第3話 リーベルタウン
しばらくして、御者が再び声をかけて来た。
「盗賊は撃退しました。遅くなりましたが、この機にルイーゼ様にご挨拶させて頂いてよろしいでしょうか」
ルイーゼは盗賊撃退と聞いて、一安心した。
「ええ、どうぞ」
ホロが開いて、御者の男性が顔をのぞかせた。銀髪でエメラルドグリーンの瞳をした端正な顔立ちの青年だった。ルイーゼはアルバート殿下の部屋で待機していた黒髪の女性はこの青年だと瞳の色で気づいた。
「御者台から失礼します。リンクといいます。ルイーゼ様の護衛を務めます。よろしくお願いします」
ホロの隙間から外の景色が垣間見えた。恐ろしい数の人が倒れている。
「あ、あれは?」
ルイーゼは倒れている人を指差した。
「これは配慮が足りず、お見苦しいものをお見せしてしまいました。申し訳ございませんでした。盗賊でございます。全員無力化しておりますので、ご安心ください」
「殺したのでしょうか?」
「無力化でございます。それでは、出発致します」
「無力化」という部分を心持ち強めの口調で言って、リンクは前を見て馬車を再び走らせ始めた。
アンリが再び話しかけて来た。
「ルイーゼ様、これから私たちはリーベルタウンに行きます。宿を取ってあります。今日はそこに一泊して、明日から酒場で住み込みで給仕の仕事をしていただきます」
「給仕? 食事を運ぶお仕事かしら?」
「そうです。出来ますか?」
「何か作法はあるのかしら」
「ドリンクはお客様の右側から、料理は左側からが基本ですが、酒場では細かいことは気にせず、どんどん配膳してしまって大丈夫です。ただし、お尻を触られないようお気をつけ下さい」
「お、お尻?」
「はい、事前に宿屋で訓練しましょう。それから言葉遣いですが、今のルイーゼ様の言葉は貴族にしか通じません。庶民の言葉を話せるようになるまでは、カタコトで話すようにして下さい。酒場の主人にはど田舎から来た娘だと紹介します」
ルイーゼはだんだんと不安になって来た。
「それから、ルイーゼ様はそのままですとお綺麗すぎますので、毎日、変顔で給仕していただきます。こちらも宿屋で練習していただきます。何かご質問はございますか?」
(変顔? どういう顔なのかしら)
「あの、あなたたちはどこにいるの?」
「私は同じ酒場の会計係として働きます。リンクは厨房で働きます。私たちが常に見張っていますので、ご安心ください」
二人がいっしょと聞いて、ルイーゼはホッとした。ここまでしてくれる「逃がし屋」に依頼した人物とは、一体誰なのだろう。ルイーゼには全く心当たりがなかった。
馬車は街に入ったらしく、揺れが小さくなって来た。
「外をご覧になりますか?」
「ええ、是非とも見たいわ」
アンリは窓の覆いを外してくれた。窓から外の様子を見ることができる。馬車は商店街の真ん中を走っているようだった。数々の商店が建ち並び、多くの人でごった返していた。
ルイーゼは、王都で祭りのときに数回だけ外に出たことがあるだけで、ほとんどを屋敷や学園の敷地内で過ごして来たため、祭り以外の街の景色はとても新鮮だった。
小さい頃、両親に連れられて、王都の商店街を歩いたときのことをルイーゼは思い出した。あのころは両親も優しかった。皇太子の婚約者候補になったときから、両親は人が変わったようになってしまった。ルイーゼが誘拐されて、さぞかしガッカリしていることだろう。
馬車が宿の前に止まった。
「この宿は町では中級です。高級宿ではありませんが、清潔な宿です。本日はこちらでお休みください。私は同部屋です」
(アンリは本当に女の子なのかなあ。妙に私の着替えを見たがるのよね)
「アンリ、あなた、男の子じゃないわよね?」
「女です」
アンリは心外とも言わんばかりの表情だ。
リンクが宿屋の主人と会計を行なっている。気がつくと宿屋の主人が驚いたような表情でルイーゼを見つめていた。
ルイーゼは出来るだけ顔を隠すようにして、リンクに案内されて二階への階段を昇って行った。
「ルイーゼ様、ご自覚がないようですが、ルイーゼ様は庶民階級ではありえない美女ですので、あまりお顔はお見せにならないようにして下さい」
「そうだったのね。気をつけるわ」
そういうアンリも相当な美少女だと思うのだが、成人女性はより注意が必要なのだろう。
アンリがドアを開けた。二人用のベッドが一台部屋の隅にあった。アンリが気持ちニンマリとしているようにルイーゼには見えたのだが、気のせいであって欲しい。
部屋がノックされ、リンクが大きな荷物を持ってきた。
「お召し物が入っております。詳細はアンリからお聞きください。それでは、失礼します」
アンリが荷物を開け、酒場の娘の衣装を取り出した。
「こちらに着替えて下さい。さっそくお尻を触られないないようにする訓練をしましょう」
また着替えるのか。
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