第2話

◯サッカーグラウンド

 秋山はユニフォームを着てサッカーグラウンドに立っていた。

 歓声が騒がしい。

 秋山は自分の姿とグラウンドの様子を見て、


秋山「……本当に戻ったのか?」


 と半信半疑の様子。

 ボールが秋山の足元に転がってきた。


秋山「‼︎」


監督「おい! 何してやがる、秋山! 時間がねぇ! 走れ!」


 ベンチから監督が秋山に向かって怒鳴る。

 その様子を見て、秋山は慌ててドリブルをし始める。


秋山M「ドンピシャだ! この瞬間だ!」


秋山N「高三の夏。俺はこの日大きな失敗をした。

 高校サッカー選手権の東京予選決勝・後半戦。

 得点は3ー3。時間は残り3分。

 ここでボールを取られればもう負けるという大一番で」


 ドリブルをする秋山に声をかける同じユニフォームを着た男1。


男1「へい! パスだ!」


秋山N「俺はエースのあいつの声に反応して、パスを出そうとして派手に転んだ。

 その結果、ボールは敵チームに奪われ惨敗。

 全国へのキップを逃した。

 この一件で俺は監督から怒られ、仲間には失望され、俺は二度とサッカーをやらなくなった」


秋山M「だから!」


男1「あ、おい! 治明! ボールをよこせ!」


 秋山は男1の言うことを無視して、ゴールに向かってドリブルする。

 敵チームがボールを奪いにくるが、秋山は全て躱す。

 そしてゴールキーパーと一対一になり、秋山はシュート。

 ゴールを決める。笛が鳴った。歓声が上がる。


秋山「ウォォオオオ!」


 握り拳を両手にガッツポーズをして雄叫びを上げる秋山。

 秋山に飛びかかるチームメイト達。


男1「治明! やったな! これで俺達は全国だ!」


監督「お前はやる男だと思っていたぞ!」


 秋山は嬉しそうに笑みを溢して幸せを噛み締めた。


◯アナザーライフ・3番部屋

 ヘッドセットを外す秋山。


マスター「おかえりなさいませ。いかがでしたか?」


 秋山は笑みを溢した。


秋山「最高だった」


 秋山は興奮したように捲し立てる。


秋山「全国なんて十年ぶりの快挙!


 ゴールを決めた俺は一躍ヒーロー!

 試合が終わった後も打ち上げで夜までずっとはしゃぎまくったさ!」


マスター「…………」


秋山「やっぱりあいつにパスすべきじゃなかったんだ! 俺がゴールを決めれば勝ててた!

 あいつにパスと言われなければ俺はドリブルするつもりだったんだ!

 負けたのは俺のせいじゃない! パスくれなんて言った目立ちたがり屋のエースのせいだ!

 それがわかっただけでも収穫だったよ」


 秋山は目を輝かせ清々しい表情をしていた。

 マスターはそんな秋山を見て微笑んでいる。


マスター「フフ……お気に召したようで」


秋山「あぁ! とても気に入ったよ」


マスター「それはよかった」


秋山「だけどマスターも大変だな」


マスター「? なにがです?」


秋山「俺がこのゲームで遊んでる間、ずっと待ってたんだろ?

 12時間くらいこのゲームに入ってたからな」


マスター「フフ……滅相もありません。

 それにそんな時間、経ってはいませんよ」


秋山「嘘つけ。朝の試合から夜までずっとはしゃいでたんだ。謙遜するな。

 まったく今日が金曜でよかったよ」


 と腕時計を見ると、


秋山「‼︎」


 目を丸くする。


秋山M「十分しか経ってない⁉︎」


秋山「いったいどういうことだ?」


 腕時計をマスターに見せて驚くように叫ぶ秋山。


マスター「『アナザー・ライフVR』は時間の流れ方が現実とは異なるんです。

 VR内の一日が現実の二十分。

 秋山様はアナザー・ライフで12時間体験しましたが、実際には十分しか経っていないのです」


秋山「マジかよ……じゃあ一時間やるとしたら」


マスター「VR内では三日間となりますね。

 ただし条件が二つ」


 マスターは指を二本上げる。


マスター「このゲームは一日140分までとさせていただきます」


秋山「つまりVR内には一週間しか居れないってことか?」


 考えるような素振りを見せる。

 秋山の脳内には「140÷20=7」という数式を思い浮かべている。


秋山「全然構わない。そんなに長くいることなんてないだろうし。

 もうひとつは?」


マスター「一度ゲームを始めたら最後。

 設定した時間までは出ることができません。

 何があっても……ね」


 不気味な笑みを浮かべるマスターに


秋山「…………」


 秋山はゴクリと喉を鳴らす。


秋山M「たかが俺の人生だろ?

