがいいのでは、と思い至った。


 『水晶の洞窟』には、謎原理で発光している水晶が埋まっている。ダンジョン内のこれを採掘してもアイテム化しない。どうやら、ダンジョンの構成要素の一つとしてみなされているかららしい。


 だからダンジョンでなくして、いっぱい採掘しよう。その方が儲かるからな。


 そんな訳で、遥々『水晶の洞窟』までやってきた。


 洞窟の入り口付近と奥地で出てくる魔物の種類に差はないので、大概のプレイヤーは浅いところで狩りをしている。よって、奥地でリザードマン"(悪)"を従えていても怪しまれることはない。


 よし、最深部に着いたな。


 洞窟の最深部は広い空洞状のスペースとなっており、奥には大きな地底湖が広がっている。そして、地底湖の岸辺でボスのハイリザードマン"(悪)"と戦うという仕組みだ。


「キシャアアアアッッッ!」


 こちらを認識したボスが威嚇する。 


「やれ、リザードマン"(悪)"たち。死なない程度にボコボコにしろっ」


「キシャアアッ!キシャアアアアッッ!キシャアアッッッ!!」


 俺の指令に応じたように、大勢のリザードマン"(悪)"が威嚇する。めちゃくちゃうるさい。


 そこからは、見るに堪えない戦いが繰り広げられた。数十匹もいるリザードマン"(悪)"が一匹のハイリザードマン"(悪)"を一方的に殴り続け、ものの数分でボスは虫の息になった。


 やはり、数は力だ。


「ま、待て、お前ら、やめ!」


 思わず殺してしまいそうだったので、急いでストップさせる。


 俺は静かになった岸辺を歩き、ボスの前まで到着する。


 ボスは体中が傷つき、肩で息をしている。ハイリザードマン"(悪)"は、簡単に言うとかなりでかいトカゲ人間だ。満身創痍でも威圧感がある。 


 それでは、失礼して。


 ボスの胸に手を突っ込み、奥にある魂を引き抜く。俺の魂を混ぜ、再び戻す。


 これで操り人形が一体増えた。


 俺のスキルはボスなどの格上の魔物に対しても有効だ。瀕死にさせて近づけさえすればこっちのものだ。


「それじゃあ、ボスよ。洞窟の入り口まで向かえ」


 まあ助からないと思うがな。


 この作戦を決行するに当たって、重要なことが一つある。


 それは、俺が黒幕であることを気付かれずに、誰かがボスを倒さざるを得ない状況を作らなければならない、ということだ。


 俺が普通にボスを倒してダンジョンを崩壊させてしまうと、まず間違いなく多くのプレイヤーの恨みを買う。そうなると地獄のリスキル祭りが開催される。これだけは絶対に避けたい。


 じゃあ、ボスを倒した後に自害して街に戻ればいいのでは、と思うかもしれない。しかし、それは悪手だ。ダンジョンが普通の洞窟になると、勝手に攻略した不届き者の捜索が始まり、それが俺であることがばれると、やはりリスキル祭りに遭う。


 そこで3つ目の案、俺のスキルでボスを使役して入り口付近のプレイヤーに倒してもらう、だ。


 浅いところで狩りをしているプレイヤーたちはもちろん、ボスに挑みに来ているわけではない。なので、ある程度舐めた装備で洞窟に来ている。


 そこに負傷しているとはいえボスが強襲してくるとどうなるか。プレイヤーらはボスに追われるようにして出口に逃げるだろう。


 このダンジョンは初心者が戦闘に慣れる修練の場としても使われている。そのため、初心者がかなりの割合を占めているのだが、たまに戦い方を指南するために、上級者が同伴することがある。


 つまり、ボスから逃げてきた初心者たちを守るために、その一部の上級者がボスを倒さざるを得ない状況を作り出せるというわけだ。


 まあ、都合よく上級者がいるとは限らないので、初心者を蹂躙しながら出口まで着いた場合は、山頂のリザードマン"(善)"の集落に突っ込ませて死んでもらおう。


 この作戦の利点は、大量の犠牲者が出ると予想されるので、俺が自害してダンジョンの入口なり街なりに戻ってきても、被害者ぶることができるという点だ。これが意外と大きい。リスキル祭りに遭う危険性がぐんと減るからな。


 しかし、利点の中に欠点が隠れていて、それは『水晶の洞窟』がダンジョンのままで自害すると、『デスペナルティの緩和』で入口に戻ってきてしまうという点だ。


 これによりダンジョンの入口に死に戻ってきたプレイヤーの中で、犯人探しが始まってしまうのだ。


 なので、『水晶の洞窟』がダンジョンでなくなるまで、俺は生きている必要がある。


 まあこれは簡単だろう。今の俺にはリザードマン"(悪)"の群れがついている。ここでこいつらと戯れて時間を潰すとしよう。


 俺は配下たちに楽になるように命じ、地面に座り込んだ。


 ふう。何気に初めてのダンジョン攻略だったが、何とかなったな。


 こうやって油断していたのがいけなかったのかもしれない。


 道中、配下を増やすためにリザードマン"(悪)"同士で戦わせたこと。そして、最深部で彼らの長と戦わせたこと。


 小さな魂の反発が、積み重なって大きなものとなったのかもしれない。


「キシャアアッ!キシャアアアアッッ!キシャアアッッッ!!」


「こいつら、俺に逆らおうっていうのか!」


 指示を無視した配下たちが、俺を睨みつけてくる。


 ちくしょう、反乱だ!魂による洗脳も万全ではないということか!


「死んでたまるか!」


 俺は出口に向かって走った。


 悲しいかな。人間とは弱く、脆い。


 戦闘民族のリザードマン"(悪)"たちにすぐさま追いつかれた俺は、ボコボコにされて呆気なく死んだ。 


 その後、ダンジョン前でリスポーンした俺は脇目も振らずに逃げ出した。


 しかし、その様子を目撃されており、俺はダンジョンボスをおかしくした被疑者の一人になった。


 そこからバレるのは早く、何も考えていないグレープ氏から、


「トーマのスキルは使役系らしいぞ!一度ウルフを連れてるのを見たからな!」


 という証言が出てきたため、犯人と断定された。 


 俺は詰め寄ってきたプレイヤーたちに、


「で、でも誰かがする必要があったんだ!あそこがいつまでもダンジョンのままだと我々の発展は妨げられたままだ!いわば必要悪だったんだよ!」


 と弁解するも、自白とみなされ、無慈悲にもリスキル祭りが執行されるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る