第2話 逃がし屋
ルイーゼは自分が揺れていることを夢うつつに感じていた。
(え? 揺れている?)
ルイーゼは異常事態だと直感し、目を覚ました。
(ここは?)
「目覚められましたか」
横から突然声をかけられて、ルイーゼはビクッとした。
「驚かせてしまってすいません。ここは馬車の中です」
声の主は金髪碧眼の可愛らしい少女だった。ルイーゼは馬車の座席に座らされていた。少女はルイーゼの隣に座って、ルイーゼを支えてくれていたようだ。
「ここは?」
「王都から5キロほど東の郊外です」
「あなたは?」
「アンリといいます。ルイーゼ様の二つ歳下です」
「何があったのかしら。私、戻らないと」
早く王宮に戻らないと、大変な騒ぎになる。アードレー家の体面にも関わる。
「あの女たらしの皇太子のところに戻るのですか?」
アンリは肩をすくめて、首を左右に振っている。
ルイーゼは先ほどの出来事を思い出した。
ルイーゼも政略結婚であることは分かっていたが、それでもアルバートの良いところを見つけて、好きになる努力をするつもりだった。実際、少し恋心が芽生えて来ていて、その気持ちを刺繍に込めたのだ。
しかし、アルバートは全くルイーゼに興味を持っていなかった。愛のない仮面夫婦で一生いるつもりだったのだ。心を込めたハンカチをあんな女に渡そうとするなんて。ルイーゼにあのときの屈辱が蘇ってくる。ルイーゼの気持ちは無惨に踏みにじられたのだ。
「殿下、許せないわ」
ルイーゼの口からは自然とアルバートへの恨みの言葉が出て来た。
「ですよね。戻る必要ないです」
気持ちとしては戻りたくはないが、アードレー家のことが気になる。
「アードレー家がお咎めを受けてしまうわ」
「大丈夫です。ルイーゼ様は私たちに誘拐されたのです。アードレー家は同情されることはあっても、処罰されることはないです」
「あなたたちは一体何者? 私をどうする気なの?」
「私たちは『逃がし屋』です。ご依頼により、ルイーゼ様の逃亡をお助けします。そのドレスは目立ちますので、こちらにお着替えをお願いします」
アンリは町娘の衣装をルイーゼに差し出した。
「依頼って、誰の?」
「依頼主を明かすことはできません。覚悟をお決め下さい。戻ると一生台無しですよ?」
アルバートと一生愛のない生活を牢獄のような王宮で送るのは確かに嫌だ。でも、追手を恐れて、一生逃亡生活というのも嫌だ。
「逃げたとして、私はどのような生活を送るのかしら? 自慢じゃないけど、私は何も出来ないわよ」
「今回のご依頼は社会復帰プログラムもセットになっています」
「な、何、そのぷろぐまるって?」
「失礼しました。社会復帰できるように支援もさせて頂きますので、ご安心ください。まずは、酒場の娘から始めて頂きます」
「え? 酒場って、庶民の行くお酒の出るお食事どころのことかしら?」
「はい、そうです。ちゃんとルイーゼ様が幸せになるまで、私たちが陰になり日向になり支援いたしますので、大船に乗ったつもりで、全てをお任せください。さあ、お着替えを」
とりあえずルイーゼは着替えることにした。アンリがじっと見つめている。
「あの、そんな風に見ていられると、恥ずかしいのだけれど」
「これは私としたことが。失礼しました。目を閉じておりますので、どうぞお着替え下さい」
このアンリという娘、薄目を開けているのではないだろうか。
「ねえ、後ろを向いていてくれる?」
「同じ女同士じゃないですか。今までも侍女に着替えを手伝ってもらっていたのではないですか?」
なぜかアンリが意外なところで抵抗する。
「いいから、後ろを向いていて!」
「……。かしこまりました」
アンリが渋々後ろを向いた。何なのよ、この子はと思いながら、ようやくルイーゼは着替えを始めた。
ルイーゼがドレスを全部脱いで、下着だけになったところで、馬車が大きく揺れて、停止した。
御者の叫び声が聞こえて来た。
「盗賊だ。俺が対応する。アンリ、ルイーゼ様をお守りしろ。絶対に馬車から出て来るなよ」
男性の声だった。
「分かったわ。ルイーゼ様、早くお着替えを」
アンリは完全にルイーゼの方を向いていた。ルイーゼの下着姿を凝視している。
(もう見られてもいいわよっ)
ルイーゼはアンリの視線は諦めた。盗賊と聞いて、それどころではなかったのだ。ルイーゼは慌てて着替えを済ませた。
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