 危ない目に合ったこともないし、大丈夫だろ」


秋山「はは。わかったよ」


マスター「ご理解感謝いたします」


秋山「じゃあもう出るわ。結構楽しかった」


マスター「そうですか。ご来店ありがとうございました」


 マスターは深く礼をする。


マスター「またのご利用、お待ちしております」


◯アナザーライフ店内

N「翌週」


マスター「いらっしゃいませ、秋山様」


 マスターは深々とお辞儀をする。

 少し興奮した様子の秋山。


秋山「あぁ。また来たよ」


マスター「フフ。お気に召したようで。

 お飲み物はどうされますか?」


秋山「いや、いい。そんなことより早くゲームをやらせてくれ」


マスター「そうですか。では3番のお部屋に」


秋山「あぁ」


 秋山は3番の部屋に向かおうとする。


マスター「あ、そうそう」


秋山「?」


マスター「二つ程。ご注意があります」


 マスターは指を二本上げる。


秋山「なんだ?」


マスター「他人に意思決定させる行動はおすすめしません」


秋山M「? 意思決定? よくわからんし流しておこう」


秋山「わかった。それから?」


マスター「ゲーム内であっても人は殺さないでください」


 マスターは不気味な笑みを浮かべる。


マスター「きっと取り返しのつかない事態を招きますから」


秋山「ふん」


 秋山は鼻で笑う。


秋山M「なんのことかと思えば脅かしやがって」


秋山「そうか。わかったよ。肝に銘じとく」


秋山M「俺の過去なんだ。どうしようが俺の勝手だろうが」


 秋山はマスターに手を振りながら3番の部屋に入っていく。


◯アナザーライフ・3番部屋

秋山N「それから俺はこのゲームにのめり込んだ」


 ヘッドセットを被り椅子に座る秋山。


◯中学の教室

秋山N「中学に戻り恥ずかしくて話せなかったクラス一の美女・香奈ちゃんと話したり」


 クラス一の美女の香奈と仲良く話す秋山。


◯大学の講義室

秋山N「大学受験の時に戻りマークがズレて落ちた大学の入試にもう一度、挑戦したり」


秋山M「これで完璧だ」


 マークシートを満足げに見つめる秋山。


◯客先の会社

秋山N「2、3年前に戻り上司のミスなのに責任を取らされた案件で上司に責任を押し付けたり」


上司「大変申し訳ありませんでした。

 全て私の責任でございます」


 上司が頭を下げるの含み笑いして見下す秋山。


◯会社のオフィス

秋山N「そうやって俺は人生をバーチャルでやり直した」


 ストレス発散したような顔で鼻歌を歌いながら仕事をする秋山。


秋山N「現実にも影響があった。

 過去を見直した影響か。

 どう立ち回れば失敗しないか。何を言えば怒られるか、わかるようになり、業績は伸び上司からの心象も良くなったし、灯里の機嫌も悪くならなくなった。

 だが……」


◯アナザーライフ店内

秋山「はぁ」


マスター「どうされましたか?」


 カウンターでビールを飲み黄昏る秋山。


秋山「いや」


マスター「何かご不満な点でもありましたか?」


秋山「あぁ〜違う。そういうわけじゃないんだ」


 マスターの心配そうな表情に秋山は慌てて首を横に振る。


秋山「あのゲームは最高だよ。

 五感もリアルだし出てくる人の性格も完璧にその人。本当に過去に戻ったみたいだ」


 秋山は頬杖をつくと、


秋山「ただ……俺の後悔って案外少ないんだなって思ってな」


マスター「そうですか? 結構な頻度で通っていたと思いますが」


秋山「まだ一ヶ月くらいだろ? 一年くらいは楽しむつもりだったんだ」


マスター「なんと!」


秋山「このゲームを悪く言うつもりはないが、意外と制限があってな」


マスター「ほう」


秋山「最近のことに遡ると現実の出来事と記憶が混じって大変だし、一週間までしかできないからそれまでに解消できることじゃないとダメだ。

 例えば、大学入試をやり直して第一希望に合格できても、一週間以内だとその大学で遊べないから無駄みたいな。

 そう考えると、できることって意外と少なくてな」


マスター「なるほど」


秋山「なぁ、マスター。140分って条件なんとかならないか?」


マスター「大変申し訳ないのですが。

 システムがダウンしてしまいますので……」


秋山「だよなぁ〜。なんかないかなぁ?」


マスター「そうですね〜。秋山様はやり直し以外はなさらないのですか?」


秋山「⁉︎ やり直し以外? 単純に過去に戻るだけってことか?

 ハッ。無理無理。俺の人生だぞ? 冴えない男の人生、遡って何が面白いんだよ。

 せめて顔がイケメンとかだったらハーレムとか作ってただろうけどな――いや、待てよ」


 秋山は考えるように顎に指を当てる。

 そして薄ら笑いする。


秋山「そうか! その手があったか!


 マスター、ゲームをやらせてくれ!」


マスター「では3番のお部屋に」


 マスターは笑みを浮かべて、3番の部屋を指す。

 秋山は意気揚々と部屋に向かう。


秋山M「そうだそうだ! なんで思いつかなかったんだ!

 これはあくまでゲームだ。現実ではあり得ないことだってできる。

 中学の時に戻って香奈ちゃんと付き合おう!

 前にゲームで話した時、仲良く話せたんだ! きっとうまくいく。

 一週間くらいだったらセックスまでできるはずだ!」


 部屋にあるモニターでゲームの設定をして、秋山は興奮したように椅子に座ってゲーム内に入ってく。


◯学校・校舎裏


香奈「ごめんなさい。彼氏がいるの」


秋山「……は?」


 頭を下げる香奈と呆然と立ち尽くす秋山がそこにいた。

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