アナザー・ライフVR

久芳 流

第1話

N:ナレーション、M:モノローグ


秋山治明あきやまはるあきの自宅・リビング

N「人生は選択の連続だ」


 スカートを履く女の足が見える。

 ザクッザクッという音が聞こえる。


N「選択したら二度と元に戻れない。

 選ばなかった選択肢は二度と見ることができない」


 中年の男・秋山治明(以下、秋山)は無表情で女に跨っている。


秋山「(呟きながら)これはゲームだ……これはゲームだ……」


 秋山は血濡れの包丁を逆手に持っていた。


N「けれどもし選択しなかった先を体験できたら――」


 秋山は不気味に口角を上げる。


◯住宅街・夜

秋山「はぁ……」


 くたびれた様子の秋山が仕事から帰る途中。


秋山M「今日は朝から最悪だった」


◯(回想)秋山の自宅・寝室・朝

 秋山がいびきをかいて寝ている。

 ドアが思いっきり開き、秋山の娘である灯里あかり(13)が怒りの表情で部屋に入ってくる。


灯里「ちょっとお父さん‼︎」


秋山「んぁ⁉︎ あ?」


 灯里の声で秋山は飛び起きる。

 灯里は使用済みの可愛らしいタオルを秋山に突き付ける。


灯里「私のタオル、勝手に使ったでしょ!」


秋山「え? ……あぁ」


 そのタオルを見て、昨夜の風呂上がりに使ったことを思い出す。


秋山「それ、灯里のだったのか?」


灯里「そうだよ! なんで勝手に使ったの⁉︎ 今朝使おうと思ったのに!」


秋山「そんなの……別のタオルを使えばいいだろ?」


灯里「そういう問題じゃない!

 しかもお父さんの毛が……!

 もうこのタオル使えないじゃん!

 とにかく今後いっさい私のに触らないで!」


 ドアを思いっきり閉める灯里。

 唖然とする秋山。


◯秋山の自宅・リビング・朝

秋山「あぁ〜……くそ」


 スーツに着替え、寝室の扉の前で欠伸をする秋山。


秋山M「灯里に中途半端に起こされて、まだ眠い」


 ソファでテレビを観ている妻・静江に


秋山「おい、静江。灯里は?」


 と声をかける。


静江「もう出た」


秋山「そうか。飯は?」


静江「テーブルにあるじゃない」


 静江は冷たくそう言うと、秋山はテーブルを見る。

 ラップがしてある朝食が置いてあった。


秋山「……あぁ」


静江「それと今日、私と灯里、夜いないから」


秋山「はぁ? なんで?」


静江「言ったでしょう? 最近できた近くのイタリアンに行くって」


秋山「じゃあ俺の飯はどうするんだよ⁉︎」


静江「……勝手にどこかで食べればいいじゃない」


 静江が全く見ずに冷たく言う態度に秋山は舌打ちをし、


秋山「わかったよ」


 と朝飯に手をつけずに出掛ける。


静江「…………」


 テレビを真一文字に見る静江の目は暗い。


◯会社のオフィス

秋山N「それから」


秋山の上司「お前、なんだ! この数字! 間違いだらけじゃねぇか⁉︎ やる気あんのか⁉︎」


秋山「申し訳ありません」


秋山N「会社でミスが多発し」


◯定食屋・昼


 携帯を握りながら箸を持つ秋山。

 出来立ての飯が前にある。


秋山「は? システムがダウン?

 戻れ?

 いや、でも俺まだ昼」


 携帯から怒鳴り声が聞こえ、切れる。


秋山「はぁ……」


 立ち上がる秋山。


秋山N「昼返上でトラブル対処にあたり」


◯会社のオフィス・夜

秋山「や……やっと帰れる」


 やつれた顔で安堵の息を吐く秋山。

 しかしいきなりオフィスの電気が消える。


秋山「⁉︎ 嘘だろ?」


 焦ったようにパソコンをカタカタと操作する秋山。


秋山N「オフィスが停電し」


(回想終わり)


◯住宅街・夜

秋山N「ようやく帰れたのがこの時間……」


 秋山は腕時計を確認する。

 時間は22時を回ったところだった。


秋山「はぁ……」


秋山M「もう静江達、帰ってきてるだろうな。

 まだ起きてるよな?」


 腹が鳴り、秋山は腹を抑える。


秋山M「腹減った……けど静江は飯作ってくれねぇだろうな……。

 灯里もまだ怒ってるだろうし」


秋山「はぁ……帰りたくねぇ」


秋山M「そもそも俺の人生こんなだったか?

 妻の静江との関係は冷え切って、娘は絶賛反抗期中で常に機嫌が悪く、職場はブラックな上、上司には嫌われている。

 どこで間違えたんだろうな?

 高校のサッカーの大会で派手に転んだ時か?

 大学受験で失敗した時か?

 大手有名会社の面接の日に風邪引いた時か?」


秋山「って考えても過去になんて戻れるわけねぇし……」


 ため息を吐くと、横が何やら明るく感じて立ち止まる。


秋山「ん?」


 立ち止まったところには店があった。

 煌びやかな電灯で飾り付けられた看板には『VRゲームバー・アナザーライフ』と書かれていた。


秋山「ゲームバー?」


秋山M「アナザーライフ……『もうひとつの人生』……変な名前だな。

 バーだったら飯もあるか?

