公爵令嬢は皇太子と婚約破棄して、酒場の娘からやり直すことにしました

もぐすけ

第一章 逃亡

第1話 誘拐

ルイーゼはこのまま王妃になるのだと思っていた。


貴族の中の貴族と名高いアードレー公爵家の長女に生まれ、16歳のとき、アルバート皇太子の婚約者に選定された。


皇太子とは選定式のときに初めて会った。眉目秀麗な貴公子だった。


選定式のときは一言二言話しただけだが、落ち着いた優しそうな人物でルイーゼは安心した。


翌日から、王室での礼儀作法を身につけるため、ルイーゼは王宮で暮らしながら花嫁修行を行い、半年後に婚儀を執り行う予定になっていた。


ルイーゼは、少しでもアルバートと心を通わせたいと思い、厳しい花嫁修行の合間をぬって、ハンカチに心を込めた刺繍を施した。彼にプレゼントするためだ。


ようやく刺繍が出来上がり、アルバートの東宮殿を初めて訪れた。部屋に通されると、裸に近い格好の女性二人がアルバートの左右に侍っていた。


(え? 間違った部屋に通された?)


ルイーゼは最初そう思った。真ん中にいる男性も、先日会ったアルバートとはかなり雰囲気が違うような気がした。


「よお、ルイーゼ、何か用か?」


だが、やはりアルバートだった。この状況をルイーゼに目撃されても、全く悪びれた様子がない。


「あ、あの、ハンカチに刺繍を致しました。殿下に使っていただこうかと」


もうこうなったら、早く用事を済ませてしまおうと、ルイーゼはおずおずとハンカチを差し出した。


すると女の一人が立ち上がって、つかつかとルイーゼのところまで来て、ハンカチをルイーゼの手から取り上げた。そして、じっと刺繍を見てから、妖艶な笑みを浮かべた。


「殿下、綺麗な刺繍ですよ」


女が振り返ってアルバートにハンカチをヒラヒラと見せた。


「お前が使え」


アルバートは面倒臭さそうに投げやりに言った。


「え~? それは流石に婚約者さんが可哀想ですよ~」


女は笑っている。可哀想だとは全く思っていないようだ。返すわね、とハンカチをルイーゼの手に戻した。


「ルイーゼ、どうせ政略結婚なんだ。俺は今まで通り、好きにやる。お前はお前で好きにやれ。もうここには来るな」


アルバートにそう言われて、ルイーゼはハンカチをギュッと握りしめて、部屋から出た。


部屋の外で待機していた背の高い黒髪の女性が心配そうにルイーゼに声をかけた。


「ルイーゼ様、お顔が真っ青ですが、大丈夫ですか?」


「ええ、少し貧血気味なだけ」


ルイーゼはやっとのことで答えて、ふらふらと歩き出したが、ショックのあまりそのまま倒れてしまった。


黒髪の女性は、全く慌てることなく、女性とは思えないような力で、ルイーゼを軽々と抱き上げて、そのまま医務室へと運んでいった。


医務室の医師と看護師は縄で縛られ、眠らされていた。黒髪の女性はそのまま医務室を通過して、外に用意されていた医師の往診用の馬車にルイーゼを乗せ、自身のカツラを取り、化粧を落とした。


黒髪の女性は、銀髪の美しい青年だった。彼は馬車の御者席に乗り、黒いマスクをつけ、馬に軽くムチをいれた。


ルイーゼを乗せた馬車は、王宮から出て、王都の街中を通り、郊外へと走って行った。

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