第3話

◯アナザーライフ店内

N「140分後」


マスター「おかえりなさいませ。秋山様」


 秋山はやつれたようにカウンターテーブルに座る。


マスター「いかがでしたか?」


秋山「いかがでしたか? じゃねぇよ! 全然クソだったよ!」


 秋山はマスターにさっき試したことを全て話す。


◯アナザーライフ店内

マスター「なるほど……クラス一の美女に告白したら振られてしまったと」


秋山「それだけじゃない。

 一週間の間、俺が告ったことがなぜか広まって、馬鹿にされまくったし、香奈が付き合っているっていう彼氏にボコボコにされた。

 ゲームを終わらせることもできねぇし散々だった」


マスター「だから言ったでしょう」


秋山「あ?」


マスター「『他人に意思決定させる行動はおすすめしません』と」


秋山「‼︎」


 マスターは笑みを浮かべてそう言うと、秋山は目を丸くして驚く。


マスター「『アナザー・ライフ』はゲームではありますがリアルです。

 秋山様も言っていましたが、ゲーム内のキャラは本人そのものなんです。事情も含めてね。

 ゲーム内であっても秋山様以外に意思決定権がある場合、思い通りにはいきません。

 告白などその最たる例です」


秋山「マジかよ……!」


 秋山は落ち込むように頭を抱える。


秋山M「つまり俺がどんなに頑張っても当時、彼氏がいた香奈とは付き合えない。セックスもできない。クソゲーじゃねぇか」


秋山「…………」


 少し考える素振りを見せ、秋山は両腕を上げて降参のポーズをする。


秋山「やめだ」


マスター「おや?」


秋山「やめだやめ。俺の後悔もネタが尽きたし、これ以上、思い通りにならないんじゃクソゲーやってた方がまだましだ。

 今日で終わりにするよ」


マスター「そうですか。残念です」


秋山「あぁ。この一ヶ月、結構楽しかったよ」

 勘定と言って、秋山は財布を取り出す。


マスター「では最後に」


 マスターはテーブルに一枚の紙を置く。


秋山「?」


 秋山は紙を受け取り、開くと、


『My2u4WHC 20分』


 と書かれていた。


秋山「なんだ、これ?」


マスター「サービスです」


 マスターは笑みを浮かべる。


秋山「はぁ?」


秋山M「なんかのシリアルコード?

 これを『アナザー・ライフ』で打ち込めってことか?」


 チラッと秋山はマスターを見るが、マスターは終始微笑んでいる。


秋山「…………。

 わかったよ。今まで世話になったよしみだ。騙されたと思ってプレイしてやるよ」


マスター「ありがとうございます。では3番のお部屋に」

 マスターは3番の部屋を指した。


◯アナザーライフ・3番の部屋

 秋山はモニターを触る。


秋山M「えっと……あった。コードで入力ってところか。

 M……y……2……」


 モニターと紙を見比べながら、秋山はコードを打ち込んでいく。


秋山M「よしできた。あとは時間を20分……つまりゲーム内の1日か……に設定して」


 打ち終えると秋山は椅子に座り、ヘッドセットを装着する。


秋山「『アナザー・ライフ』起動」


 キュィィイインという機械音が聞こえ、ゲームを起動する。


◯デパートの化粧品売り場

秋山M「ここは?」


 キョロキョロと周りを見る秋山。

 秋山の後ろから女が近付いてくる。


女「治明さん?」


 秋山は驚いて、バッと後ろを振り向く。


女「わぁ〜本当に治明さんだ。ご無沙汰しています!」


秋山「君は……!」


 唖然とする秋山。


女「あれ? もしかして忘れちゃいました? ひどーい」


秋山「あ、いや、違う! 千春ちゃんだろ? ひ、久しぶりだね」


女改め森戸千春(以下、千春)「ウフフ。冗談ですよ!

 治明さんなら覚えてくれていると思ってましたよ!」


 冗談めかして可愛こぶってウィンクする千春に秋山は冷や汗をかいて愛想笑いする。


秋山N「この天真爛漫な女の子は森戸千春。静江の妹だ」


千春「こんなところで治明さんに会えるなんて!

