第12話 親子喧嘩

「ルイーゼ! 良かった。無事だったか。もうあんな男のところに嫁になんか行かなくていいぞ。さあ、帰ろう」


ロバートは娘の姿を見て、目尻を下げた。生きていてくれて本当によかったと思った。


そんな父に対して、娘からの容赦ない自己主張が幕を上げた。


「お父様、私は帰りません。ここに残って、自分の意思で人生を生きて行きたいです」


ロバートの頭は一瞬真っ白になったが、世間知らずの娘をこんなところに残してはいけない。


「何を言っている。貴族の生活に慣れたお前が、一人で暮らしてなんていけないだろう。おい、お前たち、ルイーゼを連れて帰るぞ」


「ああ、お父様、やはりご自分の思い描いた通りに私を駒のように動かすのね!」


生まれて初めての娘からの反抗は、簡単には折れなかった。


「お前の幸せを願えばこそだ」


「皇太子殿下の素行を知りながら嫁がせたのも、私の幸せのためですか?」


これを言われるとロバートは謝るしかない。この件は両親に一方的に非があるからだ。


「あ、あれは。あれはすまなかった。私もマリアンヌも反省している」


マリアンヌはルイーゼの母の名だ。


「私の幸せは私が決めます。お父様が決めるものではありません」


「こ、この、我儘を言うんじゃない」


「自分の人生を自分で決めることが我儘なのですか?」


「ルイーゼ、ここまでお前を育てた恩を忘れたのか!?」


こんなことを言うつもりはなかったのだが、ロバートはつい口に出してしまった。


「忘れてはいませんが、だからと言って、お父様の意のままに動く人形にはなりません」


「この親不孝者!」


ロバートはルイーゼの頬を思わず平手打ちしてしまった。


ルイーゼがロバートを睨みつける。


(この子はどうして私をこんな目で見るのだ。この子は本当にあの優しくて従順だったルイーゼなのか?)


叩かれたルイーゼは、ロバートが予想もしなかった行動に出た。


「酒場の皆さん、この人が私を殴るのです。助けて下さいっ」


ルイーゼは酒場の冒険者たちに向かって助けを乞うたのだ。


冒険者たちが騒ぎ出した。中には立ち上がって、こちらに進んで来る者もいる。


「ルイーゼ、お前」


ロバートは信じられないという表情でルイーゼを見た。


「お父様、今まで育ててくれてありがとうございました」


ルイーゼは目に涙を溜めているが、瞳には強い意志が感じられた。ルイーゼはロバートにペコリと頭を下げた後、ロバートと目も合わさずに背を向けて、厨房の方に走って行ってしまった。


ロバートの護衛が前に出て構えている。冒険者たちがジリジリと間合いを詰めてくる。


一髪触発の状況でアンリが叫んだ。


「この人は貴族よ。殴ったら罰せられるわよ!」


冒険者たちが、えっという表情になった。


アンリはロバートに向かって、貴族のアクセントで語った。


「アードレー卿、今日のところはお引き取り下さい」


ロバートは無念ではあったが、今日のところは引き上げることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る