第13話 無力な父

皇太子が捜索を打ち切り、新たな婚約者を迎えたことを知り、ルイーゼは変顔給仕をやめにした。途端にルイーゼは酒場で大人気となった。今まではアンリが一番人気だったのだが、冒険者たちからするとアンリはまだ幼く、マスコット的な人気だったのだが、ルイーゼはアイドルだった。


おかげで、お尻を触ろうとする客はゼロになった。そんな素振りを見せようものなら、他の冒険者から冗談ではなく殺されるからだ。


そんな酒場の片隅に毎日座る四人の男たちがいた。ずっとルイーゼを目で追う彼らは変質者集団ではない。ロバートたちアードレー家の面々である。ルイーゼからは完全に無視されているが、ロバートは腐っても父親である。ルイーゼのことが心配なのだ。


だが、ルイーゼと親しく話す客を睨んだり、ルイーゼに重たいものを持たせる厨房係を睨んだり、鬱陶しいことこのうえない。遂にルイーゼが折れた。


「お父様、いったいいつまでこんなところにいらっしゃるのです。領地経営は大丈夫なのですか!?」


ルイーゼは父のテーブルに右手をついて、左手は腰にあてて、説教をかました。


「ルイーゼ、この前は叩いたりして悪かった。反省している。なあ、一緒に帰らないか?」


ロバートが弱々しい声を出す。威厳のあったロバート・アードレーはすっかり影を潜めてしまった。


「帰りませんよ。ちゃんと一人でやれていますでしょ?」


確かに娘はテキパキと配膳をこなしている。親バカかもしれないが、六人いる給仕係の中でもルイーゼが一番働きぶりがいいのではないか。スタイルも顔も良く、惚れ惚れする。


「まあ、確かに驚いたよ。だが、あんなに毎日毎日歩き回って、足は大丈夫なのか? それから、酔っ払いに絡まれたりしないかと心配なのだ」


「大丈夫です。早くお帰りになって、お母様に報告しないとご心配されるのでは?」


「ああ、そのことだが、マリアンヌもこちらに向かっている」


ルイーゼが目を丸くしている。


「え? お母様まで来られるのですか!?」


「ところで、あの厨房係の優男と随分楽しげに話しているが、あいつとはどういう関係なのだ?」


しまったと思ったときには遅かった。ルイーゼの機嫌がみるみる悪くなって行くのが分かった。


「楽しげなんかじゃないです。非常にお世話になっている方なので、失礼のないようにしているだけです!」


よせばいいのに、こういうとき、父親というのは、挽回しようと思えば思うほど、どんどん墓穴を掘って行く。


「そ、そうか? そうは見えんぞ。どうだ。あの男との結婚を認めれば、帰って来てくれるか?」


「な、何をおっしゃって。お父様とはもう口をききませんから」


ルイーゼはプイッとして、スタスタと厨房の方に戻ってしまった。


調査員がロバートを上目遣いに見ながら諫言する。


「ご主人様、いくら何でも、今のはないんじゃ……」


「うるさい、お前は黙っておれ。もうワシではダメだ。マリアンヌを待つしかないな」


ロバートにはもう手に負えなかった。

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