 何をしているんですか?」


秋山「あ、あぁ」


秋山M「何をしてるって言われても……」


 秋山は横にある化粧品売り場の香水を見て、


秋山M「あ、そうか」


 と思い出す。


秋山「静江にプレゼントを買おうと思ってね」

千春「お姉ちゃんのですか? わぁ。素敵です」


 千春は手を合わせて笑みを浮かべる。


秋山M「確か14年前だよな?」


千春「そういえば今日、お姉ちゃんの誕生日ですもんね!」


秋山M「とにかく覚えてる通りに話してみよう」


秋山「だから仕事帰りにちょっと寄ってみたんだけど」


千春「なるほど! どれがいいかわからないんですね!」


 満面の笑みを浮かべる千春。

 秋山は後ろ頭を手で掻いて、


秋山「はは……恥ずかしながら」


 と苦笑いする。


千春「それでしたら私が手伝ってあげましょうか?」


秋山「! いいのかい?」


千春「もちろん! 治明さんにはいつもお姉ちゃんがお世話になってますから」


秋山「はは……」


秋山M「だんだん思い出してきた」


千春「そうですね〜」


 千春は腰を曲げて陳列された香水を眺める。


秋山M「それから千春ちゃんは二段目の左から三番目の香水を取って」


 千春は「あ!」と言って棚の二段目の左から三番目の香水を手に取る。


秋山M「俺に渡し」


千春「これです! 治明さん」


 可愛らしい笑みを浮かべて秋山に香水を手渡す。


秋山M「お姉ちゃんには絶対これです!」

千春「お姉ちゃんには絶対これです!」


秋山M「私も使っているんですが、お姉ちゃんも絶対好きなはずですよ」

千春「私も使っているんですが、お姉ちゃんも絶対好きですはずですよ」


千春・秋山M「お姉ちゃんと私、好みが同じですから!」


 千春に気が付かれないように秋山はほくそ笑む。


秋山M「完璧だ。それから俺は……」


秋山「本当かい? じゃあこれにしようかな?」


 秋山は千春から香水を受け取る。


秋山「ありがとう。千春ちゃん」


千春「いえいえ! お姉ちゃんと治明さんのためなら全然です」


秋山「静江にもよろしく言っとくよ」


千春「うーん……いえ! 大丈夫です!」


 考えるように天を仰いだ後、千春は笑みを浮かべて首を横に振る。


秋山「え……でも」


 秋山が言いかけたところで険しい顔で千春は秋山の顔に近づき人差し指を立てる。


千春「ダメですよ! 言っちゃ。

 私がいたことは内緒です。

 お姉ちゃんには治明さんが選んだと言ってあげてください。

 そっちの方が喜んでくれますから」


秋山「わ、わかったよ」


 恥ずかしそうに顔を赤らめて横を向く秋山。

 千春は満足そうに笑みを浮かべて、


千春「よろしい」


 と元の位置に戻る。

 秋山はふう、と胸を撫で下ろす。

 だが千春は「あ!」と思い出したように口を開ける。


千春「でもお姉ちゃんの反応は知りたいです。

 あとでこっそり教えてくださいね」


秋山「ふっ」


 その千春の姿に秋山は自然と笑みが溢れる。


秋山「わかったよ。じゃあ連絡先を教えてくれるかい?

 リアルタイムで報告するよ」


千春「もちろんです!」


◯自宅への帰り道

秋山M「それで連絡先を交換して千春ちゃんと別れたんだよな」


 香水の入った紙袋を目の前にぶら下げて秋山はジト目で見る。


秋山M「静江にプレゼントか……バーチャルとはいえ渡すなんて何年振りだ?」


秋山「ふっ……」


秋山M「今じゃ考えられないな」


 秋山は自嘲する。


秋山M「とにかくマスターの意図はわからんが、ちゃっちゃと渡してしまおう」


◯秋山の自宅

静江「おかえりなさい、ハルくん」


 今じゃ考えられないほどの穏やかな笑みを浮かべる静江。

 その様子に秋山は唖然とする。


静江「? どうしたの?」


秋山「い、いやなんでもない」


秋山M「今とは全然違くてびっくりした」


 秋山は顔を赤らめて恥ずかしそうに口を紙袋を持ったの手の甲で隠す。


静江「あら?」


 静江は秋山が持っている紙袋に気がつく。


静江「ハルく〜ん。もしかしてこれは?」


 静江は紙袋を指差して笑みを我慢しているような顔をする。


秋山「あ、あぁ」


 秋山は静江に紙袋を渡す。


静江「ん? なーに? 言ってくれなきゃわからないよ?」


 紙袋を受け取らずおちゃらけたように首を傾げる静江に秋山は恥ずかしそうに顔を赤らめて、


秋山「た、誕生日おめでとう」


静江「フフ」


 静江は誕生日プレゼントに手を伸ばす。仕草をして秋山に抱きついた。


秋山「!」


静江「ありがとう。ハルくん。愛してるわ」


 秋山は目を丸くする。

 だが、すぐに目を閉じて静江を抱き返す。


秋山N「……あぁ……思い出した」


◯秋山の自宅・リビング

 プレゼントを袋から出して喜ぶ静江。

 それを見て幸せそうに微笑む秋山。


秋山N「この時はまだ俺たちは愛し合ってたんだ」


◯秋山の自宅・リビング

 一緒に食事をする静江と秋山。


秋山N「満たされていた。幸せだった。

 ずっとこんな日が続けばいいって思ってた」


◯秋山の自宅・寝室

秋山N「そして俺たちは……」


 ベッドで頬を赤らめている静江。

 秋山は静江を抱く。


◯アナザーライフ店内

マスター「いかがでしたか?」


 三番の部屋の扉から出てきた秋山をマスターは出迎える。


秋山「あぁ」


 清々しい顔をする秋山。


秋山「思い出したよ」


マスター「…………」


秋山「俺はあんな生活を送ってたんだな。

 あんな幸せそうな静江を見るのは久しぶりだ。

 あの日がきっかけで灯里が出来たんだよ」


マスター「…………」


秋山「灯里が産まれて本当に嬉しかったんだ。

 静江とも笑い合ってたんだ。

 だからもう一度。もう一度、静江や灯里を幸せにしてやりたい。

 一緒に幸せになりたい。

 なぁ……マスター」


マスター「なんでしょう?」


秋山「ありがとうな。思い出させてくれて」


 秋山は目を輝かせて穏やかな表情でマスターにそう言った。


マスター「とんでもありません」


秋山「じゃあそろそろ行くわ。家族に早く会いたいんだ」


マスター「えぇ。またのご来店、お待ちしております」


 マスターは笑みを浮かべて深くお辞儀した。

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