 ちょうどいい……ゲームも昔は好きだったしちょっと寄らせてもらおう」


 秋山はゲームバー・アナザーライフに入っていく。


◯アナザーライフ店内


 恐る恐る店内に入る秋山。

 バーカウンターのような所に座り、タバコに火をつける。


マスター「いらっしゃいませ。ご注文は?」


秋山「ビールとつまみをくれ」


マスター「どうぞ」


 秋山が言い切る前にマスターはビールとナッツを出す。


秋山「お、おぉ。早いな。どうも」


 秋山はナッツを食べて、周りを観察する。


秋山M「見たところ、普通のバーみたいだな。

 ゲーム機もないし、テレビはあの小さいのしかない」


 カウンターテーブルの端に小さいテレビが置かれている。


秋山M「ゲームができるような席もないし……。

 気になるのは奥のいくつもある扉くらいか」


 奥にある扉を秋山は一瞥する。

 扉は五つくらいあり、上には番号が振られている。

 秋山はマスターを見る。


秋山「ここにはどんなゲームがあるんだ?」


マスター「アナザー・ライフです」


秋山「? それはここの店の名前だろう?

 俺が聞いてるのはこの店でできるゲームについてだ」


マスター「えぇ。ですから『アナザー・ライフVR』ただひとつとなります」

 ニヒルな笑みを浮かべてそう答えるマスター。


秋山「アナザー・ライフ……?」


秋山M「聞いたことがないゲームだ」


秋山「どんなゲームなんだ?」


マスター「ずばりお客様の人生を擬似体験できるVRゲームです」


秋山「擬似体験? なんだそれは?」


マスター「そうですね〜。

 このゲームはAIを利用してお客様の記憶を読み取り、それを元に構築した世界をVRゲームとしてプレイできます。

 楽しかったこと。嬉しかったこと。

 お客様の記憶でそういったイベントをもう一度体験できるのです」


秋山「……つまり過去に戻れるということか?」


マスター「その通り!」


 マスターは秋山に興奮したように顔を近づける。


マスター「アインシュタインの相対性理論により過去に戻るには光を超えたスピードで運動する必要がありますが、光速度不変の原理によって光より早く動けません。ましてや人間の質量では光の速度に達することなど不可能ですから、現実では過去になんて戻るなんて夢物語! ですがゲームであるならいくらでも過去に戻れます。『アナザー・ライフVR』を使えば限りなくリアルに近い感覚で擬似的に過去に戻れるんです! お客様の記憶をAI――人工知能が読み取り――」


秋山「あぁーあぁー! 難しい話はやめてくれ」


マスター「……これは失礼」


 マスターは冷静さを取り戻したように姿勢を正す。


マスター「いかがです? 楽しそうでしょう?」


秋山「あぁ。そうだな」


マスター「それでは!」


秋山「成功した人生を送っていたならな!」


マスター「おや……?」


秋山「あいにく俺は後悔ばかりの人生を送ってきたんだ。

 人生の選択を間違いまくった。おかげで妻も娘もいるが、冴えない人生を送ってる。

 今日だって失敗しまくりだ。そんな自分てめぇの人生を誰がもう一度体験したいと思う?

 残念だが俺には合わないようだ。もう出るから勘定してくれ」


マスター「あぁ……そうですか……残念です」


秋山「すまないな」


 秋山は財布を出して、お札を出そうとする。


マスター「失敗を消した未来も体験できるのですが」


秋山「……なんだと?」


 秋山の動きが止まる。

 マスターはニヒルな笑みを浮かべる。


マスター「もしお客様が選択に失敗したというなら、その選択を変えることもこのゲームでは可能です。

 選択を変えた先の未来も体験できます」


秋山「そんなことができるのか?」


マスター「あぁ。もちろん擬似的にですよ?

 それに今の人生を満喫してらっしゃるならおすすめは致しません。

 人によっては惨めになるだけですから」


秋山「……なるほどな」


秋山M「つまり過去に戻って俺の人生を自由にシミュレーションできるゲームってことか」


 秋山は考えるように顎に指を当てる。


マスター「なんなら初回ですので特別に無料とさせていただきますが?」


秋山「タダ? いいのか?」


マスター「えぇ。必ずハマると思いますので」


 秋山は少し考える素振りを見せて、


秋山「じゃあやらせてくれ」


秋山M「クソゲーだったらすぐにやめてやる」


マスター「ありがとうございます。

 ではあちらの3番のお部屋にお進みください」


 マスターは部屋の奥にある扉に秋山を誘導する。


◯アナザーライフ・3番部屋

 リクライニングのできる柔らかい椅子に座らされる秋山。

 秋山の頭にはVRゴーグルがついたヘッドセット。

 手首には電子機器が巻き付けられていた。

 マスターが近くのモニターで何かを操作している。


マスター「それではいつに戻られますか?」


秋山「そうだな。俺が高三の6月22日。

 時間は十時半にしてくれ」


マスター「……具体的ですね」


秋山「あぁ」


秋山M「あの日は忘れたくても忘れられない」


マスター「わかりました。ではそのように設定。

 楽な姿勢になってください」


 マスターにそう言われて、秋山は身体を楽にする。

 ヘッドセットをマスターは秋山に装着する。


マスター「起動します」


 ヘッドセットからキュィィイインという機械音が流れる。


秋山M「あれ……? だんだん眠けが……?」


マスター「それでは秋山様、フルダイブ型VR『アナザー・ライフVR』の世界へい

ってらっしゃいませ」


秋山M「あれ……俺、名前なんか言ったか……?

 まぁいいか……」

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